第484話 大騒動待ったなし

 その瞬間、アイボリーの象牙色のツインテールが逆立った。


「な、な、な……なんてことをするのよ、あんたたち!」


 ごめんなさい。この場に居た大半のものが心でそう思った。

 しかし、団体行動とは難しいもの。たった一人の個人プレーで、全てを台無しにする。



「ふふ、ふふふふふふふ。あーあ、やだやだ、うるさい勘違いサルたちだよね? 見てよ、ヴェルト君、あいつらのマヌケな慌てぶりと敵意をさ。ムカつくよね? 殺したくない?」


「テメエ、ちょっともう黙れッ!」


「ん?」


「ふわふわ乱キック!」



 蹴りツッコミ。

 威力を上乗せした一撃をジャレンガ目掛けて放ったが、直前で反応したジャレンガの月光眼に弾かれた。



「ッと……なになに? やってくれるじゃない、ヴェルト君? なーに、それは? 殺しちゃうよ?」


「うるせえ、テメエこそぶっ殺すぞ! クロニア以上に空気読めよっ!」


「何で? 読む? 空気を? 僕の月光眼でも見えないものに、何で気を使わないといけないの?」



 今更だが、ほんとに恨む。こんな奴を俺の元へ寄越すことを見過ごした、魔王ヴェンバイとクロニアの二人を。

 常識とか非常識とかそういうレベルじゃねえ。

 四獅天亜人のように変態なんじゃなく、こいつは単に危ない奴だ。

 本当にふざけてやがる。


「……状況が少し変だな。仲間割れか?」

「どうやら、興奮して我らに攻撃した奴を、あの男が抑えようとしているようだな」

「戦闘の意志は無しか? 油断はできないが……とりあえず……」


 すると、俺たちのやり取りを見ていた白衣の連中も殺気だっていたものの、テンパっていた俺を見て少し落ち着いたのか、さっきまでのように慌しくない。

 すると、割れたガラスの向こうから、代表者の一人が口を開いた。



「ブルー隊、アイボリー。これはどういうことだ? 状況の説明を」



 機械のようなものを通して拡声された声。まさか、マイク?



「は、はいいっ! 我ら、地上世界クラーセントレフンの、人類の生息地への転移は成功しました! で、ですが、地元住民であった彼らと小競り合いのトラブル、そしてタイマーがセットされていたジャンプにより、彼らが巻き込まれてしまい、今に至るんです!」



 その報告は、だいぶ省略したが、嘘偽りの無い報告。

 すると、白衣の連中は頭を抱えて困った顔で互いを見合っていた。


「クラーセントレフンの住民が?」

「ちょっと待て、人類の生息地域に転移したのでは? 魔族、亜人、それにエンジェルタイプまで居るぞ?」

「ああ、しかもそれほど険悪には見えないぞ? 記録によれば、あの世界は異種族間の争いがずっと続いていたのではないのか?」


 その説明をするとなると、想像以上に面倒で長い物語になる。

 だから、そこはアイボリーたちのときのようにテキトーに流したい反面、現状はキッチリと説明したほうがいいのではという、半々の気持ちだった。



「だ~から~ら、どうでもいいって言ってない? 言葉わからない? 殺しちゃうって言ってるでしょ?」


「ひっ! ちょっ、あんた!」


「もしさ~、ここがニート君が言ってるように、本当に神族の世界なんだとしたらさ~、邪魔だよね? 本当にさ、邪魔じゃない? だってこいつら、聖王の計画通りなら、僕たち魔族を絶滅させるつもりだったんでしょ? なら、先にこっちからやっても良くない?」



 そういや、そうだった。

 ついそのことを俺もウッカリ忘れていた。

 聖騎士や聖王たちのそもそものプランでは、神族の力を利用して魔族や亜人といった種族を絶滅させて、世界を人類一種の世界にするという計画だったんだ。

 ならば、ジャレンガが先手で動いたのは、あながち間違いではないのか?



「ふふ、ふふふふふふ。ハッキリ言って、僕がその気になれば、こんな施設ぐらい一瞬で滅びるよ~?」



 次の瞬間、ジャレンガが相手を圧殺するかのような強烈な殺気を意図的に飛ばした。

 もし、自分たちに向けられたものだったら、思わず膝が震えてしまうぐらいな凶暴性を孕んでいる。

 それを向けられて、明らかに萎縮し、恐怖し、怯えた表情を浮かべる白衣の連中ども。

 こうして見ると、本当に人間と大して変わらなく見える。

 頭はいいけど勉強ばかりで体は弱いガリ勉タイプの研究者たちにしか見えない。

 これが、本当に噂の『神族』なのか?

 こんな奴らが、魔族や亜人を皆殺しにする力があるってのか?



「こうなっては仕方ありませんね。明らかにマニュアル外の異常事態だけれど、ここは何としても争いなく収める必要がありますね」


「ホワイト所長!」


「皆さん、ここは下がって。警備隊には待機の指示を」



 すると、その時だった。


「こほん。気を沈めてください。我々に、争いの意思はありません。我らの故郷、クラーセントレフンの世界の方々」


 白衣の連中の中から、一人細身の白髪で、少し品のありそうなおばちゃんが、ジャレンガを宥めるような声で前へ出た。



「初めまして、我らが先祖の故郷、クラーセトレフンの方々。私は、この『王立中央研究所』の所長をしております、ホワイトです」


「研究?」


「この度は我らの国、いえ、世界のものが大変ご迷惑をおかけしました。あなた方を故郷へとお送りすることは、全力で取り組ませて戴きます。どうか、この場は一度怒りを沈めて頂きたく、お願い申し上げます」



 誠実に下げる頭と目に、演技は無さそうだ。

 この、細身の白髪おばちゃん。

 その態度に、ジャレンガは毒気を抜かれたように、殺気が収まっていった。

 そして、気を削がれたのは、他の連中も同じだった。



「うーむ、意外なのだ。てっきり、ジャレンガのバカタレの所為で、わらわたちは取り囲まれて攻撃されると思っていたのだ」



 だが、誰もが肩透かしをくらって、エロスヴィッチの言うように思ったが、ニートが否定した。



「いや、そうでもないと思うんで。むしろ、これが正常だと思うんで」


「えっ? あ、あの、どういうことでしょうか、ニートさん」


「既に見ての通り、この世界、俺らの世界よりもかなり発展した世界だと思うんで。そういう発展した世界ほど、簡単に武器使って戦闘とか殺しとか出来ないよう、規制だとか責任だとかもがんじがらめにあると思うんで、むしろ平和的な解決望むと思うんで」


「えっと、そ、そういうものでしょうか?」


「まあ、例えばあれだけ発展してた地底族だって、マニーに唆されてギリギリになるまで戦争には参加しなかったし、何よりも……俺らで言う日本なんて、警察官は威嚇射撃しただけでニュースになる世界だったと思うんで、って、このネタはこの場ではヴェルト以外にわからないんで意味ないか」


 

 ペットにそう説明するニートの言葉に俺も納得した。

 言われてみりゃそうかもしれねえ。その感覚は、戦争ばかりで、相手が気に食わなけりゃ即戦闘の世界に染まった俺らには、無かった感覚だ。

 でも、ニートの言うとおり、確かに前世では先進国でそういうことはなかったと思う。そりゃー、テロリストとか凶悪犯の射殺とかあったかもしれねーが、少なくとも、現状はこいつらにとって長年研究してようやくたどり着いた異世界の住人たちとの会合。未知との遭遇って奴なんだから、お互い少し冷静にさえなれば、いきなり殺し合うというのは、無いのかもしれねーな。


「しょ、所長ッ! その、わ、私、その、えっと」


 すると、一旦場が落ち着いたかと思った瞬間、血相を変えたアイボリーがホワイトのもとへと駆け寄る。

 今回のことで色々とテンパっているようだ。

 だが、そんなアイボリーに対して、ホワイトはあくまで冷静な顔で返す。



「アイボリー。とりあえず、彼らとは私が話をします。あなたは、まず正確に、そして確実に、何があったのかの報告を。それと、ブルーたちのことについても」


「ッ、は、はいっ! で、ですが、いいんでしょうか? 彼らは、……恐ろしく強いです。私たちのスーツや光学兵器すらも寄せ付けず……ここで取り押さえたほうが!」


「いいえ。これはチャンスです。彼らがクラーセントレフンの住人であるなら、彼らの世界の現状の情報を入手するにはこれ以上ない機会です」


「それは、確かにそうですけど……」


「それに今、ここで争いを起こすわけには行かない理由が他にもありますが」


「理由? その、何かあるんですか?」



 くはははははは、アイボリー、聞こえてるぞ? 俺は耳さえすませば、空気を伝わって振動で、ヒソヒソ話が聞こえるんだよ。

 これをジャレンガに言ったらどうなるだろうか? まあ、今は俺も会話が重要だと思うから、それはやらねーけど。



「忘れたのッ? ジャンプの完成記念式典として、現在、研究所の前には大勢の市民、議員先生方や、陛下まで来てるのよ? まだみんな帰らないで、研究所前に市民も含めて集まっているわ。あなたたちが、出発のカウントダウンでクラーセントレフンに行って、まだ数時間しか経っていないのよ?」


「……えっ! う、うそ、わ、私って、ひょっとしてそんなに早く帰ってきて……時間軸のズレもなければそうかもだけど……」


「それに今は、式典のイベントの一環で、あの超人気の姫様アイドルグループ『アルカディア・ヴィーナス8《エイト》』がコンサート中よ?」


「ああッ!」


「もし、今、ここでトラブルが発覚したら、私たちの責任問題だけにとどまらないわ。いいわね?」



 なんか、色々大変そーだな。

 まあ、大人しくしてれば、とりあえずはまだそれだけ大きな問題には…………

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