第611話 魔王の一人
知らんかった。いや、キシンだって元は魔王なんだから、嫁の一人や二人ぐらい居て当然なんだけどよ。
「嫁と言っても実態はどうか分からん。ヤシャはあのように奔放ゆえに、戦争にも参加せずに何年もブラブラしておったし、キシン自身もああいう性格のためにヤシャを咎めたりせんかったという噂じゃ。それ以上のことはワシもよく知らん。キシンと酒を飲んでも、あいつは嫁の話も愚痴も言わんからのう」
「まあ、キシンらしいよな……つか、それって夫婦なのか?」
「一応のう。それに、二人に子供もおらんからのう。まあ、だからこそ、ジーゴク魔王国の現魔王は、姪のキロロになったわけだがのう」
「ああ、そういうこと……」
まあ、嫁が自由すぎるってだけじゃなく、キシン自身が自由な男だからな。あいつが家庭のために汗水流して何かをしようとするなんてところ、全く考えられねえ。
なんだかな~。キシンの嫁はあんなんだし、イーサムには何百人も嫁居るし、キモーメンの嫁はどう考えても財産目当てだし、色んな夫婦がこの世に居るもんだな……俺も人のことを言えねーけど……
そんな世の中の家庭事情に俺が複雑な想いを抱いている中で、ロアは真剣な顔をして話を元に戻した。
「まあ、それはそれとして、今重要視するのは、やはり魔王ラクシャサでしょうね。いえ、元魔王というべきですが……」
「そうだね。そこは僕もロア王子に賛成だね。まあ、ヤシャを殺したいっていうのもの大事だけど、まずは僕たちヤヴァイ魔王国に併合されながらも、僕たちに黙ってこんな大それたことをやらかした、あの人だよね?」
確かに、ロアとジャレンガの言う通り、今はキシンの嫁よりも、まずは今回のキーパーソンと思われる、そのラクシャサだな。
ラクシャサ……つっても、俺もあんまり覚えてねーんだよな。
確か、山羊の顔をした魔族の部下……バフォ……バフォメットだったか? そんなのを引き連れていたな。
「そういや、クライ魔王国は過去の神族大陸での戦争にそこまで積極的じゃねえって話だったが、ロアたちは戦ったことねーのか?」
「ええ……それに、魔王ラクシャサは名前だけ知っているだけで、僕も実際に見たのは、半年前の最終決戦の時が初めてでしたし。噂だけは色々と聞いていましたが」
「ふ~ん……でもよ、イーサムは戦ったことあるんだろ? どうなんだよ。ツエーのか?」
未だ未知数の魔王。もし、そいつが絡んでいるとしたらどの程度の強さなのか。
ロアや、バーツたちなどの俺たち世代はそこまで知らないようだが、実際はどうなんだろうか?
「難しいのう。単純な戦闘能力で言ったならば、それほど大したことはないのう。ただ、厄介な魔法を使う……ゆえに、面倒じゃ。おぬしら人類でも奴を知っているのもごく僅か。今のロアたちより前の世代……そうじゃのう、聖騎士ならタイラーにカイレばーさんに、ファルガの師であるフリード。勇者ならファンレッドにアウリーガぐらいだのう」
ママにタイラー、そしてあの最強ばーさんに、アウリーガか……確かに、それは俺たちより前の世代だな。
「おい、クソジジイ。そのラクシャサって奴は、どんな魔法を使うんだ?」
「ん? ファルガも母親や師からは何も聞いておらんか。まあ、好んでおぞましい話をせんのも頷けるが……」
イーサムがあまり気が進まなそうな顔をしている。それだけで、嫌な予感が拭えない。
空気も段々と重くなっている。
「さっきも言ったように、ラクシャサは生物を改造できる。魔力を持たぬ亜人のオナゴ、魔法の訓練をしていない人間のオナゴ、属性的に本来なら扱えないはずの属性魔法すらも使えるようにする……オナゴや雌を魔女に変えることができる」
それはさっきも聞いた。だからこそ、本来は魔法を使えないはずの亜人が魔法を使えるなど、脅威以外の何者でもない。
「でじゃ、それをどうやって行うか……その魔力はどこから? それを可能とするのが、あやつの扱う禁断の魔法……サバト……実態は、魔法というか儀式……悪魔の宴……そういうもんじゃった……」
悪魔の宴? 魔族ではなく、悪魔?
「過去のラブ・アンド・ピース……それが、まだラブ・アンド・マネーという組織として、世界の闇社会に手を広げていた頃よりも更に前の時代。色々な闇組織が中心となって敗戦兵や難民の奴隷や希少種族の乱獲などの人身売買が横行しておった。じゃから、ラクシャサも魔女の素材はそういったルートから入手したのかもしれんがのう。まあ、これは結局未だに明らかにされておらん、あくまで憶測の話じゃがのう」
「…………ふん、クソ反吐が出そうな話だ」
「じゃろう? まあ、昔は色んな国でやっていたことではあるがのう。ただ、戦争にも積極的に参加せず、更には魔族大陸の中でも鎖国しておったクライ魔王国に関しては、あらゆる情報が遮断されていたゆえ、国内の情報が一切入ってこなかった。ゆえに、大昔にワシ自身が寡兵を連れて乗り込んだことがあった。……そしてそこで見たものに……ワシはゾッとしたわい」
サラッと言ってるが、俺がイーサムと初対面時、燃える街の中でこの野郎は素っ裸で沢山の女たちと……。その時、俺たちをドン引きさせたイーサムがゾッとするって、どれほどの……
「正に悪魔の狂宴じゃったわい。太古の、もしくは空想上の悪魔を信奉し、肉を喰らい、凄惨な血の贄を捧げ、臓腑を弄び、常軌を逸したオナゴたちが、あるところでは肉体が壊れるまで殺し合い、あるところでは裸になって交わり合う………オナゴの裸が大好きなワシでも、あの時ばかりは興奮せずにゾッとしたわい」
それは、正に俺の前世の世界で言う、カルト教団の儀式のようなものという印象を受けた。
「……そんなんで、亜人が魔法を使えるようになるのかよ」
「それは分からぬ。じゃが、その儀式に参加していた、全く鍛えてなさそうな普通の娘たちが、上級の攻撃魔法を放って、侵入したワシらを迎撃しようとしてきたわい。中には、箒で空を飛んでいる奴らもおったわい」
この世界にとって、そういったカルト的なものがどういう存在なのかはよく分からねーが、少なくともロアたちには馴染みがないんだろう。少し顔色が悪そうだ。俺もそうだけど。
「更に、ラクシャサ自身は召喚魔法を使う。あやつと契約さえすれば、転送魔法の要領で使える。さっきのあやつらも、それで移動させたのじゃろう。直前まで気配を感じなかったのは、それが理由じゃ」
「なんだかな……確かに、色々と厄介そうだな……。じゃあ、あの百合竜も、スライム娘たちも、……んで、さらには攫われた女たちもこのままだとその宴に? ……だが、そうなると、何でキシンの嫁まで居るのかが気になるところだが」
「さあのう。まあ、ヤシャの場合は、何か他の目的があって、用心棒的な役割で手を貸しているといったところだろうがのう」
ラクシャサか。カルト教団のボスとでも考えればいいのか? まあ、話を聞く限りじゃ、たとえ戦闘能力そのものが弱くても、色々と面倒そうな敵であることは間違いなさそうだ。
ただ、一つ言えることは今回の旅に俺たち側に女が居なくて良かったってところだな。流石に、刺激が強すぎるだろうからな。
「しかし、困ったもんだぜ。ただの同性愛だ同性婚やらの問題だけなら、どうにでもなったんだが、元魔王が絡むか……だが、ボヤボヤしていたら、攫われた女たちがどうなるかも分からねえ……結局行くしかねーってことか」
まあ、どっちにしろ、面倒だろうが、面倒でなかろうが、結局先に進むことには変わりはねえ。
「そう言ってくれると、ありがたいぜ、ヴェルちゃん。俺っちたちの大事な女の子たちが、入信したり、生贄にされたりは、マジ勘弁だからね。まあ、それに……昔の縁もあるしねえ」
その時、フルチェンコが呟いた「縁」という言葉。そう、それも忘れちゃならねえ。百合竜とも、話をしとかねーとな。
「じゃあ、ヴェルトくん。それに、皆さん。とりあえず、引き続き先に進むということでよろしいですね」
とりあえず、方向性についての変更はないことを確認するように、ロアが手を叩き、その上での話をすすめる。
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