第507話 究極の存在

「ふふふふふ、ハハハハハハ! すごいな、ジャレンガくん! これが魔族か! こんな奥の手を隠し持っていたとは驚きだ!」


 その時、ライラックは興奮を抑えきれずに笑った。

 自分の目の前に現れた存在が、ライラックの想像を遥かに超えた存在だと理解できたからだ。

 しかし、それではまだ分かった内には入らない。

 ジャレンガの正体を知り、笑っていられるうちは、まだ理解したとは言えない。


「ヴェルト、あいつ、ヴァンパイアって噂聞いてたけど、そう言えば、本当ななんなの?」


 そういえば、ニートは知らなかったな。ジャレンガの真の正体を。


「噂じゃあ、ヴァンパイアとドラゴンの血を引く混血種だとか。世界最悪の混血種、ヴァンパイアドラゴンだと」


 闇の中から現れる、巨大な黒い影。

 ドラゴンの肉体。吸血鬼の牙。悪魔の翼。

 そして真っ赤に染まった満月の瞳。


「あのさ、ヴェルト、お前は知らないかもしれないけど、空想上生物最強決定戦とかアンケートをとって、定番に上がるのがドラゴンとヴァンパイアなんで……そのハイブリッドってなに?」


 顔面蒼白させたニートは、理解したんだろう。ジャレンガがどれほど異質な存在かを。


「殿、どど、どうするでござる?」

「きゃああっ! ま、街の人たちが、グールのようになって、暴れてるよ!」

「どこのゾンビゲームなんで! これ、本当に元に戻せるのか?」


 元に戻せるとか戻せないかというより、問題なのは、それまでにこの世界が無事でいるかどうかが先だ。

 メガロニューヨークに現れた巨大なヴァンパイアドラゴンは、もはや喧嘩とかそういうレベルを遥かに超越している。


「ふふふふふ、世界を破滅に導くか。素晴らしい存在だジャレンガくん! いいよいいよ! お尻を含めて君は最高だっ! 是非とも、その力を利用させてもらおうかっ!」


 ライラックが動いた。それは勇敢でもない。ただの無知だ!


「超ウルトラバイブレーションジェネレーター!」


 再び放たれる超振動。その出力は、巨大なヴァンパイアドラゴンの全身を押しつぶすかのように、音波の耳鳴りが世界に響き渡った。


「残念だが、どれほど強固で質量があろうとも、所詮は生命体。僕様の超振動出力は近代科学の粋だからね! 進化を究極まで極めた、本当の破壊力!」


 ヴァンパイアドラゴンが上から超重力を掛けられているかのように、地面に押さえつけられてめり込んでいく。

 激しく振動する全身が、軋んでいるように見える。

 だが……


「うふふふふふふ、あははははははは……この振動はあれかな? クロニアが開発した、『まっさーじちぇあ~』とかの振動みたいなもの? 確かに、体の血流が良くなってる気がするけど……でも、なんか君は不愉快だね?」


 超振動の渦の中で、ヴァンパイアドラゴンが邪悪に笑みを浮かべた。

 それどころか、押さえつけられていたはずの超振動の中で、一歩、また一歩と足を踏み出した。


「ッ! 超振動が効かない! 馬鹿な!」

「その兵器って、ちなみに何用に作られたの? まさか、破壊? ねえ、君さ~、技術力は進歩しても、分析力は退化してるの?」


 次の瞬間、ヴァンパイアドラゴンがその巨大な翼と肉体を大きく起き上がらせ、なんと、力づくで超振動の渦を振り払った。


「僕は真祖のヴァンパイア王と古代竜エンシェントドラゴンの血を受け継いだ、史上最悪の生命体! その僕に進化だ究極だ、ましてや破壊を語るなんて、一万年は早いかなっ!」


 巨大な腕を上空から振り下ろし。その質量、破壊力、とても振動ガードやビームバリヤで防ぎきれるもんじゃねえ。


「お、おおおおっ! 空間転移ッ!」


 防げないと判断するや、すぐに空間を転―――


「アーハッハッハッハッハッハ!」

「ッ!?」


 と思った瞬間、ヴァンパイアドラゴン・ジャレンガの振り抜いた爪が、空間を歪ませ、姿を消したはずのライラックを抉っていた!


「ぐっ、な、なにっ!? く、空間そのものを切り裂いて、僕様をっ!」

「アハハハハハハハ! いいじゃない、その顔! 正に身の程知らずの愚者が、ようやく自身の愚かさを知った表情! ようやく君のその顔を見れたねッ!」


 胴体を切り裂かれたライラック。だが、ライラックには再生能力がある。

 瞬時にえぐり取られた肉片が修復されていき、元に戻る。

 そして、元に戻るやいなや、ライラックが左手をかざす。

 その左手にエネルギーが凝縮され、一気にそれを解き放つ。



「仕方ない、奥の手を使わせてもらうよ! プラズマ砲ッ!」


「ふふっ、奥の手? ついに、君のお尻にも火が付いたね」


「ッ! ば、馬鹿なッ!?」



 だが、ジャレンガが真っ赤な月光眼を開いた瞬間、凝縮されたエネルギー砲が、そのまま見えない壁に反射されてライラックに弾き返した。



「朱月の御鏡ッ!」


「ぐわぎゃああああああああああああああああああああ!」



 しかも、ただ弾き返されただけじゃない。

 赤い光に照らされたプラズマ砲は、速度も質量も倍まで膨れ上がり、ライラックを包み込んだ。

 初めて、攻撃を食らってうめき声を上げるライラック。やはり、改造されていても、完全なロボってわけじゃないようだ。

 いっそ完全なロボだったら、こんな恐怖もパニックもなかったろうに。



「ぐっ、が、がはっ、馬鹿な、なぜ、旧人類の世界にこれほどの……究極の生命体となった僕様が膝をつかなくては……」


「究極生命体? 笑わせてくれるよね? 不完全な低脳が何を言ってるんだい?」



 グシャりと、容赦なく潰れる音。

 ジャレンガの足が、ライラックを踏み潰した。



「ごっが、ぐっ、む、無駄だ、僕様は不死身の――――」


「アハハハハハハっ、不死身? そんな言葉、僕には壊れにくいオモチャと同義だよ? 誇るものじゃないよ?」


「ぐっ、ご、おおがああっ!」



 踏み潰し、再生させ、そしてもう一度踏み潰し、また再生させてから踏み潰す。

 壊して、治って、また壊して、治って、その目を覆うような繰り返しに、俺たちはもう言葉を失っていた。

 それだけじゃない。



「ファガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」



 ジャレンガの魔力に操られて、暴れる市民たち。

 繁華街にある店や標識を破壊し、車によじ登っては窓ガラスを割り、人々に襲いかかる。

 これが、地獄と呼ばずに何と呼ぶ?


「いかん、もう、何がどうなっているのか! 暴れている連中を取り押さえろ!」

「とにかく、署に応援を呼べ! 王国軍にも出動の要請を! 突如、ゴッドジラアが現れたと言え!」

「くっ、おい、そこのバケモノ! ライラック皇子から離れろ!」

「構うな、撃てーっ!」


 警官隊たちが放つ銃は、アイボリーたちが持っていたレールガンとかいう奴と同タイプのもの。

 警告をし、それでも無視をするジャレンガめがけて放たれるが、もはや今のジャレンガには着弾しようとも火傷の一つすらしない。



「ぐっ、か、か、りゅ、う、電子ビームッ!」



 踏み潰されながらも、イタチの最後っ屁のように足掻くライラックだが、ビームを放とうとした瞬間、ジャレンガが大きく口を開くと、真っ黒い靄のようなものが目の前に現れ、ライラックのビームがその靄の中に吸い込まれた。



「な、なにを、いっ、たい……」


「月光眼の引力最大値により生み出される、全ての光を閉ざす、僕の防御技。ルシフェルさんたちは、ブラックホールって呼んでたね」


「ッ! ぶ、ぶぶ、ブラックホールだとっ!」


「でもね、それでもまだ不安定でコントロールしきれないから、究極とは言えない。この意味? 分かるかな? 分からないよね~!」



 もう、俺もニートも空いた口が塞がらない。言葉も出ない。

 ブラックホール。その意味は、例え、学のない不良でも、例えオタクじゃなくても、どれだけヤバイものなのか分かっているからだ。


「究極の生命体。僕もかつては自分をそう思っていたよ。でもね、それでも僕も負けたことがある。頭の悪い下品なドラゴンにね」


 その時、ライラックを踏み潰しながら語るジャレンガの言葉は、俺の親友を指していたのが分かった。 



「だからさ、負けて気づいたんだよ? 究極って、結局はそれ以上成長することを諦めた連中の限界を示す言葉でしょ? だからこそ、そこにあまり恐怖は感じないんだよ?」


「がっ、あっ、う、あ、あ、ッ、こ、殺されるのか……この、僕様は……」


「不完全な奴らほど何をしでかすかわからない恐怖、ワクワク感、たまらないよ? そして、僕の世界は、突き抜けるほど何をしでかすかわからない連中が制覇した。あの言葉を失うぐらいにスケールの大きな光景に比べたらさ、技術しか誇れない底の浅い世界には不愉快しか感じないよッ!」



 今度は爪を振り下ろし、串刺しに! もう、ライラックの表情からは完全に戦意が失われている。

 歯をガチガチ震わせ、瞳が既に恐怖に怯えている。

 さらに、串刺しにされ、踏み潰されていた肉体の修復が遅くなっている。

 これは…………


「ほらね? 君、さっきからあんな『ぷらずま?』とか、『びーむ』とか、異常なまでの高温の兵器を使いすぎて、君自身の体も出力に耐え切れなくなってきてるよ? まあ、まさかここまで激しく戦うことなんて想定されてなかったんだろうけどね?」


 そりゃそうだ。どこの世界に、プラズマ砲なんかを連射するほどの戦闘があるってんだよ。

 ああいうのは、本来一撃必殺の兵器だ。それで仕留められない相手というのがそもそもおかしい。



「さて、ちょっとのダメージはまた時間をかけて直されるけど、一瞬で細胞すべてを消滅させるブレスはどうかな?」


「ッ!」



 倒すでも殺すでもない。消滅。さすがに、それはライラックも震え上がった。



「まっ、待て! ぼ、僕様を殺すのか! なぜ、わからない! 今のこの世界と君たちが組んでも、何も意味はないぞ! 戦う意志の希薄な弱腰の世界! プライドばかり高く、責任を押し付け合い、綺麗事ばかりを口にして誰もが英断を下すことはない! 何かあっても遺憾としか言わない遺憾砲しか使えない世界だぞ!?」


「ふ~ん、そうか。一瞬で消滅させるのは嫌なんだね? それじゃあ、ジワジワやることにしようか?」


「君たちと共に、モアの侵略に立ち向かえるのは、君のお尻を満足させられるのは、僕さ、グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!??」



 その時、串刺しにして持ち上げたライラックに、ジャレンガがブレスを放った。



「つ、痛覚遮断装置が、ナノマシンが蒸発し、や、やめろおおっ! ぐっ、体がオーバーヒートする!」


「アハハハハハハハハハハ! アーーーーハッハッハッハッハッハ! 暴虐の闇に抱かれて、永劫の苦しみとともに地獄を見なよ?」



 そのブレスは闇の炎を纏い、ライラックの肉体を燃やす。

 しかし、一瞬で塵芥にするわけではなく、徐々に徐々にこんがりと焼き、ジワジワと苦しめているようにしか見えない。

 その時、言葉を失っていた俺も、ようやくなんとか絞り出せた言葉は一つだけだった。



「なあ、ニート……さっきお前は、どっちが俺たちの敵かって聞いてきたけど……」


「お、おう」


「……ジャレンガを敵にするのはやめよう」


「異議なしなんで」



 満場一致で、その法案は可決された。

 で、どうしよっか、これ。マジで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る