第593話 オーナーの檄

「やれやれ、せっかく『視察を兼ねて亜人大陸のお客さんを連れてきた』のに、とても見せられないな。これが俺っちの街か……」


 懐かしい。しかしどこかで会ったことがある? 

 でも、こんな奴にガキの頃から会っていれば、忘れるはずがないんだが。


「オーナ~……オーナー! 申し訳ありません! 俺たち、抵抗したんですが奴らに敵わず、女の子達が全て攫われてしまいました!」

「やつら、大型の怪物を引き連れて、それにあの二人組の雌の竜人族まで現れて何もできず……申し訳ありません、フルチェンコ様ッ!」


 こいつがフルチェンコ! どうりで、キモーメンが目を輝かせているわけか。

 街の男たちは全員、膝をついて涙を流し、むせび泣いた。

 それは己の無力さを悔いている涙。


「せ、世界にエロの輝きを……その役目も果たせずに、女たちだけ奪われて生き延びた俺たち……なんという愚かな」

「お許しを……オーナー…お許しを…」


 な、なんでただのゲスの街のトップが帰ってきただけでこうなるんだよ? 俺やロアたちはもはや意味不明だった。

 すると、その涙ですすり泣く男たちの輪の中に、オーナーと呼ばれた男、フルチェンコがゆっくりと歩み寄り、切なそうに街中を見渡した。


「雌の竜人族。なるほど、そいつらか。俺っちたちのホーリーランドを穢したのは」


 どんな街であれ、この男が自分の力でここまで大きな港街に発展させたのだ。それがここまで無残に破壊されたのだから、当然ショックはでかいはず。

 

「これからは、異文化ならぬ異種族エロコミュニケーションの時代。亜人の女の子も安心して働ける環境づくりを整えて、亜人を受け入れる営業活動をしていたのに、まさかその亜人に破壊されるなんて……俺っちも先走り汁だったな」


 フルチェンコが街を歩き出し、落ちたガレキを拾い上げる。

 その看板には「大きいパイナップル食べ放題」と書かれていた。

 だが、パイナップルは既にこの街にはない。

 そして、それはこの街が完全に死んだことを意味する。


「さっき、チェーンマイルの騎士団が女の子たちを救出に向かったんですが、返り討ちにあって……」

「は~、なるほどね。この野戦病院みたいなのは、それが理由か」

「はい。帰還した騎士団たちの話では、これも全部、百合竜とかいう奴らが……そして、あの女しかいない海賊たちが!」


 百合竜。その名前を聞いてフルチェンコは首を傾げた。


「百合竜ってなんだっけ?」

「あの、旧四獅天亜人のエロスヴィッチの両腕と呼ばれた二人です」

「エロスヴィッチだって?」

「あっ、そうか、百合竜が戦争で名を挙げていた頃は、リーダーは牢屋に。それに、百合竜も半年前に行方不明で戦死扱いでしたから」


 フルチェンコは百合竜と呼ばれた二人組は知らなかったようだが、エロスヴィッチのことは知っているようで、目を細めた。


「エロスヴィッチか。懐かしい。よく二人で種族を越えて、エロスの未来について酒を飲み交わして熱く語り合っていたな。あのエロスヴィッチのお気に入りだというのであれば、きっとこの街の素晴らしさをエロく理解してもらえると思っていたんだけどな」


 遠い昔を懐かしむかのように語るフルチェンコ。すると、その切なそうな言葉を聞いた街の男たちは余計に涙を流した。


「申し訳ありません、オーナー! オーナーの留守中に街を守りきれなかった俺たちのせいで、この街は死んでしまいました!」


 もう、何もかも失ってしまった。唯一の希望の騎士団たちも完膚無きまでに叩きのめされた。

 全て終わってしまった。その絶望が男たちを、そして死んだ街全体を包み込もうとしていた。

 しかし、その時だった!


「でも、お前たちは生きているじゃないか」


 先程までとは打って変わり、フルチェンコが強い瞳で、そして強い言葉で叫んだ。

 その言葉に男たちは下を向いていた顔を上げた。


「確かに街は破壊された! 騎士団も壊滅した! 女の子たちは全員攫われた! でも、まだ俺っちたちは生きているじゃないか! たとえこの世界が終わろうと、俺たちが生きている限り、エロスは死なない!」


 …………? ……聞き間違いか? 俺やロアたちも一瞬首を捻ってしまった。

 だが、フルチェンコは続けた。


「いいか、お前たち。チェーンマイル王国の騎士団が敗れたのであれば、もはや援軍は期待できない。近隣のロルバン帝国だって、この街がチェーンマイル王国にもたらす経済効果を面白く思っていなかった奴らだしな。それに、違法スレスレのこの街のために、他国が無理して動く理由もないしな」


 今度は理解できた。そして、それは知らなかった。

 確かにこの街がチェーンマイルを潤わせていたのだとしたら、近隣で徐々に力をつけている国を、他国が喜ぶはずもない。

 それに、こんなゲスの街に、善意で力を貸すというのも考えにくいのかもしれない。


「でも、オーナー……あの聖騎士ガゼルグまでやられてしまった以上、もうこれ以上は……」

「分かっている。でも、このまま何もしなければ、暴力に屈してエロスが死んでしまうことになる。それだけは避けなければならない」


 ……なんか微妙に変な言葉が混じっているが、大体は分かった。

 チェーンマイル王国の騎士団はやられた。他国の援軍は期待できない。

 そして、このまま何もしなければ、本当に全てを失ってしまう。

 だったらどうするのか? その答えは既に、街の男たちも雰囲気から察しているようだ。


「まさか、オーナー……」

「俺たちが戦えと……」


 そういうことになるだろう。だが、相手は聖騎士が率いる騎士団を完膚無きまでに叩きのめした奴らだぞ? こいつらに勝てるはずがねえ。

 確かに、街の治安を守るための自警団や守備兵や用心棒ちっくな、腕っ節に自信のありそうな奴らも混じってるが、それでも軍を壊滅させた敵に勝てるはずがない。そもそも、敵に襲撃された時に、そいつらの力じゃどうしようもなかったから、こんなことになっているんだ。

 フルチェンコはそれを分かっているのか?

 だが……


「みんな、恐ろしいのは分かっている。でもな、俺っちたちの野望を忘れたのか?」


 野望。その言葉を聞いて、街の男たちがハッとしたような表情を見せた。


「俺っちたちの野望。エロは人と人とを繋ぎ、世界と世界を繋ぐ文化なんだ。エロは世界を変えられる。だからこそ、世界も救える。エロは絶望なんかに負けはしない! それを証明するために、俺っちたちはエロいんじゃないのか?」


 やべえ、また意味不明になった。

 俺だけ、こいつの言葉を聞き間違えてるのか?


「ッ、し、しかしオーナー! 例えどれだけ俺たちがエロくなっても、女の子たちはもう……」

「攫われただけで殺されたわけじゃない! ならば、助けに行けばいいだろう! そもそも、女は騎士団に手に入れてもらうものなのか? 違うだろう。女を手に入れるのも自分の力。エロに持っていくのも自分の力!」


 聞き間違いじゃなかった。


「エロは暴力には屈しない! 暴力には更なるエロで抗う! だからこそ、勃ちあがれ! エロい男に落ち込んでいる暇なんてないぞ!」


 こいつ、なんでこのシリアスな状況で熱く「エロ」を連呼してるんだ?

 しかも、なんで街の男たちもその言葉が心に届いているんだ?



「俺っちはいくぞ! そして、女の子たちを助けてエロい展開にもっていく! それどころか、敵の百合竜も海賊の女たちも、『くっころ』なエロ展開にもっていけるかもしれない!」


「ッ! ま、まさか、……まさか、オーナーは、この状況でもエロい展開をッ!」


「当たり前だ! エロが生きるか死ぬかの瀬戸際に、誰よりもエロい俺っちが命をかけないでどうするんだ。この絶望をエロに変えるためならば、俺っちはいくらでも命懸けにエロくなるさ! 考えてみろ? 女しかいない敵? それは、敵の数だけ穴があるってことじゃないのか!」



 もう、ロアとか絶句して言葉もない状態だし。

 そんで、なんで街の連中は唇を噛み締めて、拳を強く握りしめて、今すぐにでも心の炎を燃やしそうな寸前までいってるんだ?

 そしてついに……


「ぼ、僕は戦うんだな!」


 おまえかいいいいいいいいっ! キモーメン!


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