第595話 光の男
前世で俺は不良高校生だった。しかし、フライパンなどはしたことがない。
むしろ俺は、金を払っていた方かもしれない。
あの時代、しかも同級生相手に俺が唯一金を払った相手。
それは、『エロい光』と書いて、
二つ名は『エロコンダクター』。
「あさちゃん、他にもあるぞ? そうだな~、偶然ツーショット―――」
「江口だったんだな、お前! よく、この世界で生きてやがったな! テメエは江口だ! もう分かった。だから御願いだからこれ以上は黙っていてくれ!」
再会を喜ぶ前に、まずすべきことは、こいつに余計なことを喋らせないこと。
まあ、こいつ自身は秘密を墓場まで持っていくタイプだから心配ないのだが、死んだら無効ということもあるから、まずは黙らせるのが重要だった。
すると、俺がこいつの正体を信じたのが嬉しかったのか、江口ことフルチェンコは歯を剥き出しにして笑って手を差し出してきた。
「改めて、久しぶりだな、あさちゃん。いや、今はヴェルトくんだったか?」
「……ああ……ヴェルトだ。相変わらず、元気……いや、つうかとにかくテメエは何やってんだよ」
お互い握手して俺も笑った。ある意味では「悪友」というより「ビジネス関係」に近い俺たちの間柄だが、神族大陸で再会したニートの友達よりは、こいつのことを良く知っている。
だから俺も、懐かしさを感じて笑っていた。
「ヴェルトくん、フルチェンコ様と知り合いだったんだな!」
そして、俺たちの関係性を知らないみんなにとっては驚くべきこと。
しかも、相手はこのフルチェンコ・ホーケインだ。
「ヴェルトくん、その……君はあんなにたくさんの妻が居るのに……それでも満足できずに……」
「ヴェルト、これは僕も看過できないよ! どういうことかキッチリ説明してよね!」
「おまえ、なんて奴なんだよ! 幾らなんでも、金で女を買うなんて……」
ロアたちが物凄い俺を軽蔑したような目をしてくる。ヤバイ、やっぱそう思うよな。
「ちげーんだよ、童貞勇者三人衆。俺がこいつから買っていたのは、女じゃない。ただの写真だ。そう、ただの写真……あ~、この世界でいうなら、絵だ! そう、絵画みたいなもんだ! つまり芸術だよ! そう、ゲイジュツだ」
「おい、愚弟。ブルマってなんだ?」
「そういう民族衣装があるんだよ! そう、芸術の一環だ!」
くそ、ファルガまで! つうか、そんなことに食いつかないでくれよ。
だが……
「ブルマ? ああ、それなら、クロニアが修行している時に着ている変な服のこと? なんか、あいつ自分でデザインして作ったとか言ってたけど」
「………………………………………………なに?」
えっ、ジャレンガ、いま、なんて? クロニアがブルマ?
は、はは、そ、そんな、バカな……この世界じゃ、あんなワガママボディのあいつが、そんなマニアックなもんを……
「確か、紺色の下着みたいなのだったな」
「ッ!」
バカな! ざけんじゃねえぞ、あの女は! ただでさえ、既に日本では絶滅していたブルマを、この異世界でもだと?
そういった間違った文化を持ってくるやつがいるから、変な世界になっちまうんだよ。
でも、世界が違うからブルマだって完全再現なんて無理だよな。
それなら、ひょっとしたら世界を変にするかどうかなんて、見てみないと分からねえかもな。
じゃあ、やっぱり一度見たほうが……
「あひゃっひゃっひゃっ! クロニアって神乃のことでしょ? 嫁さんいっぱいいるのに、変わんねーな~、あさちゃんは。思考読めすぎ」
「ッ、江口!」
「ケヴィンの話じゃ、あの神乃もこの世界じゃ、イイ女になってるって話だろ? 俺っちも一度見てみてーな~」
くそ、こいつニヤニヤしやがって! そもそもラブがサークルミラーなんて余計なもんであの日のことを世界に流さなければ……ん?
ん? でも、こいつはケヴィンに俺のことを聞いたって……それに今もこいつ、見たかったって言ってたってことは……
「見たかった? おい、江口。お前はあの日のことを見てなかったのか?」
「おお。言ったじゃん。俺っち、牢屋の中に居たって」
「あっ、そういやお前は……」
「そうそう。前チェーンマイル王国の王は本当に堅物のマジメでね~、俺っちの商売をけしからんと思ったらしいのよ。でも、今のシスティーヌ姫はかなり柔軟な人で、俺っちも税金をたっぷり納めることで、見逃してもらってんのよ」
そうだった、キモーメンもそう言っていたな。こいつは牢屋の中にずっと居たって。
しかも、俺のように二年とかそんなレベルじゃねえだろう。
ましてや、俺は牢屋という名前の快適な空間。
こいつは当然違うだろう。それなのに、ここまで前世とブレないままで居れるなんて、どういう精神力だよ。
「あさちゃんやみんなのことは、牢屋を出てカブーキタウンを作ったとき、港に立ち寄ったサバス島の漁師たちの中にケヴィンが居て気づいた」
「ケヴィン……ラグビー部のやつか。テメエはそいつとも仲良かったのか?」
「まね。あさちゃんと同じような感じかね。それと俺っちが昔牢屋に入る前に雇っていた用心棒がね、ケヴィンの縁者だったってのもあってね」
同じって……
すると、突然、フルチェンコが手を叩いた。
「はいっと。まあ、本当ならもっと話したいことがエロエロあるんだけどさ、でも、今はそんな時間もあんまないよね」
確かにこのままいつまでもベラベラと話している場合じゃねえのは本当だ。
この街の女たちが攫われたままだ。
時間が経てば経つほど、何が起こるか分からねえ。
「俺っちは腕っぷしには自信ないけど、エロを取り戻すために行くよ。でさ~、あさちゃんも……いや、ヴェルちゃんも手え貸してくんない? 無料優待券つけちゃうよ~? いっぱいおっぱいだよ~」
両手を合わせて俺を下から覗き込んでくるように助けを求めてくるフルチェンコ。
まあ、一応こいつ旧友だし、困ってるみたいだが……でもなあ……
「いらねーよ、無料優待券なんて。そんなもん使ったら嫁に殺される。胸が触りたければ、エルジェラが居るしな」
「はははは、嫁がたくさんいると余裕だね~。でもさ、頼むよ~、前世ではいっぱい、俺っちに借りがあったでしょ?」
「借り? バカ言うな、俺はちゃんとお前には金を払ってたぞ」
昔を思い返してみるが、確かに俺はこいつに借りなんてなかったはず……
「……夏休みにファミレスで―――」
「ちょまっ! み、水くせえじゃねえか、江口! 前世のよしみだ、いくらでも力を貸してやるよ! まかせろ、俺のダチも兄ちゃんも全員強いから安心しろ!」
くそ、こいつ覚えてやがった! あの、思い出しただけでも恥ずかしくて死にたくなるようなことを!
「ヴェルトくん、一体どうしたんだい? ふぁみれすとは何だい? さっきからフルチェンコ氏とやけに親しいようだが、君は、アルーシャを裏切るようなことを、本当にしていないだろうね」
「おい、愚弟。テメエはガキの頃からたまに意味不明なことを喋るが、それと何か関係あるのか?」
「気にすんな! なんでもねーから! 大丈夫だから! ロアもファルガも気にすんな! それに困っている奴らを助けるのは当然だ! 正義に国境はないんだろ、ロア!」
くそ、何で俺がこんなメンドクセーことを。
だが、仕方ねえ。所詮、エロスヴィッチの子分程度ならこのメンツで行けばどうにでもなるだろう。
それに、江口は良くも悪くも約束は守る。つまり、借りをちゃんと返せば、守秘義務はちゃんと守る男だ。
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