第590話 そこに女は……


「ジャレンガ王子、この辺で降りて、後は歩いていきましょう。さすがに、ドラゴンに乗ったまま街に下りれば、パニックになるでしょう」


「え~、注文多いな~、ロア王子。いくら僕と親戚になるからってなれなれしくしすぎじゃない? 殺しちゃうよ?」

 

「……えっ? ……親戚……えっ?」


「出発の時にも言ったでしょ? 僕の妹も君の妹もヴェルトくんのお嫁さんなんだから、僕と君も親戚になるでしょう? 二人ともヴェルトくんの義理のお兄さんだよ?」


「…………あっ!」



 いや、あっ! じゃねえよ。何を「そうだった!」みたいな顔してんだよ、ロア!



「おい、テメエら。義兄の序列で言えば、俺がクソダントツで一番だってのは覚えておけ」


「そ、そうでした! そうだったんですね。よくよく考えれば僕とファルガ王だけでなく、そのオリヴィア姫という方がヴェルトくんと結婚したら、僕とジャレンガ王子も親戚に……」


「あと、ジャックポット王子もだよね? なんだか、ムカつくけど面白そうだね?」



 ファルガもムッとした顔で張り合ってるし、ロアも普通に納得しちまったし、ジャレンガは当たり前のように言ってるし、このメンツにジャックも加わるのか?

 なんだよ、その『ヨメーズ』に付随してできた、『アニーズ』は。



「バーツ……冷静に考えなくても、やっぱりヴェルトの交友関係は異常だよね」


「おいおい、こんなんじゃねーぞ、シャウト。だってよ、ジャレンガ王子やジャックポット王子どころじゃねえぞ? ユズリハ姫の父親は武神イーサムだし、アルテア姫の親は狂獣怪人ユーバメンシュだし、それこそフォルナ姫のお母様はファンレッド前女王陛下だぜ? んで、そのオリヴィア姫っていう人の父親は、あの弩級魔王ヴェンバイだぞ?」


 

 なに、その地上最強の『オヤーズ』は! 恐いよ、恐い! 恐いって!



「ヴェルトくんも大変なんだな。それなら、もし嫌になったら、いつでも僕のところに来ていいんだな! 匿ってあげるんだな!」



 ニッとキモイ顔で笑うキモーメンの心遣いだけが、何故かちょっとした救いの気分だった。


「さて、クソ当たり前のことをいつまでも話してる場合じゃねえ。そろそろだな」

「おい、ファルガ! そこは『クソくだらないこと』じゃないのかよ! 『クソ当たり前のこと』ってなんだよ!」


 そんな話をしながら、俺たちはようやく地上へと降り立ち、ジャレンガは竜化を解いて人の姿へと戻った。


「うっはは~! ようやく着いたんだな~、早く行くんだな~、いい女の子が、みんな予約されちゃうんだな~!」


 そして、地上に降り立った瞬間、キモーメンが素早いスキップをしながら一人先頭でさっさと街へ向かっちまった。

 っていうか、お前、意外と身軽だな。


「本当に気持ち悪い豚だね。殺さなくていいの?」

「クソ同感だが、今はやめておけ。あれでも愚弟のダチなら、我慢してやる」

「やれやれですね、彼は。相変わらず、ああいうところは変わっていない。本当はその血筋どおりの素晴らしい魔法の才能の持ち主だったのに」


 決してブレないキモーメンに、何度も呆れながら、俺たちはその後に続くように街を目指して歩いた。

 まあ、キモーメンの話では、今から行く街がいかがわしいゲスな街に変貌するのは夜からみたいだし、こんな真昼間ならまだ大丈夫だよな?

 そんなことを考えながら、一歩一歩街へと足を進めていった俺たちだが、街が近づくに連れて、異変を感じた。


「ん?」


 異変を感じたのは当然俺だけじゃない。


「おいちょっと待て……あの街……」

「ッ! 並んでいる建物が!」


 遠目からは、レトロな真っ白い石造りの四角い家が階段状に並んでいるように見えていたんだが、こうして近くによって見ると、その並んでいる建物が、何軒も砕かれていたり、亀裂が走っていたり、屋根に大きな穴が開いている。

 それは、壊れているわけではない。

 だからといって、天災なんかで被害にあったわけでもない。

 明らかに、人為的に破壊された傷跡だ。


「ッ! シャウト、行くぞ!」

「陛下たちはお待ちを。まずは僕とバーツが状況を見てきます!」

「んな、クソチンタラしてられるか。すぐ行くぞ」


 全員の表情が変わった。

 俺たちは一斉に駆け出していた。

 どういうことだ? 何があった? 

 その時の俺は、二年半前にイーサムたちの襲撃によって炎に包まれたシロム国の光景が頭を過ぎった。

 まさか……

 そう思って足早に向かった俺たちの前方には、街の入り口で立ち尽くすキモーメンの背中。

 その背中に追いついて、俺たちがそこから見た光景は……


「こ、これは……」

「……クソひでえな……」


 襲撃されたというよりは、既に襲撃された後の街。

 道も、建物も、あらゆるものが破壊されたその街は、すっかりゲスの都の面影は残していなかった。


「な、なんでこんなことに……なんでなんだな! なんでこんなことになっているんだな!」

「……おいおい、メチャクチャじゃねえかよ……」

「襲撃の後みてーだが、随分と新しい傷だな」


 何が起こったのかまるで理解できず、ただ、潮騒だけしか俺たちの耳には入らなかった。

 本来なら、夜も朝も関係なく大騒ぎしている眠らない街と思われた、カブーキタウンは、完全に死んでいた。


「一体誰が……」


 誰がこんなことをした? 俺たち全員がそう思ったときだった。



「あんたら、何者だ? 王国の騎士団様か?」



 街の瓦礫の影からひょっこり顔を出したのは、汚れた正装に身を包んだ男。

 怪我は無さそうだが、かなり疲れきっている表情だ。恐らくは、『何か』の店の従業員。客引きなんかをやりそうな、ボーイだったと思われる。

 そして、現れたのは一人だけじゃねえ。


「おい、どうした? 騎士団か? さっき出航したんじゃないのか?」

「なあ、あんたらは復興の手伝いに来たのか?」

「だったら、手を貸してくれ。もう、色々とメチャクチャにされちまってよ~」

「って、随分と人数少ないな~。まあ、『奴ら』の討伐に人数割いてるんだろうけど、もうちょい来てくれてもいいのによ~」


 なんだか、普通に生き残りが結構いるようだ。全員、姿は汚れているものの、誰も目立った外傷は無さそうだ。

 そして、よく見渡せば、壊れた建物の前や街の通りには、普通に多くの『男たち』が行き交って、瓦礫の撤去や、荷物を荷車に運んだりしている。

 これは……?


「失礼、僕たちはチェーンマイル王国の者ではありません。僕たちは訳あってこの港町に来た旅行者です」


 ロアが正体を隠したまま街の男にそう言うと、男たちも「ああ」と納得したように頷いた。



「なんだ、兄ちゃんたちは遊びに来た人たちか。そいつは、とんでもねー時に来ちまったな」


「あの……それは一体? いえ、その前に、一体、何があったのですか?」



 一体何があったのか? その質問に対して男たちは途端に悔しそうな顔を浮かべて……



「この街はな、海賊に襲われたんだよ。街は破壊され……そして、奪われた。いや、攫われたんだ。この街に居た女は……一人残らずな」


「「「「「なっ、か、海賊ッ?」」」」」



 それは、このファンタジー世界の戦乱の世を渡り歩いた俺ですら、これまで縁のなかったもの。


「バカな、海賊だと? こんなデカイ港町がか?」

「おい、ここはチェーンマイルでもクソ重要な都市だろうが。警備だってクソ万全だったはずだろ?」

「それなのに、たかが賊程度に陥落したというのですか? 確かに、元ハンターの方たちの情報によれば、この海域では海賊が出没するという話でしたが、それにしても……」

「むほーっ! 女の子が一人残らず攫われたとか、どういうことなんだな!」


 海賊。それは確かに脅威だろう。だが、それでも軍隊のように千や一万とか居るはずがねえ。

 それなのに、このデカイ港町が堕ちたなんて、いまいちピンとこねえ。

 それは、ロアやファルガたちも同じ気持ちだっただろう。

 だが、男は空を見上げながら言った。


「奴らは……ただの海賊じゃなかった……」


 ただの海賊じゃない? まあ、普通の海賊ってのもよくわからねーが、一体何が違ったんだ?


「これまでだって、ちょっとした商船への襲撃とか、トラブルとか色々とあったんだ。だけど、全部派遣された騎士団や守備兵、自警団や店の用心棒たちで対処してたのに………なのに、突然だったんだ……」


 何があったのか思い出しながら語り出す男は徐々に震え出している。

 そして……


「フルチェンコオーナーが営業のために他国へ出張している時に……奴らは……これまでとは比べ物にならねえほど大規模で、そして大勢の巨大海獣やドラゴンの群れを率いてこの街を襲撃したんだ!」


 それはもはや、賊程度の話じゃない。



「巨大海獣やドラゴンの群れ? バカな! そんなもの、もはや軍の規模の戦力ではないですか! 一海賊がそれほどの戦力を抱えているということですか!」


「一海賊……じゃねえ……あいつら……自分たちのことを『同盟』って言っていた」


「同盟……? それは、異なる海賊同士が手を組んだと?」


「ああ……いや、そもそも海賊っていうのも……『海賊同士が手を組んだ』っていうより、『手を組んだ奴らの中に海賊もいた』っていう感じかもしれねえ」



 ……? どういうことだ? 海賊同士が組んだ海賊じゃなく、海賊と手を組んだ集団? 



「奴らは言った。街中の女たちを攫いながら……自分たちは『リリィ同盟』だと……」



 りりい? 聞いたこともねえな。


「おい、ファルガ、ロア」

「クソ聞いたこともねえ」

「僕もです」

「僕もだよ」

「俺も」

「僕が知ってるわけないでしょ?」

「僕だって知らないんだな! なんなんだな、その不届き者たちは!」


 人類最強ハンターだったファルガでも知らねえとなると、一体どんな奴らなんだ?

 しかも、話はまだ終わらねえ


「それに、なんと言っても……」

「おいおい、まだ何かあんのか?」

「ああ。なんと言ってもあいつら……海獣もドラゴンも、そして人型の奴らも色んな種族が居たけど……全員……」

「全員?」

「雌と女しか居なかった」


 ……それもなに?


「……どういうことだ?」

「それってつまり……」


 それってつまり……


「女と雌の海賊みてーなやつらが、この街に居た女を全員攫ったってことか?」


 男は頷くが、マジで何ソレ?

 女が女を攫ってどーすんだよ?

 あっ! っていうか、今気づいたが、この街には男しか居ねえ!

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