第506話 魔王の血族
俺たち四人の攻撃を一瞬で蒸発させ、一歩間違えたら俺たち全員が消滅していた。
なんつー威力だ。そして同時に、なんつーメンドくさい敵だよ、こいつ。
「ほう」
一方で、突如目標とは違う方向に攻撃してしまった事態に、ライラックも少し不思議そうな顔をしたが、すぐにニコリと笑った。
「ふふ、一瞬、強力な力に腕を掴まれた気がした。それで思わずビームを曲げてしまったが……なるほど、それもクラーセントレフンの力かな?」
「そういうことだよっ! ふわふわランダムレーザーッ!」
付き合ってられねえ。死角からのレーザー連続砲撃。これなら、
「ふふ、密度が足りないな」
「ッ! な、なんなんだ、こいつ!」
しかし弾かれた! これは、振動じゃない? ライラックの肉体がスパークし、俺のレーザーを弾いた。
「ふふふ、覚えておきたまえ、諸君。物理攻撃は超振動防御で防ぎ、光学兵器などはこのレーザーバリアで防ぎ、仮にそれらの防御を貫いても、全身に埋め込まれたナノマシンによる超高速自動修復機能によって、すぐに僕様は再生する」
その説明は、なかなか難しい単語でビッシリだったが、要するにこういうことか。
無敵で不死身?
「そして、体内のブーストで肉体速度を向上させるだけじゃなく、こうして目に見える範囲と空間の座標さえ把握すれば」
「ッ!」
その瞬間、ライラックが消え――――
「ッ! ふわふわ乱キックッ!」
「超ウルトラバイブレーションジェネレーター!」
一瞬遅かった! 高速で回り込まれたというより、空間から消えて、いきなり現れた感じだ。
俺の真後ろに現れたライラックに、振り向きざまに蹴りを食らわせようとしたが、振動の壁に俺は弾き飛ばされていた。
「ヴェルトッ!」
「きっ、貴様ーッ! 我が殿に何を!」
「ヴェルトくっ―――えっ?」
ムサシが血相を抱えてライラックに切り掛ろうとする。だが、既にそこにライラックは居ない。
無人となった店内のステージの中央で、両手を広げて立っていた。
「このように、目に見える範囲なら、空間転移ワープすることも可能。さあ、いかがかな? 新しい世界の扉は。ノンケの諸君?」
つっ、威力を手加減されていたのか、かなり打撲のような鈍い痛みは感じるが、何とか俺は立ち上がることができた。
だが、それでもやはり思わずにはいられない。
こいつは、強い。
「ちっ、メンドクセー敵だな」
「む、無敵としか思えないんで、なに、そのチート宝庫………」
「ぐ、ぬぬぬぬ、面妖な力を使いおって」
「どうやって、戦えばいいの、こんな人………」
ああ、そうだな。ここまで反則だとは思わなかった。
こうなってくると、小手先でどうのこうのの問題じゃねえかもしれねえ。
ヤルなら、こいつを遥かに超える火力でこっちもやるしかねえ。
使うか? 魔導兵装。こいつはそれぐらいの―――
「戦う? 勘違いをしないでくれたまえ、諸君。僕様は別に君たちと戦っているわけじゃない」
また目の前から消えた。
だが、今度は攻撃のために消えたわけじゃねえ。
ただ、ステージの上から、壁のブッ壊れた店の外へと出ていた。
そこには、騒ぎを聞きつけたのか、多くの野次馬や、警備の関係と思われる連中が武装した姿で取り囲んでいる。
ご丁寧に、何台もサイレンのようなものを光らせてる車まで、地上と上空まで配備している用意の良いこと。
「騒ぎがあったのはこちらですね。ライラック皇子、これは一体どういうことですか?」
「近隣から報告がありました。光学兵器の無断使用であれば、署に来ていただきますよ?」
警備か、もしくは警察官的な奴の一人が、外に現れたライラックに声を掛ける。
しかし、ライラックは特に連中に対して反応することもなく、ただ両手を広げて俺たちに向かって言う。
「見たまえ、ヴェルトくん、ニートくん。この息苦しい社会を。ほんの僅かなイザコザで、すぐに国は目の色を変える」
どの世界に、ビーム砲を放つほんの僅かなイザコザがある! とツッコミ入れようとしたが、ライラックは構わず続ける。
「こんなところで無駄に消耗し合ってどうするんだ? 僕様たちが戦うべきは、この世の中、社会、国、世界だ! 自由に生きようとする君の瞳は、本来僕様たちと分かり合うことができるはずだ。僕様に勝てなくとも、この攻防に生き残った君たちのその運と力は、やはりここで失うのは惜しい。だからこそ、改めて言おう。ヴェルト・ジーハくん。僕様たちと手を組もうじゃないか!」
あくまで上から目線で勧誘の握手の手を差し出してくるライラック。
その様子に、集まった連中も何が起こっているのか理解不能といった様子で首を傾げている。
まあ、俺もそうだけどな。
この、メンドクセー野郎を図に乗らせたからこんなことになっちまった。
「ちっ、仕方ねーな。……本気でぶっ壊す」
やるしかねえな。ガチで。
魔導兵装で……
「ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ! その目は、いいね! ハッタリじゃない! 面白いよ、ヴェルト・ジーハくん!」
俺にまだ何かあると察知したのか、ライラックはそのことをむしろ嬉しそうに笑った。
「いいよ、その、どこまでも凶暴な瞳は! 初めてだよ、僕様がお尻以外に興味をもてたのは! その瞳の奥には、何がある? いや、何を見てきてそんな瞳になったのか、興味深いね! 君のことをもっと尻たくなったよ!」
このイカレ変態野郎め。だが、そんなに教えて欲しけりゃ教えてやる。
俺は―――――――
「ううん。僕が教えてあげるよ? 暴虐を、破壊を、滅亡を。そして、恐怖かな? ヤヴァイぐらいにね?」
と、俺が意気込んで戦おうとした瞬間、世界を覆うほどの冷たい寒気に俺は思わず鳥肌が立った。
それは、ニートもペットも思わず腰を抜かし、ムサシの全身の毛が逆立つほど。
「………………ん?」
愉快に笑っていたはずのライラックの表情が変わった。
ライラックも、感じたんだ。この、這いよる悪寒を。
それは、野次馬も、警備の連中も関係なく………いやっ、というより!
「きゃあああああああああああっ!」
一人の女の悲鳴が聞こえた。
するとそこには、一人の女が、細長い針のようなものが首筋にチクリと刺さり、僅かに血が流れていた。
そして、それは一人だけじゃない。
「げっ、こ、これは、なん、ぎゃああああっ!」
「うごっ、がっ、はっ!」
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
次々とその針が「上空」から伸びてきて、集まった何人もの群衆に襲いかかり、繁華街は一転して阿鼻叫喚が広がっている。
そして、僅かにチクリと刺されただけにしか見えないのに、狂ったように叫んでいるのはどういうことだ?
そして、あの針は………いや、針じゃねえ。あれは………
「うふふふふふ、うふふふふふふ、煩いけど、こういう雑音は僕、嫌いじゃないよ?」
上空から降り注いだのは、針じゃない。
メガロニューヨークの夜を背後に、コウモリの翼を羽ばたかせた怪物が、青い血に染まった腕から伸ばした「爪」だ。
「ジャレンガッ!」
ジャレンガだ! 破壊されていたはずの肉体も、吸血鬼の力で徐々に修復されたのか、血を流しながらも無事のようだ。
って、無事かどうかじゃなくて、これはどういうことだ!
「ちょっ、あいつ、なにしてるんで!」
「ジャレンガ王子! な、なぜ関係ない人たちを! 今すぐやめるでござる!」
「ひ、ひどい、なんてことをっ!」
あいつ、なんつうことをしてんだよ! 無差別に殺しを?
いや、殺しじゃない? それどころか、ジャレンガの爪に貫かれた連中が、パニックになって恐れていた恐怖に歪んだ表情から徐々に変わり、ついには、
「グワバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
何かが乗り移ったかのように、真っ赤に充血した瞳で、鋭く伸びた犬歯をむき出しにして変貌していた。
「ふふ、うふふふふふふふふふ、僕の魔力を体内に取り込んだら、しばらくは僕の操り人形になるんだよ? 他にも、血を吸ったりとかあるけど、これが一番手軽だからね……ふふ、でも大丈夫、あとで元に戻してあげるから……この世界がまだ滅んでいなければの話だけどね?」
いや、そ、そうじゃなくて、なんでこんなことを?
まるで吸血鬼化したかのように、変貌した連中の姿に、他の集まった奴らも余計に悲鳴を上げた。
「ジャレンガくん………君は………一体、何を?」
ライラックが真顔で、上空から見下ろすジャレンガに尋ねる。
すると、ジャレンガは三日月のような笑みを浮かべた。
「ライラックくんだっけ? 確かに君、ちょっと驚いたけど……やっぱり、ルシフェルさんよりは弱いね?」
「ッ!」
「確かに、武器の種類は豊富だし、火力もすごいけど……クロニアが改造して魔法と兵器を融合させた力を使う、あの領域には達していないね?」
ジャレンガの口から迷いなくハッキリと告げられた言葉。
それは、俺が、『ライラックは強い』と理解した直後に、それを真っ向から否定する言葉。
「それなのに、笑わせてくれるよね? 僕をここまでおちょくってくれるし? だから、今度は僕が教えてあげるよ? 何千年の技術や歴史を積み重ねたぐらいじゃたどり着けない、魔の深淵と恐怖の極みをね? そのついでとして、君が壊したがっていたこの世界も、まとめて壊してあげちゃおうかな?」
次の瞬間、ジャレンガの肉体が変化していく。
そして、大空に広がる夜の世界から、黒い瘴気のようなものが降り注ぎ、ジャレンガを包み込んでいく。
「クロニアが太陽の光で強くなるのなら、僕は夜の闇で強くなる」
右腕だけドラゴンだったはずの腕が、気づけば両手に。鋭く光る鉤爪。
そして、両足も服を突き破り、変異していく。
「くくくく、あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
「……ッ……君は……一体……ッ!」
「ハハハハハハッ! 壊れちゃえ! 漆黒の闇で世界を覆い、絶望と恐怖の音を奏でて、殺戮と狂気に狂っちゃえ!」
闇の衣がより大きく、深く、そして不気味にジャレンガを覆う。
その中から、血に飢えた巨大な怪物の笑みと、満月に光る巨大な瞳が見えた。
それは、正に世界を破滅に導くバケモノ。
「えっと……ヴェルト……どっちが俺たちの敵なんだ?」
「……俺も分からん……」
まだ、王座につかなくとも、その力と存在は誰もが認め恐怖する。
そう、あれこそが、ファンタジー世界の真骨頂。
御伽噺から飛び出した存在。
世界を破滅に導く魔王の降臨だった。
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