第455話 全てを被る

 どういうことだ? ニートに尋ねると、ニートは「ふふん」と自虐的な笑みを浮かべた。


「いいか、朝倉。あいつは、復讐云々じゃなくて、めちゃくちゃなことやって注目してもらって、誰かに構ってもらったり、誰かに依存したりしないと生きてけない奴なんで。まあ、多少なりとも世界に恨みもあるんだろうが、そういう奴はな、心をへし折るのが一番なんで」


 ほへ~、と俺とマッキーとロアは感心したように聞いていた。


「っていうか、ニート君、かまってちゃんの妖精さんって誰のことですか~?」

「ほらな、ウザイだろ、こういうの。こういうのを甘やかそうとするから、つけあがるんで。加賀美、お前、相当あいつ甘やかしてるだろ?」


 マッキーは、心の壊れたマニーに寄り添って救おうとしていた。

 でも、ニートから言わせれば、それは救いじゃない? ただの、甘やかし?


「でも、ニート、あいつも相当ヘビーな人生歩んでるぜ?」

「どういうの?」

「あいつはな、ガキの頃、その特異な能力ゆえに、世界がその存在を秘匿にするために、世界中から記憶を消されたんだ。実の両親や家族、それまで自分の周りに居たもの全部からな。そうやって、あいつは身勝手な大人の手によって、全てを奪われた」


 すると、ニートは? 


「は~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 余計にため息吐きやがった。

 なんでだ? すると………



「そんな記憶消去の魔法を使われてないのに、クラスメートから完全に忘れられている男がここにいるんで」


「「ごめんなさいニート君」」



 そりゃそうだよ! 俺とマッキーが思わず頭を下げて謝罪していた。

 そして、妙に納得しちまった。

 救えないんじゃない。甘やかしすぎてたんだ。

 マニーの過去に同情していた分、そういう考えには至らなかったからこそ、そこに気づかなかった。

 つまり、マニーを救うには、今のマニーの心をへし折ること。

 依存相手に依存させることじゃない。

 いい事だろうと悪いことだろうと、構ってやることじゃない。

 つまり、力じゃねえ。

 この戦いは、マニーの心をへし折ることだ。

 なら………


「どうしたの? ゴチャゴチャゴチャゴチャ喋っちゃって! もういいもん! 全員、マニーが殺してあげるんだから!」


 これに関わっちゃダメなんだ。

 しかし、無視をしつつ、攻撃も回避しつつ、そして心をへし折る。意外とムズイな。

でも、やるしかねえか………


「なあ、マッキー」

「うん」

「方向性は決まったんだ。今更テメェとはもう話すこともなかったが、こっちはこっちでケリをつけておくか」

「……そうだね」


 マニーを放置しながら、その間にやるべきこと。

 それは………


「どのみち、ここからどうなろうとテメエは破滅だ。聖騎士も今更てめえを庇うこともねえ。ブラックダックもピイトもいねえ。完全な孤立無援だ」

「うん」

「今はこうしているし、方向性も同じところを向いている。でもな、仮にこれがうまくいったところで、俺がその後もお前らを守るために戦うと思ったら、そいつはムシの良すぎる話だからな?」

「ああ。わかっているよ。破滅して地獄に落ちる覚悟なら、とっくにパナイできているよ」


 それは、決着というよりも最後の確認。


「ちょっと~、ラブもヴェルトくんも何してるの? 何を話してるの! 今、マニーと戦ってるところでしょ!」


 ロアの口車に乗って、マッキーを始末することを思いとどまり、狂ったマニーをどうにかするところまでは了承した。

 でも、そこから先、例えば、世界を敵に回してでもマッキーとマニーを助けるかと聞かれれば、それはノーだ。

 ただし、それも条件による。


「ただ、それでも……テメエの口から助けを求めるのなら、考えねえでもねえ。言葉が無くても分かり合えるなんて言えるほど…………俺たちは単純な間柄じゃねえからな」


 助けて欲しければハッキリと言え。今、マニーを救うことに協力してくれと懇願したように。

 だが、マッキーは首を横に振った。

 

「ヴェルトくん。俺はね、これまでの人生で悪気をもって悪意をばら蒔いてきたことは、ちゃんと理解しているよ。だから、俺自身の命乞いはしない。ただ、このままじゃ、死んでも死にきれない。だからこそ、これが最後の望みだったんだ」

「……いいのか?」

「あの子の心を救いたい。良くも悪くも、俺がこの世界で生きて、一番長く、一番傍に居てくれた子を……最後は報いてあげたいから……だから、……あとは……ピースのことは……」

「おいおいおいおい、俺は孤児の引き取り先じゃねーんだぞ?」

「おや~? 鮫島君の子供は引き取ってくれたのに、俺はダメなの? あっ、鮫島君の場合は娘と言うより君の嫁か~。う~ん、ピースはまだ二歳だけど……うん、あと十三年ぐらいしたらパナイ美人になるよ!」

「今後、その手の話はマジで場所と状況を弁えてくれ。あの六人に聞かれたら殺される」

「……今後……ね」


 自分の命に関しては、執着しない。そんな様子で切なそうに笑うマッキーに、俺も苦笑してやることしかできなかった。


「おい、朝倉……どういう状況なんだ?」

「あの、今の話し、もう完全に加賀美君とは……そういうことなんですか?」


 ニートとフィアリもさすがに状況を察したようだ。

 加賀美がもう、この場で全てを終わらせようとしていることを。


「恵那ちゃん、ドカイ君……本当は、もうちょいゆっくりと話をしたかったけどね」

「そんなっ! どうにかならないんですか? そりゃー、その、ラブ・アンド・ピースがやってきたことを考えると、仕方ないかもしれないですけど、それでも……」


 状況は分かったが、それでも気持ちは納得できない。しかし、フィアリの言葉を、ニートが制した。


「俺、地上にはあんま出てないんでそこまで状況詳しく分からないけど、ようするに、地上の世界にラブ・アンド・ピースは喧嘩売ったってことだろ?」

「うん。そうだね。つい先日、マニーちゃんがこの世界の人間、亜人、魔族で構成される世界同盟を崩壊させた。各国の多くの兵、将軍、王族も死んでる。まあ……組織の解体と、トップの死刑はやっぱ免れない……というか、世界が納得しないからね」


 俺がこれまでことあるごとに、問題をウヤムヤにしてきたレベルとは違う。

 今回は、世界全土の全種族が、マッキーとマニーの首を落とそうとするだろう。


「こういうファンタジー世界……一族郎党皆殺しで、晒し首とかそういうの?」

「ひははははは、ドカイくんって意外と遠慮ないね。忘れてたの恨んでる?」

「忘れてた? その言葉は間違いだ、加賀美。なぜなら、お前は忘れてない。そもそも、俺のことを最初から認識してなかったから」

「……ひははははははははは! パナーーーーーッ! なんか、面白いや、ドカイ君! そのネガティブキャラいいじゃん♪ ヴェルト君にも言ったけど、ドカイ君とも出会いが違えば仲良くなれたわ!」

「い~や、なれなかったな。出会いが違っても、俺の存在認識レベルは最底辺なんで」


 そう、もうどうしようもないんだ。マッキーとマニーの命を助けるほう方は。

 いや、なくはないんだ。

 俺と仲間の力を結集させりゃ、ぶっちゃけ今の半壊した世界の戦力にだって負けねえ。

 それこそ、俺がこの世界を征服しちまえば、どうとでもなるんだ。

 ただ、その場は力ずくでどうにかできても、その後は?

 それこそ、世界がマッキーやマニーのことを忘れない限り………


 

「ッ、ねえってば……マニーの声聞こえてる? マニーのこと忘れてない? マニーを見えてるでしょ? ねえ! ねえってば!」



 世界はいつまでもマニーを狙い続ける。


『パッパーッ! ねえ、パッパー! 止まっちゃったよ? どうしたの? ねえ、パッパー?』

『兄さん、大丈夫っすか? 生きてるっすよね? ゴッドジラアがさっきから止まってるんすけど、兄さんの仕業っすよね? ねえ、兄さん!』


 そして、ラブ・アンド・ピース打倒を掲げて、今地上で大暴れしている、火の付いた連中……


「ぐわははははは、さすが婿じゃ! お~い、マニーの小娘の首は刎ねたのか?」

「わらわを謀った愚か者は、この手で八つ裂きにしてやりたいところなのだ!」

「うふ~ん、そうね~ん。おいたが過ぎたあの子には、たっぷりお仕置きしてあげたかったいわね~ん」

「しかし、ヴェルトくんが中に入ったところを見ると………決着の仕方に何か嫌な予感がするゾウ」


 地上の誰もが待っているんだ。この戦いの終結を。

 マニーが討ち取られるその瞬間を。


「ヴェルト……あなたはどういう答えを出しますの?」

「彼、妙なことを考えていないかしら?」

「ヴェルト様がどんな選択をされても、私は付き従います」


 そして、俺の出す答えは?



「マニーはここに居るんだから! マニーはマニーなんだから! マニーを見てよっ! マニーを、見てええええッ!」



 そして、その時だった。

 

「ッ! アレは………」


 その時、偶然外を見たロアが何かに気づいた。

 それは、悲鳴のように叫ぶマニーを無視するために目を逸らしたわけではなく、あくまで偶然。

 しかし、その声につられて俺たちも外を見た瞬間、異変に気づいた。


「なんだ? あいつら、どこ見てんだ?」


 戦の決着を今か今かと心待ちにしていた地上の軍が、何かを見上げている。

 ゴッドジラアじゃない。太陽を……?


「って、なんだ? 太陽に何か映し出されてるぞ!」

「あれは……俺と同じ、『サークルミラー』じゃん!」

「はあっ? マッキーが持ってたアイテムか?」

「いや、俺以外に持ってる奴が居てもおかしくないけど、何で今?」


 サークルミラー。それは太陽などを巨大なスクリーンにして、映像を全世界に流すという、便利で迷惑なマジックアイテム。

 アレで俺は過去に名前を広めてしまったからな。


「なに? 地上にはあんなファンタジーあんの? てか、何で今? なに? 全世界同時放映で公開処刑?」


 ニートの発言に俺たちも微妙に納得しそうになったが、それにしても誰がこんなことを?

 これでますます、「ウヤムヤ」には出来なくなってきたな。

 だが、そんな時だった。



「見てください! あの、太陽を背にして、誰かが居ます!」



 そう、このゴッドジラアの頭部と同じぐらいの高さの上空に、誰かが一人居た。

 だが、その人物を見た瞬間、俺たちは目を疑った。

 それは、こんな空高くに誰かが居るからではない。別にこの世界的に、生物が空を飛ぶなんて珍しくないからだ。

 なら、その飛ぶ方法か? それは確かに驚くといえば驚く。別に背中に翼が生えているわけではない。背中に「火を噴くロケットブースト」のようなものを装着して、空中に浮いているからだ。


「おい、どーなってんだよ」


 だが、本当に驚くのはそんなところではない。


「なにあれ?」

「だって、うそ………?」


 俺たちは、無視すると決めていたはずのマニーを見上げた。

 そして、マニー本人も驚いている。



「なんで? なんで、マニーが……マニーが……マニーがあそこに居るの?」


 

 そう、「マニー」はここに居る。

 しかし今、この戦場の上空に、「マニーラビットの着ぐるみ」を着た何者かが現れたのだ。

 だが、マニーがここに居る以上、あのマニーの着ぐるみに入っている人物は偽者だ。

 なら、何者が?



「わーはっはっはっはっはっはっは!」



 次の瞬間、その何者かは、盛大に笑った。

 甲高い声。女の声だ。



「いやいやいや~、やるじゃないかね、世界の諸君たち! このマニーをここまで追い詰めちゃったのは~、賞賛に値スルメイカ!」



 その時、一体この戦場に居た何万の兵たちの内、何万人が目を点にしただろうか?

 一体この戦場に居た何人が、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けただろうか?



「しかーし! この程度ではマニーは負けないのであーる! マニーを倒すには、まだまだシュギョーが足りんぞシュギョーが! 漲ってますかーっ! 漲っていれば何でも出来る!」



 なんだよこれは……



「だが、ここまでマニーを追い詰めた君たちに敢闘賞をあげちゃおちゃお! この、『マッキーラビットを操り』、世界を混乱に導いた『全ての黒幕』でもある『このマニーラビットの正体』は! じゃんじゃがじゃんじゃんじゃんじゃがじゃ~~~~~ん!」



 あの……『あの女』は何をやってるんだよ!

 自分をマニーだと公言し、自分が全ての黒幕だと、この戦場に、そして今、サークルミラーを通して『全世界』に宣言した女は……



「バカな………バカやろうッ! 何考えてんだよ、お前はッ!」



 頭の着ぐるみを外して素顔を晒した女。

 その素顔は、ふわふわの灰色の長い髪を靡かせた、マニーと瓜二つの顔。いや、若干、大人びている?

 だが、マニーとは決定的な違いがある。

 それは、『瞳』の輝きだ。

 活力に溢れ、生命力に満ちたその瞳の色は、絶望に染まったマニーとはまるで違う。

 その女は………



「そうなのです! マニーラビットの正体は………じゃじゃーん! 旧ボルバルディエ王国の家出姫! この、クロニア・ボルバルディエだったわけなのですよー!」



 いえーい、と世界をおちょくったように自分の名を名乗る女。その名は、クロニア。



 ずっと探し求めていたあいつが……




 誰かさんを庇うために、すべてを背負う覚悟で現れやがった。






――あとがき――


ついに登場!

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