第356話 ごめんなさい

 おお、堪えてるよ、フォルナは。


「……わ、ワタクシは……ヴェル……あなたに……」


 昔なら、感情任せに大泣きして、騒いで暴れる金色の嫉妬だったが、今は違う。

 だが、それは騒ぐ力を失うほど全身の力を失っていることも意味している。

 なまじフォルナ側に非がある分、フォルナ自身も理解しているんだ。

 こいつは「言われても、嫌われても仕方ないことをしてしまった」と、理解しているからこそ、言えないんだ。


「ヴェルト君……ッ、その、お願い。これ以上、フォルナをイジメてあげないで。そもそもあなたは……」

「へい、ストップ、アルーシャ」

「ッ、キシン君」


 見るに見かねたアルーシャが、フォルナを哀れんで俺を止めようとするが、それをキシン、そして……


「せやせや、やらしとき。鮫島の娘はんも、天使の姉ちゃんも止めたらアカン」

「ッ、なにをする、離せ!」

「そんな……確かに私たちがヴェルト様にしてしまったことは……ですが、これではフォルナさんが不憫」


 キシンがアルーシャ、そして同じように俺を止めようとした、ウラとエルジェラをジャックが抑えて止めた


「ちょっと、どういうことよ、二人して!」

「へい、クールダウン」

「まっ、ここはヴェルトにやらしとき」


 なんか、キシンとジャックが、俺の心を全て見透かしたかのようにウインクしてくる。

 何だかそれが少し気恥ずかしく感じた。


「なあ、ヴォルド」

「なんだ?」

「その、ランドとやらには、お城はあるのか?」

「……城? まあ、確かにあるが、それがどうした?」


 まあ、マッキーが設計に携わってたなら、あると思うけどな。

 すると、俺の問いかけに、アルーシャがハッとした。


「お城……ランドのお城での結婚式は……女性なら誰もが一度は憧れる夢……」

「えっ?」

「なっ?」


 はい、そこで固まるな。アルーシャ、お前は何をフルフル震えてやがる。

 ウラもエルジェラも「結婚式?」で反応。つか、ウラ、お前とはもうやったじゃん。


「って、私ったら何を考えているのよ。所詮は作り物の偽物なんだから、いちいち考える必要も無いわ。でも、ちょっと待って? これはマッキー君が考えたのよね。女の子に人気のあった彼は、前世のランドには何度も行ってるはずよね? 確か、年間パスポートも持っていたはず。ならば、細部にまでこだわっているはずだし、お城だってクオリティが高いはず。っ、そうではないわ。私ったら何を考えているのかしら、そもそも私がヴェルト君と結婚するなら、合計二回。エルファーシア王国とアークライン帝国両方で行うに決まっているじゃない。それをどうして偽物のテーマパークで行う必要があるのよ。って、そうではないわ。今の私がすべきことはフォルナをイジメるヴェルト君を止めることよ。私は、小さい頃からフォルナの気持ちを知っているもの。そして、この悪夢のような二年間を全て理解したこの子の苦しみを………そうよ、こんなことで、ヴェルト君とフォルナの物語が終わりだなんて許さないわ。例え、フォルナが私にとっての最大のライバルであり、もしここでフォルナが嫌われたら、私がヴェルト君を独占する時間とか構ってもらえる時間が多くなるとか、子供を作るときも……あら? 私にとってはこのままの方が……ッ、私は何を! そんな最低なことを考えるなんてどうかしているわ。フォルナ、ウラ姫、エルジェラ皇女、そして私。これが最強の布陣。これを崩して……でも、最近ユズリハ姫のヴェルト君を見る目とか……アルテアさんは本音がイマイチ分からないけど……で、でも、そんなこと関係ないわ。お嫁さんがたくさんいたって、構わないじゃない。そこに私が居て、それでフォルナも笑顔になって、誰も悲しまなくて良い世界が作られるのなら、私はフォルナとの友情を蔑ろになんかしないわ。ここは、………ん? でも、ちょっと待って? 現状……もし、お嫁さん同士で順位をつけるなら? トップは……エルジェラ皇女よね。可愛い子供も居て、三人ラブラブ幸せ家族。二位は……悔しいけど、ウラ姫? 記憶も取り戻したし、何より十歳の頃から一緒に暮らしてそのピッタリあった息も既に熟年夫婦に達し、一緒にラーメン屋を手伝えるという強みも。そして何よりも、親代わりの先生一家の公認であり、そして今ではその結婚式を世界中に放映されて、全魔族に祝福されているわ! となると、次は……ちょっと待って? 私、ヴェルト君と何度か身体的な接触や告白とかはしたけど、……前世のクラスメート以外に強みは……そして、そんな状況下でヴェルト君がフォルナを受け入れたら……あれ? 一番順位が低いのって……私? ちょっ、私ってば、何を余裕な態度を取っていたのよ! 立場が一番危ういのは私じゃない! もし、恋と愛を大切にするのであれば、それこそいつかの結婚式がどうとかではなく……いつかじゃなくて、今じゃないの! ランド……これは、もはや偶然じゃないわ。前世はただの学生だった女の子が憧れたロマンチックな結婚式。それを生まれ変わった世界で、ずっと好きだった人と一緒に叶えられるチャンスなのよ? 今まで、色々なことを努力してきたのに、一番大切なことで妥協してどうするの?」


 よく、聡い奴のことを、一を聞いて十を知るという。

 でも、俺はアルーシャを見てこう思う。


「ヴェルト君、式の費用をマッキー君に見積依頼した方がいいかしら?」

「お前は一を聞いて、百の迷走する奴だな」


 お前も十分エグイと呆れちまい、さすがは「恋の迷走女王」と呼ばれただけはあると思った。


「まあ、いいや……とりあえず、ここで式をやるかは別にして……、もしやるんだったら、フォルナ……」

「…………」

「お前には~……そうだな~……」


 だが、もはや後一言で絶命するのではと思われたフォルナだったが、その前の断末魔のようなものがあがった。

 しかし、それはフォルナではなく……


「う、あ、ああああ、お願いヴェルト君、お願いだから!」


 大泣きしたのは、サンヌだった。

 お、おお……びっくりした……


「もう、何が起こってるのか分からない! どうして、私たちがあなたの記憶忘れていたのかも、タイラー将軍が何をしていたのかも、どうして私たちが、フォルナ姫があなたと戦わなくちゃいけなかったかも、全然分からないの! でも、お願い! 許してだなんて言わない……自分でも全然訳分からないこと言ってるのは分かってるの、でも、お願い! お、ねがい、だから……こんな光景見せないで……」


 両膝を着き、顔を伏せてむせび泣くサンヌの姿に、何だか胸がチクリと痛くなる。

 すると……


「私も同じだ……ヴェルト君……君に何度殴られようと、嫌われようとも……だが……」


 ガルバがまるで正座するかのように両膝をついて俺に涙を見せる。

 それが合図になったのか、他の連中も……


「俺もだ……なんつうか……言葉もねえよ……」

「僕も」

「私もよ。君の事情を知らずに酷い言葉を……」

「うん……ヴェルトくん……ごめんなさい……」


 シップたちやバーツにホークやペットまで両膝をついて、って何だよこの反省行列は。

 ここまで殊勝にされると、返って何だか俺がイジメてるみたいじゃねえかよ。いや、イジメてるんだけども。

 ん? だが、一人だけ例外が居たな……


「何だよ、お前は随分とブスっとした顔じゃねえか」

「………ヴェルト………」

「まあ、そりゃそうだよな。お前はどっちかってーと、……ヴォルド側だもんな?」


 幼馴染で唯一俺に頭を下げず、ただ、黙って俺を真っ直ぐ見たまま立ち尽くすのは、クールな一匹狼女。


「なあ? ハウ」

「……ヴェルト……」

「まあ、結局お前も俺のことを忘れてたみたいだけどな。どうだよ、気分は」


 俺が挑発するように煽ると、ハウは少し溜息を吐いて俺を睨んだ。


「全てはあんたから始まったんじゃないか。あんたがあのとき……」

「その言い合いは無しにしようぜ。どっちが正しいかなんて、そんなの評論家だけで争えばいい。俺には興味ねえよ」

「ッ、タイラー将軍が死んだのだって、……最初からあんたが邪魔せず、協力してくれれば!」

「はあ? それは全部、マニーのバカのせいだ。そしてマニーをあんな風にしちまった、聖騎士の所為! いや、もっとあえて言うなら、マニーに対して男の責任を放棄しつづけたマッキーの所為だ!」

「違う、それでもあんたが、それだけの人望と力があれば、もっと! あんたが味方になってくれれば、もっと!」


 初めてかもしれない。ガキの頃も数えるほどしか話したことがないハウと、これだけムキになって言葉を交わすのは。

 だが同時に、あの鋭いナイフみたいなキツイ目をしているハウの目も潤んできている。


「違う……そう……あんたには、私なんかより……何も出来ない無能で役に立たない私なんかより、もっと大きなものを掴めるのに………」

「って、いちいち泣くなってんだよ! いつもはギロギロ睨んでくるくせに、都合の悪い時だけ、女の特権使ってんじゃねえ!」

「うるさい! あんたが……これまで大勢の女を泣かせてきたあんたこそ……あんたが!」


 俺らのガキのような口喧嘩がずっと出口が見えずに迷っていた、そんな時だった。


「よせ、ハウ・プルンチット」

「……ヴォルド……様……」

「誰が悪いかなど……どうでも良いことだ。誰が正しい正義かは、人類大連合軍が共有していればいい。そうであろう? ヴェルト・ジーハ。あの時、お前もタイラーが間違っていたとも言い切れないからこそ、二年もの間くすぶっていた」


 なんか、サラッと言うヴォルドの言葉は、間違っていないんだが、「テメエが言うな」と言いたくなるぐらい、ムカついた。



「フォルナ・エルファーシア姫。そなたもそうだ。ヴェルト・ジーハのことを抜きにすれば、人類のためを思えば、そなたの答えは我らと同じであった。二年前、真実を知り、記憶を失い、そしてヴェルト・ジーハを捕らえたのは、そなたであろう?」


「ッ!」


「一人の男を思い出した程度で、揺らぐ正義と覚悟というのは、少々失望したものだがな」



 その言葉は、事情の分からないサンヌやバーツたちを余計に混乱させただろう。

 フォルナが俺を捕らえた? その言葉が、こいつらにとって、どれほど残酷かは……



「うるせえ! テメエがフォルナを語ってんじゃねえよ!」


「…………」


「テメエ、フォルナのこと知りもしねーで、ほざいてんじゃねえ! フォルナをイジメていいのは、俺だけなんだよ! 一番ムカつくお前が何を一番ふんぞり返ってんだよ。ぶちのめすぞ!」



 気づけば、俺はヴォルドの胸ぐらを掴んでいた。



「俺とフォルナの問題にテメエが口出すな! つーかな、テメエにフォルナの何が分かる! ヴェルト・ジーハを抜きにしたフォルナの答え? そもそも、そこが間違ってんだよ! 俺を忘れたフォルナは、フォルナじゃねーんだよ! 確かに俺と出会っていなければ、フォルナはそういう答えに辿り着いたかもしれねえ。でもな、俺と出会って成長したフォルナにとって、ヴェルト・ジーハが存在してこそのフォルナ・エルファーシアなんだから、俺を忘れてフォルナと呼べねえようなフォルナが出した答えとか、フォルナが……あ……あ~……」


「……………」


「もう、俺でも何言ってるか全然分からねえけど、とにかくテメエが口出しするな。ぶっ殺すぞ!」


「…………安心しろ。言いたいことは何となく分かる」



なんか熱く訳わからん事喋ってしまった俺の心の内を、全てわかっているかのように、キシンとジャックは腹抱えて笑ってやがった。

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