第565話 共感できない口論

「で、軽く紹介してくれよ、ニート」


 前世のクラスメートだと分かった。

 ニートとは、縁がある奴らだというのも分かった。

 しかし、どういう奴らだったのかは、俺も全く分からない。

 迎歩。七河千春。この二人は何者なのかと、俺は問いかけた。

 そして、ニートは、苦笑しながら答えた。



「ゲーセン、オンラインゲーム、携帯ゲーム、あらゆるゲームを極め、あらゆるゲーム大会で賞を取りまくった、ゲーム界では有名人。やがて、自分を満足させるゲームが無いことから、ついには自分でゲームを作り上げ、ゲームマーケット市場では伝説となった、孤高のゲーマー。『鬼才・迎』!」



 ……ようするに、ただのゲーマーでいいのに、何故そんな大物みたいな紹介なんだよ。



「その容姿ゆえに、女から疎まれ、あらゆる男を狂わせた。彼氏がこいつに惚れたということで破局になったカップルは数知れず。半端な女で童貞捨てるぐらいなら、むしろこいつを抱きたいという男も珍しくなかった。魔性のアイテムであるシュシュを自在に使いこなす、存在自体が既に奇跡。『シュシュ使い・七河』!」



 ………?



「ようするに、モテモテの女ってことか? 意外だな。モテるのは、アルーシャやフィアリ……綾瀬や鳴神だと思ってたのに、まだそんな奴がクラスメートに居たのか?」


「ああ。ちなみに、お前が言ってるのは、『男にモテる女』の話であって、俺が言ってるのは『男にモテる男の娘』の話なんで」


「……はっ?」



 今の説明で、おかしいと思ったのは俺だけか? 正直、今のこの状況がまるで理解できずに戸惑っているペットやブラックたちの反応は参考にならねえ。

 男にモテる……おと……



「ちょっと待て! それじゃあ、こいつ、前世は男だったのか?」



 っていうことになるな。

 だが、その時、アプリコットはニートに向けていた微笑から一変して、妖しい笑みを俺に向けた。


「あはははは、全く、早とちりだな~、朝倉君は。やっぱ、お嫁さんが七人も居るぐらい手当たり次第な人は……人のことを詳しく見ていないのかな? 昨日のホテルでの騒動でも思ったけど、よくそんな洞察力で、メロン代表……ううん、クレオちゃんを手篭めにしたね」


 な……えっ……どういうことだ?


「……おい、七河、お、お前、まさか……」

「さあ? 『どっち』かな? 紫苑になら……僕が『どっち』なのか、教えてあげても……いいかな?」


 このとき、俺は思った。

 会話がおかしい。

 でも、その内容を詳しく知っちゃいけない気がする。

 掘り下げるのは、色々まずいと、本能が訴えている。

 うん、掘ったらまずい……なんか自分でもうまいこと考えちまったな。


「朝倉……リューマ……」


 その時、戸惑う俺に、スカーレッドが話しかけてきた。



「正直、あんたと一度も話したことはないけど、昨日のライラック王子とのやり取りで、あんたの正体はすぐに分かったっつーの。クラスメートで、あんなキャラ、そしてメロンに対する態度。朝倉だろうなって、思ったっつーの。っつーか、紫苑と行動を一緒にしてるとは思わなかっつーの」


「テメエ……」


「つーか、紫苑。あんた、朝倉のこと嫌いだったんじゃなかったっつーか、綾瀬が寝取られたっつーの? そこらへん、どうしたんだっつーの?」



 いや、寝取ったわけじゃ……


「いや、寝取られるどころじゃないんで。取られる以前に、一度も手元に来たことなんてないんで。それどころか、再会したら既にこの二人、結婚してたんで」


 結婚したんじゃねえよ! させられたんだよ! と言っても、こういう話になると……


「ちょ、ヴェルトくん、どういうこと! 私、そんな人、知らないよ? 誰なの、アヤセって人は!」

「殿ォっ! お、お、お、奥方様が増えるのは拙者も構いませぬが、せめて拙者には報告して欲しいでござるッ!」

「アヤセ? へえ、それもあなたの嫁ってわけね。どんな女?」


 ほらな、こうなるよ。そりゃー、ペットたちがそういう反応をするのも無理はねえけどさ。


「あ~もう、勘違いするなって。アルーシャのことだよ、アルーシャ!」

「えっ……あ、そ、そうなの?」

「あ、そ、そうでござったか」

「アルーシャ……そう、アークライン帝国の……」


 そう、こいつらはそれで納得するだろう。

 だが、今度は、スカーレッドとアプリコットが驚く番だった。



「ちょ、そ、それってどういう………」


「迎。それと七河。実は俺たち……朝倉や綾瀬含めて、クラーセントレフンで、何人かのクラスメートと再会したんで」


「ッ!」


「それで、ヴェルト……朝倉は、人類大陸最大国家のお姫様に生まれ変わった綾瀬と、ダークエルフのお姫様に生まれ変わった備山と結婚してるんで」



 そう、あの時、死んだ俺たちのクラスは、今ここに居る俺たちだけじゃなく、他の奴らも別の人生を歩んでいる。



「綾瀬……あのリア充不公平代表のくせに迷走していた女と、ギャルのクセに実は純情処女の備山?」


「……綾瀬さんと備山さんが……っていうか、朝倉君はクラスメートを二人ともお嫁さんに?」



 他のクラスメートも生きている。その可能性はこいつらも知っていたようだ。

 でも、その状況までは、知らなかったようだ。

 これで、魔王になってるあいつとか、最強の亜人に数えられているあいつとか、全部話したら日が暮れちまうし、こいつらも驚きすぎて辛くなるだろうな。

 だが、それを今、全部話すことまでは出来なかった。

 なぜなら……



「そうか。まあ……そうなんだ……驚いた。『音遠』と『小湊』も驚くだろうな……」



 ちょっと待て。誰だよその二人は。まさか、まだ誰か居るのか? そう思ったとき、スカーレッドとアプリコットの空気が変わった。



「もう既に、察してるだろ、紫苑。この世界には、遥か昔にレッドとクリアという名前の……橋口と布野が居て、捕らえられているっつーのをね」


「二人を必ず救い出すこと。それが僕たちの望み。たとえ……今のこの世界が壊れたとしてもね」



 だが、どんな空気に変わろうと、世界がどんなに複雑になろうとも、結局その世界を混乱させている代表の二人の口から出た言葉は、いたって単純なもの。

 そう、「クラスメートを救い出す」ということだ。

 しかし、それなら、今のこの状況は?


「クラスメートを救う。そのために戦う。まあ、そこは分かった。でも、そいつら救うことと、文化のテロが何の関係してるんだ?」


 俺が普通に思ったことを問いかけたとき、ヘルメットの下から、明らかにガッカリしたため息が、スカーレッドから聞こえてきた。



「ふっ……だから……あんたは、私たちとは違うカーストの人間なんだっつーの」


「はっ? どういうことだよ」


「聞かせてもらったっつーの。あんたの演説。ライラックにあんた言ってたね……文化……無きゃ無いで、なんともなかったつーの? それはね……私らからすれば、侮辱以外のなにものでもないっつーの!」



 急にキレだした? なんだ? 今の言葉は、確かに俺がライラックに言った言葉だ。

 あの日の俺たちのやりとりを監視カメラで見ていたというのなら、知っていてもおかしくないが、どうしてそれでこいつがキレる?



「無いからこそ問題なんだっつーの! あんたみたいなリア充の意見は迷惑なんだっつーの! 友達が居れば? 家族が居れば? 出会いがあれば? 冗談じゃないっつーの! 友達一人作るのすらどうやればいいかも分からないコミュ症の気持ちが、あんたに分かるのかっつーの!」


「…………はあっ?」


「そういう奴らの心の拠り所。たとえリアルな人との繋がりがなくても日々を過ごすことができる……だからこそ、前世では引きこもり自宅警備員が大勢居たんだっつーの。そんな私たちから文化を規制して奪うだなんて……生きたまま死ねって言ってるもんなんだっつーの!」


「おいおい、別に文化なんてもんは、そもそも引きこもりのオタク共のために作られているもんじゃねーんじゃねえか?」


「かもな。でもな、この世には、ソレが無くても生きていける人間は居るかもしれないが、逆にソレが無いと生きていけない人間だっているってことだっつーの」



 怒られている内容に、全く共感できないのは、こいつが言うように、俺がこいつらとは全く違う人間だからだろうか?

 まあ、俺は無くても大丈夫だったけど、この世には大丈夫じゃねえやつも居るってのも、なんとなくだが分かった。



「それじゃあ、ニートはどうなんだよ。こいつだって、前世は根暗な野郎だったかもしれねーが、今じゃ妖精の彼女持ちで、王国で大人気のジュース屋だぞ?」


「……ほ~う……じゃあ、聞くが、朝倉。紫苑は……あんたの言うニートは、あんたたちにこれまで、さっきのギャルゲーやっていた時のようなイキイキとした顔を見せていたか、教えろっつーの」



 その言葉に、俺は思わずハッとした。

 そのことは、まさに俺も思っていた。

 あの恋愛シミュレーションゲームをやっている時のニートは、気分も乗って、笑みを浮かべ、弾けていた。

 付き合いは半年足らずとはいえ、それなりにほぼ毎日顔を合わせていたのに、あんな顔は一度も見たことなかった。


「あんたが、喧嘩したり女とエロいことするのと同じっつーの? 何に興奮して、何に熱くなって、何に夢中になるかは人それぞれだっつーの。あんたなら分かると思ったつーか……綾瀬とかみたいなカースト最高位グループのマドンナに惚れられてるのに、せいぜい中堅グループどまりの美奈に惚れてたあんたなら、理解出来ると思うっつーの」


 言ってることは、もはや呆れるぐらいなものなのに……なんか……一瞬、分からんでもないと思っちまった。

 俺が、こいつらに自分の趣味を人に押し付けるなとキレるなら、こいつらは俺が文化が無くても問題なかったからって他人も同じだと思うなってところか。


「……あの~、ヴェルトくん、さっきから何の口論してるの? それに、……知り合いなの?」


 知り合い……ではない……けど、どう言えばいいのか、ペットの言葉に対してうまく答えられなかった。

 すると、黙っていたニートがようやく口を開いた。



「それで、迎、そして七河。俺を確認して、何しろって言うんで?」



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