第566話 思わせぶり

 そうだ。こいつらの目的は、ストロベリーの話によれば、ニートに「確認」することがある。っていうものだった。

 そして今、ニートの正体を、「土海紫苑」だと確認した。

 それで、こいつらは何を望む?


「取り戻したいだけだっつーの。もう二度と帰れない前世には、当たり前のようにあったはずの文明を……再びこの手に……」


 ………ようするに、オタク文化が無いのが嫌だから、それを復活させるために世界を滅ぼすってか? なんつー、迷惑な奴らだ。



「文化のためなら、正直な話、社会も人間関係も不要だっつーの。極端な話、私なんて、食う寝るに困らなければ、あとはゲームさえあれば一生生きていける」


「迎……おまえ……」


「でも、人間関係は不要と言いつつも……それでもやっぱり、縁なのか、特別視しちまうのはいるっつーか……あんたは、分かるだろう? 紫苑」



 俺には理解できない言葉だった。でも、どうしてだ? ニートは、どこか寂しそうな、それでいて心が揺らされているような表情に見えた。



「ゲームばっかで学校中からドン引きされた私。男のくせに男の娘に目覚めたことで学校中から遠目で見られていた七河。天才変人頭脳ゆえに理解者が居なかった佐々木原。アニメ、ゲーム、漫画、二次元の世界に生まれたかったと嘆く橋口。常に腐った妄想から抜け出せない布野。そして……全てのことを後ろ向きにしか捉えられないネガティブぼっちだった土海紫苑……」



 ………なんだ、その六連チャンは……つうか、そんだけ濃いのが六人も居れば、逆に印象的すぎて覚えているはずなんだが、正直俺は全く思い出せねえ。



「そう……紫苑……私らは別に友達だったわけでもないっつーか、学校以外で会うことも無かったし、休み時間だって特に一緒に遊んだり、そんなに会話したわけでもないっつーの? たまに、ゲームやアニメの話をするぐらいで、特別な班分けでもない限り、全員が全員、自分の世界に閉じこもって、他者との関わりを拒絶してたっつーの。でも……それでも……それでも、私たちは、なんかお互いに何かを感じ取っていたはずだっつーの」



 そして、ニートは否定しない。

 友達じゃない。それなのに、他人とは言い難い、何とも言えない関係性。


「それで……だから、俺にどうしろっていうのが全然分からないんで! そうかもしんないかもしれないけど、もう大昔の話なんで! そんなのを今ほじくり返されたり、諭されたりしても、俺に何をどうして欲しいのか全然分からないんで!」


 ニートは、どこか迷ったような表情をしながら叫んだ。自分にどうして欲しいのかと。

 だが、その問いかけに対し、スカーレッドは答える代わりに何かをニートに投げた。


「ほら」

「?」


 ニートが受け取ったそれは、小さなカバン……どこから出したんだ?

 しかし、それを渡しただけで、スカーレッドはニートの問いかけには答えない。



「お土産だ。帰ってゆっくり中を見て……考えて……あんたの思った通りにすればいいっつーの。私も千春も強制しないっつーの」



 中身は、なんだ? ニートは受け取ったカバンの中身を見ることもなく、ただ、ジッとスカーレッドトを見たまま。

 そしてスカーレッドはそれだけで要件が終わったのか、そのまま俺たちに背を向けた。

 さらに、アプリコットは……



「紫苑……今日は会えて、本当に嬉しかったよ」


「……七河……」


「懐かしくて、嬉しくて………そして……思い出したよ……僕たちがまだクラスメートだった頃……僕が、男の人に告白されたり……女の人から恨まれたりで、人間関係に積極的になれなかった僕に……紫苑は言ってくれたよね? 不良に誑かされて迷走する女より、あざといだけのウザイ女より、ガラ悪かったり、ギャルだったり、百合だったり、変な女の子ばかりのクラスメートの中で、一番女の子らしいのが僕だって。それをトラウマに思わないで誇っちゃえば? ……って」



 そんなことを言ったのか? でも、こいつ男なんだろ? ……今はどっちなのか、判断がつかねえけど……


「紫苑……僕は、誇れる自分になろうと思っている。だから、そんな僕を……これからも紫苑に見てもらいたいと思っている。だから、待っているよ? 君の彼女がどこのどいつか知らないけど、その子……君の本当の笑顔を引きずり出せないような女なんでしょ?」


 アプリコットも、そう言ってもう一度微笑んで、背を向けた。

 その二人に従うように、ニタニタ笑ったストロベリーも後を追う。


「ちょっと待てよ、行くのか? まだ、話はなんも終わってねーだろうが! 急に現れて、思わせぶりなこと言って、んで、どーすんだよ、結局は!」


 これで帰る気か? まだ、何も話は終わってねーっつうのに。

 だが、俺がそう叫んだ瞬間、アプリコットとストロベリーは、スカーレッドの背中に触れ、そして気づけば三人の体が歪み、そのままスクリーンの中に吸い込まれちまった。


「なっ、なにいっ!」

「スカーレッド! アプリコット!」

「なななな、ここ、これは、どうなっているでござる!」

「アプリちゃん!」


 ど、どうなってんだ? スクリーンの中に入っちまったぞ? 


「これが、私の力だっつーの。コンピューター、テレビ、ゲーム機を始めとする全ての電子機器の電気と同化して、中に入ることもできるし。電気のあるところならどんなところでも移動できるし、なんだったらこの電脳世界の中で永住することだって可能。オンラインゲームの世界で永住っつーのも捨てがたい」


 電気と融合? 移動もできる? 最初に現れた時も、そうやって現れたってことかよ!


「そ、そんなことが可能なの?」

「にゃっは信じられない! そ、それなら、政府機密のファイルなんかがいつも盗み出されていたのは、この力?」


 もし、それが本当なのだとしたら、ブラックたちの言うとおり、とんでもない能力だ。

 俺たちのファンタジー世界じゃ通用しなくても、科学技術の発達したこの世界なら、ほとんど無敵の力じゃねえか。

 この女……



「クレオちゃん。今日より、私が……いいえ、僕がBLS団体を指揮するよ。今までお疲れ様でした。どうか、元の世界でお幸せに」


「………ええ。全てを公表し、表に立つというのなら好きになさい。もう私にそれを止める気はないのだから……。でも、これだけは言わせて。この世界で右も左も分からなかった私を拾い、保護してくれたブリッシュ王国には心から感謝しているわ。ありがとう。そして、さようなら。アプリコット」



 そして、もはや追いかけることも不可能。最後の最後にアプリコットは、クレオに一言別れを告げ、そしてスカーレッドは……



「さようなら、朝倉。そして、紫苑……あんたの答えを楽しみにしてるっつーの」



 それだけを言い残し、次の瞬間にはスクリーンの電源が落ち、オーバーヒートしたかのように煙を吹き出して破裂した。

 結局奴らは何がしたかったのか、俺たちにははほとんど分からないまま、あいつらは消え、しばらく静まり返った瓦礫の上で、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。

 そんな中でニートは…………



「縁……シンパシー……友達でもなく他人でもない………俺たちの……グループ……」



 スカーレッドに渡されたカバンの中身を確認することもなく、ただ下を向いて呟いたままだった。


「いや、ニート。思わせぶりにカッコつけて呟いてるけど、ただの陰キャのオタク共の勧誘だろうが。妙に雰囲気出してカッコつけんなよ」

「…………」

「……いや、おい、反応しろよ」


 そして、そのあとはもう何もなかった。

 アプリコットの問題もあり、ブラックやアッシュの計らいで、俺たちをこれ以上連れ回すわけには行かないとし、俺たちはこのまま研究所へ連れて行かれることになった。

 研究所で待ち、そして皆が来たら、俺たちはこの世界から立ち、元の世界へ帰ることにした。




ちなみに、クレオも一緒に帰るとのこと………



それだけで、更に気分が重くなった。

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