第589話 豚へ祝福

「りょっこう、りょっこう、旅行なんだな~♪」



 空はどこまでも快晴で、白い雲の下を掻い潜りながら目的の地へと飛ぶドラゴンの背中に乗っている俺の視界には、不愉快極まりない存在がルンルン気分で歌っていた。


「おい、うぜーんだよ、キモーメン。ちっとは黙ってろ。あんま騒ぐと、ジャレンガがキレるぞ?」

「だって、楽しみなんだな~! 今の僕は楽しい毎日だけど、やっぱりいつも同じお風呂と女の子じゃ飽き始めてたところなんだな! そんな中でヴェルトくんと一緒にカブーキタウンに行けるなんて、もう僕はすごいハッピーなんだな!」


 なんでこいつがついて来てるんだよ。俺を除けば、国王と王子と勇者三人というメンツに、なんで変態エロキモ豚がくっついてきてるんだよ。

 つーか、どうしてこうなったんだ?


「先日は酒飲んでて、あんまり覚えてねえが……なあ、俺は本当にこいつが来ることを了承したのか?」

「多分……というより、ヴェルトくん。なんだかんだで、君もキモーメンと仲が良さそうだったよ?」


 なに? そうだったのか? まあ、確かに、ムサシが可愛いという自慢をしたり、ユズリハのケツをひっぱたいて大人しくさせたとかの話しをキモーメンにして、盛り上がって肩を組んでいたような記憶はあるが……


「ちっ、クソ豚が。邪魔になったら捨てていくからな。こいつが消えたって、帝国はもう文句を言ってこねーだろうしな」

「ファルガ王子、ひどいんだなーっ!」

「おい、俺はもう王子じゃねえ。国王だ。クソ間違えるんじゃねえ」


 誰一人として歓迎していないキモーメンの加入。正直、ロアやシャウトも苦笑しているが、本当はスゲー嫌なんだろうな。まあ、気持ちは分からんでもねえが。

 だって、そうだろう? 俺が涙を堪えて、ハナビやコスモスを置いて家を出たってのに、何が悲しくてこんな豚を……



「そうだ、ヴェルトくん。君のお嫁さんや飼ってる亜人の話は聞いてるけど、子供のことも教えて欲しいんだな。ヴェルトくんは子供居るんだな?」


「ん? まーな。世界一可愛い子が居るぞ?」


「やっぱり可愛いんだな?」


「いや~もう、ミニチュア版のエルジェラだぞ? しかも、パッパパッパといつもくっついてくる甘えん坊でな~。最近わがままになってきたから、あんまり甘やかすのはよくねーとは分かってるんだが、ついつい甘くなっちまって」


「エルジェラ皇女! う、羨ましいんだな! 以前、マッキー社長のサークルミラーで、エルジェラ皇女をチラっとだけ見たことあるけど、すっごい美人で、すっごいおっぱいだったんだな! それなら、子供もすごい可愛いんだな!」



 ……まあ、相手が豚とはいえ、娘を褒められることに悪い気はしねえけど……



「テメエはどうなんだ? 一応毎晩お盛んなら、ガキぐらいできねーのか?」


「むふふふふ、実はその兆候があるんだな! クリとリス両方ともなんだな! 二人ともこれからお腹が大きくなって、僕もパパになるんだな!」


「な、なにいっ! テメエ、どうしてそれをこの前言わなかったんだよ! ……おい、いくらか祝い金でも包もうか?」


「何言ってるんだな、そんなのいらないんだな、ヴェルトくん! 偶然とはいえ、会いに来てくれただけで嬉しいんだな」



 サラッとドラゴンの上で衝撃的な事実をぶち込んでくるキモーメン。つうか、今の発言に、ロアたちはショックを受けたのか呆然としている。

 しかし、こいつが父親に……つうか!



「つうか、テメエは子供ができるかもしれねーのに、そんなゲスの都に行くのかよ! そういう時こそ家族サービスしろよ!」


「子供が生まれてからは行きにくいから、今、行くんだな! それに、それならヴェルトくんだって、子供居るのに、色々な女の子と遊んでるんだな!」


「俺は遊んでねーよ。襲われてるんだよ」


「むひょーっ! あんな綺麗な奥さんたちに教われるなんて、羨ましいんだな!」



 ったく、こいつが父親になるとか本当かよ! つうか、生まれてくる子供が不憫だ。どうか、父親にだけは似ないように……と言っても、淫乱母親に似るのも幸せとは言いがたいが……



「ヴェルトくんは子育て大変なんだな?」


「まーな。でも、まあ……なんだろうな……その大変っていうのも、こいつのためなら悪くねえ……そう思ったりする」


「そういうものなんだな?」


「テメエも、子供を抱きかかえりゃ分かるさ。まあ、仲にはそういう親も居ねえし、子供を不幸にする親だっているが……俺は少なくとも、あいつのためならなんだって出来る……そう思ってる」


「……ヴェルトくん……」


「けっ、急にマジメな話しをしちまったが、まあとりあえず、ガキが生まれたらゲスな遊びも発言も控えるんだな」


「……難しいんだな……僕は、パパに捨てられてるから、親っていうのがよく分からないんだな……でも、ヴェルトくんがそう言うなら……頑張ってみるんだな」


「おお、頑張れよ。んで、おめでとさん」



 まあ、こいつがどんなガキを作って、どんな家庭を築くかは知らねえが、とりあえず今は最低限の祝いの言葉と激励だけしてやって、俺はキモーメンの背中を叩いてやった。

 すると、そんな俺たちのやり取りをボーっと見ていたロアたちが……


「……キモーメンに子供ができることがショックなのは置いておいて……」

「ねえ、ヴェルト……やっぱり、君とキモーメン氏……」

「二人共……やっぱ、仲がいいな」


 おいっ!


「って、よくねーよ別に!」


 と、俺は心の底から叫んでやった



「ねえみんな~、僕一人だけに力使わせてゴチャゴチャとムカつくな~? 殺しちゃうよ~?」



 すると、黙って俺たちを背に乗せて、世界最速の乗り物として飛んでいたジャレンガが、竜の首を上げて俺たちに言ってきた。


「お~、ワリーな、ジャレンガ。あとでちゃんと、何か驕ってやるからよ」

「それはいいや~、ただ、ヴェルトくんが僕の妹を~」

「さーて、カブーキタウンではあんまりハメを外さねえようにしねえとな!」

「オリヴィアをさ~」

「いくら俺も家から飛び出したとはいえ、そんなゲスの都で遊んだのがバレたらぶっ殺されるから気をつけねえとな!」

「…………誤魔化そうとしているなら、殺しちゃうよ?」

「おう……検討しておく」


 くそ、忘れた頃に何度も言いやがって! 何で俺が会ったこともないうえに、ヤヴァイ魔王国の王族なんてそれだけで既にヤバそうな女を嫁にしないといけねーんだよ! 

 そして、ヤバイな。そのオリヴィアってのがどういう奴かはわからねーけど、もしチェーンマイルにいるなら、そろそろ何か対策を考えねえと、またとんでもねえことになっちまう。

 どうするか……


「おい、それよりもそろそろじゃねえのか?」


 その時、ファルガがジャレンガの背から地上を覗き込んで、そう言った。

 俺たちもそれにつられて、地上を覗き込むと、広い草原のど真ん中にある、整備された馬車道が目に入った。そして、その道の先には広大な大海原。

 ということは、この道の先に……



「だと思うよ~? 距離とこれまでかかった時間的に。疲れたな~、僕だけ働かせてムカつくな~、誰か一人ぐらい殺したいな~? あっ、豚なら殺していい?」


「流石はドラゴンの飛行能力ですね。まさか、大陸の端から端への大移動を、僅か数日で可能にするなんて……あと、ぶ……キモーメンは殺さないでください」


「騎獣を所有しているロア王子はまだいいでしょう。僕たちなんて、全てが初めてなんですから」


「だよな、シャウト。そんで、ヴェルトはドラゴンに乗るのも、空の旅もスゲー慣れてそうなのが、スゴイな。……ン? おい! あれ、見ろよ! 見えて来たぞ!」


 

 ああ、本当だ。前方の方に見えて来た。


「おお……」


 思わず俺は口に出して感嘆の声を発した。

 濃厚な潮の香りに包まれて、俺たちの視界に入ったその街は、エルファーシア王国やアークライン帝国でもない他国の領土。

 港町を改装しまくって、今ではチェーンマイル王国の経済を担う役割を果たしている街。

 二年半前に、ファルガとウラと一緒に旅に出て、最初に立ち寄った港町とは比べ物にならない規模。

 まあ、デカイと言っても、王都や帝国のように馬鹿でかいわけではない。

 ただ、どこか落ち着きのあるレトロな建物がズラリと並んでいる。



「なんだよ。ゲスの街というわりには、結構普通の街じゃねえか。俺はてっきり、バニーガールの看板でもデカデカと飾っているような街だと思っていたが」


「今は昼間だから落ち着いているように見えるんだな。夜になると、街灯が朝まで消えることなく街を照らして、大勢の男と女が街中を行き交っているんだな」



 なるほど、夜になるとか……

 昼間の風景だけなら、コスモスたちにも観光の一環で見せてあげてもいいかなとも思ったが、やっぱやめとくか。


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