第486話 アドリブ
間に合うか? 乱入される前に。
普段なら、ふわふわ回収で無理やり引き寄せるだけ。
だが、最近それは対コスモスにそれほど有効ではない。
確かに俺は半年ぐらい実戦から離れているが、別に弱くなった気はしない。
だが一度だけ、公園で走り回ってなかなか帰ってこないコスモスを、無理やりふわふわ回収しようとしたら、俺の魔力が弾かれたことがあった。
その時、単純に俺の腕が錆び付いたのかと焦ったが、そうじゃない。
「えへへへへ、きゃっほ~!」
無意識に体から魔力と超天能力という二つの異なる力をミックスさせた異形の力を放出するコスモスが、単純に成長しているからだ。
そして、俺も必要以上に力を籠めるとコスモスをケガさせてしまう恐れがるために、なかなかうまく回収できないのだ。
「止まれ、コスモスッ!」
ダメだ、聞こえてねえ。
スゲー嬉しそうにパタパタ下降してる!
その真下には、地平線の彼方まで埋め尽くされる、旗やら、うちわやら、タオルのようなものを掲げて歓声を上げている何万もの客。
そして、その視線の先には、多くのスポットライトを浴びて、全身を使って飛び跳ね、軽やかに、華麗に、そして力強くその体を動かし、ただただ笑顔を絶やさずに、輝く汗を震わせた、八人の女たちが居る。
「まずいわ! あの二人、よりにもよってアルカディア・ヴィーナス8(エイト)! のライブにっ!」
ああ、まずい。俺たちが飛び降りたフロアから、アイボリーがそう叫んでいた。
「ヴィーナス?」
何気ないニートの問いかけに、どこか鼻息荒くしたアイボリーが叫んでいた。
「ええ、そうよ! 八つの国。それぞれの国の頂点に君臨する国家が、世界の友好を示すため、それぞれの国のお姫様たちがユニットを組んだ、奇跡のアイドルグループよッ!」
なんだ、そりゃ?
何で友好を結ぶためにアイドルなんだよ?
そう思いながら、俺の視界にも徐々にその八人が何となく見えてきた。
「よく見なさい! まず、向かって右端のお方!」
「えっ? なに? 説明すんの?」
「あの方は―――――――」
ワリ、説明聞いてる暇はねえし、どうせ覚えられねえ。
つか、俺には全員同じに――――――
「みっんなーっ、今日っも、あっりっがとーってね! うっれしいっなってねっ! こっれからもっ、ヴィーナス8と、私こと、『マルーン』もよろしくってね♪」
「ラブラブラックの『ブラック』ちゃんは~、今日もラブラブラックなの~♪ だからみんなとラブラブ~♪ それじゃあ、みんなも一緒に、ラブラブラック~! ……ボソッ……あ~、キモチワル、いつまでこんな平民豚どもに愛想振りまかないといけないんだっつーの…………えへへへ! さあ、みんなもういっかいだよ~、やってくれないと~、ブラックモードに入っちゃう~ん」
「シ、『シアン』でし! あの、わ、私なんかに、その、嬉しひいでしっ! っう~~~、はう~、かんじゃったよ~………」
「『ピンク』よ………ま、歌ってあげたわ。……別に。特にないけど……うるさいから、そんなに大声で人の名前を叫ばないでよ。聞こえてる。恥ずかし………ちゃんと、届いてる。みんなの気持ちもエールも………ぐす、私なんかのために………あ、り………がと………………」
「にゃっはー! 『アッシュ』だよー! 今日も、にゃっはお腹減ったー! でも、にゃっは頑張る~ッ!」
「みんなのお姉さん、『バーミリオン』も推してくれると嬉しいわね~。うふふふふ、でも~、こうしてみんなと一つになることが~………………え~と、なんだっかしら~? あっ、そうそう、えっと~、みんな可愛いわね~」
「姫なんて身分でも、所詮は私なんて何の取り柄もない女です。ですが、私は、皆さんと出会えて変わることができました。『アプリコット』は、多くの人との出会いと支えで、今、ここに居ます! だから、歌います! 『新曲・レインボー大好き♪』を」
「ふん、でも、国も、人気も、歌も踊りも、誰にも負けなくってよ。この『ミント』の名を、世界に、歴史に、記憶に刻み込む! そして、あなたたちを導いてみせるわ! それが天に選ばれし覇王の血脈である、私の使命であってよ?」
結論から!
「覚えられるかッ! もう、全員同じにしか見えん!」
カラフルなチェック柄のパニエのスカート。上は全員胸にリボンを付けた紺色ブレザー。
頭には、リボンつけたり、ベレー帽かぶったり、一応バラバラなんだが、見分けがつかん!
「「「「「「「「ん?………………ッ!」」」」」」」」
しかし、その時、八人は、そして観客はようやく気づいた。
「お、おい、なんだあれは!」
「上空から何かが落ちてきて、あ、危ない! ………えっ?」
「ヴィーナスさまたちの上から………」
「天使が………」
コスモスがゆっくりと降りていく。
その光景に、興奮に大歓声を上げていたはずの観客が一瞬で言葉を失った。
アイドル連中も空を見上げて一瞬固まっている。
だが、その時、俺は確かに見た。
「「「「「「「「………コクり」」」」」」」」
八人の女たちが一瞬だけ目を互いに合わせて何かを頷いたのを。
そして、八人はすぐに顔をアイドルモードの笑顔に戻し、ステージの上で円を描くような位置取りをして、全員右手を天に伸ばし………
「コスモスもうたう~!」
降り立つコスモスを迎え入れ、
「よ~っし、いっちゃおってね♪」
「曲は止めて! リズムは私たちでやるから」
「私にできましかね? ッ、またかんじゃったよ~」
「突発的な状況に応じて対応する。それがプロ」
なんとコスモスを八人の中央に立たせ、
「にゃんにゃーにゃん、にゃんにゃーん、あまえんぼ~の猫さんは~、パッパとマッマが大好きにゃー♪ おひさまのぼってポッカポカ~、甘えてもっと~、ぽっかぽにゃー♪」
そして可愛いいッ!
「うおおおお、かわいいい! なんかもー、どこの誰か知らん姫よりアイドルよりかわいい! エルジェラに見せてやりてえ、俺たちの娘がいよいよ世界デビュー……って、そうじゃなくて!」
っじゃなかった! そう、何で歌わせてんだよ!
一人のアイドルが中腰になり、コスモスにさりげなく耳に何かをつけさせた。あれは、イヤホンマイク?
そして、今、曲のようなものは流れていない。
しかし、リズムには乗っている。
それは、何故か。
「はいっ! タンタンタン♪ はいっ♪」
「にゃんにゃんにゃーんってね♪」
「はいっ、にゃーにゃーにゃん♪ ニャンダフル~!」
八人が、口でリズムを取ったり、合いの手を入れたり、そして初めて聞くであろうコスモスの歌に合わせて、ゆっくりと可愛らしく、まるで子供のお遊戯会を彷彿とさせる振り付けをしながら、合わせていく。
それが、不自然ではなく、何故か自然に見え………
「「「「「わあああああああああああああああああっ!」」」」」
静寂になったはずの会場の空気のボルテージを、再びマックスへと盛り上げた。
「んな、あ、アホな」
アドリブ………だよな?
「なんだあの子、どっから来たんだ?」
「空から降ってきた? あの翼はなんだ? 新しい、『ギア』か?」
「新メンバー? ちっちゃくて可愛いな~」
「いいぞー、お嬢ちゃん、ガンバレーッ!」
煽るなあああああああああああああああああっ!
「つっ、たく、な、なにがどうなってんだよ」
もう、全ての観客がステージの上に釘付けだ。
ステージ脇に降り立った俺なんて、誰も見てねえ。警備仕事しろ!
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