第449話 もう戻れない日々


「ふっ、学校に来たからエライ………いいね~、ただのヤンキーはハードル低くて」


 神乃の言葉を鼻で笑う一人の女。


「ちょ、マヂやべーじゃん、ライア! 朝倉に喧嘩売ると、ヤラれるんじゃね? あたし、マヂ、初めてゴーカンとかマヂ勘弁だから!」

「撫子、あんたこいつにビビリすぎ。女にそんなことするなら、単純にこいつはその程度ってことの証明だよ」


 長身の派手な茶髪ギャル。しかもその眼光は、明らかにこっちに敵意を向けている。ギャルと言うよりスケ番な面構えだ。

 女であろうと、カチンと来るな。

 だが、俺がイラついて立ち上がろうとすると、その前に神乃がムッとしたように女に言い返した。



「こらこら、ライちゃん! どうしてそんなこと言うのかな? かな?」


「はあ? つーか、学生が学校に来るのがそもそも当たり前じゃん。部活やバイトしてるわけでもない、フラフラしてるだけのアホが、当たり前のことをしただけで何で褒められるのさ。じゃあ、普段からマジメに学校に通って、誰にも迷惑をかけずに生きている学生はなんだい? 神かい?」


「そうじゃ内臓! モツ、ハラミ! そう、朝倉君は、学校に来るだけでエライのだ! なぜなら、朝倉君は………体は高校生だけど、中身は反抗期なオコチャマなんだから!」



 …………おい……


「ライちゃんが言ってるのは、赤ちゃんが歩けるようになったのに、人間なんだから歩くの当たり前じゃんって言って、まるで褒めない冷めた親の反応なんだぞー!」


 次の瞬間、俺は神乃の頭を鷲掴みにしていた。


「誰が……誰がお子様だコラァァァァ!」

「うぎゃうおあおおお!」


 それじゃあ何か? 俺はこいつからすれば、歩き始めた赤ん坊? ふざけんな!



「おおお、まあ、パナイ怒るのは分かるけど、それまでにしたら? 女の子にそれはないっしょ」


「あ゛? テメエ、誰に指図してるんだ? チャラ男」


「チャ、チャラ! う、まあ、そんな睨まないでって。美奈ちゃんがこういうのだって、朝倉君も知ってるでしょ?」



 俺の手を止めたのは、チャラい格好した男。その軽口がやけにイラついたのを覚えている。

 そして、その時だったんだよな。


「ああああああああああ! そうだ! 朝倉君!」

「あん?」


 俺に頭を鷲掴みにされている神乃が……



「ちょっと、朝倉くん、君って足は速い? 体育祭のリレーに出てくれたら嬉しいんだけど」


「…………潰す………」


「ほんぎゅわああああああああ、ヘルプミー!」



 一瞬、「はっ?」てなった。クラス中が「はっ?」となっている。

 このバカ女はこんな状況下で何を言ってんだ?


「ちょっと、美奈ちゃん、何をパナイこと言ってんの!」

「そうよ、美奈。あなた、朝倉君をリレーになんて……」


 ああ、チャラ男と委員長の言うとおりだ。何考えてんだ?

 すると、うめき声を上げながら、神乃は俺にしか聞こえない小声でウインクしてきた。


「へっへ~、チャンスですぜ? 朝倉の旦那~」

「あ゛?」

「ここで勝ったらスーパーヒーローだよ? クラスのみんなを見返すチャンス到来! 気になる乙女がいればハートゲットのチャンスですぜ~?」


 もっと手に力を入れた。


「ほんぎゃああああああああ、いや~、もうギブギブギブ!」

「このドカス女が、何をフザケたこと言ってやがる。俺が、かけっこだと? 何でそんなもんに出るんだよ」


 いや、本当、意味不明だった。

 何の意味があってそんな面倒なことを? 何でそんな晒し者みたいな目に? ふざけやがって。

 腹立たしかったし、イラついた。テキトーに神乃の頭を締め付けてから離し、気分が悪かったから、俺はそのまま離れた。


「へい、リューマ」

「なんや、フケるんやったら、ワイらもいくで」

「ちょ、ちょっと、朝倉君! 村田君も木村君も、戻っ―――――」


 後ろから聞こえる委員長の制止する声に、何も感じることはなかった。

 ただ、気まぐれで学校に来てみたが、やっぱくだらなかった。

来なけりゃ良かった……そう思わせ………



「まだ、話は終わってナイナイ、萌える闘魂キーック!」



 背中に感じる衝撃は、ドロップキック……


「ワオッ!」

「オオオ! マジかい!」

「ちょっと、美奈ッ!」

「ちょ、何をパナイことしてるの! 殺されちゃうよ!」

「鮫島君、お願いです、急いで神乃さん救出をー!」


 予想もしない襲撃は、俺を廊下にダイビングさせた。


「はーっはっはっはっは! シュギョーが足りんぞシュギョーが! さっきの仕返しだぜーい、どんなもんじゃーい!」


 俺に何があった? 


「ワオ。リューマ、ステイステイ。相手はガールだ」

「しかし、なんやこの女。随分と舐められとるやないか、リューマ」


 後ろから来た衝撃で、地面とキスしてしまい、顔を上げたら、プロレスラーみたいな構えで「かかってきなさい」とポーズを取っている、あの女………


「……こ……殺すッ!」


 このとき、俺は顔面の血管が異常なほど浮き上がっていたと思う。

 舐められた? なんだこのクソ女は。

 ブチ殺す!


「そこで帰っちゃったら、赤ちゃんよりダメダメだよ、朝倉君!」


 その時、俺は自分でも何が起こったのか分からなかった。

 ただ、どういうわけか、このバカ女が突如叫んだ声に、思わず体がピタリと止まっちまった。


「………なんだと?」

「当たり前のことをようやくやった君は、ようやくヨチヨチ歩きができるようになったのに、どうしてそこで歩くのやめちゃうのさー!」


 言ってる意味は分かった。だが、同時に思った。

 どうして俺がこいつにそんなこと言われなきゃならないんだ? 何様だ? 俺の母ちゃんか? つうか、どうして俺はこんな女に………



「チョーシに乗るなよ、バカ女が。ウザイことペラペラ喋りやがって。どっかの学園ドラマの影響か? 俺には関係ねえ」



 そう、関係ねえ。俺は俺の思うがままに生きている。それを、どうして俺のことを何も知らないバカ女に、あーだこーだ言われないといけないんだよ。



「あらゆるものに反発し、誰の指図も受けねえ。俺は俺のやりたいようにやるし、やりたくねえことはやらねえ! いつまでもナメてっと、テメエの天然劇場を血の舞台に染めてやるぞ?」


「なに言ってルノワール! あらゆるものに反発する? してないじゃん、君は! ライちゃんに言われたレッテルそのまま受け入れちゃって、それを覆そうと反発してないじゃん! ……ちなみに反発とは、原発反対とはまるで関係ないのであしからず!」



 …………ぬぐっ…………


「ヒュ~、アメージング。一本取られたな、リューマ」

「なるほどな。そういう意味では矛盾しとるな~」


 まずい……俺自身、言葉が出てこねえ。しかも、ここでこれ以上言葉につまると、それはこのバカ女の言葉を肯定したことに……



「ひはははははははは、パナイパナイ。はいはい、それまでそれまで!」



 そんな俺たちの間に、またこのチャラ男が入り込んできた。


「っ、テメエ……」

「ひはははは、まあ、これで決まりだね、リレーのメンバー」

「はあっ? ざっけんな! 何でこの俺が、かけっこするんだっつってんだよ!」

「まあまあ、ここは、美奈ちゃんの言うことに一理あるっしょ」


 こいつも気安い! なんか馴れ馴れしく、俺の肩をポンポン叩いてきやがって!


「あっれー、それとも朝倉君、足には本当は自信がなくて、逃げちゃうパナイ腰抜けだったり~?」


 あの後、どうしたんだっけ?


 正直、そっから先はよく覚えてねえや。


 なんか、怒りのままに叫んで、先生が来て、なんやかんやで本当にリレーのメンバーにされて、ろくな練習しないまま参加させられて、さらに体育祭の総合得点的にリレーで勝たないと優勝できないとかで、クラス中からウザイくらいの期待を寄せられて、でも、なんか俺たちは勝っちまった。



―――おいおい、マジパネエじゃん、朝倉くん!



 あの時、あのバカ女が関わらなければ、あの時、お前が止めに入らなければ、たぶん死ぬまで関わりなんてなかった。

 もっとも、関わったといっても深くはねえ。それほど仲良くなったわけでもねえ。ただ、朝、普通に挨拶する程度。それが、朝倉リューマと加賀美の関係だったはず。



「なのに何で俺は、こんなどうでもいい日常を思い出してんだよ………」


 

 こんなことを、どうして怪獣大決戦中に思い出す?


「ッ、兄さん?」

「パッパ! どうしたの? どこか痛いの?」


 コスモスの声にハッとさせられた。

 いかんいかん。今、集中しねえと……


「パッパ、痛いの? 泣いたら、メッだよ。パッパは男の子なんだもん!」


 えっ………泣いて……


『あはははははは、どうしたの、マッキー? うれし涙はまだ早いよ! あの死ぬほどムカつくヴェルト君を殺せるからって、嬉涙はまだ早いよ!』


 その瞬間、どっちがどれだけ油断していたかは分からない。

 だが、ドラの三つ首が、まるでロープのように巨大なゴッドジラアの胴体に巻きつき、締め上げていく。



「兄さんッ!」


「パッパ!」



 身動きを封じられたゴッドジラア。だが、チンタラしてたら、力ずくでこの戒めを引き千切る。

 そうはさせねえ。

 俺は、気づけば………



「あっ………おあああああああああああああああああああああああ!」



 警棒片手に、大口開けているゴッドジラアの体内に飛び込んでいた。


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