第355話 仕返し

 俺たちは同じことが頭に過ぎり、名簿をもう一度開いて中に書かれている名前を見渡した。

 ひょっとしたら、この中の奴が地底族として生まれ、そしてマニーに入れ知恵をしたのか?

 そんな考えが過ぎった。


「い、いや、でもさ、前世の知識があるぐらいで、別に専門家でもねえのにそんなこと分かるのか?」

「あら、先生だって前世で料理人だったわけでもないのにラーメンを開発したのよ? マッキーくんだって色々開発しているでしょ? 意外と分からないわよ? 目指すべきゴールが分かっていれば、気持ちと時間さえあればどうにかなるものよ?」

「そうかもしれんのう。それに、どうやってカラクリモンスターに『充電』したかは分からぬが、『バッテリー』に『充電』が必要ということぐらいは分かるかもしれんのう」


 そうなのか? だが確かに、先生はラーメンなんて前世で作ったことはなくても、食ったことはある。その時の記憶をゴールに設定し、後はそのゴールを目指して努力続けたから、今の味がある。

 食事と機械では差があるかもしれねえが、考えられなくもないのかもしれねえ。


「となると、そいつがどういう思惑だったかは知らねえけど、俺たちのクラスメートが今回の惨劇にある意味では関わってたかもしれないわけか」


 それは何とも皮肉なめぐり合わせなことかと感じた。



「ウガアアアアアア、さっきから何言ってるか全然分からねえぞ! つうか、コスモスさっさと助けに行くんじゃねえのかよ!」


「小生にも同じく理解できん話だがな」


「………お兄ちゃん………」


「ゴミヴェルト?」



 と、さすがにウラとエルジェラ以外にも、もう限界だったようで、チーちゃんの怒号とともに俺たちは我に返った。


「まあ、それもそうよね。確かに今は不確定なことや、旧友の存在がどうであれ、私たちの行動に変更なんてないものね」

「だな。あんな連中にママン操られたまんまとか、まぢありえねーし。ママンはあたしがゼッテー助けるし!」


 そりゃそーだなと、俺も名簿を再び折りたたんだ。

 つうか、そもそもクラスメートに関して言えば、今となってはほとんど覚えてねえし。

 まあ、実際会ったり、話したりすれば、多少は思い出してくるかもしれねえけどな。

 キシンとジャックを除けば、そこまで普段から仲良かったやつはいなくても、それでも『あの女』がウロチョロしたおかげで、色んなやつと話したりはしたことあるからな。ただ、だからってアルーシャの言うように行動に変更はねえ。

 俺も頷いて、折りたたんだ名簿をアルーシャに返した。

 すると、その時だった。



「おい、何だこんな所に集まって聞き耳立てて。中に入らんのか?」


「「「「「ッ!」」」」」



 その時、天幕の外から声が聞こえた。

 まあ、俺でも気づいてたけど? 空気の流れ的な奴で。

 さっきから、この天幕の外で何人かが中の様子を伺うように聞き耳立てているのを。



「おい、邪魔するぞ」



 それなのに、その様子を全く気にせずに堂々と天幕を捲って中に入ってきたのは、一人の天使様。


「うっ………」

「そんな嫌そうな顔をするな、我が夫、ラガイアよ」


 誰が夫だよ、このボケナス。

 と、俺がツッコもうとする前に、その天使様は俺を見て一言………


「そなたも無事だったようだな。天地友好者……ヴェルト様。そして、我が義弟君よ」

「お~お~、随分な手のひら返しですな~」


 さっきまで俺に対して敵意を向けていた様子とは打って変わったこの態度。

 それは、エルジェラの姉でもあり、天空族の皇女の一人でもあるリガンティナ。

 やっぱこいつも無事だったか。


「手のひら返しか……まあ、返す言葉はないな。エルジェラとコスモスのこと、二年前にそなたが天空世界を救ったこと……それを忘れて、随分と耐えられぬことをした」


 俺の嫌味に対して随分と殊勝なことを言うリガンティナ。

 やはり、かなりブッ壊れた性格してたけど、こういうところはちゃんと理解してんだな。


「もっとも、それは私だけではないがな」

「あっ?」


 そう言って、リガンティナは少し横にずれた。

 すると、その後ろには、さっきから天幕に耳を傾けて俺たちの様子を伺っていた連中……



「ッ、ヴェルト・ジーハ様ッ!」



 ルンバ………

 片膝ついて頭を下げながら、その全身はガタガタと震えている。



「ヴェルト……」



 フォルナ…………


「……ヴェルト」

「ヴェルト君」

「ヴェルト」


 おーおー、全員揃ってるよ。



「いいのか? お前ら。シャウトはタイラーに付いてるんだろうけど、お前らは一緒にいなくて」


「ああ……そうなんだけどさ……ヴェルト……俺たち……もう、何がなんだか……でも、お前に何をしたのか……何を言っちまったのか、覚えてる……」



 バーツやガルバや幼馴染総動員で同じツラしてるよ。

 悲しそうな、申し訳なさそうな、今すぐにでも頭を下げて謝罪でもしそうなツラだ。

 このとき、俺は思った「なんかメンドクセー」と。

 だが、だからって「別にもういいよ。気にしてねー」と言ってやるのも……それはそれで、つまらねえな。

 まあ、少しぐらいは恨み言を言ってやるか……



「ったく、ゾロゾロ来やがって。タイラーのことでそれどころじゃねえはずだろ? そんな連中が……『平和を汚す悪魔~』と呼ばれた人類の裏切り者である俺に何の用だ? 手負いの今なら俺を片付けられると思って、始末に来たのか~?」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」



 かなりイジワルな口調で言ってやると、案の定全員同じようにショックを受けたツラになりやがった。


「ッ、ヴェルト! ……その……ワタクシたちは……」

「あ~、もうそんなツラするなよ、フォルナ。言ったろ? 今は、相手してる暇ねえって。俺の家族を救出するための話をしてるんだ」

「で、っ、すから! ですから……いえ、その前にやはりどうしても一度ワタクシたち全員、あなたに……」


 ……これは珍しい……あのフォルナが……出会ってから一度も見たこと無いぐらいに弱弱しくガタガタ震えている。

 これは、なんかそそられる……なんか、軽くつっついただけで涙が溢れそうなフォルナを見ると、何だかもうちょいイジメたくなってくる……



「心配すんなって、フォルナ」


「ですが!」


「まあ、こっちはこっちでちゃんとやるから。お前もいつまでも『フッた』男のことばっか気にしてないで、ちゃんと彼氏でも見つけて、結婚でも考えたほうがいいぞ?」


「ッッッッッッ!」


「なんせ俺は、お前に『結婚しない?』ってプロポーズしたのに~『そのような最低な冗談を言うとは、信じられませんわ』ってフラれたし~、まぁ、俺も『一度フラれた相手には二度とアプローチしないと心に誓う』って言っちゃったし~、だから、安心するんだなぁ、フォルナ?」


「あ、あ……ヴぇ、ると……あぅ……あ」



 俺は出来るだけ切なそうに笑う雰囲気を作り出し、頭の中では悪魔の羽を生やした自分が、ゲラゲラと笑っていた。

 これは、将来的なネタとしてしばらく遊べるような……


「ヴェルト、ま、待て! その、私が言えた義理ではないが、それは幾らなんでもあんまりだ!」

「私も……ヴェルト様……お願いです。私も同じようなものです。もしあなたにそんな言葉を言われたら……生きていけません……」

「鬼よ……ヴェルト君……」


 ウラとエルジェラとアルーシャが、まるで自分のことのように悲痛な顔を見せてくる。

 いや、だって俺は今以上に罵倒されて殺されかけたんだけど。

 まあ、男と女でそこらへんの感覚を対等に考えるのも大人気ないかもしれねーけどな。

 つうか、フォルナに関しては、発狂とか自傷行為とかされてもアレだしな。

 あんまり度が過ぎないぐらいにテキトーにからかって、後は……



「ヴェルトくんっ! 謝ってすむようなことではないのは分かっている! だが、それでも謝らなくてはならない! 私は……私たちは、君に……なんてことを!」


「あ~、そうだな~、何だかんだでお前らには精神的にトラウマになるようなこと言われたしな~……」


「………ヴェルト君………」



 生まれたての子鹿のように、足をガクガク震えさせて今にも倒れそうなフォルナの前にガルバが立ち、そして顔面を地面に陥没させるほど勢いよく土下座してきた。

 そして、それを見て思ったのは……


「そういえば、ヴォルド。テメエ、一回も俺らに謝罪してねえけど、どんな気持ちなんだ?」

「さあな。そんなもの、全てが終わった時に考える」

「う~わ~、なんか開き直りすぎて、これこそ躊躇いなくぶっ殺したくなるな」


 これぐらいムカつけるんなら、容赦なくぶん殴れるし、恨めるし、気持ちもスッキリするんだけどな。

 そんな気持ちになりながら、俺はとりあえず復讐というよりは仕返しの感覚でネチッこく嫌味を言ってやることにした。

 

 どうせ、すぐにここからは旅立つわけだから……


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