第567話 帰る前に……
昨日初めてこの世界に連れてこられて、最初に見た光景。
ジャレンガに破壊された爪跡が残っている、無機質な白い空間と、並ぶ機械。
部屋の中央では十人程度が入れるぐらいのカプセルを設置し、その周りには多くのコードが伸び、数人の白衣を着た研究者たちが、機械の調整を行っている。
それぞれ観光を楽しんでいる組が来るのを待ちながら、俺たちは部屋の外に並べられているベンチに座りながら、その時を待っていた。
「海難事故じゃない? チェーンマイル王国の船は、激しい嵐に飲み込まれて沈没したんじゃなかったのか? それでお前は死んだって聞いたんだが」
「いいえ、違うわ。確かに、この世界に私が来てしまったことは事故だったのかもしれない。そして、激しい嵐というのは間違っていないけれど、あの日、私たちの身に起こったのは嵐だけではなかったわ」
皆が帰ってくるまでの間、俺とペットはクレオを真ん中に挟みながら並んで座り、昔のことを話していた。
「あの日、私たちはある一味に襲われたの。私の身を守る近衛兵も乗組員も、奴らに襲われた」
それは、世界が知らない歴史の真実。
十年ほど前、チェーンマイル王国のクレオを乗せた船が、他国へ向かう途中に海難事故に合い、激しい嵐に合いクレオを含む乗組員のほとんどが海に投げ出されて行方不明。
そして、懸命な捜索を行うも発見されず、チェーンマイル王国のクレオは死んだとされていた。
しかし、真実は違った。
「十年前、激しい嵐の中で私たちの船を襲った一味。あれは………『深海族』……」
深海族? それって……
「おいおい、それって地底族のニートや、天空族のエルジェラやコスモスと同じ……」
「ええ。三大未開世界と呼ばれる、深海世界に住む、神族の創り出した生命よ」
半年前の戦いで、魔族も亜人も人類も、地底族も天空族も巻き込んで戦った。
だが、結局、深海族だけは姿を現さなかった。
正直、そこまで気にはしなかったが、まさかそいつらがクレオを……
「し、知りませんでした……まさか、深海族がそんなことを……しかし、どうして深海族が姫様を?」
ペットも、衝撃的な歴史の真実に驚きを隠せなかったようだ。
そして、俺もペットと同じことを思った。なぜ、深海族が?
「奴らは……恐らく、ただの深海族ではなかったわ。と言っても、普通の深海族を見たことなかったから、断言は出来ないのだけれど………」
「違う? 何がだ?」
「あれは……『深海族』でありながら、やっていることは……『海賊』………そう、奴らは自分たちを、『深海賊団』と名乗っていたわ」
深海族と海賊を掛けたわけか……随分とドストレートなギャグだな。
「おいおい、海賊って……なんだよ、お前ほどの女が、ガキの頃とはいえ、海賊ごときにやられたのか?」
「悪かったわね。そもそも、大した準備もせず、強襲された状況下の海上で、深海族に勝てというのはキツイ話よ」
「……そんなに強かったのか?」
十年前の話。しかし、その出来事がクレオの人生を大きく左右させた。
クレオは瞼を閉じて、当時を思い返しながら話した。
「海を自在に操り、海底から巨大なクラーケンや人喰魚を付き従え、そして人間を一気に海の藻屑へと化す力……そしてあの、見惚れるような美しいコバルトブルーに染まった海の戦乙女たち……深海族……別名、海の妖精・ウンディーネ……強いというよりも、何もさせてもらえなかったというところね。この私も、戦闘態勢に入る前に大津波に飲み込まれたわ」
海の妖精・ウンディーネ。そんなの御伽噺の世界だ。まあ、俺は俺で嫁さんの一人が天使だったりしてるし、あんまバカにしたもんでもないがな。
「それで、……どうして、この世界に?」
「さあ、分からないわ。次元の歪みにより出現したワームホール、巨大な魔力の暴走による影響、それとも別の何か……色々な仮説も立てられるし、何が真実なのかは分からないけれど、次に私が目を覚ましたのは、ブリッシュ王国王家の中庭だったわ」
ブリッシュ王国。それが、アプリコットこと、七河千春の居た国。
「ブリッシュ王国は私の説明、素性、そして私の魔力を見て、すぐにクラーセントレフンの人間だと理解し、同時に利用しようとしたわ。そして、開発中の『ジャンプ』が完成し、実験にも成功した暁には、私をクラーセントレフンに返すという条件で、私はBLS団体にアプリコットの手引きで入ることになったわ」
「なんで、その団体なんだよ」
「私の暁光眼の力を使えば、相手に幸せな幻術を見せて、BLの魅力を伝え、組織に引き込み、そして勢力を拡大させるのが簡単だったからよ」
「いや、その目は他に使い道がいくらでもあるだろうが。何でそんな無駄遣いなことするんだよ」
「言ったでしょう? BLSもレッドサブカルチャーと同じ。その内部には各国の王族や中枢人物にも関係者がいる。組織を勢力拡大し、主要な人物となるのは、政治的な意味でも大きな力になるのよ?」
もう隠す必要もないとばかりに、ペラペラと喋るクレオ。
もしそれが本当なのだとしたら、随分とこの世界も間抜けな話だ。
結局、世界に影響を及ぼすテロ集団だけでなく、それを滅ぼそうとする真面目な国々の中にも、実はテロを支援する奴らがいるって事だ。
そういえば、ピンクも言っていたな。信用できる人がいないと。そういうことなら、納得かもな。
「で、あのスカーレッドとアプリコットの二人は、何を企んでやがる?」
「……それを聞いてどうするのかしら? 止めようというの?」
「はっ? あのな~、あんだけ勿体ぶって、思わせぶりされて、それで秘密って言われたら、なんか気になるだろうが。つうか、ブラックやアッシュがテメェのことを誤魔化さなきゃ、今頃テメェは檻にでも閉じ込められて、拷問でもされてたかもしんねーんだから、もうちょい殊勝な態度でもしたらどうだ?」
「ええ、感謝してるわ。せっかく好きな人とさいか……こほん……復讐すべき男ともう一度会えたのだから、と気を使ってくれたのだから。でも、そんな口利きされなくても、暁光眼使えばどうとでもなったけれどね」
ったく、こいつ、マジでいっぺん凹めよ。さっきまでビービー泣いてたのに、意外とそれも演技だったんじゃねえかと思っちまう。
「まあ、もういいさ。最悪な話、こっちの世界がどういう結末になろうと、俺らの世界に影響がなければな。ただ、クラスメートのことはどうするか……なあ、ニート?」
文化が規制されるか規制されないかの戦争は、正直知ったこっちゃねえ。勝手にやってろって感じだ。
ただ、そうは言っても、あいつらが何を考え、どうしようとし、そして捕らえられている奴らをどうするつもりなのか……
「ニート?」
「ん、お、おお」
「んだよ、ボーッとしてよ。やっぱ、気になんのか? お前のお友達がよ」
さっきから、ずっと突っ立ったまま、ボーッとしているニートは、完全に上の空。大丈夫か?
「なあ、ニート、あいつらの事なんだが……」
「ワルい、ちょっと、一人で考えさせて欲しいんで……」
「ニート……」
「後で、帰ったら相談するんで……今は、ちょっと一人にして欲しいんで」
やっぱ、かつてのクラスメートが二人同時に、しかもそれなりに縁のあったやつが現れたんだ。
こいつの心境も複雑だろうな。
俺の言葉に、肯定も否定もしないで、ただ、何かを考えているかのように、ただ、ジッとしていた。
「さて、こちらの準備は問題ないわ。あとは、あなたたちの仲間が帰ってくるのを待つだけよ」
「ああ、ワリーな、おばちゃん」
そんな俺たちに声をかけてきたのは、研究所所長のホワイト。俺たちを安心させるかのような笑顔で、そう言った。
そして、その後ろからも、アイボリーが顔を出してきた。
「いいのよ。もともとは、アイボリーたちがあなたたちを巻き込んでしまった事故なのだから」
「ヴェルト・ジーハ。あなたたちの帰還に私も同行させてもらい、そこで置いてきてしまった仲間を連れて、私はそのままこちらへ戻ってくる……その、ブルーたちはみんな……だ、大丈夫だろうか?」
「だいじょーぶだよ。良くも悪くも、あの国はどこまでもお人好しだからな。怪しいから即処刑なんて野蛮なことはしてねーよ」
しっかし、よくよく考えると、この世界に来てからまだ二日目なんだよな。
たった二日で随分と濃い内容過ぎて、正直な話、「ようやく帰れる」みたいな気持ちになっちまう。
まあ、みんなも心配しているだろうし、そろそろ帰ったほうがいいんだが……帰った方がいいんだけど……これがなあ……
「で、ヴェルトくんは本気でどうしちゃうわけ?」
さて、そんな俺の気持ちに敏感に反応したのか、ペットがジト目で俺に訪ねてきた。
「ど、どうしちゃうって、なんのことだよ?」
「……私、ヴェルトくんを擁護してあげないからね」
「ッ、わ、悪かったよ! 頼むから、そんな顔すんなよな?」
なんのこと? 分かっているよ。クレオのことだよ……
「あら、随分と憂鬱そうな顔ね。妻を自分の故郷に連れ帰るのが、そんなに嫌なことなのかしら?」
「いや、お、お前、本当に今の俺の嫁はまずいことになってんだよ。六人だぞ六人。しかも、丁度あいつらが居ない時に限って嫁が増えたなんてことになったら……俺はもう二度と一人で家から出してもらえねーかもしれねえ」
「ふふ、結構なことじゃない。どうせなら、首輪でも付けて部屋で飼ってあげるわ。そそられるわ」
くっそ、コイツは本当に…………
だが、それでも不幸中の幸いなのは、今はまさに嫁たちは仕事でエルファーシア王国から離れているということだ。
あいつらの誰かが帰ってくる前に、何か言い訳を考えねえと。
でも、今のペットは協力してくれなそうだし、ニートはさっきからボーッとして何考えてるか分からねえし、ムサシはヘマするから絶対にダメだ。
そうなると……
「そうだ。まだ、あなたの仲間が来るまで時間があるのでしょう? それなら、ヴェルト。少しいいかしら?」
「あん?」
そんなことを考えていた俺に、クレオが急に真面目な顔をして立ち上がった。
そして、俺をまっすぐ見ながら、俺の手を引っ張ってベンチから立たせた。
何のつもりだ?
「ちょっと、大事な用があるの、ヴェルト。だから、ペット・アソーク。悪いけど、この男を少し借りるわ?」
「えっ、あ、あの、大事な用って?」
「安心なさい。別に二人になった途端、彼を殺そうとか、そんなことは考えていないから。ただ、ちょっとね……」
俺だけに用事? 大事な? それは、さっきの話の続き的なことか?
それなら、ニートも呼んだほうが? だが、クレオはそれだけを言って、俺の手を強く引っ張りながら、廊下をまっすぐ進んだ。
「おい、クレオ?」
「黙ってついてきなさい」
俺の手を掴んだクレオの手から、熱が篭っているのが分かった。
そして、若干の震え。
これは、ただ事じゃねえ。
クレオはひょっとしたら、他の連中には言えない、何か重要なことを伝えようと……
「……あ゛?」
と思った瞬間、なんか俺の視界に広がる世界が突如変わった。
何だここは? 部屋? メガロニューヨークの輝く夜景が一望できる……なんか、超高級ホテルの一室のような……?
この研究所にこんなところがあったのか? ……いや、違う!
「これは、幻術?」
「察しがいいわね。ええ、そうよ。この建物の中にある、とある個室なのだけれど、流石にムードが欲しくてね、こうさせてもらったわ」
この高級ホテルのVIPルームに見える部屋は幻術? って、こんな幻術を俺に見せて、何を……
「なんだこりゃ? 何考えてるんだ、テメエは」
「そうね、少しだけ現実的な話をしようと思ってね」
現実的な話? 何で現実の話をするのに、幻術見せてんだよ。
だが、クレオの表情は、顔を赤らめているものの、いたってマジメ。
そして、俺を真っ直ぐ見据えて、開いた口から出てきた言葉は。
「それで? 本当に、どうするつもりなの?」
「……はっ? どうするって、テメエが連れて来たんだろうが」
「そうじゃないわ。だから、ペット・アソークが言ったでしょう? 私とのこと、本気でどうするつもりなの?」
「いや、どうって……」
どうもしなくていいというのなら、どうもしない方向に持っていきたいと言えばいいのか?
「正直、私も矜持の欠片もない、みっともないやり方をしたと思っているわ。ただ、あの瞬間は、ああするしか方法はなかった」
まあ、そうだけど、だからと言って、他の嫁たちと一線越えた話も、ムードもへったくれもなかったものだが。
「まあ、いいんじゃねえか。みっともない姿を曝け出すってのも重要なことだってのは、俺も言ったことだしな」
「あら、嬉しいわね。それなら、私のことに関してもしっかりと責任を取ると認識してもいいのかしら?」
責任……泣かした、カンチョーした、口に出せないことも………そして、幻術にハメられて、勢いに任せてプロポーズを………
「つってもな~、現実問題として……俺、お前のこと、別に好きなわけでもねーしな」
「……あら………最低な女たらしな人間こそ、こういう時こそ嘘でもお前を一番愛していると言うものではなくって?」
「くはははは、最低だからこそ、俺はハッキリ思ったことを言っちまうんだよ」
「ふふふふ、ほんっと最低ね。ペット・アソークも不運ね。あれだけあなたを嫌いになれないオーラを出しているのに、痴漢まがいの嫌がらせしかしないなんて」
「痴漢まがいでも命懸けなんだよ。痴漢は捕まって逮捕されるが、俺の場合は痴漢したら嫁たちに処刑されるからな」
「あら、それなら、痴漢を凌駕するほどの性的な行いをしてしまったらどうなるのかしら?」
どうなるかなんて、答えは明らかに分かっているというのに、クレオは………
「おい、クレオ、なにを――――ッ!」
「んっ」
………何をする気なのかと思った瞬間、されてしまった…………クレオは背伸びし、俺の頭を掴み、無理矢理唇を重ねてきやがっ……ちっちゃくて、やわら……っじゃねえよ!
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