第587話 下品な宴会

 豪華な宿泊施設も、シェフが腕によりをかけた料理も俺には必要ない。

 ただ、そこに腹を割って話せる奴らさえいれば、最低限のツマミと喉を潤すものさえあれば十分なんだ。


「いやあ、兄ちゃんにファルガ、本当に久しぶりじゃねえか! いや、今は支配者様と国王様か?」

「ファルガはまだしも、あの時の坊主が本当にスゲーことになっちまったもんだぜ」

「ずっと会いたかったぜ! 魔族の嬢ちゃんに、亜人の姉ちゃんは元気か?」

「あれからここもデカくなってな。もう、贅沢三昧だぜ!」


 ナイトクラブのような盛り上がりを見せる酒場では、うるさい弦楽器や歌が常に鳴り響き、たくさんの懐かしい顔ぶれたちが、俺やファルガたちを囲んでいた。



「しかも、噂の真・勇者様を始め、十勇者が三人。さらに、俺ら元ハンターからすれば伝説とまで言われたヴァンパイアドラゴンまで居るんだ」


「それを引き連れてんのが、俺らのダチの兄ちゃんだってんだから、俺らも鼻が高いってもんだぜ」



 半年前にこいつらと再会したとき、こいつらは俺のことを忘れていた。だが、もう、俺はそのことを話題に出す気はなかった。出しても意味のねえもんだしな。謝られても気まずいだけだし、これでよかった。

 だから、せっかく会って酒を飲んでいるなら、出す話題は……


「世界をセーフクしたって、なんかあんまり変わらねえよ。あんなに可愛くって純粋だったウラも、かなりガッツク女になっちまったからな~。まあ、ムサシは変わらずおもしれーけど」


 こういうシモを交えたり、バカな話をして純粋に盛り上がる。それで良かった。



「でもさ~、良かったね~、ウラちゃん。ちゃ~んと坊やと結婚できてさ~。ウラちゃん、坊やのことチョー好きだったし~」


「だよね~。でも、ウラちゃん奥手だったし~、経験値足りなそうだったし~、意外と難しいかな~って思ってたけど~、ちゃ~んと、夫婦生活の『営み』はシテるんだね~」


「むふおーっ! う、うらやましいんだな、ヴェルトくんは! ねえねえ、ヴェルトくんはお嫁さんたちの誰が一番お気に入りなんだな?」



 いや、やっぱりシモの話は控えよう。こいつらゲス夫婦が自重しねえからな。



「にしても、キモーメン、あなたがここに居ると思わなかった。あなたのお父上はこのことを知っているのか?」


「むふぉ、ロア王子もパパも、帝国の人たちはみんな酷いんですだな。僕が勘当されてからは、誰も僕のことを探しに来ないし気にかけてくれなかったんですだな」


「……そう……だね。僕も、あなたが勘当されたと聞いたときは、神族大陸に居たしね……」


「それでもなんですだな! ぼぼ、僕と幼馴染なのに、ロア王子も、アルーシャ姫も、ヒューレも、ドレミファも、ソラシドも、ギャンザだって、僕がパパに家を追い出されたときに、誰も助けてくれなかったんだな!」



 にしても、ロアたちとキモーメンが幼馴染ねえ~。

 物凄い並んでいて違和感があるな。そして、こいつもこんな性格だから、昔からロアたちの間でも評判は良くなかったんだろうな。幼馴染と再会したってのに、あのお人よしのロアが複雑そうな顔をしているし。



「ま、まあ、元気そうで何よりだよ、キモーメン。今では立派な職に就いて、身を固めているようだしね。オルバント大臣も安心されるだろう」


「そんなことないんですだな! パパは酷いんだな! 僕がちょっとイタズラしただけで怒ったんだな!」


「そういえば……あなたは何をして、勘当を?」


「酷いんですだな! パパが奴隷として買っていた兎人族のメスを、僕がちょっと可愛がってあげようとイタズラ―――」


「いや、もういい。それ以上は聞きたくない」


「な、なんでなんですだな? 僕は何も悪く無かったんですだな! 可愛い亜人の女の子はモフモフしないとダメなんですだな! ちょっと嫌がっても、僕の家の所有物だから問題ないんだな!」



 昔からまるで変わっていない。

 そして、それは俺よりもこいつと付き合いの長いロアたちにとっても同じなんだろう。

 仕事も家庭も、ある意味では成功を収めた勝ち組になったってのに、その人間性にまるで成長も更生も見られねえ。

 ロアたちは、あからさまな軽蔑の眼差しをしていた。


「ヴェルトくんなら理解してくれるんだな? ヴェルトくんだって、亜人の女の子にイタズラしたくなるんだな?」


 って、そこで俺に振るんじゃねえ。


「んなわけねーだろうが。テメエみたいな野郎と一緒に………」


 ふざけるな。テメエと一緒にするんじゃねえ……と言おうとしたとき、俺にはふと、ムサシのことが頭に浮かんだ……



――殿~、だめえ、……あう、や……あう~~~……拙者のような未熟者に、このような~、このようにゃ~、んにゃああん♥♥♥



 それは、嫁たちが家に居ない時、俺がムサシと人命救助を兼ねたスキンシップしていた時の話。



――ひゃうっ! と、との~、尻尾をイタズラ~ひっぱったらダメえ~……ひゃうう、み、耳、くすぐったいでござる~……殿~、お戯れがす、過ぎ、ん、あふうっ……だめでござる~、お、奥方様に申し訳ないでござるよ~……んにゃ~~~んにゃ~ん♥♥♥ う~、拙者も殿の虎徹にペロペロしてしまうんだにゃぁ~♥



 嫌がるムサシの反応が面白くて、可愛くて、膝枕してやって頭をナデナデ、尻尾をサワサワ、耳かきのサービス、たまに胸をモミモミ、ホッペをプニプニ……そして―――



「………ま、まあ、亜人へのイタズラ云々の話は置いておいてだ……」


「「「待て、なぜ否定しない!」」」



 やべえ、一瞬、俺がキモーメンと同じ? とか思っちまったじゃねえか。俺のアレは別にイタズラじゃねえし。別にムサシは俺の所有物だから何をやってもいいとか思ってるわけじゃねえ。スキンシップだ。ムサシだって「ダメニャ~♥」とか言っても、ほんとは喜んでいるんだし!



「全く、ヴェルトくんもうろたえないでくれ。ヴェルトくんのやっていることは子孫繁栄のため、言い換えればこれから何百年と続く平和な世界を担う申し子たちのためだろう? 下劣な性欲を先行させて、女性を傷つけるようなマネを君はしないだろう?」


「アタリマエ。オレ、亜人ニイタズラシナイ」



 オオ、ソノトオリダ。オレ女ヲ、傷ツケタリハシナイ。


「ヴェルトくん。なぜ、そこで片言になるんだい?」

「そういえば、ヴェルト。君は臣下のムサシに手を出したとか……」

「あっ、それに、先日、ペットがやけにむくれてたぞ? なんか、お前にイジワルされたとか……」


 ぐっ、む、ムサシとのことは既に知れ渡っていたか。

 でも、ペット? 何で、ペットなんだ? 俺があいつにしたこととすれば、せーぜい、スカートめくったぐらいだぞ?

 なのに、ロアも、シャウトもバーツも、何だかジト目で俺を見やがって……


「う、うるせえな! つーか、キモーメンは極端な例だけど、お前らも少しはそういうことにも興味を持てよな? そんなんだから、女共に怒られるんだよ」

「君が極端すぎるんだ! そういうのは、アルーシャにしてあげたまえ。あの子は喜んで君の相手をするだろう」

「ヴェルト、品性というものを持ちたまえ。ま、まあ、君の場合は奥さんの方にも問題がないといえば嘘になるけど」

「でさ~、おまえ、本当にペットに何をやったんだ? なんか、帰ってきてから、あいつがブツブツとスゲー怖いし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る