第550話 思い出話・それぞれの下半身

 さっきまで、俺を舐めていた、頭のおかしなアリパパじゃねえ!

 アリパパは、服の中から何かを取り出した。それは、金色に輝く、ティーポット?

 でも、なんか、アレから変な空気が漂っている。

 まずい気がする。


「見せてやろう、我が主、『アラチン』様より拝借してきた、マジックアイテムの力をッ! 砂漠の世界に伝わりし大秘宝ッ! このランプを擦れば、中から――――――」


 でも、アリパパが本気を出そうとして、懐から金色の道具を取り出した瞬間………


「貴様は愛の鞭というものをよく分かっていないようね。だから、貴様には王罰を与えてあげるわ」


 それはいきなりだった。

 あいつの目が光った瞬間、急にアリパパが悲鳴を上げた。



「ぐっ、うぐああああああっ!」


「罪の重さ。そして大きさ。その身と心に刻み込むがいいわ!」


「ひ、火がッ! 氷がッ! 風が! 岩がッ! 毒がッ! 針がッ! 剣がっ! 大蛇がっ! 鬼がッ! な、いぐわああああっ! 助けて『ランプの魔人様』!」



 再びクレオの目が光った。その瞬間、アリパパが顔面が崩壊しているみたいに、苦しんだ顔になった。


「な、なにもしてないのに、苦しんでる!」

「ひ、ひいいっ! 姫様、な、何をなさったのですか?」


 どうしたんだ? アリパパに、何があったんだ?


「貴様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一 、十、百、千、万、億、兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数……終わらない『夢幻無限地獄』の刑に処する」


 発狂して、痙攣して、涙を流して、目が白目を向いて、小便漏らして、アリパパはもう……


「な、なにを、したんだよ……クレオ……」


 俺は恐かった。クレオが何をしたか分からないけど、もしこいつを怒らせたら、俺も同じことをされるんじゃないか?

 っていうか、こいつ、さっき俺のことを許してくれるっぽかったけど、やっぱやめるとか言い出さないよな?


「これが私の力。そして、この屑どもが欲したものよ」


 クレオが振り返る。そして、もう一度、目が光った。

 やべえ、俺もお仕置きされ―――――――


「幻想と現実の境界線を支配する。現実には存在しないものを、五感を通して感じることができるものとする力」


 気づけば、崖下の砂利ばかりの場所が、満開の花畑に変わっていた。


「えっ……?」

「……綺麗……」


 怪我も、状況も、今は頭から抜けていた。

 花なんて、まるで興味ない俺なのに、今、色んな花が咲いているこのどこまでも続く花畑の世界に、飲み込まれていた。

 触ってみても、間違いなく花だ。香りも本物だ。

 すると、クレオが俺に一輪の花を差し出した。

 赤い薔薇の花………



「ヴェルト、あなたは赤い薔薇の花言葉を知っているかしら?」


「はなことば? 花語なんてあるのか?」


「まったく、知性も足りないようね。これは、しっかりと躾が必要ね。花言葉はあとでちゃんと調べなさい。そこに、あなたの想い対する私の答えがあるのだから」



 俺の言葉にクレオは呆れながらも、なんか物凄い真剣な顔をしている。

 やべえ、怒ってんのか? なんか、唇も震えてるし、顔もまた赤くなっていってる。


「ヴェルト・ジーハ、この花は所詮幻想。幻想は幻想。現実の前には劣る存在。目で見て、触れることができても、この花は幻想。それは、決して覆すことのできないこと。しかし、この花に込められた想いは、確かにここにあるのよ。それは、目で見ることも、触れることも、叶わないものかもしれない。でも、感じることはできるはず」


 そう言って、クレオは薔薇を俺に押し付けるように持たせた。刺が痛え……。これ、本当に幻なのか?

 確かに、痛いと感じた。



「ヴェルト・ジーハ。私とともに、確かに存在する、世界に一つだけの花を咲かせることを、ここに誓いなさい」


「はなあ?」


「その花は、覇王である私といえども、決して一人では咲かせることのできない花。あなた自身も己を磨き、高め、そして育みなさい」



 なんか、物凄い回りくどいこと言ってるけど、世界に一つだけの花? そんなのどうやって作れっていうんだよ。

 俺、畑に住んでるけど、花なんて詳しくねえのに。



「つっても………俺、そういうの詳しくねーし」


「あら、奇遇ね。私も初めてのことだから、当然詳しくは知らないわ。だから、これから私も学んでいくつもりよ。時間をかけて、ゆっくりとね」


「え、え~~~~? ……つまり……それやらねーと、お前は許してくれねーってことか?」


「ええ。私も、世界も、天も、神も許さない。それを肝に銘じておきなさい。できなければ………夢幻無限地獄に叩き落とすわ」



 ッ! 一瞬、メンドクセーから、それならもう許してくれなくていいよと言おうと思ったけど、危なかった~

 どうしよ……なんか、スゲーニッコリ笑ってるから、怒ってないように見えるんだけど、ほんとはスゲー怒ってんのか?


「あ、あの~……わ、私もここに居るんですけど……」


 あっ、なんかペットはペットでスゴイ気まずそうな顔してた。

 俺も気まずい。

 そんな俺に復讐を考えついたからか、クレオはスゲー嬉しそうにしてる。

 くそ、こいつ、パンツ穿いてねーくせに……



「やはり、僕の部屋からランプを盗んだのは、アリパパだったようですな~。しか~し、合流地点に到着が遅いから来てみれば、まさかこんなことになっているとは思わなかったですな~。本部長にバレる前に来て正解でしたな~」


「「「ッ!?」」」



 ビクッとした。

 そして、クレオの笑顔が途端にまた怖くなった。


「ちっ、無粋ね。まだ誰か?」


 まだ誰か居たのか? そういえば、ハンガーは? そう思ったとき、花畑の幻想が解かれ、元の風景に戻った瞬間、俺たちは声がした空を見上げた。

 するとそこには…………


「な、なんですか、アレッ!」


 絨毯が空を飛んで、その上に人が乗っていた。


「魔法の絨毯ッ! これはまた、随分と珍しい道具を……」

「あいつも、こいつの仲間か?」


 初めて見た。空を飛ぶ絨毯なんて。


「とーうっ!」

「飛び降りたッ!」


 そして、絨毯から飛び降りてきたその男は、アリパパのように頭にターバンを巻いてる。

 服はダボダボの白い布のズボンに、上着にマント。

 ベルトのところには、スゴイ弧を描いている短剣を差している。

 アリパパより全然若いぞ? ファルガくらいかもしんない。

 

「こんにちは、坊やにお嬢ちゃんたち。僕の名は、アラチン。この度は部下のアリパパが大変失礼なことをしましたな~」


 爽やかな顔して、パッと見る限り優しそうだ。

 でも、俺は全身がゾワッとなった。

 なぜなら、この兄ちゃん。アリパパってやつよりも、どこかイッちまったような、どんよりした目をしているからだ。



「あーあ、アリパパ、これは再起不能に近い症状ですな~。幻術で極限状態まで追い詰める。怖いですな~。マリファナでもここまでの幻覚はないですしな~」


「あ、あが、う、あ、あば、げ~………」


「それにしても、ランプを無闇に使っちゃダメですな~。これに封じられし、ナンバーオブビーストの魔王が解放されちゃったら、大変でしたな~」



 痙攣しているアリパパに近づき、顔を覗き込みながら首を横に振るアラチン。

 今のところ、俺たちに何かするようには見えないけど、どうなんだろう?



「貴様もこの誘拐犯の仲間のようね。ならば、私の前に現れることの意味を理解しているのかしら?」


「暁の覇姫クレオ……本部長の話では、魔封じの錠で捕らえていたはずなのに、なぜ逃げ出せたのですかなあ?」


「そんなこと、今から深い深い地獄の世界へと旅立つ貴様に、関係あるのかしら? それとも、貴様も私を力づくで口説いてみるかしら?」



 優しい顔してても、アリパパの仲間なんだ。

 既にクレオは戦う気満々だぞ。でも、大丈夫か?

 すると、アラチンとかいう男は………


「いいや、やめておくのがいいですな~」


 両手を挙げて降参したかのようなポーズをした。



「あら、戦わないの?」


「解放された暁光眼に抗う術は思いつきませんな~。だからと言って、あなたも二人の足でまといを抱えたまま僕と戦うのは得策とは思えませんな~」


「戦う? 戦いになると思っているのかしら? そもそも、私がそのイカれた男にされた屈辱的な行いについて、まだまだこの程度では収まりつかないほどのものよ? 一族も上官もまとめて根絶やしにしたいぐらいの衝動よ?」


「勘弁して欲しいですな~。まあ、監督不行届は否定できないですが~、まあ、こいつがここまでイカレた麻薬中毒者になったのも、僕の責任でもあるわけですが~」


「あら。なら、その償いをしないとならないでしょう?」



 クレオが一歩前へ踏み出す。こいつ、こんな自信満々で大丈夫か? この兄ちゃん、強いのか弱いのかも分からないけど、アリパパの上司ってことは、アリパパよりは強いんだろ?

 俺にカンチョーで負けたくせに、クレオは本当に勝てるのか?

 すると、



「もちろん、償いはした方がいいですな~。だからここは……ここは僕の体を張った渾身の芸で笑わせてあげることで、許して欲しいですな~」


「………………はっ?」



 芸ッ? クレオと一緒に、俺も「はっ?」ってなった。

 あまりにも予想外なアラチンの言葉に俺たちは一瞬聞き間違いかと思ったが……って、おいっ!


「なっ、なにをっ!」

「ひっ、い、い、いやああああああああああああああっ!」


 アラチンがいきなりズボン脱ぎやがった! なんで?

 そして、丸出しにしたヤバイ部分に、アリパパが使おうとした黄金のランプと重ねた。


「組織の慰安旅行で社長に教えてもらったこのギャグで、僕は一気に幹部に上り詰めましてな~。君たちに、この僕の渾身の芸で笑顔にしてあげるので、よろしいですな~?」


 な、なにを、する気だ?

 ペットが余計に泣き出したし、クレオが今にもブッ倒れそうだ。

 股間を黄金のランプで隠して、何を?



「ア~ラ、よかよかよかよかよかちんちん♪」



 ………………………………………………………?



「一つ! 一つ人より、よかちんちん! アラ、よかよかよかよかよかちんちん! 二つ! 振れば振るほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん! 三つ! 見れば見るほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん!」



 ヤバイ……ペットがメッチャ泣いてる……

 ヤバイ……クレオが目力だけで人を殺せそうな顔してる……

 ヤバイ……笑ったら負けだと分かってるのに、俺だけ笑いそう……なんかこいつ面白い



「貴様ァッ! 暁の光に飲まれて滅びなさいっ!」


「四つ! って、ま、待ってほしいですな~、この数え歌は十まであるんですが~」


「今すぐ地獄に落ちなさいッ!」



 案の定、魔人のような顔してブチ切れたクレオの目が光った。



「破滅への使者からの審判を受けなさいッ! メテオデスペナルティッ!」


「あ~、隕石ですな~、痛みも苦しみも味わうとなると、ショック死するかもしれませんな~……仕方ないですな~」



 多分、様子から見て、クレオは幻術で隕石を空から降らせているんだろう。

 俺たちには分からないけど、アラチンにはきっとその光景が見えているはず。

 でも、アラチンに慌てる様子はない。じゃあ、どうやって……


「要するに、僕が隕石すらも防げる防御をイメージできれば、問題ないのではないですかな~?」


 その時、アラチンが真剣な表情の中で、手を挙げた。

 すると次の瞬間、アラチンの周りに金色に輝く丸い玉が現れて、アラチンを包み込んだ!



「なっ、これはっ、黄金ッ!」


「ボースト・オブ・マイ・ゴールデンボール(僕の自慢の金の球)!」



 金! 金だ! 金の玉だ! 


「僕の黄金の防御態勢は、あらゆる脅威から身を守る……自分でそう揺るぎない自信を持ち続ければ、幻術の隕石すら防げてしまったようですな~。暁光眼対策の一つ。燃え盛る炎には氷魔法。猛獣にはそれより強固な力。剣には、それに耐え切れる鋼の肉体。つまり、幻術の脅威より強い防御方法を自分が持っていれば、堪え切れるというものですな~」


 いや……でも、隕石だぞ? 隕石! 隕石って黄金で跳ね返せるようなものなの? 違うだろ?



「……その対策方法の是非は置いておいて……貴様、『金属性』の魔法使い……『錬金術師』なの?」



 んで、れんきんって何? クレオがさっきまで怒り任せになっていた顔が、またクールっていうか、キリッとした顔になってる。

 そして、その質問に対して、金の玉から出てきたアラチンは頷いた。


「いかにもですな~。僕はアラチン。この世のあらゆる珍品金品を追い求める、トレジャーハンター上がり。人呼んで、『黄金の錬珍術師』ッ! 以後、よろチンチンッ!」


 で、なんだろう、こいつ……多分こいつ、スゴイやつなんだと思う。

 スゴイと思うんだけど……


「では、気を取り直していってもよろしいですな~? 四つ、よじればよじるほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかちんちん♪」


 色々と台無しなんだけど、なんなんだよ、こいつ! 



「ふ・ざ・け・る・なッ! 人が運命の岐路を一人の男と語り合っていたところを、下劣な行いで汚すなど、万死に値するわッ!」


「あ~、もう、どうしてウケないのですかな~? 宴会ではバカウケだってのに、おかしいですな~……やれやれ、ゴールデンスティックッ(金の延べ棒)!」


「ッ!」


「幻術使い対策。それは、幻術者に先手を取らせないこと。幻術を発動させる間もないほど攻めて攻めて攻め立てるのがコツですな~」



 金の延べ棒が次から次へと空から降ってきやがるッ!


「く、小賢しいッ!」

「よろしいんですかな~? お友達も巻き添えですな~」

「ちっ!」

「本当は戦う気はなかったのですなが~、まあ、正当防衛ですな~」


 あっ、やべえッ! 俺とペットの所にも降ってくるッ! は、走れねえッ!


「暁の覇姫を侮らないことねッ! 幻術だけの女だと思っているのかしら? この、現実に存在する至高の存在を誰だと思っている!」

「ですな~」

「無属性魔法バリヤ!」


 防いだ! 透明なガラスみたいな何かが俺たちの周りを囲んで、金の延べ棒の雨が防がれている。

 クレオがやったのか?



「ふん、これであなたのターンは終わりね。そして、これがラストターン!」


「それはまずいですな~! まだ、数え歌終わってないですな~!」


「それが遺言でいいのかしら? まあ、貴様のような、下劣な下半身を露わにして痴態を繰り広げる汚物のような男など、細胞一つ残す気はないけれどね! 滅びなさいッ、夢幻――――――」



 そして、このままクレオがアラチンを倒し――――――



「下半身丸出しの痴態? 自分こそ下着を穿いていないので、おあいこですな~」


「無限地ご……えっ………………あっ………………ッ!」



 倒せたのに! 急にピタリとクレオが固まって、顔が真っ赤になって、いきなり頭抱えて叫びだした。



「あああああああああああっ! な、い、い、ああああああああああっ!」



 おまえ、自分でパンツ穿くの拒否したくせに、何で今更ッ! もう、いいじゃん別に!


「馬鹿! バリヤ壊れちゃったぞ!」

「姫さま、あ、危ないです!」

「み、見られたッ! こ、こんな男にまで! ヴェルトだけでなく、こんな男にまで!」


 くそ、バリヤが粉々に砕けて、延べ棒が次から次へと降ってくる。

 ダメだ、動け! あ~、もう、動けーっ!



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