第502話 びーえる

「カオウくん……僕……自信がないんだ……君の力になることも」


「馬鹿、シロコ! 今更、何を言ってんだよ!」


「だって、今の僕なんかじゃ、試みんなの足を引っ張るだけ………」



 なんだこれは? 

 雑居ビルの扉を開けて部屋を見渡すと、そこは想像以上に広いホールのようになっていた。

 薄暗い店内、オープンのシート、設置されているスタンドテーブル、そしてクラブのようなライトアップと、中央に設置されたステージ。

 店の扉を開けると、中は随分と賑わっており、男よりもむしろ女の方が人数は多かった。

 つか、誰も俺たちなんて見ていないで、ステージに意識を集中させているが、アレはなんだ?

 小柄なナヨっとした女みたいな顔の美形の男と、細身だがスラッとした長身の男が、互いにバスケのユニフォームみたいなのを着て、何かをやっている。これは、演劇?



「なあ、お前がやめると、誰よりもお前を信じている奴を、二人も裏切ることになるんだぞ?」


「二人? カオウくん、二人って………」


「一人は、お前だよ。お前自身だ」


「えっ?」


「この手を見てみろ。来る日も来る日も努力し続けて荒れた手だ。この手は、お前を信じてずっとお前の努力に付き合ってきたんだ。お前は、この手を裏切るのか?」


「カオウ……くん…………」


「そして、もう一人は、俺だ」


「ッ!」


「誰よりもお前を信じている。誰よりもお前の努力を俺は見てきた。だから、俺はお前と一緒に戦いてえ!」



 小柄な男の手を握り、熱い想いをぶつける長身の男。

 とりあえず、どういうシチュエーションの演劇なのかは分かった。

 しかし、こういう爽やか青春スポーツものの演劇なのに、それを見ている客の女たちの表情は、何だか恋愛ドラマを見ているかのようなキラキラした目。

 つうか、なんか、キャーキャー騒いでるけど、何なんだ?

 そして、ニートも……



「これ、……どう見ても、『シロコのバスケ』のパロだし……もう確定的だし……」



 なんか、ものすごいガックリと項垂れてる。おい、ニート、お前に何があった?

 すると………



「あんまり、情けねえこと言うな。そうだろ? 相棒!」


「カオウくんッ! ぼ、僕をまだ、僕をまだパートナーとして認めてくれて……?」


「馬鹿が……そんなつまんねーことばっか言う口なら、塞いじまうぜ」



 ―――――――――――――えっ?


「カオウくん……」

「震えるな」



 えっ? えっ? えっ? おいおいおいおいおいおいおいおいおい! ちょっと待て! 何で、その状況で二人とも顔を近づけて………



「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」」」



「「「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!??」」」



 次の瞬間、店内に響き渡る、女の「キャー」の歓声と、俺とムサシとペットの「ギャー」の悲鳴。

 もう後戻りできないと思っていたはずの扉を、俺は勢いよくしめた。



「………………………………………………………………」



 一旦落ち着かせてくれ。何だ? なんだよ、今のおぞましい世界は! 

 ファンタジー世界に転生して、今度はSF世界に転移して、そして今度はどんな世界だよ! なんんだよ、あの世界は!



「ふぁっ、ふぇ、が、にゃ、あう、あう、はう」


「は~~~、う~~~、な、何今の……ドキドキドキドキ」


「やっぱり………」


「ねえ、何あれ、すごく気持ち悪かったけど」



 俺にも説明できねえよ。なんだよ、アレは。何なんだ、あの世界は。一体、俺たちは何を見たんだ?



「……帰るか?」



 俺は、今、心底そう思っていた。こんな恐怖は生まれて初めて―――――――



「つれないな~、せっかく来てくれたんだから、楽しんでくれたまえよ」


「「「「ッ!」」」」



 その時、俺が閉めた扉が向こうから開けられた。

 そこから顔を出したのは、さっきパーティー会場に現れた、あの男。ライラック!



「テメエッ!」


「ふふ、ヴェルト君、ジャレンガ君、ニート君、待っていたよ。連れの子達も新しい世界を知って楽しんで欲しい。あんなパーティー会場では出ないご馳走も用意しよう!」



 思わず身構えるも、色々衝撃がありすぎて体の反応が遅れた。

 ライラックは鼻歌交じりで俺たちの背に回りこみ、ニコニコしながら押して、叫ぶ。



「さあ、聖地にようこそ、友人たち! みんなも、注目してくれ! あるのか無いのか分からないまま伝説に尾ひれがついたクラーセントレフン。その世界の友人たちが、自分たちの方からここに来てくれたんだ! 是非とも、この世界の素晴らしい文化を教えてあげてくれ!」


「「「「「キャーーーーーーーッ!」」」」」


「さあ。みんな、キリキリ動いてくれたまえ。まずは彼らに腹ごしらえをしてもらおう。倉庫より、秘蔵の『ポテチ』と『チョコスティック』、さらに厨房で『ピザ』と『フライドチキン』を作らせて持ってきたまえ! おしりなでだ! ……おっと、間違えた、おもてなしだ! ハハハハハハハハハハハハハ!」



 笑えねえ! 帰りたい! もうやだ! なんなんだよ、こいつは! なんなんだよ、ここは! 

 今の俺なら、イーサムとだって戦えるぐらい強くなってると思ったのに、まさかこんな恐怖を味わうとは思わなかった。

 だが、そんな中で………



「へえ……『テニキン』、『ハンピ』、『オニメツ』、絵は流石に完全復元とまでいかなくても、懐かしいや………無理やりカプにしてるんはどうかと思うけど」



 店内を見渡すニート。

 ステージが衝撃的すぎて気づかなかったが、壁や店の飾りで至る所に、キャラクターものの絵やグッズなどがあり、ニートはどこか懐かしそうに微笑んでいる。

 すると、その反応に、ライラックの肩がピクリと動いた。



「……クラーセントレフンの住民が……何故、原作の略称まで知っている?」



 その反応はもっともだ。ファンタジーな異世界から初めてこのSF世界に転移した俺たち。

 それなのに、どうしてこの世界の創作物を知っているのか? ライラックがそう思うのは無理なかった。

 だが………



「その質問に答える前に教えて欲しいんで。『布野響ふのひびき』……この名前に聞き覚えは?」


「フノヒビキ? ……いや、聞いたことはないな」



 違ったか? つーか、普通に俺も『フノ』とかいう奴を知らねーから、何とも言いようがねえけど。



「ただし、僕様が支援している宗教協会、『ビーエルエス団体』の『教祖・クリア』と呼ばれていたお方は、人々を先導するだけではなく、『ドージン』という創作物をこの世に生み出し、世界に多大なる影響を与えた。その時、そのお方が使われていたペンネームが……」



 ぺ、ペンネームだと?



「ペンネームが、確か、『ヒビキ嬢』だったな」


「それだああああああああああああああああああああああああああっ!」



 勢いよく、身を乗り出して叫ぶニート。

 おお、当たったよ………

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