第539話 腐った店

 瓦礫の上を歩きながら、ようやく外へと出た瞬間に目の当たりにしたのは、騒ぎを聞きつけた野次馬や、警察や警備みたいな連中がグルリと入り口を取り囲んでいる光景だ。

 そして、振り返れば、既に取り返しがつかないほど甚大な被害を受けている博物館の惨状。

 積み上げた歴史も、馬鹿の気まぐれで一瞬にして壊れる。

 博物館にまるで興味のない不良とはいえ、俺も何だか少し感傷的になる。


「ブラックちゃんだ!」

「アッシュちゃんも居る! それに、クラーセントレフンの奴らも!」

「そうだ! ヴェルトとムサシだ!」

「姫様、どうされましたか!」

「お、おい、それよりもアレ。あの、奇妙な奴ってもしかして」

「ああ、まさか、テロリストのストロベリーッ! あのイカれたクソ野郎!」

「ひいいいっ、逃げろッ、殺されるぞ!」

「でも、あの前髪下ろした奴は誰だ? ストロベリーの仲間か? ストロベリーと同じでドリル腕だし!」

「クラーセントレフンの奴か?」

「えっ、あんな奴居たか?」

「ほら、ニー、なんとかだよ、ニー、なんとか」


 全員一緒に出てきたのが、全員今の世界じゃ有名人の奴らばかり。

 そりゃー、こうなるか。……一人だけ哀れな奴が居るが……


「どうなってんだよ! クラーセントレフンの奴が来た途端に、テロリストたちも活発なるし、いろいろな場所で騒動が起こるし」

「そうだよ。今、動画サイトで、クラーセントレフンのエロスヴィッチが、アルカディア8と並ぶ大型アイドルユニット、『ハロー小娘』のテレビ収録に乱入してるとか、リガンティナが何故か小柄な男性用パンツを大量に買占め、『ラガイアを私色に染める』とか呪文のように繰り返して誰も近づけないとかだし!」


 おい、エロスヴィッチとリガンティナ。お前ら、もっとしっかりしろよ! 変態でもいいから、せめてペットを守れよ。何をやってんだよ、タコ共。

 つまり、そんな風に鼻息荒くしてこの世界の自由時間を堪能している奴らを前に、ペットも距離を置きたかったってところか。まあ、それで敵の罠にハマって捕まるのもマヌケだが。


「んで、どこにあるんだよ、その変態な店は」

「安心しろ。ここから歩いて行ける場所だ。ウゼエ、イケブクロの店とそれほど距離はねえ」

「そんなに近いならそっちから来いよッ!」

「ウゼーな。少なくともビーエルエス団体の連中とは、簡単に外では会えねーよ。あいつらの趣味は、もはやこの世界じゃ認可されてねえ犯罪だからな。だからこそ、閉ざされた店内じゃねえと、テメエに説教したり、布教したりできねーんだよ」

「いや、布教されたくもねーし、説教受ける義務もねーんだが」


 本当にイラつかせる。しかもこんな表通りを堂々と歩きやがって。本当に指名手配されてるテロリストか?

 俺たちが前へ進むと、立ちふさがっていた人壁もすぐにワッと二手に分かれて道を開けるが、当然俺たちと一定の距離を取りながらも、連中は後ろからついて来る。

 そんな中……


「待て、エゴテロリスト・ストロベリー!」

「大人しく武器を捨てて、降伏しろ! さもないと、う、う、撃つぞ!」

「十数える! 早くしろ!」


 なんか、かなりビビッてる警察関係と思われる連中が、タイヤの無いスカイカータイプのパトカー越しからマイクを通して叫ぶ。

 だが、それでこいつは止まらねえ。止まるわけがねえ。

 むしろ、ウザイと言って蹴散らすだろう。



「カカカカカ、ヴェルト。テメエはこの世界はウザイし、警備もヨエーと言ったな。それは、間違いないんだよ」


「なに?」


「分かるだろう? あらゆる規制を敷いたお利口さんな世界は、人から牙や戦う意志を奪った。昔はボクシング映画の『ロッカー』を見終われば、フードかぶってシャドーしたりと影響される奴がいたが、今の世界じゃそんなことはありえねえ。ウザイだろ?」


「………ロッカー? ……アイ・オブ・ザ・リオン?」


「おお、そうだよ、獅子の目だ! って、何で知ってるんだよ、クラーセントレフンの住人が!」



 ターミニイチャンに続き、ロッカーか……



「おい、ニート。サブカルチャーの父・レッドってのはクラスメートなんだろ?」


「多分な」


「どんだけあいつは残してるんだ? どうなってんだよ、そいつは」


「……いや、俺もあいつはただのアニメオタクだと思っていたけど……まさか、ここまであいつが雑学王だとは思わなかったんで」



 いや、もはや王を越えた神だろ? 何でここまでのもんを残せるんだよ。

 だが、それと同時に、これだけのものを世代を越えて残しているとなると……


「おい、ストロベリー」

「ん?」

「………テメエらが信奉する、サブカルチャーの父・レッドは、一体何の罪で捕まったんだ?」


 そう、これだけ世界に貢献しまくっている男が何で? 話を聞く限り、禁止や規制が引かれようとも、世界の発展にそれだけ貢献した男だろう? 

 その功績ですら許されない、一体どんな罪を?


「……へえ、興味ある?」

「いいから早く言えよ」


 俺の質問に少し意外そうにしながらも、少しニヤつきながら、ストロベリーは言った。


「レッドの罪。それは、教祖クリアと同じ罪。超危険な異物を持ち込んで、この世界を滅ぼしかけたからだ」

「滅ぼし……かけた?」

「ああ」


 滅ぼしかけた? どういうことだ? なんか、ヤバイもんでも開発したか?



「遥か昔。クラーセントレフンとこの世界のドアを完全に遮断した後に発覚したこと。なんと、レッドとクリアは、当時世界をウゼーぐらいに追われていた『六百六十六魔王』の一人を、この世界に連れてきて匿っていたのさ」


「…………なっ…………に?」


「なぜ、敵である魔族の王を二人が匿っていたかは知らない。しかし、その魔王は当時の他種族含め同族の魔族からもウゼーぐらい嫌われていた魔王だ。そりゃー、世界は大慌てだ。モア云々を抜きにして、侵略により自分たちを異界の地へ追いやった魔王の一人がこの世界に紛れ込んでいたんだからな。カカカカカカ、この世界一丸となって総攻撃して捕らえて、レッド、クリアと、三人まとめて冷凍刑務所にぶち込んだって話だ」



 俺は思わずニートと顔を見合わせた。

 当時、人類、神族、魔族、亜人の争いは激しく、他種族同士の友好なんてありえない時代と世界。

 そんな中、自分たちの宿敵でもある魔族の、ましてや魔王を匿った? なんでだ?

 当然、その謎は誰にも分からない。

 でも、顔を見合わせた俺とニートは、ある一つのことが頭に思い浮かんだ。

 レッド。そしてクリアはニート曰く、十中八九クラスメートなんだろう。

 その二人が、異種族の魔王を、誰にも分からない理由で匿おうとしたワケは……まさか……


「ほら、ウゼー話してたら着いたぜ?」


 あっ、やべ、全然気付かなかった。

 博物館からどれだけ歩いたか? 多分、そんなに歩いていないだろう。

 後ろの野次馬たちだって全然減ってないし。


「その店は、会員制の?」

「待て、テロリスト・ストロベリー! 止まれと言っている! クラーセントレフンの来賓をつれてどうするつもりだ!」


 そして、言葉とは裏腹に、物凄い逃げ腰の警察諸君。完全にビビってる。

 まあ、俺たちの世界以上に平和ボケしているらしいから、凶暴な犯人を逮捕とか、経験がないんだろうな。


「ちょっと、あんた、本当にそのまま行く気? ねえ、待ちなさいよ!」

「にゃっはやめたほうがいいって! あとは、私たちに任せて!」


 そして、だからこそ任せろなんて言われても、何も任せられる気がしねえわけだ。

 つうか、任せられるなら、ペットだってこんな易々と捕まらないんだしな。

 だから………


「安心しろ。会員制だか何だか知らねえが、こんな店、本日限りで閉店だ」

「ヴェルトッ!」


 さて、扉を開けたそこは、昨日のライラックの店と遜色ないようなものだった。

 アンティークチックな喫茶店に、その中央には小芝居をやるためのステージ。

 店内は大変賑わっており、女しかいない。

 しかし、普通、女しかいなければ、もう少しいい匂いだったり、華やかな感じがするはずなのに、この熱気はどうだ?



「きさまあああ! なんだその妄想はーっ! どれだけ私を寝不足にすれば気が済むのだーっ!」


「素晴らしい芸術品よ。ブラックマーケットで卸したいのだけれど、いくらになるかしら?」


「この時代の造形物は本当に素晴らしい。政府の国立図書館のデーターベースにハッキングすれば、もっといいのが?」


「いいえ。これらは非公認の団体が作ったもので、一般的に出回っているものではありませんわ」


「ペットさん、こちらも教材として非常に素晴らしいものです。見なければ人生損します」


「さあ、腐りましょう! 人は、腐ってこそ味わい深いものになるものです!」



 まず、容姿についてなんだが、普通な女、結構可愛い女、豚みたいな女、色々な女が居る。

 その誰もが熱い激論を交わしながら、店内のモワッとした空気を作り出してる。

 昨日のライラックの店は、劇の衝撃に言葉を失っていたが、こいつらのこの熱さ、改めてみると、なんか引く……


「カカカ、相変わらず、ウゼーキメエ」


 まさか、こんなウザイ男と、意見が合うことがあるとは思わなかった。

 そればかりは心の底から同意だった。


「来たようだな」


 その時、まるで自動音声のような抑揚の無い機械的な声が聞こえた。

 っていうか、機械だ。 


「こ、これは、また個性的な人。反応に困るんで」

「な、にゃ、にゃんでござる? この者は」


 さすがのニートもムサシも、警戒しようにも反応に困る衝撃だった。

 しかし、機械声の一言が流れただけで、物凄い形相の女たちが、入り口に立つ俺たちに一斉に振り返った。

 コワ………


「カカカカカ。来たぜ、メロン代表」


 メロン代表。そう呼ばれた

 本当にメロンの被り物してるよ。なんつーセンスだ。流行ってんのか?

 身長は少しスラッとして、ウェストもかなりしまって、そしてこっちもメロンのような両胸。

 しかしどうしてだろうか? 何だかこの女の体に違和感を覚えた。

 どこか自然さを感じさせない体。エルジェラの天然巨乳を堪能している俺だから感じるのだろうか。

 この女、何か不自然だ。


「体中を見渡すな。下劣な男」


 そして、メロン女は、手に薄いタブレットのようなものを持ち、それをカタカタとタイピングし、それに伴って、タブレットから声が発せられた。

 こりゃまた、変な奴が………


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