第559話 そして嫁がまた一人


「テメェ……だ、騙しやがったのか!」


 思わず俺がそう叫んだ瞬間、クレオはわざとらしくトボけたように笑みを浮かべた。



「だから、何のことだか分からないと言っているでしょう? まあ、たとえ私があなたを何か騙したのだとしても、仮にも世界を支配した男が、そこらの男みたいに騒ぐのはどうなのかしら?」


「なッ!」


「戦争して、勢力争いやって、騙し騙され血で血を洗う野蛮な時代の野蛮な世界を支配した男なのでしょう? 女に騙されたとかで、相手を恨んで感情的に叫ぶのは、みっともないのではないかしら?」


 

 それは正に、俺がさっき言った言葉をそっくりそのまま嫌味と皮肉を込めたことをブーメランにして返してきやがった。



「ざ、ざけんな、テメエッ! や、やっていい冗談と悪い冗談があるだろうがッ!」


「先に乙女の純情を弄び、傷つけて、裏切ったのはどこの誰? それを謝らないということは、あなたの行いは、やってもいい冗談だったとでも言うのかしら?」


「……い、いや、そ、そうじゃねえけど……だって、お前、死ぬと思ったから!」


「あら、何よ。やはり私が生きていて不満というのかしら? さっき、私が生きていて残念だなんて、欠片も思っていないと言った言葉すら、偽りなのかしら?」



 しまった。こいつの攻撃を全部受け止めてやるぜ的な感じだったから、俺もまさか今のまで幻術だったなんて気づかなかった。

 じゃあ、ストロベリーがクレオを撃つあたりから全部?

 っていうか、つまり、これでどうなるんだ?


「そ、そんな……代表が……あんなリアルな恋愛をなさるなんて」

「ひどい! 美少年同士の恋愛を至高の文化にと仰っていたのに、こんな裏切り!」

「でも、どうして? 私、代表に裏切られたのに、胸がこんなにドキドキしています……顔が熱くなっています」

「あれが……現実の恋愛……男と女が生み出す……愛」

「すごいですわ! 今の動画を上げたら、再生数、コメント、掲示板への書き込みが一瞬で! 超バズってます!」

「祝福の声まで上がっています!」

「こ、これは、ぜ、全世界中からッ!」


 いや。ほんとマジで、どうなるのこれ………



「ヴェルトくんさ~………」


「ペット………」


「私を助けに来てくれたはずなのに……どうして目の前でプロポーズなんて……ひどいよ、ばか……ばか~……ぐすっ」



 もう、物凄い呆れたような顔と目をしているペットに、俺は背中がゾワッとした。

 いや、だって、お前らは分からないかもしれないけど、今の幻術は本当にどうしようもなくて……


「ブラック姫、今のもう一回再生して欲しいんで」

「う、うん……ドキドキ……どきどき……」


 そして、俺を撮っていたらしいブラックが、ニートに言われて携帯をカチャカチャして、一部始終を再生。

 それは、俺の視点ではなく、みんなの視点から見えていた光景。



『クレオーッ!』


『ちょっと、急にどうしたのかしら? そんなに強く抱きしめたら痛いじゃない。この体を傷つける気?』


『クレオッ! おいっ、……おい! 誰か医者呼べ! この世界の技術なら治せんだろ! ペット、回復の呪文を! とにかく早くしろ!』


『そこまで酷い怪我をするわけないでしょう。でも、急にどうしたのかしら? 穢らわしいから離しなさい。意識が遠のいてしまうわ』


『ああ、しっかりしろ! 俺はここに居る! だから、大人しくしていろ! ッ……う、そだろ、……なんでだよッ! 喋るな! 大人しくしてろ!』


『だから、別に怪我なんてしないわ。私のような魅力的な女を思わず抱きしめて興奮しているのはわかるけど、取り乱しすぎよ』



 俺が幻術で見ていたクレオの姿と、実際のクレオが異なっているじゃないか。

 クレオの野郎、俺の言葉に合わせた会話を!



『それで? これは、なんのつもり? さっきまで人を散々罵倒しておいて』


『もういい、喋るな。クレオ、もういいから……』


『嫁自慢をしておいて、今更なに?』


『クレオッ! くそ、どうして俺はこんなやり方しか……くそ! くそっ!』


『あら、まさか今になって懺悔の気持ちが出てきたのかしら? でも、もう遅いわ。私、あなたなんて大嫌いよ。それとも、今更私の魅力に気づいて、私と仲直りして、あまつさえ結婚したいだなんて言うつもりではないでしょうね?』


『……かもな。テメエ、チビでスタイルはそんなでもないが、基本的に可愛い部類だからな。性格はキツイが、もうちょいお互い仲良くなって……誤解もなく、本当に分かり合えたら……』



 お、おかしい……か、会話が成立している!


『ちょっ、あいつどうしたんで、いきなり!』

『いやああ、メロン代表が男なんかに抱きしめられている!』

『け、汚らわしい、なんなのよ、あの最低男! さっきまであんなに言いたい放題言っておいて、急に性格が変わったみたいに!』

『ヴェルトくん、ど、どうしちゃったの?』

『と、殿がご乱心を!』


 そして、そんな俺に驚く回りの声も、動画にはしっかり入っていた。



『ふざけるな、ヴェルト・ジーハ! 人を裏切り、女を弄び、好き勝手に生きてきて、何を都合の良いことを言っている! 大体、私は世が世であれば覇王となっていた身。そもそも釣り合いなど永劫に取れぬ身だと自覚しているのか? それでもこんな行動を取るということは、まさかさっきまでの行いは、全て愛情の裏返しだったとでも言うつもりか!』


『……そう、……かもしれねーな』


『ならば、貴様はこの私をどうしたいのだ! ならば今、貴様の嘘偽りのない真実の気持ちを言ってみろ! そして行動に表してみろ!』


『クレオ……でも、それは……』


『臆病者め! それすらできぬ軟弱者は、手を離せ!』



 そんなこと言ってたんだ……現実では……



『んっ』


『――――ッ!』


『俺の嫁になれよ、クレオ』



 いやあああああ! もう、な、なんじゃそりゃあっ!



『ほんとうでしょうね? 先ほど現在の嫁の魅力を語っていたけど、なら、私には何の魅力を語れるかしら?』


『くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった』


『あなた、私がそこまで優しい女だと思わない方がいいわ? 次にそんな冗談を言ったら、本気で殺すわ?』


『ああ。確かにトゲがあるが……そのトゲさえ抜けば、結局お前も普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ』


『ふふ……そうね……ふふふふふふふふ~……もう、言い逃れは出来ないわ? ヴェルト・ジーハ!』



 こんなんあっていいはずがねえ!



「ふわふわ世界ヴェルト!」



 こんな動画を放置できるか! 今すぐ、消去してやる! 

 この場にある、携帯、スマホ、タブレット、とにかく手当たり次第にぶっ壊してやる。



「いや、ヴェルト、もうネットにアップされているから無理なんで。既に拡散されまくっているから、完全消去は永久に無理なんで」



 そして、ニートが「ご愁傷様」と手を合わせている姿を見て、俺は、俺は……どうすりゃいいんだああああっ!

 つうか、いっそのこと、神族との関わりを永久に断絶でもしねー限り、俺はヤバイぞ! こんなのあいつらに知られたら……


「ふふ……まさか、あなたがこれほどまで高みの領域に居たとは思わなかったわ……大分当初の予定と狂ってしまったわ。まあ、それでも最低限の復讐はできそうで良かったわ」


 その時、未だ興奮冷めやまらないこの場において、クレオが俺の背中に体重を預け、俺にしか聞こえない声で呟いた。



「ヴェルト、私はあなたを許すつもりはないわ。今回だって、まさかこんなことになるとは思わなかったけど、真実はそう。私はあなたを許せない」


「クレオ……」


「でも、あなたに力で復讐できないと分かった以上……そして、あなたが私を裏切ったことに対して罪の意識を抱いていない以上、無駄なことはしないことにしたわ。だから……」



 だから……なんだよ……



「これからもあなたの傍に居て、何が一番の復讐になるか考えてやるわ。そのうえで、あなたを一生苦しめてあげるわ。だから、覚悟なさい!」



 いや、そんなガキみたいに満面の笑みをされても、困る。

 でも、そう言いながらも、クレオは背中越しから俺の手をソっと握ってきた。


「だけど、さっきのあなたの言葉……この場に居た者たちには、あなたが乱心したように見えたのでしょうけど、私だけは分かっているわ……あの瞬間、あなたは本当に私のことだけを考え、そして言葉をくれた」


 ほんのりと頬を染めて、だけどちょっとソッぽ向いて、素直になれない女のような様子で、クレオは言った。


「だから、今日はもう、それでいいわ」


 そして俺は思った。

 いや、よくねえよっ! と。

 やべえ、本当に取り返しのつかないことになっちまった。 





――あとがき――

囚われた幼馴染のペット。幼いころから自分にほのかな想いを寄せてくれていたと気づいたヴェルトは、かつての「守る」という約束を抱いて敵のアジトに乗り込んで、命がけでペットを救おうとしたら、そんなペットの目の前で他の女を嫁にしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る