第594話 弱みと再会
「ッ、あんたは……たしか、温泉街労働組合長のキモーメン! ん? それに、ほかの連中は……」
「そんな肩書き関係ないんだな! 僕は……僕はただのスケベなキモーメンなんだな! 今度子供が生まれるから、もう悪い遊びができないねって話を最近していたから……だから、だから! 最後の最後にはスッゴイエッチなことしたいんだな!」
キモーメンが己の魂を震わせて涙の決意を宣言する。
ボケでも真面目でも、こういう時にツッコミを入れる俺は何も言うことができず、それどころか今のキモーメンの言葉に感化された男たちが次々と立ち上がる。
「きゃ……キャバレー・ギロッポン! オーナーと共に死地へ向かうことを誓います!」
「スナック・マドモアゼル、やってやります!」
「女騎士コスプレガールズバーだって、ソフトエロでもエロはエロ! 負けません!」
「出張デリバリーシスター・アーメン二号店のボーイ一同、オーナーが作った第一号店の魂を受け継ぎし私たちが逃げるなどありえません!」
「我ら、人妻たちの昼下がり店は、預かった奥様たちを必ず家に連れて帰ります!」
「調教豚小屋一同、ビヨネットお姉様は必ず助けるのです!」
「チーム・ヨシワラ! 最高級店のエロはいつだって誇りは捨てません!」
「激安店だって負けない!」
「俺たち用心棒がしっかりしていればこんなことにならなかったんだ! この優待券を使うため、女の子たちを必ず救出します!」
立ち上がる?
「「「「そして、この損害賠償は、敵の女たちに体で支払ってもらおうか!」」」」
いや、勃ちあがったのか?
だが、それでも熱く自分たちの胸の内をさらけ出した男たちの姿に、フルチェンコは号令をかける。
「なら、いくぞ! そして叫べ、俺っちたちの合言葉を!」
「「「「「うおおおおおおおおおッ、エロ イズ ノーボーダー!」」」」」
「失われたエロスを取り戻すため! そして、エロを理解できない奴らに教えてやるんだ! 生物は誰でもエロいことを! エロを滅ぼすことなんて誰にもできないことを世界に証明してやるぞッ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」
その叫びは、天に、そして世界に響かせるかの如き勢いで大地を揺らした。
鳥肌が立つほどの男たちの決起。それはこの街に払拭した絶望を一気に消し飛ばし、男たち全員から戦う意志が滲みだしていた。
そして俺たちは…………
「な……なんでこうなるんですか!」
「い、意味が、わ、わからない。彼らは洗脳されているのか?」
「え、エロってなんだ? いや、本当にどういうことなんだ?」
「これまで世界中を渡り歩いたが……こんなクソ意味分からねえことは、初めてだ」
「……ねえ、彼らってさ……変な薬でも飲んで頭がイカれてるのかな?」
そう、ロア、シャウト、バーツ、ファルガ、ジャレンガと同じように俺も思った。
「い……意味がわかんねええええええええっ!」
俺もこれまで色々な意味が分からねえ状況を目の当たりにしてきたが、これほど意味の分からねえ経験は初めてだ。
そう、初めての……ん? いや……違う……
「こんな意味のわかんねーこと……初めて……いや……初めて、だよな? でも、どこかで……」
その時、俺はデジャブを感じた。
こんな意味の分からないことは初めて? いや、違う。どこかである!
この、意味の分からないぐらいにエロを叫ぶやつを……どこかで……
「オーナー、船はどうします? 騎士団の船はボロボロですが……」
「心配ない! 連絡用の魔水晶を用意して、『サバス島』の『ケヴィン』に事情を説明しろ!」
「な、あ、あの人にですか!」
「そうだ! 俺っちの権限で発行する、この街での無料優待券を報酬として、『サバス島』の選ばれし十五人の最強漁師たち、『オールブラックス』に助っ人要請しろ!」
ッ! サバス島のケヴィン! デジャブで頭を悩ませている中で、フルチェンコの口から発せられたその名前に俺は意識を取られた。
ケヴィン。それは、バスティスタの師匠にして、クラスメートだと思われる男!
そいつが、ここに来るのか?
思わず俺が顔を上げたら、なんと、フルチェンコがまっすぐ俺に向かって歩み寄ってきていた。
「ッ、お、お前……」
「ふふん」
フルチェンコは俺たちの前に立ち、何やら思わせぶりに笑った。
そして、俺たちを見渡して……
「まさか、アークライン帝国やエルファーシア王国、さらには魔族のVIP様たちにお越しいただいているとは思わなかったですね」
俺たちの顔を知っている。そしてその正体も。
「あなたが、フルチェンコ……」
「はい、初めまして。俺っち……いえ、私は世界の事情には訳あって疎いですが、あなたのことは新聞でよく拝見しています、ロア王子。おもてなしできず申し訳ありませんが、その話はまた後で。問題は……」
そして、フルチェンコは、俺たちを見渡したあとに俺を真っ直ぐ見てきた。
その目は、どこか嬉しさと、懐かしさがにじみ出ているように見えた。
「お、おい? なんだよ」
「……ふっ……いやいや。俺っちは、半年前はまだ牢屋に居たから、お前のことは半年前の新聞で見た顔だけしか知らない」
お前? いきなりやけに馴れ馴れしいが、こいつ……
「でも、半年前に、ヴェルト・ジーハという男がこの世界で何をやったか、どんな言葉を叫んだか……そして、お前が一体誰なのか……『ケヴィン』から聞いている」
「……ケヴィンからだと?」
ケヴィンから? どういうことだ! 半年前に俺が何をやったか? 俺が叫んだこと? 俺が一体誰なのか?
俺とケヴィンはまだ会ったこともねえが、もしケヴィンが俺のことで何かを言うとしたら……
「ああ。……久しぶりだな、『あさちゃん』♪」
それが全ての答えだった。
こいつもそうだったのか!
「お、お前はッ!」
このやりとり、ロアたちには意味不明過ぎて首を傾げるものだろう。
だが、俺はそんなことを気にすることもできないほど、驚いた。
そして、同時に思った。こいつがクラスメートだとしたら、こいつの正体は……
「お前、まさか……クラスメート……なのか? しかも、『あさちゃん』って、その呼び方は、確か! そして……エロバカといえば……!」
すると、俺の問にフルチェンコは頭を抱えて上を見上げた。
「おいおい、あさちゃん。気づいてなかったのかい? まあ、昔の話だから仕方ねえが……しょうがねえ。顧客の守秘義務は守るのが俺っちのモットーだが、これならどうだ?」
顧客?
「ヴェルトくん、どういうことだい、顧客って! 君は、まさかアルーシャが居ながら!」
「愚弟、テメエは……金を払ってこいつから女を……」
「ち、違うぞ、ロア、ファルガ! 俺はこんな奴の世話になったことなんてねえ! こいつに金を払ったことなんて……」
そうだ、金を払ったことなんて……
「神乃ちゃんの水着写真……六百円」
「ッ!!??」
「体育祭でウケ狙いでブルマ穿いた神乃ちゃん……買占め――――」
あ…………アアアアアアアアアッ!!!!
「え、え……江口いいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
その時、全てが繋がった。
この男は、あのクラスで唯一、俺の弱味を知っている男だ!
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