第433話 愛を知っている
「そういえば、君が言った血の繋がった自分の息子云々の件って、ラガイアくんのこと? なんか今、頑張ってるみたいじゃない」
マッキーが指を鳴らした。すると、森の木々が急に光、プロジェクターのように映像を映し出した。
そこに映し出されたのは、片膝ついて肩で息をしている、ラガイア。
「ラガイアッ!」
まさか、この映像は? そう思った瞬間、ラガイアの目の前では冷たく見下ろすノッペラ。
これはリアルタイムの映像?
『無駄だ、ラガイア。お前の得意とする闇魔法と併せた魔法拳法も、全て半端だ。邪悪魔法にまでは至らぬ魔法の質。パワーもスピードも半端な身体的な力。そしてなによりも、この私の無眼を越えられぬ才能の差。全てが半端なお前に、越えられるはずがない』
元々のダメージもあったんだろう。ラガイアは脇腹を押さえたまま、なかなか立ち上がれねえ。
そんなラガイアの後ろでは、真っ黒い瞳で、今にもノッペラを解体しそうな殺気を無表情で放っている、怒りモードのキロロ。
だが、ノッペラはその殺意を受けても鼻で笑った。
『手を借りたほうが良いのではないか? ラガイアよ。実質、正統な王位継承者ではないとはいえ、キロロ姫の血筋も才覚もお前よりは遥かに上。まあ、ラガイアに執着する辺り、まともな感性の持ち主ではないようだがな』
よくもまあ、あんな恐い魔法使える女に、あんな口聞けるもんだな。
しかし、ミスったな。こんなムカつく奴、一発ぶん殴ってからこっちに来りゃ良かった。
「あの野郎……キロロ! 構うことはねえ、俺が許す! ブチ殺せ! 分解しろ!」
と言っても、俺の声なんか届くはずは無い。ラガイアに手を出すなと言われたからなのか、限界ギリギリで堪えるキロロに、それでも俺はもうあのノッペラ野郎をブチ殺せと叫んだ。
しかし、ラガイアは、そこらへんはこだわるようだ。
『手出し不要だよ、キロロ姫』
『ラガイア……』
『この戦い、魔王ノッペラを倒すことが目的なんじゃない。ただ、僕が自己満足の決着をつけたいだけなんだ』
過去との決着のために筋を通す。それは、意地だ。
『ふっ、何が過去との決別だ……笑わせるな、お前に未来などない!』
決めに来た! ノッペラ、早い!
『ッ、あるかないかじゃない! 未来は作る! そして、掴むッ!』
痛みに堪えながら、ラガイアも立った。全身に闇の衣を纏って、軽快なフットワークでノッペラの周囲を回り、かく乱するような足捌きを見せる。
だが、見るのではなく、あくまで感じることで相手の攻撃を見切るノッペラには、意味がねえ!
『ダークステップ……』
『ほう。闇に紛れて自分の存在を薄くし、常に相手の意識の死角から仕掛ける戦法か……よほど私が恐いと見える!』
蝶のように舞い、蜂のように刺す。相手に反撃の隙を与えることなく、高速でヒット&アウェイを繰り返すつもりだったラガイアだが、一撃目にして繰り出したパンチの手首を捕まれた。
『相手の死角に回り込む? それは裏を返せば、正面から相手を倒せないと言ってるもの。あらゆるものが半端であり、心すら臆病な貴様が………誰を倒すとほざく!』
『ぐっ……か、金縛り………』
『逃げることも出来ず、ただ殴られることで後悔せよ。所詮はお前など、生まれてきたことすら間違いだった!』
拳の嵐が……
『ラガイアッ!』
豪腕から繰り出される拳! めり込み、捻り、貫通してしまうかのような威力。
逆流した胃液がラガイアから大量に吐き出され、全身にダメージが来てやがる。
『愛だの恋だの、バカな人間たちに感化されおって』
『がっ……あぐっ、……』
『目に見えるものしか見えぬお前の拳など、私には永久に届かん』
今すぐ戻って、あのノッペラ野郎をぶち殺す。それほどまでに俺の怒りメーターは振り切れていた。
だが……
『ふっ、ふふ………』
『どうした? ついに気でも触れたか?』
『いや……そうじゃないよ。本当だったんだな………って………そして……やっぱりって……』
既に虫の息だというのに、ラガイアは笑っていた。
『二年前の彼女のほうが………強かったよ………生温い情なんかじゃない……バカみたいに大きな愛情の力で戦ったフォルナ姫のほうが……もっと強く、そして僕は惨めだった』
二年前? フォルナ? 帝国での戦いか?
『僕も思ったよ。何故、彼女はあんなに強いんだろう。愛する人が助けに来たぐらいで、どうして? 愛だの恋だの生温いものを心のよりどころにするような人に、僕は何で勝てないのだろうか……ってね。でも、彼女は言ったよ』
――――その愛こそが、世界を変える力になると何故気づかないのです? 愛があったからこそ、ワタクシは何年もの切なさにも耐え、絶対に死ねないと誓ってあらゆる死地を乗り越えてきましたわ
『ふん、くだらん。そのような生温い想いで越えられないのが現実だ。そのような甘えに生きるものに世界は変えられぬ』
『ふふ、ははは……やっぱ血は繋がっていたんだね、僕とあなたは』
『なに?』
『僕も当時は、一字一句違うことなく、同じことを言ったよ………でも! 今は違う! 僕はもう、愛がどれだけ強いか知っている!』
その瞬間、ラガイアが自分の首を掴むノッペラの二の腕に膝蹴り! あっ、惜しい! 一瞬で手を離されて逃げられたか。
だが、不意を突いた攻撃を回避されたことに、ラガイアは悔しさなんて見せねえ。
それどころか、湧き上がってくる何かを抑えきれねえかのように、あいつは……
『ノッペラ。愛を知らないあなたに、世界なんて変えられないよ』
『ぬうっ! 金縛りを、自力で破っただと?』
思わぬ反撃に距離を取ろうとするノッペラ。だが、ラガイアは止まらねえ。
『ちっ! だが、それでは先ほどと何も変わらぬ。お前では私には―――――』
先ほどと同じように、ラガイアの攻撃する拳を掴もうとしたノッペラ。だが、寸前でラガイアは手首を捻って回避。
偶然か? なら、次の拳は? 再び逆の死角から回りこんだラガイアがノッペラの延髄目掛けて右ストレート。それをノッペラは一瞬で察知し、カウンターを併せようとした瞬間――――――
『な………に?』
ノッペラの振り向き様のカウンターに対して、寸前に拳を停止。
ラガイアの攻撃にカウンターを併せようとしたのに、急停止されたことで体を無防備に投げ出した状態で拳を放ったノッペラは動きを止められない。
ここまで来れば、たとえ相手の攻撃が来ると分かっても、体が言うことをきかない!
『ダーククロス!』
思わず立ち上がり、拳を上げて俺は雄叫びを上げていた。
ダーククロス? あのよ、いかにもファンタジーっぽい技名だけど、要するに、クロスカウンターじゃねえかよ!
『ぐっ、こ、がはっ!』
しかも、的確に顎にピンポイントに打ち込んだ! 一撃で足に来てやがる。
ノッペラの足元がぐらついている。
『おのれ、このクソガキめがっ!』
『これで、分かっていても体が動かないだろう?』
『ッ!』
そこからは、正に舞いのようだった。再び息を吹き返したラガイアのフットワーク。
反応が鈍くなったノッペラを周囲から攻め立てる。
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