第469話 いきなりとんでもない客
「あいよ、チャーシューメン!」
「おい、ハナビ! デルタ男爵家にチャーハン、餃子の出前だ! ムサシ、ハナビの警護を頼んだぞ! 絶対にお前は岡持ちに触るんじゃねえぞ!」
「ははっ! 拙者、この命に変えましても!」
「とーちゃん、別に私一人でも大丈夫だよー。もう私は姉ちゃんなんだから~!」
「ねーね、コスモスもいく! コスモスもお手伝いしたい~!」
ガキの頃からずっと繰り返してきた仕事だが、さすがにブランクがある分、まだこの大変さの感覚を取り戻すには少しかかりそうだ。
十歳から十五歳まで毎日欠かさずこの店で働いた。
だが、十五歳から十七歳までの間は世界をぶらついたり、喧嘩したり、戦争したり、嫁を六人ぐらいもらったりと二年の空白があった俺には、意外ときつかった。
「お~い、ヴェルト、俺のツケメーンが、まだ来てねーぞ?」
「ヴェルトくん、俺はミソラメーンだから、って、そんなに睨まないでよ~」
「ひうっ、あの、えと、ぎょ、ギョーザを、その」
「ペット、そんなに申し訳なさそうにしなくても、私たちはお客さんなんだから堂々としたらいいわ。ちなみに、ヴェルトくん、私のチャーハンもね。早くお願い」
「チャーシュー丼がまだ来てないんだけど? マスターが忙しいんだから、あんたが早く作りなよ、ヴェルト」
「えっと、あの、えへへへ~、ごめんね~、ヴェルトくん。私もツケメーンで」
だというのに、こっちの忙しさを目の当たりにしているくせに、ニヤついた笑顔で俺を急かす、昼休み中の幼馴染たちにはイラっとさせられた。
いや、つうか、なんでこいつら、ここに居るんだよ!
「オラァ! シップ! ペット、チェット、ホーク、ハウッ! それに、サンヌまで、なんでテメェら大集合してんだよ! 騎士団の人間なら、城のデッケー豪華な食堂があるだろうがっ!」
「おいおい~、売上に貢献している客に言う態度か~? つっても、貢献する必要ないほど繁盛してるみてーだけどな」
「そうなんだよ、シップ! しかも、こんなクソ忙しい昼時にテメェら全員集合しやがって! 俺に嫌がらせか?」
お客様は神様だぜ? 的な顔で足組んで俺にニヤついた笑みを見せるシップの言葉に続いて、他の奴らも態度を崩さねえ。
「いいじゃない。午前の演習でお腹空いているのよ。そういうとき、やっぱりここでガッツリと食べていきたいのよね~」
「つってもな~、ホーク、お前ら頻繁に来すぎだぞ? 最近は夜飯も来るし、意外とテメェら暇なのか?」
「暇じゃないって、ヴェルトくん。半年前に人類大連合軍が凍結されて、私たちもようやくこの国の騎士として働くことになったんだから。毎日覚えることが多くて大変なんだから」
「サンヌ。だったら、出前にでもしろ。こうして雁首揃えてカウンターに座られてると、見張られてる気がする」
「はあ? 見張られてる気がする? バカだね。私たちは見張ってんだよ、あんたのこと」
なにいっ? サラッと俺を小馬鹿にしたような口調で、クールでショートカットの一匹狼空気を漂わせるハウの一言が気になった。
どういうことだ?
「あんたは今じゃ、この世界でも最も有名な人間の一人なんだ。そして、この国にとってもね。そのあんたがまた、周りのことも考えずに何かをやらかしたり、フラッとどこかに行ったりしないように、こうやって定期的にちゃんと見に来てんのさ」
「うん、ハウの言うとおりだよ、ヴェルトくん。それに、今、他国との会談で国を留守にされているフォルナ姫からも俺たちはキツく言われているんだよ。君をしっかりと見張っておくようにってね」
「そうなの。その、今は、姫様の護衛でバーツくんもシャウトくんも居ないし、私たちがしっかりしないと」
うわ~、めんどくさ。
別に、俺も逃げる気はねえけど、こうもジーッと見られると居心地悪いっつうのによ。
「でも、もう半年になるんだよね。ヴェルトくんが、この世界を征服しちゃって」
「あ?」
「ふふふ。なのに、結局ここに戻ってきて、やってることは子供の時と変わらないんだからおかしいよね~。まあ、私はこの方が好きだな~って思うし、『ここ』は変わらないっていうところがいいな~って思うかな」
何だか、感慨深そうに俺を見てくるサンヌの言葉に、俺も色々と思うところはあった。
そう、半年前、俺はノリとその場の雰囲気で世界をある意味で征服しちまった。
これまで、人間、亜人、魔族という三種の種族が、新たなる領土確保を目指して、広大なる神族大陸の領土の奪い合いを何百年も続けてきたが、その神族大陸を俺は第四の勢力で支配し、そして新たな国を作った。
まあ、その国に関しては現在、俺の戦友と悪友たちが土台作りをして、時が来れば俺をまた呼びに来るとは言っていたが、この半年間あまり音沙汰なし。
それまでは、故郷で家族と過ごそうと決めたのだが、すっかり昔に戻っちまった。
「まあ、世界は色々変わったけどね。人類大連合軍そのものは凍結して、私たちは、正式なエルファーシア王国騎士団として入団。魔族大陸も、かつては七大魔王国と言われた勢力も、今では滅亡や併合の末に、ジーゴク魔王国の鬼カワ魔王キロロとヤヴァイ魔王国の弩級魔王ヴェンバイの二人が仕切る、『二大超魔王国』となった」
「でも、ホーク、一番変わったのは、やっぱり、亜人じゃないかな? なんせ、四獅天亜人の四人が全員引退ということでソックリ入れ替わったんだから」
「ほんとだぜ。まあ、新たな四人も全員化物だけどな。武神イーサムの息子にして、ヴェルトの義理の兄でもある獅子竜のジャックポット王子。ヴェルトの嫁さんの一人でもある、最後のダークエルフのアルテア姫までが任命されてるんだからな。あとの二人も十分化物だしよ」
そう、何だかんだで変わらない日々も、結局変わっちまっているのかもしれねえ。
少なくとも、この世界は大きな変化の真っ只中にある。
俺も、俺の周りも、全部ひっくるめて。
だから、サンヌが言っていた、『ここだけは変わらない』という言葉も、こういう激動の変化の中にある世界で、ここはこいつらがガキの頃から変わらない光景だからこそ、ホッとするってのもあるのかもな。
「まあ、『ここも』変わってないってこともないだろ。少なくとも、私らは帰郷するまではハナビって子を知らなかったし、今ではコスモス姫や亜人のムサシまでこの店で走り回ってるからね」
「だはははは、そりゃ、ハウの言うとおりだよな。つか、ヴェルトもちょうど今、他の嫁さんたちも全員居ないからこういう感じなだけで、やっぱ俺らからしたらフォルナ姫以外の女がヴェルトの隣に立てば、そりゃ不自然に見えるからな~」
「そうだよね~、シップ。それに、ヴェルトくんは奥さんたちがみんなすごい分、親戚もすごいからね~」
親戚がすごい。そう言われると、全く否定できないのも事実。
実際、俺はまだ正式な結婚式的なのは行ってないが、かつての仲間だけでなく、嫁と繋がりのある親戚がほんとにヤバイ。
扱いを一歩間違えれば、再び戦争にも発展しかねねーしな。冗談抜きで。
だから、みんなの言葉に俺は若干引きつった笑みで頷いていた。
「でもよー、そう考えると、ヤヴァイ魔王国とお前って、何かしらの繋がりあんのか?」
「どういうことだ?」
「いや、ジーゴク魔王国はお前と色々あるじゃねえか。あの、先代魔王キシンを初めとして、なんか現魔王のキロロはラガイア王子絡みでお前を『兄さん』とか呼んでるしよ。でも、ヤヴァイ魔王国はないんだろ?」
確かに、それはシップの言うとおりといえば、その通りだ。
実際のところ、俺はそこまでヤヴァイ魔王国を知らねーな。
ヤヴァイ魔王国の魔王にして世界最強の魔王ヴェンバイのことも、顔見知りぐらいでそこまで知らねえ。
他の王族だって、『あいつ』ぐらいしか………
「あ~、噂をすれば影? でも、勝手に人の国のことをベチャクチャ言われるのはあまり気に食わないかな? 殺しちゃうよ?」
その時、俺たちは「何で今まで気づかなかった?」と、全身の鳥肌が一瞬で逆立った。
たかが半年程度実戦から離れたぐらいで、どうしてこの存在に気づかなかった?
「それに、この店さ~、ガルリックの匂いが酷すぎない? 何だかムカつくな~、僕、ガルリック苦手なのに……殺しちゃうよ?」
その男は、一番端のカウンターに座っていた。
「ただ、そこの人間の言うとおり、そうなんだよね? 実は、僕たちヤヴァイ魔王国もそこらへん、結構気にしているんだよね、分かる?」
「テメェはっ!」
「ジーゴク魔王国の先代魔王のキシンは君の親友として、そして君の作る国の重要役職についている。現魔王のキロロは君の義理の妹として親戚みたいな立ち位置みたいでしょ? でも、僕たちヤヴァイ魔王国はそういうのないでしょ? 僕たちヤヴァイ魔王国にとっては、結構気になるところなんだよね?」
淀んだ気だるげな笑みとは裏腹に、片目を覆い隠すような形の頭は、灼熱のように燃えている。
全身はユラリとした白い外套で覆い隠し、何故か片腕だけ、黒いギプスのようなものを嵌めている。
だが、何よりも特徴的なのは、その背中。
蝙蝠のような悪魔の翼。
そして、もう一つ極めつけの特徴がある。
「やあ、おひさし~、かな? ヴェルトくん?」
暗闇に包まれた中に、うっすらと三日月の模様と光が入った瞳。
俺は、この男のことを知っている。
「テメエはッ、ジャレンガッ!」
「呼び捨てって酷くない? 殺しちゃうよ?」
いや、だからさ、何で噂の超巨大魔王国の王子が居るんだよ!
「お、おいっ! 嘘だろ? ジャレンガ王子?」
「あのヤヴァイ魔王国、月光の四王子にして最強と言われた!」
「世界最強の異業種、ヴァンパイアドラゴン!」
「何でここに?」
いや、ほんと、何でこいつがここに居るんだよ!
「……………ねえ、僕は冷やしチューカというのを食べたいんだけど、これっておいしいの? まずいなら、殺しちゃうよ?」
まさか、つい最近、『冷やし中華始めました』の噂を聞きつけて? んな、わけねーか……
「ところでさ、ヴェルト君。さっきの話だけど、今僕が言ったように、ヤヴァイ魔王国は君との繋がりを欲しているわけ。だから、…………僕の妹を君のお嫁さんにして欲しいんだけど、いいよね?」
いや、よかねーし……いきなり、何を初っ端からぶち込んでんだよ、この吸血鬼野郎は!
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