第436話 バイバイ
「だが、お前の責任云々は置いておいて……」
「なに? おっぱヴェル君」
「それはもうやめろ」
くそ、男が胸に夢中で何が悪い。ってそうじゃねえか。
「男としての責任とやらは分かった。でも、こっから先はどうするつもりだ?」
というか、さっきも同じ質問をしたはずなんだが、結局話がそれちまったな。
「テメエの『マッキーフレンド』とやらもカラクリモンスターも確かに強かった。でもな、どう見てももう詰んでるだよ、お前らはな」
「……ほうほう……」
「テメエら最強のピイトはもう戦わねえ。ブラックダックもイーサムに勝てるはずがねえ。デイヂも、まあアルテアたちが勝つだろう。他は? 裏切り者の十勇者か? それとも、あの地底族最強か? それとも、外のカラクリモンスターを呼び戻すか? それで、キシンやカー君たちに勝てるとは思えねーけどな」
そう、もう終わってるんだよ。地底族だってもう援軍に来るほどの戦力もねーし……
「ああ、そうだね。地底族がメイル元帥以外が早々に崩れたのが痛かった。あと、俺が居ない間に幹部になった妖精さんが寝返って、ニートとかいう紋章眼試作品所持者もこっちに来なかったのもね」
「………あの、妖精さんが鳴神だったってのは、知らなかったのか?」
「…………………………………………えっ?」
急にアホ面で固まるマッキー。どうやら本当に知らなかったんだな。
「えっと、えっ? 鳴神……って、恵那ちゃん?」
「それなりに知り合いか?」
「え~~と、え~~~、マジで~~! えーーっ! えーーパナーーっ!」
素の顔に戻ってガチ驚きのマッキー。ちなみに、こいつはどうだ?
「ニートの正体は。ドカイだ」
「……ド……カイ? ドカイ? ドカイ? ……えっと、誰だっけ?」
「なんだ、お前はドカイを知らねーのか? ドカイだよ。ドカイシオンくんだ」
「……その目……ヴェルト君も知らないっしょ?」
「……いや、修学旅行で同じ班だった……みたいだ……」
「修学旅行………そう……」
俺たちの運命を全て変えた修学旅行。
だが、昔はそのことを狂うほど憎んだマッキーだが、今はどこかアッサリしていた。
「修学旅行ね~、懐かしいや。俺は、『天我』と『ジョージ』。女子は、『つかさちゃん』に『リコちゃん』、んで、『小湊老子』だったからな」
ダメだ。一人も思いだせん。つうか、そんだけ覚えてて、なんでドカイシオン君を覚えてないんだ? 可哀想だろ。
「でも、そっか~、それじゃあ、恵那ちゃんとか、アルーシャちゃんと再会したりしてたら、そりゃー、こっちに来ないか」
「つーか、あいつ、ニートと付き合ってるし。前世からフィアリはニートのことを好きだったみたいでな」
「えっ? ってか、マジでドカイ君って誰? マジで誰? ぶっちゃけ、綾瀬華雪が朝倉リューマにゾッコンってバレて以来、恵那ちゃん狙いがパナイ増えるも、全部断ってた恵那ちゃんが?」
って、だから、どうして俺はこんな会話を……つうか、まずいな……これは……
俺はその時、自分の中にある違和感に気づいた。
「どうして……こうなっちゃったかな、ヴェルト君……」
そして、それはマッキーも同じだった。
マッキーは切なそうに笑みを浮かべて、俺と同じ心境を口にした。
「俺と君、そんなに仲良くなかったじゃない。前世では」
「ああ」
「この世界でも、史上最悪な再会だったし、ぶっちゃけ、俺も君も本気で殺しても構わねーぐらいだったじゃない?」
「ああ」
「なのにさ……」
「やめろよ」
「こうして君と話すと……」
「やめって言ってんだろ!」
「楽しくて仕方ないよ」
俺はここに、コスモスを取り戻し、マッキーとマニーにケジメを付けさせるつもりだった。
だけど、現実はどうだ? さっきから、俺はこのクソ野郎をいつでも殴れるのに、こうして紅茶を飲んでいる。
謎めいた真実を知るために仕方なく会話している? 嘘だ。だってさっきから、マジメな話をしようとしても、全然関係ない話にいっちまう。
互いに遠慮等なく、大事な話から本当にくだらない話に至るまで、何でもだ。
「出会いさえ違えば……本当に俺たち、いいコンビになれたよね」
かもしれない。いや、きっとそうだったと思う。
正直、キシンやジャック。いうなれば、ミルコと十郎丸とも、また違う感覚だ。
だが、これもまた紛れもない、一つの関係性。
でも、だからこそ……
「だからこそ、やっぱり俺は………君を殺すしかないのかもしれない」
半端にするわけにはいかない。
「俺はもう、自分の全てを捨ててでもマニーちゃんとピースちゃんを選んだ。その決断に後悔はない。そして、それを口だけじゃなく、過去を断ち切ったと真に証明するためには……俺がこの世で最も親しい友達を……殺す以外に思いつかない」
マッキーも追い詰められている。マッキーらしからぬ、シリアスで、そして震えた唇で、涙を堪えた瞳から発せられる、マッキーの本音。
そう、なあなあにするわけにはいかない。
お互いに、ケリをつけるしかない。
「愚弟!」
「弟君!」
「ヴェルト!」
「ヴェルト様!」
「兄さんッ!」
マッキーの一言に、ファルガたちは一斉にテーブルから飛び、各々武器を構えた。
「愚弟。もう、それまでにしろ」
「ファルガ……」
「テメエとこいつにどんな関係があるかは分からねえ。でも、こいつらが世界の敵だというのは紛れもねえ事実だ! ここで、始末するしかねえ!」
ファルガの言ってることは間違ってねえ。
「ヴェルト、私も同感だ。私たちと再会するまで、お前とこいつでどんな旅を、どんな友情を育んできたかは分からない。だが、もうこいつは取り返しのつかないことをした! 分かっているはずだ!」
「私も同じよ、弟君。もし、彼が本当に弟君の友達だと言うのなら、私たちだって心は痛むわ。でもね、だからってやはり彼らは見過ごせない」
「ヴェルト様。もし、彼を本当に大切な友だと思っているのであれば………」
全員、そんな恐い顔しなくても分かってるよ。
真の友達なら、正しいことをしてやれとか、自分の手で決着をつけてやれとか、そういうベタな展開だろ? ああ、間違ってねえよ。
ラブ・アンド・ピースの危険性。マッキーとマニーの二人が起こしてきたこと。悲劇や犠牲。もう、取り返しがつかないし、謝って済む問題じゃねえ。
でも……いつだって後悔と間違いだらけだった俺の人生……正しいことをすることが、俺らしいのか?
「アハハハハハハハハハハハハハハハ! そうだよね! もう、ティーパーティーも終わり! 今すぐ始めちゃおうか、ヴェルト君!」
マニーが立ち上がった。狂気に染まった目で、愉快そうに笑った。
その狂った笑いに驚いて、子供たちがビックリして黙っちまってこっちを見ている。
マッキーも、カップに入っていた紅茶を飲み干して、覚悟を決めたように立ち上がった。
戦わなくちゃいけない。俺たちは………
「パッパ~!」
「おとさーん!」
そんな時、その俺たちの決断を鈍らせるかのように、無垢な娘たちが俺たちに飛びついてきた。
「ねえ、パッパ~、コスモスの歌見てくれた?」
「おとさん、あの、ピースのダンスはどうでしたか? ピースは一生懸命やりました」
こいつらの前で、俺にマッキーとマニーを倒せっていうのかよ。
「コスモス、こっちに来なさい!」
「あははははあは、ピースちゃん、良い子だから、ちょっとみんなとお菓子を食べに行ってくれる?」
エルジェラとマニーがそれぞれ子供を巻き込まないようにする。
その意思は、狂っていても、狂っていなくても変わらないのか………
それなのに………なんで………
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
感情をぶちまけるかのように俺は叫んだ。
「愚弟ッ!」
「弟君!」
くそ、それなのになんで……
「マッキーッ! マニーッ!」
「ッ!」
「あは♪」
俺は飛び掛った。場所も、子供の存在もわきまえずに………
「ひはははは! ヴェルト君、来ちゃうのかい!」
「えへへへへ、下がってて、ピースちゃん!」
俺は振りかぶった拳を二人に向けて放つ。
「パッ……パッパー!」
「え、ええ? なんで? おとさん! おかさん!」
悲鳴にも似た子供の叫びに胸を痛めながら、俺は……
「グラビディラッシュ!」
重力を纏った拳のラッシュ。
「いくよーっ! マニーの動きについてこれるかな?」
瞬間移動を利用したかく乱攻撃。
「殿――っ!」
「来るんじゃねえ、ムサシ!」
「ッ!」
仲間の助太刀を拒みながら……
「くらえ、ヴェルト君ッ!」
「ふわふわ回避」
「ッ!」
ぶっちゃけ戦闘に不慣れなマッキーと……
「あはははは、死んじゃえっ!」
「無駄だ」
「えっ……」
たとえワープしようとも、出現時に感じる空気の乱れを察知すれば、どうにでもなるマニー……
「まともにやりあえば…………」
二人の攻撃なんて当たらず……
「ふわふわ乱拳!」
「うぶえうっ!」
俺の気流をまとった拳をマッキーの肝臓に叩き込み……
「ふわふわローキック!」
「つっっっっっ!」
俺のローキックをマニーに食らわせてやった。
「あぐっ……つっ………」
「いたいっ! いたいたいいたい! っ………ヴェルト君ッ!」
膝を着き、俺を見上げる二人。戦闘開始から僅か五秒足らず。
そうだ。まともにやりあえば……
「まともにやりあって……お前らが俺にはもう勝てねーのは分かってるだろうがっ!」
こいつらが、俺に勝つ手段なんて、限られていた。
コスモスを人質に取ればよかった。
だが、その手段はとらずにこいつらは………
「だめえええ、パッパ、どうして! どうして、マッキーいじめるの? パッパ、だめだよーっ!」
「うええええええん、ピースのお、おとさんとおかさんをいじめないでくださいー」
ほらな、結局こうなるんだよ。
俺だって、心が死ぬほど痛いよ………
「ひは、ははは……だよね……ヴェルト君は本当に強くなったよ……『まとも』にやれば勝てないね」
ああ。マッキーも分かってる。そしてその『まとも』という言葉を強調した。
それは俺も分かっている。
「どーせテメエらのことだ。奥の手はやっぱあるんだろ?」
「……気づいてた?」
「テメエらだからな」
分かってるよ。こいつらがまともに戦うはずがねえ。なんらかの奥の手を残していることぐらい。
正直、それを使わせる前に倒しちまえば、この戦争は終わりなんだ。
そして、本当に何もかもが終わりなんだ。
「お前がまともじゃない戦い方をするなら、もうその時点で、俺たちの関係ももう終わりになる。それは分かってるんだろうな?」
まともじゃない力で、まともじゃない戦いをすれば、もう説得も、相手を気遣う余裕もない。
それこそ本当にただの、相手を消し去るための殺し合いになる。
だからこそ、ここが最大限のギリギリのライン。
こいつらが、その手を使ったら、俺たちは本当に………
「うん♪ 使うよッ!」
そのラインを、マニーはアッサリと超える。
「えいっ!」
ワープで姿を消したマニー。どこへ消えた? と思ったら、すぐに戻ってきた。
しかし、そこには………
「ちょっ、どういうことなんで?」
「一体、なにするんですかーっ!」
ニートとフィアリ。
「って、あんた、マニーッ! それに……かっ、かか、あっ……」
「加賀美君ッ! うそ、しかも顔も……え、な、なんでですか?」
恐らく、メイルと戦っていたと思われる二人を強制的に連れてきたマニー。
いや、目的はニートか。
「あははははは、パナイ久しぶり……恵那ちゃん? ……ドカイシオンくん」
思わぬ展開。そしてその場に居た、「前世と同じ顔をしている」加賀美という男の存在。
言葉にならない動揺で混乱するニートとフィアリ。
すると、マニーは何かを取り出した。
それは、手に収まるくらいの長方形の……
「えへへ、ここを、こう、ピッ、ポッ、パッと。それで、えい!」
平らな面に指で何かを弄くってる………スマ………ホ?
「もう、ロアくんとコスモスちゃんのは認証されたから、あとは聖命の紋章眼だけっ!」
カシャッと、まるで前世で言うシャッター音のようなものが聞こえた。
呆然とするニートの眼前に近づけたその『何か』で『何か』をしたマニー。
すると……
「眼球認証完了シマシタ。セキュリティロック解除シマス。外部ヘ持チ出スモノヲ選択シテクダサイ」
非常に機械的な声。抑揚のない作られた音声が、マニーが持っているものから発せられた。
これは………
「ひはははははは、いや~、パナイ笑わせるよね~」
「マッキー! これはどういう………」
「神族の封印を解くには、三つの紋章眼が必要……そんなファンタジー的な話だったのに、まさか、解除の方法が魔法的なものじゃなくて、紋章眼の紋様の眼球認証だったとはね………」
眼球認証?
「よーし、これに決めたもんねーっ! このリモコンが届く範囲にある『封印の祠』……という名前の『倉庫』から持ち出すのは、これだよーっ!」
『認証シマシタ。『カラクリ合体コアマシン・バージョン・ゴッドジラア』ヲ『超危険指定倉庫』ヨリ持チ出シマス』
この数秒後、果たしてどうなっちまうのかなんて誰にも分からない。
ただ、それでも分かっていることは……
「ひはははは……ゴメンね………ヴェルト君……そして、朝倉君……バイバイ」
もう、俺たちは二度と昔に戻れなくなったということだ。
「くそ……! ああ、さよならだ……マッキー……そして、加賀美」
こいつの覚悟は分かっていた。分かっていたはずなのに。
だけど、それでも俺はもう一度昔みたいに……そう思った結果、これだ。
それが、心の底から腹立たしく、自分の無力を呪った。
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