第564話 クラスの余りもの

「さて、三年になったか……ん? ここからは、どうなるんで? ん? 選択肢? ……『誰と一緒にこの一年過ごすか』? ……ふ~ん」


 ニート、お前のゲームのやり方はどうなっているんだ?


「なるほど、三年になったら出会った一人の中から自分が告白して、好感度高ければカップル成立。不成立ならゲームオーバー。カップル成立なら三年目のイベントはそのメインヒロインと一年かけて、色々なイベントやトラブルを乗り越えて、最終的に卒業までカップルで居ればいいわけか……」


 自分が告白するキャラを選ぶ? しかし、全キャラクターを既に発情させているニートは、選び放題だ。

 つうか、こいつまともな会話を一度も見ないで、十人以上の女を落とすとは、なんつう恐ろしい奴だ。

 俺はもう既に自分でゲームをやることを忘れ、他のやつらもニートがどうするかを見物していた。

 すると……


「んじゃ、このサイボーグで」

「「「なんで!」」」


 そして、ニートは普通のキャラクターを選ばずに、雨の日に道端で倒れていて、介抱したら、それは学校の科学教師が開発した最新鋭の美少女ロボットメイドで、なんかのバグで主人公を「御主人様」と認識してしまい、なんやかんやで主人公が引き取ってしまったという、ストロベリー曰く隠しキャラのサイボーグだ。


「さ、さいぼ~ぐって、ようするに、作られた人形みたいなものなんですよね? この画面に映っているのは、喋ったりしてますし、可愛い格好してますけど、話し方は無機質ですし……」


 サイボーグという単語を知らないペットとムサシはさておき、俺も驚いた。


「いや、ニート、お前、どうせならこの……ぶりっこ、選べよ。彼女的に」

「ちょ、ニート! あんた、まさか……に、人間じゃない女の方がいい、とかじゃないわよね?」


 そう、あんな彼女が居るんだからこういう時は……と思ったけど、ニートに迷いはなかった。

 ブラックも驚いたように声を上げるが、ニートは表情を変えない。



「こいつだけ、まだ本格的にデレてないから……本当はデレているが、まだ「好き」という気持ちを本当に理解していないレベル。この手のキャラクターは、それをマシーンが理解できるようになってこそのエンドのはず」



 ストロベリーを見る。ストロベリーは、「ひゅう」と口笛吹いて、ニートに感心したように頷いた。

 マジかニート……お、お前、そんなに凄かったのか……なのに、何でお前は彼女一人作るのに、あんなメンドクサイ回りくどいやり方で…… 

 すると、その時だった。



「……そして多分………これ、告った瞬間、ロボ女に負けたという現実に絶望した他の好感度マックスのヒロイン達が狂気と化して、包丁持って主人公を刺すバッドエンド……になると思うんで」



 急に、ゲーム機を持っていたニートの手がピタリと止まった。

 そして、どこか、懐かしいものを見るかのような表情で、意味のわからんことを話し始めた。

 どういうことだ? 誰もがそう思った、その時だった。


『どういうこと、シオンくんっ! そんな女と!』

『私のこと、気にしてくれていたんじゃないの?』

『おい、テメェ、ふざけんなよ! 何で、そんな奴と! 人間でもねーんだぞ?』

『ジーザス! 許せまセーン!』 

『ダメ………誰にも渡さない……君は私のものだよ……渡さない渡さない渡さない……』


 ちょっ、ど、どうなってんだ! ついさっきまでは、全員発情した顔してたのに、今はキレたアルーシャみたいになってんじゃねえかよ!

 っていうか、こんなとんでもない展開なのに、なんでニートは驚かねーんだ?



「昔……恋愛シミュレーションゲームに飽きた俺に……トラウマになるようなゲームって言って、こんな自作ゲームを貸してくれた女が居たんで……前半は普通の恋愛ゲームなのに、ヒロインの好感度を上げた状態で他の女に手を出すと、トラウマなバッドエンドになる……あいつが作ったゲームは、こんな感じだった」



 ニートの手が止まった。そして、画面の中の女たちが鬼の形相に変わり、主人公をズタズタに引き裂いていく光景が映し出された瞬間、俺も含めてこの場にいた連中は言葉を失い、同時にニートはゲーム機の電源を切った。

 そして、ショックを受けた状態の俺たちをよそに、軽くため息ついたニートが声を上げる。



「………これで満足か? ………むかい?」



 ムカイ? ニートがそう呟いた、その時だった。



『ケケケケ、十分だっつーの』


「ッ!」


『名前だけじゃないっつーか、この、ギャルゲーを最短最速完全攻略を目指そうとする本能……間違いない……土海紫苑以外、ありえねーっつうの……』



 ニートのゲーム機の画面、そして巨大スクリーンの画面が揺らいだ。

 そして、何者かが映し出された。テロ集団と同じ、赤いヘルメットをかぶった謎の人物。


「ッ、赤ヘル!」

「まさか、こいつ……」


 更に……



「うん……そういうことだったんだ……ずっと、会いたかったよ?」



 画面に映し出された赤ヘルだけじゃねえ。急に、この場に居たアプリコットとかいう姫が、目元を潤ませて、ニートに微笑んでいた。



「ずっと会いたかったんだからね、紫苑!」



 ムカイってどういうことだよ、ニート。

 そして、このアプリコットは、どうして泣いている?


「ちょっと待って欲しいんで。……迎……マジでこれどういうことだか教えて欲しいんで」


 その言葉を受けて、画面に映った赤ヘルが……って、うおおっ!


「なっ、なにいっ!」

「こ、これはっ!」

「画面の中から……」

「平べったい世界から、人が出てきたでござるっ!」


 ちょっと、待て。こ、これは、どうなってるんだ? 突如、画面の映像をジャックしたかのように映し出された、謎の赤いヘルメットを被った人物が、画面を歪ませ、そしてゆっくりと、「画面の中」から外に出てきやがった!


「カカカカカカ。そういう登場しちゃうわけか、ウゼ~な~、リーダー」


 り、リーダー? ちょっと、待てよ! それじゃあ、この女が?


「……もう、なんか、色々ありすぎて、驚くのも疲れたんで………」


 すると、ニートだけは、驚くというよりもむしろ呆れたように苦笑しながら、現れた謎の赤ヘルにそう言った。

 赤ヘルは、画面から飛び出して、ゆっくりと歩き出し、そして、何故かアプリコットの隣に並んだ。


「ちょっ、あんた! アプリコットから離れなさいよ!」

「にゃっは、危ないッ!」


 突如現れた謎の人物の接近に、ブラックたちは慌てたように声を上げる。

 だが、アプリコットはそんなことを気にしたりせず、ただ、ニートを見つめながら、歓喜に打ち震えた表情をしていた。

 そして、ついに……



「……スカーレッドちゃん……ううん、アユミちゃん……気づいていたなら、教えてくれても良かったのに、どうして私に……ううん、『僕』に教えてくれなかったの? クラーセントレフンのニート君が……紫苑だったなんて……」



 ッ!



「確証があったわけじゃねえっつーの。最初にオヤッと思ったのは、監視カメラの映像だっつーの。ライラック王子の店で、こいつらが大暴れした時の映像……クラーセントレフンの連中のお手並拝見っつーの? ハッキングして見ていたんだが、こいつらの会話が、マジでビンゴだったっつーの。……『布野』や『橋本』のことも知ってるみたいだったっつーか。嬉しいっつーの。なあ? チハル」



 ライラックの? あの、変態王子の店での騒動を見て? 会話? シオン? アユミ? チハル?

 ……こいつら……まさかっ!



「ッ! チハルッ? 千春だと? ま、まさか………お前……なな、七河……なのか?」



 七河? おい、ニート、どうなってんだよ!

 もう、ペットも、ムサシも、ギャラリーも、そしてこの会話だけはクレオすら意味不明だと首をかしげている。

 でも、俺だけは「まさか」という思いがわき上がってきた。



「ニート、まさか、こいつら………」


「は、はは……迎は予想できたけど、これまでは予想できなかった……まさか、七河なんて……」



 その時だった。スカーレッドとアプリコット。並んだテロリストとお姫様という異質同士が、そろえて名乗った。



「そうだっつーの。私こそ、レッドサブカルチャーのリーダー、スカーレッドだっつーの。素顔は勘弁しろっつーの。バレると面倒だっつーの」



 赤いヘルメット。身に纏うのは、黒のピチピチのスーツ。体つきも普通。正直、今、瞬殺しようと思えば軽くできるだろう。

 言ってみれば、「普通」。しかし、それでも、その正体はこの世界の脅威となるテロ組織のリーダー。

 そして、その正体は……



「そう、私は……スカーレッド……でも、あんたにはこう言ったほうがいいっつーの? 私は……むかいあゆみだっつーの」



 その正体は、俺たちの前世の因縁でもあった。……俺は全く覚えてないが……

 そして、それだけじゃ終わらねえ。

 スカーレッドこと、迎歩の隣に並ぶ、アイドル姫の一人でもあるアプリコット。

 こっちも、礼儀正しい以外の特徴なんて、まるで無かったはずなのに、今は違う。

 恋する女の顔をしながら、その正体を明かした。



「そう、そして私は……ブリッシュ王国の王族、アプリコット・ブリッシュ。そして……BLS団体の筆頭支援者!」


「「「「………なっ!」」」」


「でも、君にはこう言うよ。私は……ううん。僕は……七河千春だ」



 BLS団体の筆頭支援者!



「ちょ……な……い、いきなり、何を言ってんのよ、アプリコット! あ、あんた、そんな冗談言う奴じゃなかったでしょ!」


「アプリちゃん、にゃっはどうしたの!」



 そら、驚くだろうな。ブラックも、アッシュも、信じられないといった表情で叫ぶ。

 それは、ギャラリーも同じ。アイドル姫として世界的な知名度を持っているであろう、アプリコット。

 その正体が、腐女子団体の支援者?



「事実だよ、ブラックちゃん、アッシュちゃん。ゴメンね……メロン元代表や、ライラック王子には、私のことを秘密にしてもらっていたからね」


「そ、そんな! ……ちょ、本当なんですか、メロン……じゃなくって、クレオ姫!」



 どうやら、本当のようだな。クレオが腕組んだまま、真剣な顔で頷いている。

 だからこそ、ブラックやアッシュ、そして今、この光景を目の当たりにしているギャラリーも、ネットの閲覧者も、ショックで言葉を失っているだろう。

 だが、正直な話、俺にとっては、このアプリコットという女が、腐女子団体と関わっていようがいまいが、どうでも良かった。

 なぜなら、今、こいつは、それ以上に衝撃的なことを言ったからだ。


「ナナカワチハル! ムカイアユミ! ……ダメだ……思い出せねえけど……こいつは、驚いたな」


 ニートを見る。

 すると、さっきまで、恋愛ゲームで無双状態だったニートも、もう笑うしかないといった表情をしていた。



「まさか二人同時とは、随分と豪華じゃねえか。なあ、ニート。つか、まさかアイドル姫の中にも居たとはな……」


「ほんと、そうなんで。しかも相手は、あのクラスカーストでも異質の存在なんで、ある意味では豪華」



 二千年以上昔にこの世界の人間に捕らえられたといわれている。『サブカルチャーの父・レッド』、『腐女子たちの教祖・クリア』の二人。

 この二人は、クラスメートだと、俺もニートも確信していた。

 でも、この可能性までは、正直考えるまでに至ってなかった。



「久しぶりだっつーの。シオン。そしてあんたは……朝倉だろ?」


「シオン……ああっ! シオンなんだね! シオン……僕は……生まれ変わって、今日ほど嬉しいと思ったことはないよ」



 向こうは俺のことを覚えている? だが、それよりもこの反応……こいつら……ニートと前世で……



「ニート、俺に比べたら、随分と感動されてるじゃねえか。お前、クラスに友達居たのか?」


「いや、友達じゃないんで。ただ……寄せ集められたクラスの異端たちの集まりだったんで……」



 ニートの前世の友達か? それに対して、ニートは否定しているが、その表情は……



「修学旅行は別だったけど、それ以前のイベントごと……六人ぐらいで好きな人同士で班を作って~、とか、クラスのボッチたちには無理ゲーな要望……誰にも班に入れてもらえず、必然的に残り物同士がくっついた班。俺、橋口、七河、迎、布野、佐々木原……まあ……残り物の縁っていう感じなんで」



 聞いてて非常に悲しい言葉ではあるんだが、本人は、それほど悪い思い出でもないのか、何だか満更でもねえといった感じに見える。

 それは、俺も初めて見るし、彼女のフィアリだって見たこと無いかもしれない、ニートの表情だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る