第432話 マッキーが背負ったもの
幼い子供たちが無邪気に歌を歌ったり、ダンスの練習をしたり、見ているだけで微笑ましい状況の中、数日前に俺たちに対してしたことをまるで反省した様子もないマッキーは、俺たち空いている椅子に座れと誘った。
「マッキーラビット! 貴様ァ!」
ウラたちが殺気を飛ばして今にも飛びかかりそうな様子を見せるも、状況が状況だ。
「落ち着け、ウラ」
「ヴェルト、しかし!」
「いいから黙って座ってろ」
「うぐっ」
こんな場所でおっぱじめるわけにもいかねえ。下手したら巻き込まれるガキだっているしな。
それに、なんかコスモスが仲良くなったっぽい友達の前で、戦いを始めるのも気が引ける。
俺はマッキーの言うように、そのまま椅子に座ってやった。
「ひははははは、ウラちゃん、エルジェラちゃんも座れば~? ってか、仲間増えてる増えてる。何でいつもそうなの? ヴェルトくん」
「誰かさんが裏切ってくれたおかげで、こんなことになっちまった」
「そう言うなよ~、コスモスちゃんの安全は約束してあげたでしょ?」
「裏切りもんの口約束ほど信用できねえもんはねえ」
裏切り者。その言葉を受けたマッキーの目尻が少し動いたような気がした。
反応するってことは、悪気はあるってことか。
「それで?」
「ん?」
「テメエが背負い込んだ責任とかってやつは、なんだったんだよ。魔族大陸でそんなこと言ってたろ?」
こいつは外道なこともクズいこともいくらでもやってきた。
だが、それでも、あのゴミ島で前世と決別したことで、俺たちと同じように、こいつもまたこの世界で生きていこうと思ったはず。
だから、本当は分かっている。あんな顔を見せられたら、分かっている。
こいつが、心を傷つけながら俺らから離れたことを。
「言ったら、……俺を理解してくれんの? ヴェルトくん」
自嘲気味に笑うマッキーは、やはり以前のように狂った様子はない。
それは、こいつらしくない。俺もメンドクセーなと思いながら溜息はいた。
「テメエらはコスモスを攫った。そこに居るバカ女が原因で、タイラーを始め、多くのやつらが死んだ。もう、取り返しはつかねえよ」
「……だよね」
「だが、テメェにはそれでも借りはある。短い期間とはいえ、テメエが居たから助かったこととかな。だから、テメエに死んでもらうには、それを全部返してからにしてえとは思ってる」
あの監獄の脱獄から全て始まった。温泉街行ったり、カジノ行ったり、エルファーシア王国行ったり、ゴミ島行ったり、魔族大陸行ったりもした。
「テメエがこのまま、外で戦ってる亜人だろうと、人類大連合軍でも世界連合でも、どこに捕まったって、テメェもそこの馬鹿女も死刑間違いなしだ。分かってたはずだ。それなのに、マッキー、テメエはどうしてそうなっちまった」
「……どうして今なのかね~? いつもの君なら、運がねえだろとか、興味ねえで終わらせて、すぐに俺なんかボコっちゃうくせに」
「ああ、そうだな。どうでもいいやつには、それで済ませてるよ。どーでもいいやつはな」
どうでもいいやつなら、言い訳を聞く気もねえし、興味もねえ。だからこそ、これは別なんだ。
「やっぱ、父親になるとパナイ丸くなっちゃうのかね~、ヴェルトくん」
「大人になろうとしてるのさ。前世からかなり時間がかかってるがな」
その意味を、こいつも理解したのか、どこか切なそうに笑った。
だが……
「アハハハハハハハハハハ、それこそどーでもいいよ、ヴェルトくん! そーだよね、マッキー?」
狂ったように笑ったのは、こいつの方だった。
着ぐるみかぶっていない素顔だからこそ、より鮮明に分かる。
こいつの目……
「マッキーはもう、マニーから離れないだから。マニーと『ピースちゃん』と、ず~~~~っと一緒に暮らすんだから。ね? そうでしょ、マッキ~」
既に、壊れた目だ。光沢の消えた虚ろな目。
歪んだ口はだらしなく、ダランとしている。
もう、こいつは…………
「ピースちゃん? コスモスが仲良くなったって、あのガキか? 一体……」
「俺とマニーちゃんの子供だよ……ヴェルトくん」
「ほう……ん? ……ぶっぼぉ!?」
よし、俺たちの紅茶返せ。
これまで黙って俺たちの会話を聞いてたウラたちも一斉に吹き出した。
「こ、こど、こど、子供……」
となると、何だか色んなものが頭の中に繋がってきた。
責任だとか、もうそういうあたりの意味が。
「……ちょっと待て、それじゃあ……」
「二年前、実は既に出産間近だったみたい。帝国襲ったあたり? でも、あん時は、あんまマニーちゃんと寝てなかったし、マニーちゃんは着ぐるみ着てたから腹とか分からなかったし?」
「……よし、全部テメェのせいだ」
「そうだよ、俺の所為だよ、ヴェルトくん。そして、俺が君と再会さえしなければ……俺はこの世界を恨んだまま、人の親になろうなんて微塵も思わなかったよ……」
振り返ると、コスモスと手をつなぎながら歌を歌っているピース。
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、一生懸命頑張ってる姿は、なんかコイツの娘とは思えないんだが、それでも素顔のマニーの面影を感じる。
つうか、普通に礼儀正しい良い子っぽいんだが。
「まあ、親になろうとする分、いくらかマシなんじゃねえの? さっきも、自分の血を引いたはずの息子を認めねえクソ野郎居たしな。でも、テメエは違う」
不意に、ノッペラとラガイアを思い出した。あの二人からすれば、まあマシなんじゃねえの?
「ピイトも言ってたよ。たとえダメなことだと分かっていても、子供のためなら何でもするってな。多分、俺もそうだと思う。だから……お前がどうしようもなかったってのは、まあ、分かったよ」
だが、それならそれで、疑問が出てくる。
「でも、それなら、マニーを説得するとか出来なかったのか? こんな取り返しのつかねえ戦争まで起こしやがって。ロアや、魔王ヴェンバイ、そしてママンを洗脳し、エロスヴィッチたちを牢に閉じ込めて……」
「マニーちゃんを止めることができないって分かってたからこそだね。まあ、今のマニーちゃんがこんなんなっちゃったのは、俺や聖騎士の所為だからさ」
かもしれねえな。俺にも分かる。
心が壊れそうだった、フォルナを見ていたからこそ分かる。もし、記憶が戻ったとき、俺がフォルナを心から拒絶でもしようもんなら、フォルナは完全に心を壊していた。
でも、マニーはもう違う。壊れそうなんじゃねえ。壊れてるんだ。
「うふ、うふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふ! あーっはっはっはっはっはっは! そんな顔しないでよ~、ヴェルトくん! 別にいいでしょ~? だって、私がタイラー殺したおかげで、ヴェルトくんのことを世界が思い出したんだからさ!」
せめて、一緒に居てやることしかできない。
子供の時に世界から忘れられ、それから心を通わしたマッキーと暮らすも、そのマッキーも前世の記憶を取り戻したことによって狂っちまった。
その期間はきっと、一年や二年じゃきかねーんだろうな。
それこそ、十年近い歳月をずっとそうやって過ごしたから、もう、常識も何もかもがズレたまま大人になった。それが、マニーだ。
「くははは……責任とってマニーを殺すってのも、お前にはできないか、マッキー。だって、……子供も居るしな」
「……うん」
それを、マッキーは理解している。だからこそ、説得もクソもない。
生まれた子供と一緒に、マニーを受け入れてやることでしか、自分の取れる責任がないと思っているんだ。
だからこそ、俺たちを裏切ることを選んだ。
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