第558話 別れと後戻りできぬ後悔
「クレオ、あぶ――」
あぶねえと、叫ぶことすらできなかった。
それは、正に一瞬のできごと。
「あっ………」
俺が何かをしようとする間もなく、気づけば光の光線が、クレオの左胸を貫いていた。
「あっ……あ……な……」
自分に何が起こったか分からねえクレオ。俺だってそうだ。
ただ、呆然と立ち尽くすクレオの左胸はポッカリと穴が開き、そのことに気づいた瞬間、クレオは大量の血を吐き出してその場に倒れ……
「ク……クレオーーッ!?」
何で! どうしてクレオが!
気づいたら駆け出して、倒れるクレオを受け止めた俺の腕には、力の無くなったクレオがガックリと……
「い、い、い、いやああああっ! 代表ッ!」
「メロン代表! メロン様! メロン様がッ!」
「これは、な、なんてことを!」
「き、貴様、何をしたでござる! クレオ姫に、何をッ!」
もはや敵も味方もねえ。何の前触れもなく起こった現状に誰もが悲鳴を上げる。
それも全て、あの、クソみたいな笑みを浮かべている、あのクソ野郎が!
「ぐっ、か、かはっ………」
「クレオッ! おいっ、……おい! 誰か医者呼べ! この世界の技術なら治せんだろ! ペット、回復の呪文を! とにかく早くしろ!」
「ヴェル……ト……わ……たし……」
「ああ、しっかりしろ! 俺はここに居る! だから、大人しくしていろ!」
俺も自分で何を叫んでいるのか分からず、ただ無我夢中だった。
だが、そんな俺の腕を、弱々しくクレオが掴んできた……
「もう……がはっ、無理よ……ヴェルト・ジーハ……」
「喋るな! 大人しくしてろ!」
いや、これは……俺にだって分かる。
人間にとって欠かせない器官が、完全に……
「ッ……う、そだろ、……なんでだよッ!」
喋ろうが、喋らなかろうが、同じだ。
今から、どんな強力な魔法を使おうと、どれほど優れた医療技術をしようと、これを元に治せるはずがねえ。
それが分かった瞬間、俺の頭の中で何かがブチキレた。
「へへ。おー、おー、自分の女でもない奴も傷つけられたら怒るか? そういうのウゼーな」
今目の前で、血まみれになって倒れたクレオ。
それは全てこの、クソッタレ野郎がやった!
どんな理由も、万が一にもそこに大義や正義があるなんて微塵も思えねえほど、悪意に満ちた笑い。
「オマエ……オマエ……ッッ!!!!」
ふざけるな……
殺してやる……ぶっ殺してやるッ!
俺の全身がそう叫んでいた。
だが……
「ま、て……ッ、……まって……ヴェル……ト」
その時、俺に手を伸ばし、今にも掻き消えそうな声で訴えるクレオの声が聞こえた。
「ッ、クレオッ!」
俺はその手を掴んで握り締めてやった。
だが、俺がどれだけ強く握り締めようとも、クレオの力はどんどんなくなっていく。
「この、わ、たし……と、したことが……」
「もういい、喋るな。クレオ、もういいから……」
「……なんで……私だけ……こんなつもりじゃ……ようやく……あえ、たのに……」
「クレオッ!」
「せっかく……っく、あなたに……あえたの……に」
そんな状態になりながら、クレオはうっすらと涙を浮かべ、儚い笑みを浮かべていた。
「ゆるせな……かった……あなたが………わたしは、あな、たを、しんじ………あなたと、結ばれる天命だと………でも、ちがった……」
違うんだ、クレオ。
「ヴェル……ト……やは、り、私は……生きていてはダメ……だったのかしら……」
俺はただ、こういう奴だから。こういう性格だから。
うまい誤解の解き方も分からないし、お前の救い方も分からなかった。
謝ることもできなかったし、償うこともできなかった。
だからせめて、バカな俺なりに出来ることをと……
「くそ、どうして俺はこんなやり方しか……くそ! くそっ!」
俺は、何回後悔すりゃいいんだよ!
どうして、もっと早くに気づけなかった! どうして守れなかった! どうしてなんとかできなかった!
何で俺はいつもいつも……
「ヴェルト……教え……て」
そんな俺に語りかける、クレオの言葉。
俺はただ、それを聞いてやることしかできなかった。
「ヴェルト……もし、仲直りできていたら……今度こそ、あなたは私を……お嫁さんにして……くれたのかしら?」
もう、最後だとその目は訴えていた。
願いにも似たような、クレオの言葉。
その言葉を、もう、俺には聞いてやることしか出来ねえ。
「……かもな。テメエ、チビでスタイルはそんなでもないが、基本的に可愛い部類だからな。性格はキツイが、もうちょいお互い仲良くなって……誤解もなく、本当に分かり合えたら……」
そして、こんな時にも、俺はこんなひねくれた言葉しか言ってやれない……
「でしょうね……でも、私は、世が世なら、覇王となっていた女……なら、きっと、自分の望みを叶えられたはず。あなたを今度こそ本気に惚れさせていた……そうだと思わない?」
「……そう、……かもしれねーな」
「ぐっ、か、はあ、はあ………だったら、最後に……それを前借りさせてもらえないかしら?」
最後に? その言葉を聞いた瞬間、クレオを支えている俺の腕は自然と力が入っていた。
クレオの最後の願い……
「いつかあなたが私に惚れて……あなたからプロポーズしてキスをする前借りを……今……」
それが、本当に最後の願いだとクレオの目が訴えていた。
それに対して、俺はどうしてやれる?
「クレオ……でも、それは……」
「ッ、がっ、こ、こ、心なんて篭っていなくていい! はっ、つ……口だけの見せ掛けだけの幻想でもいい……ヴェルト……ずっと、あなたを愛――――」
気持ちなんて込められるはずもない。そんな形だけのもので、本当にいいのか? それで満足なのか?
でも、悩んでいる暇なんて無い。もう、クレオは逝っちまう。
なら、そんな願いぐらい!
「んっ」
「――――ッ!」
唇を重ね、離し、そして俺は言ってやった。
「俺の嫁になれよ、クレオ」
どこまで上から目線の最低すぎるプロポーズ。
俺ってほんとこういうのはダメだな。
でも、今度は勘違いされないように、クレオの名前を含めて言ってやった。
すると、クレオはそれでも満足したのか、クスリと笑った。
「ほんとう? 私……胸……小さいわ?」
「くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった」
「性格だって悪いのに、こんな私でいいのかしら?」
「ああ。確かにトゲがあるが……そのトゲさえ抜けば、結局お前も普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ」
どこまで俺は笑ってやれたかは分からない。
俺はそれでも、今出来る限りの笑顔を見せて、あいつを見送ってやろうとした。
それを受けてクレオも……
クレオも………
「ふふ………そうね………」
クレオも笑顔を……
というか……
「ふふ。ふふふふふふふふ~………もう、言い逃れは出来ないわ? ヴェルト・ジーハ!」
クレオは笑顔……というか、物凄い悪役チックな、三日月のように口元を吊り上げた笑みを急に浮かべやがった。
……えっ?
「ふふ、あーっはっはっはっはっは! 全く無様ね、ヴェルト・ジーハッ!」
次の瞬間、パリンと世界の風景が粉々に砕け散って、一瞬何が起こったのか分からなかった。
だが、気づけば俺の腕の中に居たクレオは、あれだけ痛々しく刻み込まれた左胸の傷なんて全く無く、ただニヤニヤと笑ってやがった。
「えっ?」
いや、マジで、えっ?
「ぷく、ぷぷぷ、いや、ほんとマジで……無様なんで……あいつ、何やらかしてんのか意味不明なんで」
「と、殿~~~~、どうして~、どうしてでござる~」
「ヴェルトくんの節操なしバカ……」
「ちょっ、ちょっと~、あいつ、いきなり何をやらかしてんの?」
「にゃっはなに!?」
回りは? えっ?
さっきまでクレオが傷ついて、回りも悲鳴を上げていたのに、なんか全然そんな様子はなく、普通に携帯カメラでみんなが顔を真っ赤にしながら俺たちを撮っていた。
これは……
「あなたたち、今の動画は今すぐにネットにアップしなさい! そして、可能な限り拡散なさい! BLS団体代表メロンの正体を。そしてこの私が、クラーセントレフンの支配者であるヴェルト・ジーハにプロポーズされてキスされたことを、世界中に流しなさい!」
クレオ? え、お前、死にかけだったんじゃ? 何でピンピンしてるんだ?
そうだよ、確かに心臓をストロベリーに撃ち抜かれて……って、何で撃った本人のストロベリーはキョトンとしてるんだ?
「お、おい、ストロベリー! テメエ、今、クレオを撃ったんじゃ?」
「……はっ? 何をいきなりウゼエ訳の分からないこと言ってんの?」
な、なにい?
「ふっ、ふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふ」
その時、俺を見ながら「計画通り」みたいな顔を見せているクレオは、さっきまで泣きじゃくっていたり、しおらしくなっていた様子とは打って変わっていた。
それを見て、俺は気づいた。
「クレオ! ま、まさか、お前、暁光眼でお前が撃たれて死に掛ける幻想を俺に!」
「あら、何のことかしら? いきなり人を抱きしめて、愛を語り、あまつさえ唇まで奪っておいて、何の言いがかりをつけるのかしら?」
こ、こいつっ! や、やられたっ!
じゃあ、今の一部始終は全部こいつが作り出した幻術!
幻術はてっきり攻撃に使用すると思っていたから油断していた! まさか、自分が殺されて涙の別れ的なシーンを幻術で俺に見せるとは!?
――あとがき――
さて、ここからヴェルトは打つ手はあるのか?
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