第468話 新弟子と晩酌

「う~ん、パッパ~」

「す~、す~……にいちゃ……ねえちゃ……」

「とにょ~、おじょうさま~、はなびどのぉ~……せっしゃが、おまもりするでごじゃる~」


 風呂から上がって少し四人で遊んでいたが、すぐにこいつらも疲れて寝ちまった。

 つか、俺のベッド、普通サイズでそんなに大きくないんだけど、俺を差し置いて先に三人寝ちまった。

 んで、ムサシ、お前が先に寝たらダメだろうが! 何で、殿より先に、殿のベッドでハナビとコスモス抱きしめたまま、幸せそうな顔して寝てんだよ!



「ったく、ほんっと……可愛いもんだぜ」



 気づけば頬が緩んじまう。愛おしくて、癒されて、心が温かくなる。

 あれから半年。もう半年なのか、まだ半年なのか、いずれにしてもあの時からは想像もできない、ありふれたどこにでもありそうな日常の中で、俺は充実した日々を感じている。


「ヴェルく~ん、まだ起きてるの?」

「おう、カミさん」

「あら、ハナビもコスモスちゃんもこんなところで寝ちゃって~、しかもムサシちゃんまで」


 寝巻き姿のカミさんが俺の部屋を訪ねてきては、ベッドで就寝中の三人娘を見て思わず苦笑している。気持ちは分かる。


「いいよ、今日はここで寝かしとくよ。んで、カミさん、どうしたんだ?」

「ああ、そうそう。下で、呼んでるわよ」

「呼んでる? 先生が? なんだよ、『新弟子』の修行は終わったのかよ」

「ええ。それで、ヴェルくんを呼んできてって言われたの」


 先生の呼び出し? 何だろうな? とりあえず俺は頷いて、スヤスヤ眠るコスモスたちに一言「おやすみ」と耳元で囁いてから、階段を降りて店へと向かった。

 するとそこには、カウンター席に座って、最近入った新弟子と晩酌してる先生が居た。


「おいおい、なんだよ先生、修行はもういいのかよ?」

「ああ、今日はな。まあ、コイツはお前より筋がいいからよ」


 少し酒で頬を赤らめた先生が、豪快に隣に座る新弟子の背中を叩いた。

 その新弟子は、百人が聞けば百人が巨漢と答えるほどの異常な体躯。

 ハッキリ言って、ボディービルダーのように不自然に発達した筋肉を搭載した彫りの深い短髪の男。

 ピッチピチの真っ白い厨房服は、意外とサマになっている。

 すると、先生に褒められた新弟子は謙遜したように首を横に振った。



「俺はまだまだだ。俺のスープには深みもなければ、麺にコシがない。以前、ヴェルト・ジーハが、俺や家族に振舞ってくれたレベルには達していない」


「くはははは、ったりめーだ、こちとら五年以上もガンコオヤジに怒鳴られながら仕込まれてんだ。まだ、二週間足らずの新人に追いつかれてたまるかよ」



 そう言いながら、俺も新弟子を真ん中にするように、隣のカウンター席に座った。すると、俺の前に先生がグラスをカウンターの上を滑らせて放ってきた。


「おい、ヴェルト、今日はお前も飲め」

「おっ、いいのか?」

「まあ、お前ももう十八だからな。そもそも、この世界は飲酒を十五から認めてんだし、問題ねえだろ」


 これは珍しい。先生はやけに気分がいいようだ。

 少なくとも、俺はこれまで先生の酒に付き合ったこともなければ、先生が飲んでいるところ自体をあまり見たことがない。

 それが今日、こうやって宅飲みで、こんな機嫌よさそうにしている。

 断る理由もねえ俺は、新弟子に酒を注がれたグラスを軽く持ち上げ、三人で中央にコップを集めて軽く乾杯した。


「っか~……風呂上がりに効くぜ~」

「ヴェルト・ジーハ、お前はあまり飲まんのか?」

「まーな。これまで、そんなまったりした時間もなかったし、嫁や子供の目もあったからな……って、今の、何だかオヤジ臭くなかったか?」


 う~む、娘をはじめとする家族が元気の源で、嫁のストレスから解放されて喜んで、酒を飲んで笑う……やべえ、俺、ほんとオヤジくせえ。

 思わず笑っちまった。


「十八か……ヴェルト……お前が十歳の頃にこの家に転がり込んできて随分と経つが……まだ、十八なのか、それとももう十八って言うべきか……」

「おいおい、先生、まだ十八だぜ? 前世的に言うと、高校生だ」

「ああ……高校生だ……」


 そう言うと、先生は少し切なそうな笑みを浮かべながら目を細めた。

 それを誤魔化すかのように、グラスに注がれた酒を一気に飲み干し、そして僅かな間をおいてから、新弟子に訪ねた。



「なあ……『バスティスタ』……お前が昔世話になったって奴……ラグビーやってたんだって?」



 やっぱりその話か。その問いかけに新弟子のバスティスタ……元ラブ&ピース最高幹部のピイトこと、本名バスティスタはゆっくりと頷いた。



「ああ。ラグビーをやっていた。あいつは、俺がガキの頃からの付き合いだったが、愉快な男だった。そして暑苦しかった」


「そうか」



 その一言が、先生にとっても嬉しかったんだろう。だが、同時に昔を思い出して寂しい気持ちにもなったのだろう。

 先生は、グラスに注がれた酒を一気に飲み干した。


「おい、先生」

「今日ぐらい許してくれよ」


 気持ちは分からんでもない。

 俺が世界を回る旅から帰ってきて、もう半年。

 再会出来たやつら。会えなかったが、恐らく前世のクラスメートなんだろうと思える奴らの情報。俺では覚えていない奴も含めて、先生は一人一々を頭の中に顔を浮かべて、生徒のことを思い出していた。

 そして今、この新弟子が語った人物は、生徒の中でも先生が思い入れがあったと思える奴。


「お前の故郷、チェーンマイルの近くなんだってな」

「ああ」

「は~、そうかよ」


 こんなふうに先生が酒を飲むのは、初めて見た。



「チェーンマイル王国、ロルバン帝国、人類大陸最東端。あそこらへんは、俺が生まれ育ち、料理修行を始めた思い入れのある場所。……まさか、あの辺りにあいつが居たとはな。目と鼻の先が見えてなかった。灯台下暗しってやつか」


「まあ、あのエリアは巨大だ。無理もないであろう」


「そうは言ってもな~……」



 先生がカウンターに突っ伏した。まさか、ずっと会えなかった教え子が、意外と身近にいたことに複雑な思いを感じているようだ。

 まあ、その気持ち、分からんでもない。

 ひょっとしたら、ニアミスしてたかと思うと尚更だ。

 でも、だから…………


「安心しろ、先生。少し落ち着いたら、俺がひとっ飛びで連れてきてやるよ」

「ヴェルト……」

「だから、先生はここで待ってろよ。帰る場所が移動されると、困るからな」


 空いた先生のグラスに酒を注いでやって、軽くグラスをコツンとぶつけた。


「へん、生意気なガキが」

「ああ、生意気こそが、俺のアイデンティティみてーなもんだからな♪」


 それを受けて先生も、ニッと笑ってもう一度グラスに口をつけた。

 そう、俺が何気なく言った、「前世のクラスメート探して連れてくる」的な発言。



 それがまさか、またメンドーごとに発展するとは思わんかった。

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