第485話 摩天楼



「わーーーっ! すっごーい! パッパーッ! パッパー! 見て見てーっ! すっごい、いっぱい大きなおうちがあるよーっ!」



 っておい!


「コスモス! お、お、お前、何を! だから何で自由に歩き回ってんだよッ!」

「まったく、好奇心旺盛な年頃だ」

「おい、アイボリー、そしてホワイトとやら。問題ないな?」

「え、ええ。でも、あんまり走り回らないで!」

「ふにゃあああ、お嬢様~~~! お待ちくださいでござる~!」


 いつの間にかこのエリアの外の通路へと飛び出していたコスモスは、長い長い廊下の向こうから興奮したように叫んでいる。

 一応アイボリーたちの同意を得て、俺たちも慌てて飛び出し、部屋の外にある直線上の真っ白いピカピカの通路を駆ける。

 すると、その廊下の奥には、一面の大きな窓ガラスを背後に飛び跳ねるコスモスが居た。


「もう、コスモスちゃん、心配させないでよ。ダメだよ~」

「ほんと、ヴェルトの娘なんで。人の迷惑をかえりみないところ」

「なはははは、まあ、めんこいから良いのだ」

「ねえねえ、それよりも、ここ破壊しなくていいの? ヴェルトくん?」


 頼むから、今は大人しくしておいてくれと、コスモスに一言だけ言ってやろうとした。

 だが、次の瞬間、俺たちはコスモスの背後に広がる、その目もくらむような壮大な景色に目を奪われた。



「……えっ?」

「ッ!」

「こ、これはっ!」



 外は、既に夜だった。

 だが、夜なのに、全く暗いとは思わなかった。

 そこには、日の光りでも、炎の光でもない、眩いライトが、黄色や青やみどりや赤など様々な色で、至るところから世界を照らしている。


「す、すごい、な、なに、この世界?」

「……なにこれ?」

「こ、これは、し、信じられん!」

「デカいのだ! こ、ここは、これほど高い建物の中だったのだ? しかも、なんなのだ、この世界は!」


 あのジャレンガやリガンティナ、エロスヴィッチですら言葉がうまく出てこないほど、圧倒されている。

 そこから見える景色。それを一言で言うなら、大都市。

 どれも、俺たちの世界からは想像もつかない、巨大な人工的な建造物の数々。

 そして、地上がまるで下界に見えるほど、今俺たちのいる場所は何十階も高い場所だった。


「ニート」

「あ、ああ」


 まるで地底世界を思わせるほどの壮大さ。


「お前の故郷と同じぐらいだな」

「いや、あれよりすごい」


 いや、それ以上だ。

 石造りでできた建造物の並ぶ地底世界とは違う。

 俺たちの世界には無い物質で建てられた建造物。

 それは、前世の言葉を使うなら、『コンクリート』?

 そして、更に前世の言葉を使っていいなら、今の景色はこう呼べる。



「コンクリートジャングルの、摩天楼だな…………」


「あ、ああ。まるで、ニューヨークのマンハッタン…………数え切れないほどのライトも………」



 前世で一度も行ったことなくても、その名や都市のイメージは大抵のものができる。

 建造物だって、もう、前世の言葉でそのまま言っちまえば、ビルだよ。

 しかも、言っちゃなんだが、前世よりも遥かに異様な発展都市。

 なぜなら、


「なんだ、あれは! 巨大な建造物どうしが、細い透明の通路で繋がって、行き来しているぞ!」


 都市の中、至る所に伸び、至る所に繋がる透明なカプセル配管のような通路が蛇のように街の上に広がり…………


「な、何あれ…………見たこともない乗り物が空を飛んでいる…………人が乗っている!」


 タイヤの無い車やバイクに似た乗り物が、いくつも上空を飛んでいる。



「あなたたちの世界とはだいぶ違うでしょう?」


「少し、驚いちゃったかな?」



 圧倒される俺たちの後ろには、優しく微笑むホワイトと、少し胸を張っているアイボリー。

 誰もがこの状況を知りたいし、聞きたいことが山ほどあるも、言葉を失う中、ホワイトが口を開く。



「これが、『地上世界クラーセントレフン』から逃れた我々の先祖が、二千三百年の歴史と共に進化と発展の末に造り上げた世界。『新世界グランドエイロス』よ」



 正直、この世界の名称そのものはどうでも良かった。



「そして、私たちの今いるこの都市の名は、『メガロニューヨーク』よ」



 名前知ったからってどうすりゃいいってこともなかったからだ。

 ただ、それでもあえて言うとしたら、これだけだ。


「なあ、ニート」

「おう」

「俺たち、今更だが、ファンタジーな異世界に転生したんだよな」

「間違いなく」

「だったら、何で今、俺たちはSFな未来都市の異世界に転移してんだよ」

「………さあ?」


 それ以上は、俺ももう、言葉が何も出なかった。



「あっ、パッパー! 下に、人がいっぱいいるよ?」



 真下を何気なく見てみた。

 するとそこには、戦争でもするのか、何千何万の異常なまでの人並みが大歓声を上げて居た。


「な、な、なん、なんなんあれ?」

「なんか、前世で言う大統領演説とか、ワールドカップ中継をパブリックビューイングしてるとか、渋谷のスクランブルとか、もう、あんな感じじゃないか?」


 正直、俺とニートにしか、現状の形容がしづらい世界が広がっていた。


「ふふん。さすがのあなたたちも驚いたでしょ? でも、私もあなたたちの世界に行って逆に驚いた。あの壮大な大自然に。だから、オアイコってやつかな?」


 ちょっと自慢気なアイボリーが、ガラス窓に手をかける。

 すると、ガラス窓が自動で開き、俺たちは全身に未知の世界の空気を浴びた。

 その空気は、新鮮というよりも、ファンタジー世界に染まった俺たちの体には……



「あっ! ね~、パッパ~! お歌、歌ってるの! 踊りしてる! 見て! ねえ、パッパー!」



 空気を吸い込んでいる俺のズボンの裾をコスモスが興奮したように引っ張り、下を指差している。

 すると、確かに、なんか軽快な音や歓声が、より一層大きく聞こえてきた。

 そして………………


「コスモスもいくーっ!」


 えっ?

 ここは、ビルの上、百階ぐらい? コスモス、普通に飛び降りちゃっ……


「うおじょうさまあああああああああああああああああっ!」

「待て、ムサシッ! お前まで飛ぶな!」

「離すでござるバスティスタ殿! お嬢様がッ!」

「娘なら飛行できるだろう。それと、ヴェルト・ジーハッ!」


 ッ! 条件反射でムサシまで飛び降りようと! っ、危ねえっ!



「こ、コスモスッ! あ~~~~、もう!」



 小さな翼を羽ばたかせ、マイエンジェルは本当に自由奔放に飛び出した……

 だ~、くそ! 最近、甘やかしすぎたかもしれん。俺もエルジェラも、可愛がりまくっていたからな。

 でも、そろそろ、ちょっとは叱ったりしねーとな。



「ったく、ちょっと待て、コスモスッ!」

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