第456話 遺言

 頭部の着ぐるみ、そして身につけていた下の着ぐるみも全て脱ぎ捨て、その姿を現した。

 その格好は、これまたマニーとは対照的。

 マニーが童話のお姫様のようなドレス姿なのに対し、この女はまるで違う。


「あれが、クロニア……」


 黒いヘソ出しタンクトップに、この世界では珍しい迷彩柄のホットパンツ。

 服装が服装なだけに、肝心なところだけは隠して、後は豪快に露出した姿。

 そして、自然と目が行ってしまう、そのなんだ………エルジェラほどは大きくねえ。

 だが、エルジェラがスイカとかメロンなら?


「ぱ、パイナップル?」


 俺じゃねえ。ニートが言ったんだ。

 しかし、納得した。

 スイカとかメロンとかパイナップルとか、大きさの基準はよく分からなねえが、そんなところだ。

 ピチッとしたタンクトップがはち切れそうで…………

 でも、正直、胸や、キュッと締まった尻、見事なくびれ、確かに目を奪われるが、それとは別に…………



「さあ、このマニーマウスこと、クロニア・ボルバルディエと戦おうじゃないかね、君たち! 私だってこんだけ攻め込まれて、もう、激おこプンプン丸だぜ~い!」



 ただ、女のくせにガキのように笑った顔を見せるその女のあり方に、俺は見惚れ、心を奪われていた。

 だが、同時に、俺の頭は混乱した。

 何故あいつはこのタイミングで現れ、そしてこんな真似を?

 いや、理由は一つしかない。あいつが「マニーマウスの正体は自分だ!」と公言したことで全てを物語っている。



「どうして? なんで? なんでよ……なんで、お姉ちゃんがここに居るのッ!」



 何故こんな真似を? こいつの為か……


「どういうことですか? なぜ、クロニア姫が現れ、そして自分の正体がマニーマウスなどと?」

「ヴェルトくん、これ……ってか、あの子、……ヴェルトくん?」

「朝倉くん?」

「朝倉?」


 あいつがどこからどこまで考えて動いているのかは知らない。

 でも、『今』の行動の理由は分かっている。

 

「馬鹿野郎。あいつ……マニーの替え玉になる気か?」


 それしか考えられない。

 

「う~む、複雑怪奇な……どういうことじゃ?」

「マニーマウスの正体は、マニー姫だったはずよねん?」

「クロニア? う~む、知らないのだ」

「キシンよ、どうしたゾウ?」

「ふふ、これが、サプライズしなくてどうする?」

「せやな……あいつ……なにやっとんのや?」


 マニーマウスの素顔と正体は、聖騎士や魔王や一部の連中しか知らない。


「そう来たか……クロニアよ……情を捨てられなかったか」

「ミスターヴェンバイ、ミーたちに、この状況を教えてくれ。ワッツハップン?」


 だから、あいつは、全世界同時放映で世界中にマニーマウスの正体がクロニアであるという意識を植え付けた。

 

「おねーーーちゃんだー!」

「ごごごごごっご、ご主人様、なんでいるっすかーっ!」


 これで、各種族のトップが今更訂正しようとも、もうこの世界に流れた映像は止まらない。



「にへへへへへ~、いえ~い、コスモスちゃん、お久しブロッコリー! それで~、ド~ラ~ちゃ~ん? あとで、ちょ~っとだけご主人様がお仕置きしちゃうからね~」



 あんな、バカみたいな態度を取りながら、あいつはこれまで何を抱え、何を見て生きてきたのかは俺は知らない。

 そして今も、苦を一つも見せることもなく、こんな世界を大きく揺るがすことすらも、妹を救うために背負おうとしている。

 これから先の人生の全てと引換にしても。


「なんでよ! なんで、お姉ちゃんが! 違うもん! マニーがマニーだもん! お姉ちゃんなんか、知らない! 知らない! 知らないんだからッ!」


 ある意味で、ニートの言っていたマニーを無視する作戦はこれで成功した。


「アルーシャ、まさか、あの方は………」

「嘘でしょ? 何をやっているのよ………何をしているのよ、あの子は!」

「マヂ………ちょ、嘘だろ?」

「マニーではない。何者だ? あの、マニーに似た女は!」


 もう、この戦場も、全世界も、マニー・ボルアルディエへの興味が失せただろう。

 何故なら、今、この場に全ての黒幕だと宣言した人物が現れたのだから。


「おい、アレがマニーマウスの正体だってよ!」

「やつめ、ついに素顔を晒しやがったな!」

「いや、ちょっと待てよ。確か、クロニア・ボルバルディエって名乗ってなかったか?」

「ボルバルディエ? あの人類大陸の!」

「ちょっと待て、それじゃあ、あいつが全ての黒幕なのか?」


 案の定、素顔を晒した「マニーマウス」に戦場は動揺し、そして好機と見た。


「おい、今、あいつはあのゴッドジラアから出てるじゃねえか!」

「チャンスだ! やつを仕留めれば、この戦は終わりだ!」

「殺せッ! 今すぐあの女を殺せーーーっ!」


 そうなるに、決まってんだろ。

 本来、マニーに向けられるはずだった、殺意と敵意の全て。

 それを、クロニアが全て受け止めた。



「あーはっはっはっはっはっは、このクロニアは負けま千手観音! そして、この世界を征服しちゃってもいいですか~?」



 湧き上がる怒号、そして目の前に全ての黒幕が姿を現したことにより湧き上がる戦場の士気。

 その全てが、爆発する。



「誇り高き亜人族の精鋭たちよ! この戦、敵軍の大将首でもあり最大級の標的が現れたぞ! デカ物などに目もくれるな! 一秒でも早く、奴の首を切り落とせーーーっ!」



 どこかの将軍か隊長あたりが叫んだのだろうが、その声に異を唱えるものなど兵たちの中にはいない。


「ちょっ、まずいわ! やめなさい、あなたたち!」

「お待ちください、あの方は、マニーマウスの正体ではありませんわ! 偽物ですわ!」

「ぬぬ? いかんのう~、止まらんぞ?」

「無理なのだ。全員、士気最高潮。誰も何の声も届かぬほど、憎しみに満ちた形相なのだ!」


 士気最高潮の何万もの好戦的な亜人たち。

 もはやそれだけで、何の声も届かなくなったやつらを止めることは、すぐにはできない。

 そして、ついに攻撃が始まる。


「やつを殺せええええええええええ!」

「散った戦友たちの仇! 今、すべての決着をッ!」

「万回も苦しんで罪を償え!」

「マニーマウス! いや、クロニア・ボルバルディエ! 覚悟しろッ!」


 槍が、弓が、剣が、魔法が、あらゆるものを宙に居るクロニアに向けて放たれる。



「ふふ、あ~あ、もう! しょーがねいかい! お姉ちゃんパワー見せちゃうよーッ! ドラちゃん! コスモスちゃん連れて遠くに逃げてッ!」



 クロニアはその全てに対して口元にほんの僅かな笑みを浮かべながら、迎え撃とうとしてやがる。

 


「本当に……何やってんだよ、テメエは………現れて数秒で……世界中を敵に回しやがって。」



 そんな思いを口に出しながら、俺は気づけばゴッドジラアから一人外へ出て、浮かんでいた。




「ふわふわ世界ヴェルト革命レヴォルツィオーン!」



――――――――――!!!!!!!!




 そして、この戦場全体から放たれたクロニアへの殺意の全てを防いだ。


「なっ、なんだ? 何が起こったんだ?」

「武器や魔法が全て操られたかのように……」

「おい、見ろ! あそこに、もうひとり誰か居るぞ!」

「ッ、あれは!」

  

 戦場の燃え上がる全ての士気に水をぶっかける形で、俺は気づいたら体が動いていた。


「あーっ! パッパ! パッパだー!」

「おほ、兄さん、無事だったっすね!」


 コスモスとドラに頷きながら俺は空中でそのまま止まった。

 その前方十メートル程度先には、こちらを振り返らず、ただ背中を向けたままのクロニア。




「……コスモスちゃんのパッパか~……結婚おめでとうもろこし」




 その声は、さっきまでのウザくて甲高い元気いっぱいの声じゃない。

 僅かな切なさをにじませていた。

 そんな第一声に対して俺は……



「久しぶりだな……『神乃』……前世ぶり」


「ッ!」


 

 俺は言ってやった。

 すると、背中を向けていたクロニアは徐々に小刻みに震えだし、そしてついに、こちらを振り返りながら…………



「ぷっ、くく、あは、くく、は、あははははははははははははははは!」



 あいつは、堪えきれずに笑った。

 その笑顔を見ただけで、俺は分かった。

 ああ、『こいつ』は『あいつ』だと。

 今、クロニア・ボルバルディエという名で、前世とは比べ物にならない贅沢で勿体無いほどの美貌をしていようと、その中身は、『あいつ』だ。

 こいつは……



「ははは、あは……は~、ワロタワロタ……不意打ちは卑怯でごわすよ~? ……朝倉くん!」



 紛れもなく、神乃美奈だ。

 そう思うと、色々な言葉が頭を駆け巡る。



「正直な話、今、この状況をどうするか、全くのノープランで出てきちまったが……」



 そして、言ってやりたいこと、やってやりたいこと、聞きたいこと、この状況を含めて数限りなくある。

 


「まずは神乃………無念のうちに死んだ、『朝倉リューマ』の遺言を伝えてぇ」


「?」


「朝倉リューマの人生は後悔ばかりだったが………それでも、楽しかった………」



 そんな中、俺から出た言葉は非常に短く、他愛のないもの。




「朝倉リューマは、神乃美奈に出会えてよかったよ」


「ッ!」


「悪くなかったぜ。学校生活も、体育祭も、学園祭も……だから、俺が修学旅行に行ったのも、何だかんだで俺の意思だ」



 だが、この一言には、俺の色々な想いが込められている。



「あの時、俺の手を引っ張って学校に連れて行ってくれて……ありがとな」



 そう、ヴェルト・ジーハが生まれて十七年。

 俺は、ようやくこいつを見つけた。

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