第457話 決着を

 戦場に集まった何万人の兵たち。

 サークルミラーを通して感じる、数千万数億人、もっと大勢の生命の視線。

 だけど今、この場には二人だけ。


「たった、これだけのことを言うために、輪廻の果てまで来ちまった。でも、ようやく言えた」


 ありがとう。

 その言葉を、言えずに死んだことをずっと後悔していた。

 今この瞬間だけは、世界なんてどうでもいい。

 ただ、前世と決別した俺が、朝倉リューマから唯一受け継いだ遺志は、今この瞬間のためだから。



「う~む……」



 対して、クロニアは目元をわずかに潤ませながらも、どこかわざとらしそうに腕組んで首を傾げる。


「はて? あまりにも素直なデレ倉くん過ぎて、返って怪しいね~……はっ! さては、君は洗脳されているなッ!」


 確かにな。昔の俺なら絶対に言わなかっただろう。

 でも、今の俺だから言う。



「くはははは。そうじゃねえさ。あらゆるものに反発するバカも、一度死んで生まれ変われば、少しは人生観も変わるさ」


「うわっほい? ちょー、君は本当に朝倉くんなんですのん? ちょ、なんかムズ痒い!」


「ッ、いいから黙って受け入れろってんだよ! いつまでもナメてっと、テメエの天然劇場を血の舞台に染めてやるぞ!」


「あっ、やっぱ、朝倉くんだった」



 ったく……こういうやりとりも、ほんと懐かしい……

 でも、今はそれを懐かしいと思うと同時に、切なくも感じる。

 なぜなら……


「しっかし、見事にやらかしてくれたな。神乃。案の定、世界を敵に回しちまったよ」

「にはははは、ダークヒーロー爆走って感じでしょ~! ……ま……私、頭悪いから……妹にはこれぐらいしかしてあげられないからさ……」


 こいつは、マニーの罪を全て自分でかぶり、そして背負おうとしてやがるからだ。



「私はね、朝倉くん。自由に、誰にも束縛されずに生きてきて……そして、色んなことを知り、気づいたの。世界の真実……聖騎士の手により、忘れたことすら忘れた妹……そして、神乃美奈の朝倉リューマに対しての罪……苦しいことが、おっぱいおっぱい……ううん、いっぱいいっぱいだったよ」


「……おい、お前は真面目な話をしてる時も、ちょいちょいギャグを入れなきゃいけない体質なのか?」


「でもね、全部答えが見つからなかった。君だってそう。本当は、もっと早くに会いに来れた……再会することだって出来た……でもできなかった。もし私が、嫌がる君を無理やり学校に連れて行ったりしなければ、死なずに済んだのに……そう、言われたら……私はたぶん立ち直れなかったから……だから、エスケープしちゃってた」



 悲しそうに、だがそれでもハニカム神乃ことクロニアからは、今の俺には想像もできない波乱の人生を積み重ねてきたことが伝わった。

 それを知らない俺に何を言える? 言えるさ。朝倉リューマのことは、俺が誰よりも分かっているから。



「神乃。俺が学校に行ったのも、修学旅行に行ったのも、お前に無理やり連れて行かれたからじゃねえよ」


「朝倉くん……」


「きっかけは確かに神乃美奈の存在だった。でも、その後も朝倉リューマが学校に行き続けたのは……ただ……」



 その瞬間、俺の口は自然に動いていた。

 今から言う言葉なんて、もはやまるで意味のないことで、この世界の今のこの現状からはまるで程遠いもの。

 そんな状況で何を? 今更何を? でも、一つだけ分かっていることがある。

 俺は、「ありがとう」という言葉と、「この気持ち」を伝えることを、ずっと胸に秘めていたからだ。


「やめろ、ヴェルト……私たち以外の女に、そんな顔を……」

「いやよ……そんなの……絶対に嫌よ!」

「ヴェルト様……どうして…………」


 分かっいている。耳を塞ごうとし、視線を逸らして悲しそうな顔を浮かべている、あいつらの気持ちを。

 でも、


「顔をあげなさい、あなたたち。そして、しっかりと目にやきつけなさい!」

「フォルナ?」

「顔を下げたら、ワタクシたちが負けを認めたことになりますわ。違うでしょう? あれが、ワタクシたちが乗り越えるべき最強の相手ですわ!」


 フォルナもそう言いながら、唇を噛み締め、拳を強く握っているのは分かる。

 でも、朝倉リューマの遺言は、それでも言わなくちゃ、いつまでも成仏できねえ。

 だから、伝える。



「ただ、惚れた女と一緒に居たいと思ったからだ」


「ッ!」



 そう。ずっと言いたかった。

 修学旅行のバスが事故に遭って、薄れゆく意識の中、ぐったりと倒れる神乃の姿を瞼に焼き付けながら、ずっとこの言葉を言いたかった。

 呆然とする神乃はびっくりしただろうな。

 俺も、何だか照れくさく……



「えええええええええええええええええっ! あ、朝倉くん、そんなに綾瀬ちゃんのことが好きだったの?」


「ああ、俺は惚れ……え?」



 ……………………えっ?


「いや~~~いや~~~、もう、さすがのプレイヤンキーヴェルトくんも、意外と純情なんだね~、ご馳走様♪ いや~、そっかそっか~」


 幻聴か? いや、何で綾瀬?


「お、おい、神乃、おま……」

「いや~、ヤンキーと優等生っていうので、二人は意外とお似合いだって、ず~っと前から思ってたんだよね~、いや~、そっかそっか~」

「は?」

「でも、コスモスちゃんのことバレると、綾瀬ちゃんどんな行動に出るかわかんないから、ちょっと耳打ちしたりもしたけど、いや~、そういうことならGreatだね~」


 どー考えても、状況的に今のはお前のことだろうがあああ! なんなんだよ、この鈍感天然女は!

 つうか、アルーシャのやつ、なにを半泣きでガッツポーズしてんだよ!

 気づけば俺は、神乃の頭をぶん殴っていた。


「なんでそーなんだよ、このバカ女! てか、何で綾瀬なんだよ!」

「いった、何をするのカナカナ? 女の子殴るなんてサイテーなんだぞ! 私、怒って悪魔になっちゃうゾ!」

「畜生、なんなんだよテメエは! ただのバカが死んで生まれ変わって頭も更におかしくなったか、この野郎ッ!」


 あ~、でも、これが神乃なんだろうな。

 そういえば、俺の気持ちは先生も含めてクラスの連中ほとんどが知ってたみたいだ。

 にもかかわらず、張本人であるこいつは知らなかった。

 鈍感女が……でも、それこそがこいつらしいとも言えるので、何とも複雑な気分だぜ。



「おい、さっきからヴェルト・ジーハは何をやってんだ! 敵の総大将を前にして、何を仲良く喋ってんだ?」



 と、そういや、この状況もどうにかしねーとな。


「おい、ヴェルト・ジーハ、さっさとその女を殺せ!」

「そうだ、殺せ! それでこの世界は救われるんだ! 長きに渡る戦乱の世が、ついに終わる!」

「殺してくれ! マニーマウスを! クロニア・ボルバルディエを殺してくれ!」


 それはこの戦場だけじゃない。

 サークルミラーの映像を見た世界。

 


―――助けてくれ、まだ死にたくない!


―――この世界を救ってくれ!


―――英雄ヴェルト・ジーハ! 助けて!


―――殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!


―――戦争を終わらせてくれ!



 人類大陸、魔族大陸、亜人大陸でも、遠く離れたこの神族大陸の光景を見ながら、声を上げているんだろう。

 全く、実にやかましい。


「神乃……世界の意見はご覧のとおりだが、今後のシナリオは?」

「ん? 特になしのつぶて。テキトーに目立って、頃合を見て逃げようかな~ってね」

「だと思ったぜ」


 俺同様のノープラン。ま、んなことだろうとは思っていたよ。



「でも、状況が状況だから、テキトーに戦おっか、朝倉くん。そんでもって、ドサクサに紛れて私は逃げるから」



 まあ、そうなるだろう。とりあえず、この場はマニーの罪を全て被り、あとは逃げる。それでこの場は終わる。

 戦争も、マニーの問題も、そしてこいつも……


「逃げてどうすんだよ、神乃」

「ん? 逃げて……どうするって?」

「この場で逃げても、テメエはもうこれで世界的な大犯罪者だ。今この場で逃げても、どうせ誰かがまたテメエを追いかける。テメエが生きている限り、どこまでも、いつまでもだ。それをずっと繰り返して逃げ続けるか?」


 そう、神乃が逃げればこの場は終わるだろう。

 でも、世界はそれを認めない。どこまでも『マニーマウス』であるクロニアを追いかけて、追い詰めて、そしてケジメを取らせる。

 そんなの当たり前だ。



「まあ、仕方ないよ~。全てを引換に家族を助けるってのはこういうことなん出し汁」



 一生追いかけられることは覚悟済みか。

 苦笑しながらそう言う神乃に俺がしてやれることは?



「では、決着をつけようじゃないかーーーーっ!」


 

 わざとらしく俺を挑発するように、世界中に向かって神乃は叫ぶ。

 

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