第586話 キモ豚との再会

 やっぱ旅の途中に立ち寄って、こびりついた女の香りを洗い落として身奇麗になるなら温泉に限る。

 二年前は廃れた村が、偶然温泉を掘り起こして僅か二年で観光名所へと進化を遂げ、今じゃ村というより立派な街になっている。

 近隣の大きな街や国から離れたこの場所は大勢のハンターたちの協力で道が開拓されて、物の出入りも活発に行われ、宿泊施設も充実している。

 街には一攫千金を成し遂げた腕利きの元ハンターたちも常駐しているから、賊に襲われることや、チンピラたちが横行する等のトラブルも無い。

 半年振りか。ここに来るのも……


「そーいや、半年前にもここに来て、ファルガと再会したんだよな。でも、あんときゃファルガは俺のこと覚えてなくて、ちょいと戦ったっけな」

「ああ。クソ忌々しい記憶だ」


 いくらジャレンガの背中に乗るとはいえ、そんなに早くに大陸の端から端までの大移動は出来ねえからな。休憩もかねて俺たちは、以前から縁のある、温泉街まで来ていた。


「随分と賑わっているね。本当にヴェルトくんが掘り当てた温泉なのかい?」

「ここが噂の温泉名所か。俺らが帝国に居た頃から有名になってたな」

「うん。休暇を取って一度ぐらいは来てみたいと思っていたんだ。ようやく来れたよ」


 エルファーシア王国でもアークライン帝国でも有名となったこの地。今じゃ、お忍び旅行等で各国の王族貴族たちも利用したりするこの土地の温泉は、実は俺が掘り当てたんだとロアたちに教えてやったら、そりゃ驚いていた

 まあ、結局その時、温泉の権利がうんたらかんたらは、その場に居たハンターたちにくれてやったんだよな。

 あん時はドラも居たし、帝国がラブのアホたちに攻め込まれたとかで、最後はバタバタしちまったからな。


「そういや、あいつら俺のことを覚えているかな? いや、思い出したか? 半年前は完全にド忘れされていたからな」


 二年半前に一晩飲み会をした程度の仲ではあるが、それなりに仲良くなったと思われるあのときのハンターたち。

 半年前に立ち寄った時は聖騎士たちの手によって、俺の存在が世界から忘れられていたこともあったが、今は違うだろう。

 俺を見たらどんな反応をするかな? そう思って、俺たちが街の中へと足を踏み入れた、その時だった。


「ヴェルトくん、なんだなーっ!」


 驚いたように俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声のした方向を向くと、そこには汗を掻いた豚が、目を輝かせて俺に向かって走ってきた。……あっ、豚じゃない。豚……じゃなくって人間だ。

 はち切れそうなピチピチのYシャツにサスペンダー。デブ専用の腹回りの広いズボン。

 汗でこびりついた髪の毛が額にペったりとくっついてる。

 人は見かけで判断しちゃいけないと分かっていても思ってしまう。気持ち悪い男だと。

 だが、俺はその男を知っていた。


「キモーメン!」


 そうだ。キモーメンだ。

 元帝国貴族の七光りのバカ息子だが、親に勘当されたとかで、俺が拘留されていた監獄の平職員として働いていた男。

 監獄の中で話し相手があまり居なかった俺が、よく話をしたり、ちょっとしたことに協力したりしてくれた男だ。


「な、なんだって? ッ、キ、キモーメン! オルバント大臣のご子息の!」

「げっ、ほ、ほんとだ! 何であいつがここに!」

「勘当されて帝国から追放されたって……しかも、何でヴェルトのことを知っているんだい!」


 あっ、そっか……元帝国の貴族なわけだから、ロアは当然知っているよな。

 それに、バーツやシャウトが知っているのも意外だったが、とにかく三人ともあまり良い印象がないのか、顔が引きつっている。


「ちっ、クソ豚息子か」

「なにあれ? 見ているだけで気持ち悪い。食をそそらない豚とか、生きている意味無くない?」


 んで、ファルガとジャレンガ、お前ら酷いな! 

 とはいえ、俺自身もこいつとは色々と話をしたけど、あんまり良い思い出があるわけでもないんだけどな。

 でも、こいつは何故か俺のことを「友達」と思っているようで、非常に嬉しそうな顔して走ってきやがった。


「久しぶりなんだな、ヴェルトくん! ずず、ずっと会いたかったんだな!」

「まーな。そーいやー、半年前に監獄から脱獄した時にお前はついてきて、でもここに置いてきちまって、それっきりだったんだよな」

「そそ、そうなんだな! あれから、ヴェルトくんが凄いことになってて、僕すごい驚いて興奮したんだな! 世界を支配したって!」

「ああ、まーな」

「あ、あの、あのフォルナ姫は僕が結婚したかったけど、ヴェルトくんなら許してあげるんだな」

「はは。何だそりゃ。俺の知らんところでフォルナとテメエにはそういう話があったのか?」


 とりあえずは元気そうだな。まあ、だから何だってわけでもねえけどよ。


「んで、お前はあれからずっとここに居たのか? 今、何やってんだよ」

「うん! 僕は、ここでお客さんへのサービスのアドバイスをしたり、僕が昔関わりのあった有力者に宣伝して資金を出資してもらったりして、今では僕がこの街の組合長なんだな!」

「なにい? そんなことになってんのか? お前が?」

「そうなんだな! そ、それに、今では結婚して、しかも奥さんも二人居て、毎日イチャイチャなんだな!」


 その時だった。



「「「「ぶっほおっ!」」」」



 俺、ロア、シャウト、バーツの四人が噴出した。

 えっ? 何ソレ?


「けけけ結婚だと! お、おおお、お前がッ!」

「キ、キモーメン氏が……結婚……」

「さ、先を越されたとかそういうレベルじゃなくて……そ、そんなのが……しかも二人?」

「マジで……どんな女がこの人と……」


 こいつという人間を知っていれば、誰もがそれがどれほどのことか分かる。


「むふふふふふ、ヴェルトくんの六人には敵わないけど、僕もモテモテなんだな。組合長権限で、僕は何人でも結婚していいことにしちゃったんだな」


 気持ち悪い変態エロ豚。そのキモーメンが、結婚? しかも奥さん二人?


「で、どんな弱みを握ったんだ?」

「キモーメン氏、あなたは権力を使って?」

「まさか、無理やり!」

「そうでなければ、相手はそもそも人間か?」


 いや、まあ、俺も六人というか、つい先日にもう一人増えて嫁が七人になったからあんまり人のことを言えないが、それでもこれは予想してなかった。



「ひひひひ、酷いんだな! ぼ、僕はラブラブで結婚したんだな! 僕の仕事ぶりと、僕の夜のテクニックに今の奥さんたちはメロメロなんだな。ほほ、本当はフォルナ姫やアルーシャ姫も僕がメロメロにしてあげたかったぐらいなんだな」


「………キモーメン氏……あなたという人は」


「クソ豚が」


「ひいいい、ロア王子、ファルガ王子、ウソなんだな、だから怒らないで欲しいんだ………って、ヴェルトくん、今気づいたけど、何でロア王子やファルガ王子、それにシャウトにバーツまで居るんだな?」


「今更ですか! 最初から僕たち居たじゃないですか!」


「おい、愚弟。テメエ、本当にこんなクソ豚とダチになったのか?」



 相変わらず気持ち悪いことを次から次へと吐き出しやがって。

 つうか、フォルナとアルーシャ、こいつに狙われてたのか……それはそれは……

 しかし、だからこそ、直のこと気になる。

 こいつと結婚したとかいう奥さんって何者だと。

 すると……


「あれ~、あんた~、なにやってんの~」

「働かない豚はただの豚~、私らを食べさせるのが~、あんたの仕事でしょ~」


 二人の女の声がした。


「ん? お~い、こっちなんだな! 早く来るんだな! 世界一の有名人が来てるんだな!」


 その時、キモーメンが少しはなれた場所から真っ直ぐこっちへ向かってくる、二人の女に手を振った。

 その二人の姿を俺たちが視界に入れた瞬間、俺たちは驚いた。

 二人の女はとんでもない格好をしてたからだ。


「は~、な~に~? 今日は~、貴族の団体客に~、女体盛り大サ~ビス祭りの準備する~って言ってなかった~?」

「それを~、ほったらかして世界一~? 一体誰が~………………あっ…………」


 アメリカのポルノ関係に出てきそうなブロンドの巨乳、むっちりとした尻、目を奪われる二人組だった。

 服装はハーフパンツにマイクロビキニという、エロス。

 ハッキリ言って、ロアたちのような童貞には刺激が強すぎる。

 そして俺は二人の顔を見て、思わず「あっ」と言ってしまった。

 そして、向こうも俺とファルガを見て目を丸くした。



「僕の妻のクリとリスなんだな」


「そう来たか!」



 キモーメンに思わずツッコミ入れちまった。

 こいつと結婚したのは、この二人組か! つまり……財産目当てか……


「あ~~~、坊やじゃ~~ん」

「しかも~、ファルガも~居るし~!」

「ヴェルトくんとファルガ王子も知ってるんだな。二人から、ここの温泉を掘り当てたのが、ヴェルトくんとファルガ王子だって教えてくれて、ビックリしたんだな」


 淫乱のハンター。妖艶絶技コンビのクリとリスだ。

 二年半前、童貞を喰われかけたのが未だに鮮明に思い出せる。

 まさか、この二人が……


「いや、その前に、その……キモーメン。その……扇情的な格好をされている二人が……」

「こ、こんな変態みたいな格好した女が、あんたの嫁さんなのか?」

「……でも、普通にしていたら美しいお二人だ……なんだか、ショックだ……」


 で、普通に考えると、童貞勇者三人衆からしたら、色々とショックのでかい事実だっただろう。複雑そうな顔を浮かべている。

 ジャレンガは大して興味なさそうに欠伸しているけど。

 そして、そんな中、勇者たちが目の前にいるというのにまるで気づいていないのか、結婚したとはいえこの二人は相変わらずだった。

 俺とファルガにしなだれかかり……



「ほ~んと失敗したな~。今はそれなりに贅沢できてるけど~、坊やなんか世界を支配した男ってやつでしょ~? ケタ違うじゃ~ん」


「だよね~、あ~あ。あんとき~、喰っちゃえば良かったよね~。ウラちゃんとムサシちゃんが邪魔してできなかったけどさ~。てか、今からでも間に合ったりする? 六人もお嫁さん居るなら、二人ぐらい愛人問題なくな~い? なら、すぐに離婚しちゃう~」


「むひょー! そ、そんなのダメなんだな。いくらヴェルトくんでも、二人はあげないんだな! あっ、でも、こっちが二人に対して、フォルナ姫かアルーシャ姫のどっちかと交換ならいいんだな? もしくは、エルジェラ皇女でも、ユズリハ姫でも全然いいんだな! むしろ、ユズリハ姫が欲しいんだな! ユズリハちゃんを抱っこして可愛がりたいんだな!」



 なんなんだ、このゲス共は! 



「ざけんな! つうか、なんつう会話をいきなりぶち込んでんだテメェらは! 三人揃ってゲスの極みモードかコラァ! つか、あげねーよ。そんな話題が欠片でも出ようもんなら、世界が一瞬で崩壊するぞ? ユズリハの親族を誰だと思ってんだよ! つーか、誰もあげねえし! 嫁は全員俺のだから他の男には指一本触れさせねえし!」


「……ヴェルト……お前の場合そのセリフを嫁たちの前で言ってやれば全て解決なのに……」



 よくもまあ、そんな命知らずのことを……

 しかも、こいつら微妙に本気で言ってるっぽいところが、恐ろしい。

 あ~、頭痛くなってきた。



「もういいや。さっさと温泉にでも入れてくれ。んで、適当な宿でも案内してくれ」


「分かったんだな! ヴェルトくんは友達だから、この街で一番良い宿の部屋を用意するんだな! あと、温泉で体を洗ってくれる女の子を何人か用意するから、好きな子選んでいいんだな! みんなとっても可愛くて上手なんだな!」


「って、待て待て待て待て! なんだ、そのいかにもエロそうなサービスは!」


「何を言ってるんだな! こういうサービスとか、ヌルヌルお風呂で女の子と遊んだりとか、そういうのがスゴく人気あるんだな!」


「こちとら、嫁のエロ総攻撃に嫌気が差して家から飛び出してきたってのに、そんな風俗みてーなエロいこと出来るわけねーだろうが! 普通でいいんだよ、普通で!」


「んもう、ヴェルトくんは分かってないんだな。このおもてなしは、僕がこの世で最も尊敬する御方、『フルチェンコ氏』が考えた至高のおもてなしなんだな」


「何が至高だ! 誰だよそれは! どっかで聞いたことあるような気もするが、そんなもんは俺には必要ねえ!」


「フルチェンコ様を知らないなんて、ダメなんだな! 何かの罪を犯したとかでチェーンマイル王国でしばらく捕らえられていたけど、半年前に出てきて、今ではチェーンマイル王国の経済に大きく貢献している方なんだな」



 やべえ、果てしなくこいつをぶん殴りてえ。

 こいつも、本当は俺に喜んでもらいたいという純粋な気持ちなんだろうが、あまりにもゲス過ぎて俺も思わず大声で怒鳴っちまった。


「まあまあ、ヴェルトくん。その、気持ちは分かるが落ち着いて」

「とりあえず、普通の風呂に入って落ち着こうぜ」

「そうそう。この方を何だか殴りたいという君の気持ちは分からなくもないけど」

「は~……クソめんどくせーな」

「ねえ~まだ~? っていうか、この豚気持ち悪いから殺したいんだけど、いいよね?」


 こんな調子のまま、せっかくのリフレッシュが憂鬱な気分になり、それどころか、後ろの方からキモーメンたちが、「今日は宴会なんだな!」とか言ってくるもんだから、更にメンドくさい気分になった。




――あとがき――

みなさん、こいつらを覚えていますかな? キモーメンくんと、その奥さんになった、クリとリスの二人です。

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