第582話 二次元の女

 互いの状況を把握できるようにゲーム音量はMAX。

 まあ、俺たち以外の客はこの二階フロアに居ないから大丈夫だろ。

 最初はこいつらも貴族の坊ちゃんらしく、綺麗に食事をしていたが、今では酒場らしく騒いで食べ散らかされた食器や、空のグラスを散乱させ、ゲームに熱中している。

 それにしても、四人同時プレイなら、落とす女が重複することだって考えられるのに、俺たちは見事にバラけた。


『うれしいな。引越ししてそれっきりになっちゃったロアくんと、また同じ学校に行けるんだから』


 幼い頃に離れ離れになったものの、高校で再会を果たした幼馴染。


『バーツくん、私、剣道部マネージャーになったの。よろしくね♪』


 体育会系部活の癒し系マネージャー。


『シャウトくん、これから同じクラス委員として、クラスを盛り上げていきましょう』


 メガネをかけたマジメ委員長。


『てへへへへへ、いや~、ヴェルトくん、授業サボるとはおぬしもワルよの~』


 天然バカ女。

 別に相談したわけでも狙ったわけでもねえ。本当だ。俺は別に狙ったんじゃなくて、たまたまだ。

 まあ、前回このゲームの奥深さを知らずにうまくいかなくて悔しかったってのもあるといえばあるが。

 とにかく、俺たちはこれから関わっていく女たちが見事にバラけた。



「ふむ。『コウコウセイ』、つまり十代の若者が通う学校か。しかし、授業内容が……魔法や軍事訓練等がないんだな」


「なんか、この制服もスゲー、ヒラヒラしてるし、みんな弱そうだな~。こいつら、学校で何習ってんだ? 強くなろうって気構えはねえのか?」


「クラス委員の仕事は……何やら雑務が多いな。模擬戦の指揮官役とか、そういう役割はないのか?」



 そういや、このゲームの世界は、どちらかというと朝倉リューマの世界よりの話。

 魔法学校や軍士官学校出身のこいつらには、色々なカルチャーショックはそりゃあるだろうな。

 だが、どんな世界の学校に似てようと、このゲームでやるべきことは変わらない。

 ようするに、女を落とすということだ。


「なるほど。女性をデートに誘い、校舎内でイベントを重ね、更にはこのマイクというものを使って語りかけることで、より女性と親密になる! ならば、攻略の鍵はこの三つを同時に行うことになる! つまり、下校のイベントでデートに誘うためにマイクを使う! これが効果的なはず!」


 そして、すげえ、ロアのやつ! この短い時間にこのゲームの傾向を既に把握し始めやがった。

 女の心は分からねえくせに、文化の違う世界のゲーム機を理解するとか、どんだけ無駄にすごいんだよ!

 そして、ロアは真っ先に動く。ゲーム機を手に持ち、表情は真剣に、そして爽やかに。



「アスカちゃん! 僕と一緒に帰らないか? 君と同じ道を歩いて帰りたいんだ」


『ロアくん……う~ん、でもな~……』



 つっても、コンピューターがロアの爽やかさとイケメンを認識してるわけじゃないから、反応は微妙そうだ。

 その様子を見て、何だかロアが少し弱気になった。


「まずいな。彼女、嫌がっているのではないか? やはり血に汚れた僕では……」

「だーっ、めんどくせーな、それはこのゲームに関係ねーよ!」

「ヴェルトくん、しかし……」

「つーかな、本気で惚れたんなら、血に汚れてようとゲロに汚れてようと関係ねーんだよ! テメエは血に汚れてるからダメじゃなくて、ハッキリしねーからダメなんだよ!」

「ッ…………そ、そうだね……そうだったよ。それに、これはシミュレーション。ここで引いては何の進歩もしない……ありがとう、ヴェルトくん。僕、やってみるよ!」


 ウダウダ言いそうだったロアのケツを引っ叩き、ロアが人生で初めて女相手に強引に踏み込んだ。



「聞いてくれ、アスカちゃん! 僕は、今まで自分は誰か特定の人を幸せにできない人間だと思っていた。誰か個人のために生きることのできない男だと思っていた。だからこそ、恋愛などを遠ざけていたのかもしれない。でも、僕も変わりたい、僕も前に進んでみたいと思うようになったんだ! 僕は…………君のことがもっと知りたいんだ! 君がいつも見ている風景を、君の隣に並んで、同じ視線で、そして同じものを聞いて、同じ風を受けて、同じ夕日を浴びて――――」


―――――ピー、言葉が多くて認識できません。


 なんか、ゲーム機から、そんな無機質な声が聞こえてきた。

 そして、ロアの言葉の内容など無視して、アスカというヒロインは気まずそうな顔をう変えた。



『ごっめーん。今日、クラスの子と先約があって駅前で遊ぶことになってたの。じゃーねー!』


「…………………あれ?」



 …………まずい…………腹抱えて笑いたい。


「ぷっくくくく、ぶっくくくくく。あんな真剣なセリフに対してこのレスポンス……」

「は、はははは、いや~、ふられちゃったよ」

「へ~、ロア王子でも振られるんだ」

「なるほど。確かに難易度の高い模擬戦のようだね」


 俺はしばらく笑いが止まらなかったが、このゲームの難易度をシャウトやバーツも実感したようだ。

 正直、ロアなんてそのへんで歩いてるだけで女が擦り寄ってくるような男だが、このゲームではそういった容姿や爽やかさや身分など、あらゆる才能が通用しない。

 全員平等な平均からのスタートなんだ。

 まあ、前情報がある分、俺が少し有利ではあるんだが……


『ヴェルトくんは何を歌うの~?』

「俺は、アニソンだ!」

『うっほほ~~い、マジですか~い! デュエりますか? デュエルスタンバイっすか! デュエリストっすか!』


 こんなふうにな。ありがとよ、ニート。お前の死は無駄にしねえ。


「すごいな、ヴェルトくん! 順調に親密になっているじゃないか!」

「ほんとだぜ。やっぱ、嫁がたくさんいるやつは違うんだな~」

「う~む、レディの扱い方に関してヴェルトを見習うことになるとは……」


 ふっ、見てろよ、天然バカ女。必ずお前を落としてやる。

 そして必ず告って、成功して…………まあ、その後はどうなるか分からねえけど、だからって、やらねえ理由にはならねえ。


「よっしゃ、次は俺だな。何をやる? 当然、稽古場で素振り素振り素振り!」

 

 で、バーツは関わる女を決めたというか、自然に決まったんだが、単純に剣道部に所属したらそのマネージャーが関わってきたってだけの話なんだが、こいつ…………

 

『ねえ、バーツくん、お疲れ様。いつも一番稽古してて本当に感心だね。どう? 今日は息抜きに帰りに寄り道して一緒にアイスでも食べて帰らない?』

 

 マネージャーの女がタオルを持ってバーツにアプローチ。

 俺なんて、天然バカ女の好感度を上げるために話しかけまくってるのに、こいつは部活で剣道やってるだけで女を呼び寄せやがった。

 なのに………


「息抜きだと! 何言ってんだよ、この女は! もうすぐ、『いんたーはい』とかいう大会が近いって主将が言ってたのに、なにノンキなこと言ってんだよ! えっと、選択肢は………断って特訓! 特訓だ!」

「って、バーツ、おまえ何やってんだよ!」

「バーツ、それでは女の子と仲良くなれないじゃないか!」

「そうだよ。それに、せっかく女性の方から声をかけてくれたのに、その態度は酷いんじゃないか?」


 バーツはバーツでこの始末。なのに、こいつ、俺らに対してもキッと鋭い目をして………


「何言ってんだよ、大会になれば、学校の名前を背負って代表として戦うんだぞ! それなのに恋愛なんかしている場合かよ! 俺の剣で、てっぺんを獲ってやるんだ!」

「いや、おまえ、これってそういうゲームじゃねえからっ!」


 そう、バーツはゲームの方向性をすっかり見失ってやがる。

 だが、そんな時だった。

 女の誘いを断って夜遅くまで特訓していたバーツが、ようやく帰ろうとしたとき………



『はい………お疲れ様………』


「あれ?」


「なにいっ!」


「どういうことだい? さっき、バーツが断った女の子が、待っているじゃないか!」


「しかし、こんな夜遅くまで女性が?」



 そう、バーツをデートに誘って断られた剣道部のマネージャーが、バーツの帰りを待っていた。

 タオルとスポーツドリンクを差し出して、ニッコリと笑っていた。


「………おまえ、帰ったんじゃないのか?」

『初めは帰ろうとしたよ。でもね、バーツくんが頑張ってるの分かったら………戻ってきちゃった。てへ♪』

「なんだよ。別に戻ってこなくても良かったのに」

『ううん。ダメ。選手の体調や健康管理、オーバーワークしすぎないように見ているのも、マネージャーの努めなんだぞ!』


 このゲーム、ただ単純に女とデート積み重ねとかそういうだけじゃねえ。



『バーツくんは、不器用で、剣でしか自分を表現できない困ったさんだよね』


「なに?」


『でもね、だからこそ、バーツくんが振るう剣の一つ一つを見ているから、私には分かる。不器用で、だけどひたむきで努力家で一途で………ああ、この人は、本当に強くなりたいんだなって………剣のように真っ直ぐな人なんだって』


「ッ! 俺が、剣のように真っ直ぐ……」


「私は剣道家じゃない。だから、どんどん剣の道を突き進むバーツくんと一緒にいることはできないけれど……今こうして、一休みして剣を手放している時だけは……一緒に居て……いいかな?」



 真摯に何かに打ち込む姿を見せることで、上がる好感度もあるってことか?

 そういえば、ニートも言っていた。パラメーターも重要だと。なるほど………侮れねえな、このゲーム。

 ………って、ちょっと待て。なんか、バーツ………様子が………



「い、いや、一緒にって、俺なんかと一緒にいても、つ、つまん、ねーと思うぞ?」



 なんで、しどろもどろになってんだよ! ゲームだよゲーム! なんで、幼馴染の俺ですら見たこともねえぐらいに顔を赤くしてんだよ!

 まさか、こいつ? そう思ったとき、トドメの一言が………



『うん、一緒にいる! だって、私は……剣道部マネージャーで……剣士バーツくんの応援団長だから♪』


「ッ!」



 ………終わったな………女を落とすゲームで、こいつ逆に………


「は、初めてだ……」

「バーツ?」

「……俺ってさ、ガキの頃から勇者になるとか言って、ヴェルトとかにバカにされてたから……だから初めてなんだ。俺を真剣に応援してくれる奴がいるなんて……」


 それ、サンヌに言ったら泣くぞ! あいつ、ガキの頃からお前のことを応援していただろうが。


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