第357話 償う機会


 気づけば少し熱く叫んでいた俺の背後で、アルーシャたちが何かコソコソ話してる。



「ねえ、キシンくん。結局、ヴェルト君ってフォルナたちをイジメてるけど、怒ってるんじゃないの? 今も庇ってるけど」


「ふっ、イジメはヴェルトのポーズだ。ようするに、ヴェルトがプリンセス・フォルナたちをイージーに許したら、『所詮その程度の問題』ということで片付けられる。バット、それではあまりにも不憫」


「せやせや。ようするに、『おどれらに忘れられたことは、こんなに根に持つぐらいキツイことやった。おどれらの存在は自分にはそれだけ大きい事なんや』っていう、愛情表現のようなもんや。ほれ、宮本……いや、バルナンド。あいつの前世のアダ名はなんやった?」


「ツンデレヤンキー……なんともまあ、不器用な男じゃな。のう、アルテアさん」


「スゲーめんどくせーやつ」



 おい、そこ! 聞こえてんだよ! 何をコソコソコソコソ話してやがる!

 つうか、キシンとジャックは何でそんな深読みしてんだよ、マジで恥ずかしいからやめろよな!



「うう、うるうううせい! とにかくだ、誰も調子に乗るんじゃねえ! フォルナも、テメェらも、そう簡単に許してやらねえから、メッチャいびってやるから覚悟しろコラッ!」



 なんか、急に自分でも口がうまく回らなくなった。すると、フォルナは発狂死寸前だった表情から、何だか少し落ち着きだし、そしてほんの少しだけ俺に微笑んだ。



「ええ、分かっていますわ、ヴェルト。そう簡単に許されてしまったら、本当に立ち直れないところでしたわ」


「…………だな…………」



 別に許したわけじゃねえ。それでも、フォルナは絶望からほんの少しだけ救われたような表情をしていた。

 今すぐに許してもこいつは納得しない。

 ふざけてようとも、俺だってこれだけ根に持ってたって少し当たってやるぐらいが、こいつも気が楽だろう。

 だから、こうやって当たって、それでいてなお、こいつに形だけでも償いの機会を与えてやれば…………


「だが、どっちが正しいとか、何が正しいとか、それを今言っても仕方ねえってのは、テメエに賛成だ、ヴォルド。俺たちは、ランドに行く。何としてもコスモスを連れ戻すためにな。そのためには、あの邪魔なラブ・アンド・ピースども、そして何よりもあのウザったいカラクリモンスターをどうにかする必要がある」


 その機会を、俺はフォルナに与える。



「あのカラクリモンスターを手っ取り早く片付けるには、雷の力が有効だった。だから、手を貸せ、フォルナ。俺の家族を救うため、馬車馬のごとく働きな」


「えっ?」


「まあ、来る来ないはフォルナの意思に任せるけどな」



 そこで、意外だったのか、フォルナが聞き返してきた。

 そこには幼馴染連中だけじゃなく、俺の仲間たちまで驚いているが、それでも俺は言ってやった。



「俺の愛する家族を助けるために、命を懸ける。これ以上ないシチュエーションだと思うぞ?」


「ワタクシが……あなたと?」


「ああ。今の半壊しちまった世界同盟を放ったらかして来るか、それとも昔の男を選ぶか……俺のことを覚えている、フォルナ・エルファーシアが考えて決めろ」



 そう、究極の選択だ。

 人類のため、世界のため、正義のため、その意思と共に集った人類大連合軍。

 それが、天空族を含めてこの状況。そしてその中心に居るべき、真勇者ロアもこの場に居ない。

 だからこそ、今のフォルナの存在は、世界同盟にとってどれほど精神的支柱なのかは俺だって分かる。

 そのフォルナに、俺を選ぶか、世界同盟を選ぶかを選択させる。我ながらエグい発想だった。

 だが、俺自身は究極だと思ったこの問いかけに対し、フォルナはどこか好戦的に笑った。


「これだけ傷つき、そしてズタズタに引き裂かれても……ワタクシの心も体も正直なものですわ」


 自嘲気味に言いながら、フォルナの瞳がギラリと光っているのが分かる。

 すると、フォルナは迷うこともなく答えを言おうとした、次の瞬間……



「ヴェルト、ワタクシは―――――」


「「「「「フォルナ姫は行くに決まってんだろッ!!!!」」」」」



 フォルナが答える前に、バーツやシップ、サンヌ、ガルバたち全員が叫んだ。


「何のために勇者が十人居て十勇者だと思ってんだ! ここは俺たちが居る! 俺たちが、必ずフォルナ姫やロア王子の分の働きをしてみせる! 今度こそ、命に変えてもな!」

「私も頑張る! 今度こそ、大切なものを守ってみせるよ!」

「ようやく思い出したんだ! ようやく思い出したのに、こんなの我慢できるかよ! 俺たちだって戦ってんだ!」

「もし、フォルナ姫がここに残って世界同盟は立て直しても、ヴェルト君とフォルナ姫はそこで終わり。そんなのエルファーシア王国にとって何のメリットもないわ!」

「フォルナ姫、このガルバ、今こそ姫様の護衛の任を解かしていただき、この身は全力を持って世界同盟の立て直しに尽くすことを誓います! ですので、姫様は御心のままに!」


 つい先程まで、敗北と俺への罪悪感で絶望一色に染まっていたこいつらの瞳が、一転して熱い炎を纏ったかのように誰もが力強い意思を燃やしている。

 その想いにフォルナも笑って頷いた。


「ええ、ありがとう……みんな」


 それを見て、何だか俺はようやく帰ってきた気がした。


「見たか、ヴォルド」

「なるほど、これが本来のフォルナ姫だと言うことか」

「違うな、これが『本来』の『エルファーシア王国』なんだよ」


 そう、姫様と農家のバカ息子の恋愛を微笑ましそうにしながら、何故か国中が後押しして応援する。


「つーわけで、コスモス救ってさっさとエルジェラと新婚初夜にでも洒落込むか。あっ、フォルナはその時、コスモスの面倒を見てくれよ?」

「……………………ぐはつあっ!」

「ヴェルト様! そんな、それではフォルナ姫があまりに……いえ、その、ヴェルト様と契を交わすのは、私としては望むところではありますが」

「待て待て! ヴェルト! エルジェラと二人目を作る前に、まずは私と一人目を!」

「待ちなさい、ウラ姫! それなら私にも権利が!」

「フォルナ姫頑張ってください! 今はまだこらえてください!」

「いつか、ヴェルトが許してくれる日まで、今はまだ耐えてください!」


 それが俺の生まれ育った、あの国の本当の姿。

 平和で、そしてどいつもこいつもバカばかりで……



「っしゃ、行くぜ! ランドへ団体ツアーだ! 俺たちがモニターとして、しっかりとアンケートにでも答えてやろうじゃねえか!」



 ほんと、やっぱこいつらが俺の故郷なんだよな……口に出しては言わねえけど。


「ふっ、愉快な男だ」

「リガンティナお姉様?」

「私は残ろう。だからエルジェラ、娘と夫をしっかりと支えろ」

「っ、ええ! もちろんです! って、お姉様! サラッと立ち去ろうとするのは良いですが、その前にその腰元に抱えて猿轡されているラガイアさんを離して下さい!」

「………………では、武運を祈る!」

「お姉様!」


 って、あの女、こんな感動的な光景で、何をドサクサに紛れてラガイアを誘拐しようとしてやがる!


「ちょ、テメェ、ラガイアを返せ!」

「むー、ぐーむー!」

「では、我が義弟ヴェルトよ、我が妹と姪を頼んだぞ! 世界同盟の立て直しは、私と夫に任せろ!」

「ザケンナコラッ! おい、バーツ、ガルバ、テメェら、あの女をとっ捕まえろ! 命令だ!」

「えっ、ヴェルト……はは、それは逆らえねーな! よし、リガンティナ姫を捕まえるぞ!」

「仕方ないわね、包囲網を敷くわ!」

「外の連中にも連絡だ! いくぜー! ヴェルトの命令だもんな!」


 最後の最後で色々と台無しにしてくれたリガンティナ。

 とりあえずラガイアは奪い返せたが、出発が微妙に遅れた。

 だが、その出発が遅れるまで繰り広げられた大捕物のような追いかけっこは、どこか陰鬱になっていた世界同盟の空気を和らげ、少しだけこの一帯に笑が溢れていたような気がした。

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