第335話 突貫

「姫様、どうされたのです、姫様! ……いかん、気を失って……ッ、次から次へと一体何が!」


 フォルナが倒れた。その体を支えて、ただ唇を噛み締めて叫ぶガルバの言葉は、正直誰も答えられなかった。

 魔族でもない。亜人でもない。人間でもない。天空族でもない。

 なら、あいつらは一体何者だ?


「お兄ちゃん! くっ、……これは……」

「ヴェルト君、ヴェルト君、ヴェルト君ッ! いや、ダメよ、しっかりしなさい! こ、こんなの許さないわ!」

「エルジェラ皇女を呼ぶゾウ! ユズリハ姫、急ぐゾウ!」

「うう、ゴミ……ヴェルトが、ヴェルトがしんじゃう、ヴェルトが……」

「落ち着くのじゃ、ユズリハ姫。アルーシャさんもじゃ! 死にはせん! ヴェルト君がこの程度では死にはせん!」


 さて、どうなった? 俺の体、動かねえし、声も出ねえ。

 全身の力が抜けて、正に絶体絶命じゃねえのか?

 いや、ダメだ。ここで途絶えちまったら、全てが終わる。

 俺は、まだ何もしてねえじゃねえかよ!


「マニー………これは……どういうことですか」


 ユズリハの背に俺を乗せ、今すぐにでもエルジェラの下へと翔けようとする皆の周りは、今はそれどころではないという様子で俺たちを見ていなかった。

 そりゃそうだろ。この状況は、誰も理解できちゃいねえ。


「おい、なんでカラクリドラゴンが……それに、グリフォンみたいなのや、ペガサスみたいなのまで……おい、シャウト、なんかタイラー将軍から聞いてるか?」

「聞いてないよ。こんな軍勢……それに、この地中から現れた彼らは何だ?」

「姫様、少しお下がりを。何やら様子がおかしいです」


 空を埋め尽くす鋼鉄のモンスターたちの群れ。そして地中より現れた謎のフードの集団。

 敵か? 味方か? その全ての答えを知っているであろう、あの着ぐるみ女は笑っていた。


「あは、あはははは、あはははははははははは! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 マニーの笑い。それは静まり返った戦場に響く唯一の音。

 それがあまりにも不気味で、あまりにも狂ったような笑いだった。


「マニーッ!」

「あは、あははは。もー、怒っちゃダメでしょ、ロアくん。なんで怒ってるの?」

「真面目に答えてください! こんなの、僕は聞いていません! これは、ラブ・アンド・ピースの独断ですか? いったい、このカラクリモンスターたちは、そして彼らは何者なんですか?」


 ロアの疑問はただ一つ。「これは何だ」

 しかし、その質問があまりにも滑稽だったのか、マニーはまた笑った。


「も~、本当におマヌケさんだよね、ロアくんは」

「………えっ?」

「本当に自分たちが世界の行く末を左右させる存在だって思い込んでるんだもん。ロアくんは何も聞いてない? なんで、ロアくんが何でも知ってる必要があるの?」

「なぜって、僕はこの戦では、人類大連合軍の総大将を任されているんだ。その僕にも隠してこんな………」

「違うよ、ロアくん。そんなのね、大した役割じゃないんだよ。人類大連合軍とか総大将とか勇者とか……そんなのただの建前なんだも~ん」

「どういうことですか………建前?」

「そっ。ロアくんの本当の役割は、一つだけ……聖王にとっても……『私たち』にとってもね」


 それは、世界が知ってはいけない真実のような気がした。

 ロアを慕い、共に正義を掲げて命懸けで戦ってきた者たちは、絶対に聞いちゃいけない話のような気がした。

 だが、そんな時だった。


「マニーッ!」

「ん? いや~~~~~ん、怖いよ~、って、えい♪」


 マニー目掛けて放たれた風の魔法。マニーはフザけた態度を見せるが、すぐに手を伸ばしてその魔法を無効化した。

 しかし、それは誰から放たれたのか? それは……


「マニー……これは、どういうことだ! 我らを裏切ったのか?」


 それは、俺との戦いで気を失っていたはずのタイラー。


「ふう、ふう……これは、どういうことじゃ……」


 壊れた鎧とボロボロの体を引きずりながらも、強い殺気を飛ばすのは、キシンに秒殺された聖騎士の一人。


「ぐふ……返答しだいでは、ただではすまさん」


 あっ、豚! じゃなかった、確か、あれは聖騎士の一人。

 温泉で出会った、オルバンド大臣! キモーメンのオヤジじゃねえか!

 そして…………



「これは全て、お前の計画ということか?」



 タイラーたちと並ぶように、いや、その中心に立つのは、さっき出会った、黒頭巾!

 確か、ヴォルドって名前の……


「えへへへ~、ヴォルド~ごめんちゃい」

「…………マニー…………」


 それは、ハッキリ言って戦場に現れた聖騎士と謎の人物。


「マニー……お前が世界を憎むのは知っていた。裏切る可能性も考慮していた。だが、それでもこのタイミングはないと思っていた」

「なんでかな~? ヴォルド。どうしてそう思ったの?」

「お前が裏切るとすれば、全ての鍵が揃ったその時だと思っていた。クロニアがお前の味方になるとも思えん。どういうことだ? まだ、『聖命の紋章眼』が手に入っていないというのに」

「えへへへへへへ、そうだよね。そうなんだよね。聖命の紋章眼ないとダメなんだよね」


 そして、奴らの状況も、会話も、誰も理解できていない。

 本来であればこの戦争の中心人物であるロアが、まるで蚊帳の外のような状況で言葉を失っている。


「でもさ~、ヴォルト~、もしだよ? もし『真理の紋章眼』で、地底族を『分析解析』し、二つの紋章眼の傾向等を元に、『創造の紋章眼』で『聖命の紋章眼』そのものを覚醒ではなく、『創造』されたらどうなる?」

 

 それは、誰かが言っていた、もしもの話だった。

 そう、さっきの会議で、ネフェルティが言っていた最悪の可能性………


「地底族………ッ、マニー! まさか、お前ッ!」


 その時、黒頭巾のヴォルトが声を荒げ、次の瞬間マニーは再び狂ったように笑って手を上げた。



「アハハハハハハハハハハハハ! もう手遅れなんだから! お姉ちゃんもヴォルトも全部遅いんだから! こんな小さな世界から、地底世界を探し出せないんだもん! こんなスモールワールド、壊れちゃえ! 地上なんて滅んじゃえ!」



 地底族。その名前は、確か、三大未開世界の一つ。

 天空族と並ぶもう一つの………




「さあ、滅ぶが良い。地上を汚す、神の駄作たちよ」




 それは、誰が言った言葉なのかは分からない。

 だが、そのたった一つの何者かの声が響いた瞬間、地上に現れたフードの集団が腕を天に向けて掲げた。

 その腕に装着されたのは、いや、もはや腕と一体になっているように見えるのは、先端の尖った、渦巻く鋼のドリル。

 右腕だけ、左腕だけ、中には両手、指先だけが全部ドリルになっている者も居る。

 そんな連中の肉体の一部となったドリルが、激しく回転した瞬間、魔族と人類と天空族の戦争という光景が一気に変化した。


「な、なんだこいつら! クライ魔王国? それともヤーミ魔王国の兵か?」

「ッ、来るぞ! 総員、戦闘態勢に入れ!」

「陣形を崩すな、数ではこちらが圧倒的に上! 囲んで押しつぶせ!」


 こいつらが何者なのかは誰にも分からなくとも、明らかに敵意をむき出しにしているのは明らか。

 殺られる前に殺るしかない。

 慌てるだけではなく、こういう時はしっかりと切り替えて目の前の問題に対応しようという軍の動きは流石かもしれない。

 だが………



「螺旋法・螺旋階段」



 隊列を組んだ人類大連合軍のど真ん中で、砂漠が爆発し、その底から回転する巨大なドリルが顔を出し、その回転の渦で大勢の人類を引き寄せ、そして引き裂きやがった。



「ッ、な………………あっ………………」



 ドリルの渦に巻き込まれ、その渦は天高くへと上り、やがて重力に従って打ち上げられたものは地上へと戻っていく。

 そしてそれは、大量の血の雨となって、人類と美しい天空族に降り注いだ。


「ちょっ、こ………これは………」

「何者か知らぬが………………緊急事態だゾウ!」


 始まりやがった。

 できるだけ戦場から遠くへと離れ、避難しているエルジェラたちの下へと向かう俺たちの目には、更なる地獄のゴングが鳴っていた。


「あ~、あ、眩しいぜ。これが太陽………これが空か………これが地上か………」

「果てしなく広い世界だ。それなのに、そんな世界の領土を争うとか、地上人ってのはどんだけ心が狭いのか?」

「だな。挙げ句の果てに、俺ら地底世界を探し出しては支配しようなんて企んでたみたいだしな」

「地上がどうなろうと構わねえ。でも、俺らの世界に手を出すなら、こっちも黙ってねえ」


 現れたフードの男たちは、誰もが力強く逞しい声をしていた。

 そして、一斉にそのフードを外して空へと投げる。

 

「いくぜ、野郎共! 突貫だッ!」


 文字通り、ベールを脱いだ謎の集団たちの正体。

 それは、ガテン系大工が履いてそうなニッカポッカのようなダブダブの紺のズボン。

 足は、靴というより、足袋か? 上は襟のない長袖のシャツ。

 不自然に鍛え上げられたわけではない、ナチュラルなガッシリとしたガタイ。

 頭には、作業ヘルメットのような兜。

 その肌は白く、姿形は人間とまるで遜色ないように見えるが、一つだけ人間にも魔族にも亜人にもない特徴があった。

 それはやはりドリル。

 腕や指に付いているドリルの他に、もう一箇所だけ。口が鳥の嘴のように長い形をしているのだが、よく見るとそれもドリル。

 そう、嘴が全員ドリルの形になっているという共通点であり、地上のどの種族とも異なる特徴を持っていた。



「「「「「オオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



 すると、野太い男たちの声が一斉に鳴り響く。

 謎のドリル野郎たちは一斉にその場から散らばり、陣形が大きく崩れて混乱する人類大連合軍の中へと飛び込んでいく。

 あるものは地中に潜り、あるものは空からドリルを回転させながら飛び込んでいく。


「なっ、なんだこいつら!」

「えええい、慌てるな! すぐに損害のあった箇所へ援軍を! 包囲しろ!」

「包囲………ッ、ダメです! 包囲した瞬間、アッサリ地中へ逃げられました!」

「地属性の魔道士を急いで集めろ! 地中をコントロールして、奴らを一網打尽にしろ!」

「報告申し上げます。地中を操作して硬い岩盤を壁にしようと試みましたが、砕かれました。あの、螺旋のようなもので!」


 ドリルの連中は、地上という広い世界に解き放たれたことに興奮するかのように自由に駆け回った。

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