第588話 ゲスの街へ行こう


 酒も入って来たことで、言いたいことを思いっきりぶつけ合う俺らだが、そんな俺たちを見ながら、ファルガは深い溜息。

 何だか弟分たちのみっともない言い合いに呆れているかのようだ。


「すげえ、勇者様は女に免疫なしか! なんだか急におこちゃまにみえてきた!」


 おっさんのハンターたちも大笑いしている。

 すると、そんな中で一際、ゲス夫婦は目を光らせた。



「へ~、そうなんだ~、勇者様って~、経験ないんだ~、いが~い。っていうか~。今、十八~二十ぐらいでしょ? それで経験ないとか、ヤバすぎ~!」


「そうだよね~、ふつう~、勇者様ぐらいだと~、女の子なんて毎晩~、選り取りみどり取っ替えひっかえしょ~?」


「驚いたんだな! ロア王子たちが平和な世界でも未だにそんなこと言ってるだなんて! ヴェルトくんの言うとおり、それはまずいんだな!」



 こんな奴らにまで心配される勇者たち。もはや哀れだ。


「な、なんですか、皆さん! 別に、僕たちとて来るべき時がくれば自然に……それに僕にはアスカが……」

「ぼ、僕だって、その、好きな人ぐらいは……」

「別に、女なんて今は居なくたってやることいっぱいあるんだからいいんだよ! でも、いつか俺だってマネージャーみたいな女の子と……」


 いや、まずい! キモーメンの言うとおりまずいよ、それは! 特にロアがかなりヤバイ。それ、実在しない女だから!

 すると、そんな勇者たちが皆の笑いの視線に縮こまっている中で、キモーメンが立ち上がった。



「よし! ロア王子、それなら僕にいい考えがあるんですだな!」



 いい考え? それが本当に「いい考え」とは誰も思っていないが、キモーメンが興奮したようにロアたちに言った。


「ロア王子たちは、女の子のことが全然分かっていないんですだな! だから、この世で最も女の子のことを勉強できる街に行ったほうがいいんですだな!」


 この世で最も女を勉強出来る街? なんだそりゃ? 少なくとも恋愛シミュレーションゲームよりはマシなものなのか? つうか、そんな都市があるのか?

 ロアたちも、「そんな街が?」と驚いた表情を浮かべている。



「じょ、女性のことを最も勉強できる? キモーメンそれは、一体?」


「うぷぷぷぷぷ、その街は、チェーンマイル王国の領土。王都から南の海岸沿いに位置する港街なんですだな! 本来はただの港街だったんだけど、長旅でイロイロと『溜まった』大勢の漁師や商業船が立ち寄ることに目をつけた『ある御方』が、そこに一大娯楽都市を作り上げたんだな!」


「一大娯楽都市? 馬鹿な、そんな話、僕は聞いたこともない。そんな都市がチェーンマイル王国に?」


「そうなんですだな。蛇の道は蛇。エロの道はエロなんですだな。ただ、そこが本格的に有名になったのは戦争終わったからだから、ロア王子もまだ知らないんですだな」


 

 エロの道はエロ? それって、つまりエロい街ってことか? よくある悪所的なやつか? 


「そうそう~、そこ行けばいいよ~、そんで男になっちゃえ~」

「ね~。私らもハンター時代にそこで働いて情報収集してたし~、勇者様たちなら~、女の子たちがすご~い寄ってくるよ~」

「おっ、それってあの街のことか! いいね~、俺らだって休暇が取れれば行きたいぐらいだぜ」

「ああ。俺だって所持金が底を尽きなければ永住したいと思っていたぐらいだ」

「でも大丈夫か~? お子様たちには刺激が強すぎるんじゃねえのか?」


 クリとリスたちを始め、周りもゲスな笑みを浮かべて俺たちの背を叩いてくる。

 だが、こいつらが「オススメ」なんていうからには、そうとうヤバイとこなんだろうなという、嫌な予感がプンプンする。

 そして、キモーメンの口から出たのは……



「その街こそ、僕が尊敬する御方、『フルチェンコ・ホーケイン』様の改革によって発展した、裏社会最大の娯楽都市、『カブーキタウン』なんですだな!」



 案の定、俺も全く聞いたことのない街だった。まあ、そもそもチェーンマイルのことだって、クレオとその姉ちゃんぐらいしかよく分からねえからな。後は秒殺された聖騎士とか。


「カブーキタウン……あのクソ品のねえ街か……」

「ファルガ王はご存知で?」

「まあな。これまで神族大陸で戦争してたテメェらが知らねえのは無理もねえ」

「どのような街なのですか?」

「そうだな、言ってみれば……『シロム』に近い街だな……」

 

 シロム……ああ、初めてイーサムと出会った、あの胸糞悪い街か。

 権力を持った人間たちの醜い欲望が蔓延った街。

 暴力、違法な取引、人身売買、上げればキリがねえし、良い思い出もねえ。


「だが、あのクソシロムは、旧ラブ・アンド・ピースが管理していたこともあり、どちらかといえば利用者も、金を持った腐ったクソ貴族やクソ有力者が多かった。だが、『カブーキタウン』はどちらかと言えば、ハンターを始め、一般人が主に利用するような街だ。旅の冒険者、漁師、行商人などな。だからこそ、ハンターにとっては生きた情報が集うから、無視もできねえ街だ」


 正直な話、ファルガの説明ではイマイチよく分からなかった。

 ようするに、シロムは金持ちたちが利用していた娯楽国家で、カブーキタウンとかいうところは一般人が利用するリーズナブルな街ってことか?


「まあ、俺もハンターを引退した以上、クソ行きたくもねえ街だが……愚弟……テメェの目指すサバス島はその港街から直行船が出ている」

「えっ、そうなのか?」

「だから、行くならその街を目指したほうがいいのは、事実だがな……」


 なるほどな。そこでそう繋がるのか。

 サバス島……旧友が居ると思われる、バスティスタの故郷か……


「でもな~。一般人が利用する娯楽都市って、なんか危ねえところなんじゃねえの?」

「そんなことないんだな、ヴェルトくん。確かに、戦争中はほとんど無法状態だったんだな。でも、『フルチェンコ』様が街を管理するようになって、安全・安心・信頼・信用を大原則とした街づくりを目指してるって話なんだな」

「なにが、安全・安心・信頼・信用だよ。そーいうのは、いかにも怪しいキャッチセールスじゃねえかよ」


 正直、その街に行くことは気分があまり乗らねえんだが、キモーメンが鼻息荒くして「問題ない」と強調してくるが、お前はその「フルチェンコ」とかいうやつをどんだけ尊敬してんだよ!


「まあ、俺が現役の時は確かにクソ品のねえ街だったが、今は違うみたいなのは事実だ。昔は、クソ真面目なチェーンマイル王の政治で、その街の違法者たちの摘発を繰り返していたんだが、『システィーヌ姫』が政に介入できるようになって、かなりそこらへんは柔らかくなったようだ」


 システィーヌ姫。クレオの姉ちゃんで、ファルガの許嫁だった、あの変な笑いが特徴的だった女か……


「そういったクソ色街は違法にしたところで、どうせ根絶できねえ。ならば、国家が管理しようという革新的な案をあの女が推し進めた。実際、それで経済的な利益もクソ大きかったみたいだからな」


 へえ、そういうものね。要するに、水商売な店を、ヤクザがケツ持ちするんじゃなくて、国が後ろについて管理するってことか。

 あの姉ちゃん、そんなことをやってたのか。

 そんなことを考えていたら……


「ふ~ん、じゃあ、その街に行こっか?」


 と、提案してきたのは、今まで黙っていた意外な男。


「ジャレンガ! おま、なんで?」

「なんでって、そこには色々な情報が集まるんでしょ? なら、僕の妹の居場所も分かるかもしれないしね?」


 まさか、「そういうことに一番興味なさそう」なジャレンガからの提案に驚いたが、そういうことか……そういえば、こいつの妹の問題もあったな……


「そういえば、ジャレンガ王子の妹君は家出をされて、今はチェーンマイルの方面にいらっしゃるんですよね? と言っても、僕もヤヴァイ魔王国は、魔王ヴェンバイと『月光の四王子』以外は知りませんが……」

「まあ、戦争には出なかったから、ロア王子が知らないのも仕方ないよね? クロニアのバカ女に唆されて、今、どこをほつき歩いているか分からないけど、そういうところに情報が集まるなら行ってみても良さそうだよね?」


 となるとだ、ジャレンガは妹探しのため。俺は旧友探しのため。ロア、シャウト、バーツは社会科見学のため。

 そう考えると、確かにその街に行ったほうがいいのかもしれねえな。ただし、ハメを外しすぎねえように。


「ん~、ファルガはそれでいいか?」

「まあ、サバス島に寄り道という約束だったからな」


 なら、チェーンマイル王国に行く前に、その街を目指して行くか。

 

「おっ、じゃあ、兄ちゃんたちはこのままカブーキタウンに行くわけか。羨ましいぜ」

「楽しんで来いよ! んで、是非この温泉の宣伝もしてきてくれ!」

「女の子が、この温泉街で働きたかったらいつでも歓迎つってくれ!」

「いいじゃん~、行ってきなよ~、それで~、浮気~、バレないようにね~」

「ああ、いいんだな~、ヴェルトくん、僕も行きたいんだな~! ねえ、クリとリス、僕も行ってきちゃダメなんだな?」

「お金を~、いっぱい置いていってくれれば~、いいよ~」


 俺たちの旅の目的地が決まって、周りは再び賑やかに騒ぎ出した。

 まあ、目的はバラバラだが、この際、構わねえか。とりあえず、嫁たちには内緒にしとかねえとな。そう思って、俺もコップに注がれていた酒に再び口をつけた。

 だが、そんな騒ぎの中、一人の元ハンターが、何かを思い出したかのように俺たちに言った。


「あっ、でも、一応気をつけろよ、兄ちゃんたち。ハンター仲間の情報網だと、最近そのあたりの近海は物騒だって噂だからよ」


 物騒? そんな歓楽街みたいなところで、物騒なことがまるでないことのほうが珍しいと思うが……


「噂では、そのあたりの海では、突如海上に海の女神が現れて商船を海中に引きずり込むとか、カブキーキタウンに謎の二匹の雌竜人が現れて街から女たちを次々と攫っていくとか、結構騒ぎになっているって噂だぜ?」


 そしてその物騒な噂というのは、何だかよく分からん物騒な話だった。

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