第403話 最悪の二人が完全復活

「ぐわはははは、ヴィッチがカイザーに惚れておったのは知っておったが、キロロ……おぬしは、あの独眼小僧が好きだったのか? キシンはそんなこと言っておらんかったがのう」

「みんなが、ラガイアを不浄な人間の血を引くものと言って、色眼鏡で見る。だから私も言えなかった。おじさんにも、父にも母にも……でも、そんな世界を私が変えるはずだった……でも、もうそれは叶わない」


 言えば言うほど、キロロの目が暗黒の絶望に染まっていく。この世の全てを拒絶するかのように。


「ラガイアが追放され、行方不明になった日から私の時間も止まった。ラガイア観察日記、ラガイアの洗濯前下着、ラガイア歯ブラシ、ラガイアのぬくもりの残ったシーツ、網掛けのラガイア人形も、ラガイア……ラガイア……ラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイアラガイア」


 怖い、怖いよこの子。誰だよ、鬼カワ魔王とか名づけたやつ! いや、キシンか?

 ただの、鬼ストーカーじゃねえかよ!

 俺たちはゾッとして半歩後ろに下がっちまった。


「ず、随分と病んでますね~……ニート君、ほんと、彼女が私で良かったですね~」

「……ロリビッチにクーデレストーカー……朝倉の嫁が普通に見える」

「フォルナ……お前がこんなふうにならなくて、本当に良かった」

「な、なぜ、ですの? わ、ワタクシはここまでには……いえ、ヴェルトを本当に失っていたらたぶん……」

「おい、婿……こいつら……気持ち悪いぞ?」


 心の底からそう思った。

 そして、カー君のダチとして、そしてラガイアの兄貴として、この二人のサイコ女に二人のことを教えるわけには……


「二人なら、地上で暴れとるぞ?」

「な?」

「えっ?」


 コラアアアアアアアアアアアアアア、イーサムッ!


「おい、イーサムッ!」

「ぐわははははははは、のう、ヴィッチ、キロロ、おぬしらの愛する二人は、今、ヴェルトの仲間としてラブ・アンド・マニーと戦っておるぞ?」


 イーサムはバラした。アッサリと。

 するとどうだ? その瞬間、エロスヴィッチとキロロの表情が変わった。


「カイザーが……い、生きて……うそなのだ!」

「ラガイアが? うそ……そんな……うそ!」


 最初は、愛する人の生存に、少女らしく可愛らしい涙の表情を浮かべながら……

 しかし、その数秒後には……



「嘘ではないぞ? ワシも驚いたが、カイザーは死んだことにされて、生きたまま人間どもに捕らえられとったようでな。それを解放したのが、そこのヴェルトじゃ。独眼小僧は良く知らんが、確かにヴェルトのことを、お兄ちゃんお兄ちゃん言っておったぞ?」



 数秒後には空気が変わった。

 陰鬱な地獄の底のような空気が一変し、まるで暗闇のジャングルの中、密林の奥から腹をすかせた肉食獣が……



「……………………………………………………じゅるり」


「……………………………………………………くす」



 獲物を見つけたかのように、両目を大きく見開いて、そして邪悪なオーラを発している。

 ゾクッと寒気がする感覚。まるで目の前で巨大な大蛇が舌を出して、今にも獲物を丸呑みしそうな瞬間を目の当たりにするカエルになった気分だ。

 そんな空気の中で。



「ケケケケケケケ、見つけたぜ、テメェら!」



 そんな空気の中で、それをぶち壊すかのように変な奴が現れた。



「ピイト、そしてグーファの役立たずが失敗したようだが、ついてるぜ。特別手当が期待できそうだ。まさか地底世界からこんなところまで来ていたとはな」



 しかし、変な奴が空気をぶち壊す勢いで現れたというのに、何故か俺たちはまるで驚かなかった。

 何故なら、空気がまるでブチ壊れなかったからだ。



「俺はこのランドでバカやった奴らを監獄にぶち込んで管理する、ラブ・アンド・ピース、最高幹部の一人! その名も――――――」



 そいつも何かの着ぐるみを着ていたと思われる。

 最高幹部を名乗るぐらいだから、そこそこ強かったんだと思われる。

 イーサムが居るのに自信満々に現れるからには、自分の力にも自信があったと思われる。

 だが、ラブ・アンド・ピースは、そして世界はこの瞬間まで気づいていなかった。



「ふふふふふふふふふふふふふふふふ、そう、カイザーが……ぐふ」


「理解した。私はもう破滅したと思っていた。しかし違った。……もう、後悔しない……誰にも渡さない」



 世界はきっと、こう評価していた。

 ラブ・アンド・ピースの襲撃により、四獅天亜人のエロスヴィッチと、新七大魔王のキロロは敗れたのだと。

 しかし、愛するものを失った悲しみの底で、これまでの日々、真の力を解放することもできずに、ただ、息をする屍のように動いてたとしたら。

 愛してやまない男の生存を知ってしまったら?


「透過魔法……トランスミッション……」


 たった一言そう呟いただけで、全身を拘束されていたはずのキロロが、何事も無かったかのように「檻」を「すり抜け」て出てきた。


「……はっ?」


 変な男が登場したことより、こっちの方がビックリしたわ! なんだよ、そりゃ!


「お、おいおいおいおい……魔力が尽きてるから、すり抜けられないんじゃ……」

「回復した。……たぶん、愛の力……ポッ」


 あまり照れてるようには見えないが、なんか普通にそんなことを言って出てきたキロロに、登場した誰かさんも絶句。


「……なっ……えっ?」

「ちょっ、なにやったんですか、あの人!」

 

 いや、マジで何があった? 


「ぐわははは、便利じゃのう。自身の肉体を分解することにより、あらゆる物質や物理的攻撃からすり抜ける……透過魔法」


 この鬼、リアル透明人間かよ!


「おの、れ……だが、それほど高度な魔法は頻繁には使えまい! 実質、貴様は戦いの最中に魔力の底がつきてそこに居る! また、同じ目に合わせてやる!」


 負けじと叫ぶ誰かさんだが、小さな体から溢れる異形な瘴気が一気に溢れ、キロロは誰かさんに指差した。


「そこをどく。どかなければ……あなたを素粒子まで分解する。こんなふうに……」


 そう言い放ったキロロは傍にあった檻に手を触れる。

 すると、そこにあった巨大で頑丈そうな檻は、途端に砂のように一気に崩れ去り、跡形もなく消え去ってしまった。


「んなっ!」


 絶句する、最高幹部の誰かさん。

 気づけば、捕らわれていたはずのゼツキや他の鬼たちが次々と解放され、そして……



「ぐふふふふふふふ、気分がいいのだ……今、会いに行くのだ……カイザ~♡」



 トロンとした表情で、さっきまでの陰鬱な雰囲気と一変し、幼女のくせに扇情的でどこかイッちまった目で笑うエロスヴィッチは、スキップしながら誰かさんの横を通り過ぎようとする。


「ちょ……ちょっと待て、貴様ら! ええい、おとなしくしろ! この俺を誰だか知らないようだな。もう一度全員地獄を見せてやる! 俺は、ラブ・アンド・ピース最高幹部の一人――――――――」


 通り過ぎようとするエロスヴィッチを慌てて止めようとする、勇敢なのか無謀なのか分からない誰かさん。

 しかし、その手がエロスヴィッチに触れようとした瞬間、エロスヴィッチの尻尾から、ピンク色の霧が溢れ出し、誰かさんを包み込んだ。


「は、はうわ! なな、なんだ、こ、これはっ!」


 ピンク色の霧につつまれ慌てだす誰かさん。そしてその表情は次第に真っ赤になり、なんかやけに興奮したように息を切らし、やがて目がハートになって四つん這いになりやがった。


誘惑洗脳術テンプテーションブレインコントロール


 あっ、もう次の展開が読めた……



「はうわああああ! はあはあはあはあはあはあはあはあ、ああ~、愛しのヴィッチた~ん! 俺は卑しい卑しい駄犬ですのら~!」



 こ、これは……やっぱ、そういうやつか……

 フィアリの幻術同様、ドン引きするぐらい恐ろしい……


「ぐふふふ、犬、わらわに何をしようとしたのだ?」

「はいいい、この卑しい駄犬はヴィッチさまのプニプニお肌に触れようとしたのら~!」

「ほうほう、卑しいのだ。わらわに触れようなど……まさか、アソコを勃たせているのかなのだ?」

「いいいええええ、滅相もありません。私は決して勃ってなど、はうわああああああああ!」

「何故、勃っていないのだ? わらわに魅力がないと?」

「い、いえ、ああああ、ヴィッチたんのご褒美、鋭角にその小さな足でグリグリと……おぐわあああ、潰れるどころかそそり勃っ、ぐわぎゃああああ」

「お前……何を勃たせているのだ。殺すのだ?」


 えええ~~~~~~? もう、なんなのこのガキ……


「バツなのだ。そこで自分でシゴいて、今日中に百回出すまで動くななのだ」

「はいいい、た、ただちにやります!」


 最高幹部……が……


「いやあああ、ヴェヴェ、ヴェルト~!」

「ひゃうわあああ、ニート君!」

「婿~~~~~! なにあれ!」


 いきなりズボンを脱いで、公衆の面前だというのに、その、まあ……うん、その最高幹部さんの痴態に思わず悲鳴を上げて飛びついてくる、フォルナたちの反応を見るからに、「ああ、こいつらは正常な女なんだな」という気持ちにさせられた。


「キロロ様……エロスヴィッチ……」

「おい、リモコンのヴェルト。イーサム。おぬしら、とんでもない二人をこの世に解き放ってしもうたぞ?」


 ドサクサに解放されたゼツキたち。

 しかし、そんなゼツキたちも、そしてイーサムや俺たちすら眼中にないのか、二人の女は並ぶように歩き出した。



「ふふ。じゅるり。ふふ、ヨダレが……カイザ~……わらわが、今ゆくぞ?」


「ラガイア……ラガイアを傷つけるもの、全員殺す」



 ある意味で、四獅天亜人の淫獣女帝エロスヴィッチと、新七大魔王の鬼カワ魔王キロロが、真の意味で世界に誕生……いや、完全復活した瞬間でもあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る