第358話 出発準備

「ルンバ。お前は皆と合流し、待機して欲しい。世界がこんな状況下だ、戦力を少しでも温存しておきたい」

「分かりましたであります、ウラ姫様。どうか無理をなさらず、御武運を」

「ガルバ。あなたはバーツ、シャウト、ドレミファたちと協力し、この場を頼みますわ。あと、ギャンザの手綱も緩めぬように」

「無論です。姫様はどうかご自身の成すべきことに、尽力ください」

「我が夫ラガイアよ。このような悲劇が我らの間を切り離そうとするが―――――」

「お願いだから僕の間合いに近づかないで欲しいんだけど」


 妙なオチも付いたところで、とりあえずこれで形は出来たな。

 昨日もジックリ休んだ。

 もう、これ以上は足止めされねえ。

 俺はもう爆発寸前まで来てるんだからな。



「ウガオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 待ってろ、コスモスゥーーーーっ! 薄汚いドブウサギどもまとめて駆除してやる!」



 早くしないと、チーちゃんも爆発しそうだ。


「やれやれ。それにして、あの監獄。俺とマッキーから始まったのに、今じゃそのマッキーが居なくなったかと思えば、それなのにこの豪華なメンツは壮観だな」


 俺、カー君、キシン、ジャック、ユズリハ、アルーシャ、アルテア、バルナンド、ウラ、エルジェラ、チーちゃん、ラガイア。

 そして、今日からこのメンツに、コイツまで加わることになった。


「行きますわ、ヴェルト。決して足手まといになりませんわ」

「ああ」


 少しだけ表情の陰りが消えたフォルナの目は、真っ直ぐだった。まあ、まだ少しだけ切なそうに微笑むところもあるけどな。

 ただ、そんな中で、お姫様には似つかわしくない安っぽいリボンを見て、俺は少し笑った。


「十七のくせに、随分とダセーリボンをつけてるじゃねえか?」

「大きなお世話ですわ。これはワタクシの宝物。これは幼い頃、世界一愛する方からのプレゼントですもの」


 先日までと同じやりとりだが、今では全然違う。

 その空気が、俺には少しだけ心地よいと感じた。

 

「ひっぐ、うん、うん、良かった、また、見れて、良かったよ~」


 ってか、俺とフォルナが並んでるだけで、サンヌ泣いてるんだけど?

 いや、別に仲直りしてねーよ? 勘違いするんじゃないよ? って言おうと思ったが、いかにもツンデレのような気がして、やめた。

 またからかわれるかもしれねーし。


「ふふ、よろしくね、フォルナ」

「アルーシャ……あなたにも本当に心配を……それに、あなたからの叱咤がなければワタクシは……」

「塩を送るのはこれまでよ? 私にだって余裕はないんだから。でもね、安心なさい。まだ、私たちの誰も……ヴェルト君と肌を重ねてないから。まあ、唇だけは重ねたけどね」

「ッ!」


 おいおい、そして今から修学旅行に行くわけでもねえのに、なんだか高校生みたいな恋バナ咲かしてるお前ら、分かってんのか?


「ふん、また増えた」


 そんな時、少しつまらなそうにユズリハが俺の袖を引っ張った。ちょっと頬を膨らませて、「構え」と言ってるように見える。


「ユズリハ、そういや、体は大丈夫か?」


 顔はすましているが、先日は地底族に腹を抉られ、重症負わされてるんだ。

 いくらドラゴンの血を引いてようと、完全完治とまではいかないだろうからな。


「悪いに決まってる。お前の所為で私がキズモノになったんだ。ちゃんと、責任取るんだぞ? 痛くて、お腹を庇って戦わなくちゃいけない」


 言い方! 言い方! あと、腹を意味ありげに摩るな! ほら、なんかアルーシャとフォルナが勘違いしちゃったのか、笑顔で会話止めてこっちを凝視してるじゃねえか。


「やれやれだゾウ……」

「どうじゃ、カイザーよ。ここに居ると、やらねばならぬことは理解しても、それを忘れさせてくれるのう」

「バルナンド殿……」

「これから戦わねばならないのは、ある意味では世界と言って差し支えないのにのう」

「いや……良いと思うぞ。笑い、怒り、愛し、喧嘩し、友情を育み……生きているという感覚がするゾウ。それが、正義や大義よりも、生命として最も大事なことかもしれぬゾウ」

「ふふ、そうじゃのう。ワシも青春が時を越えてよみがえった。いや、五百歳に比べれば若造か」


 ん? なんか、後ろからアルーシャやウラたちに「ロリヴェル」とか言ってチョークスリーパー食らわされてるところで、なんか日和った爺さんみたいな顔でカー君とバルナンドが話してる。


「バルナンド……ブラックダックという人物が? あのハイエルフの国を……そしておぬしの子を……」

「うむ」

「復讐か?」

「どうじゃろうな。恨んどらんと言うほど達観しとらん。しかし、それを知っても憎しみに支配されているわけでもない。ヴェルトくんを始め、今の仲間たちは複雑な運命に絡まって、下手したら敵同士だったかもしれぬのじゃ。そう考えると、私怨を今更持ち出すのも違う気がする」

「ならばどうするゾウ?」

「分からぬ。じゃが、決着は付けねばならん……それだけは分かる。そうせねば、ワシも死んでも死にきれん」


 何を話しているかは分からないが、二人の空気は、この二人だからできる会話ってものがあるんだろうと感じさせた。

 多分、バルナンドは俺たちの前ではあんな顔して何かを話さないだろう。たとえ前世のクラスメートだろうと、今じゃ人生経験が違う。

 カー君もバルナンドも、年長に近い二人だからこそできる会話と空気があって、何だかそれが少し「いいな」と感じた。


「Here we go! レッツパーティー!」

「オメーに関しては歳もかなりいってるくせに、全然変わらないのな、キシン」

「ン?」


 こいつも年齢的にはかなりイってるはずなんだけどなと思いつつ、俺たちの準備も別れも一通り済、俺たちは竜化したジャックの背中に飛び乗っていく。



「もう行くのか。慌ただしい連中だ」



 あっ……


「よう」

「ふん。あんなことがあったというのに、相変わらずか」


 俺たちが今まさに旅立とうとした瞬間、フラリとこの世界同盟の陣営の中に現れたのは、本来世界同盟の標的となるはずだった、魔族の王の一人。


「ネフェルティ。元気そうだな」

「まあな。私はそれほど戦ってはいないからな。まあ、ジャレンガ王子は今も寝込んでいるがな」

「そうか。まあ、あんたにも世話になったな。下世話なことから数限りなくな」

「そう言うな。誰の厚意でこの砂漠を野戦病院として土地を貸出していると思っている。本来であれば。今回手に入った死体を使って皆殺しにしているところだ」


 ネフェルティの言い分はもっともだ。

 勝手に攻め込んできた世界同盟を今こそ潰すチャンスだってのに、ちゃんと休戦を受け入れた。

 まあ、今じゃ魔族大陸も色々とゴチャゴチャしているから分からなくもねえがな。


「他の連中は?」

「ラクシャサは一度国に帰り、もう一つの大戦があった場所の調査に行った。ルシフェルはジャレンガ王子の代わりに一度ヤヴァイ魔王国に戻り、状況確認だそうだ」

「そっか……みんな色々メンドーだな」


 そうか、ルシフェルは帰ったのか……「あいつ」のことをもっと聞きたかったが……


「ッ、魔王ネフェルティ。この度はあなた方の心遣いには言葉も出ぬ程の……」

「よせ、フォルナ姫とやら。この借りは、いずれ政治の場で見返りとして何かを返してもらえればいい」

「ですが……」

「まあ、このまま休戦がうまくいくかは、世界同盟がどうというよりも、そこの無能な聖騎士どもがどうするかだがな」


 ネフェルティが挑発的な言葉をヴォルドに浴びせると、ヴォルドは無言で振り返った。

 おお、一触即発だ。いいぞ、もっと言え。

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