第336話 一変する景色

「地上人ども、たまには地の底へと潜ってみやがれ! くらえ、大地を飲み込む螺旋の力。螺旋法・ヘルメイルストロム!」



 そのドリルを、容赦なく人類に突き立て、風穴を開けていく。

 こいつら………強い!


「くそっ、こいつら、よくも!」

「切り刻んでやる!」

「正義の剣をくら、グワアアアアアアアアアアアッ!」


 剣で、槍で、武器で仕留めようと接近するものの、その武器は全て回転するドリルに砕かれ、


「ファイヤーボール!」

「アイスショット!」

「だめだ! なんだ、あの武器は! 魔法が全て砕かれている!」


 遠距離の魔法で攻撃しても、魔法にドリルを突き立てた瞬間、ドリルの渦に巻き込まれて拡散する。


「何をやっている! たかだか千人程度! 万の力で一人残らず―――――」

「指揮官の一人だな?」

「ッ! ぐあぶだにお!」


 囲まれれば地中に逃げられ、かと思えば神出鬼没に軍の心臓部にいきなり出現しては指揮官や将らしき奴らを穴あきにしやがる。

 いくら数に差はあっても、これは手こずるだろうな。

 もっとも………



「うるさいモグラどもが。我が純白の翼に血を付けるとは、この不届きものが……ゴールドフィーバーッ!」



 黙ってねえ奴らはいるけどな。

 黄金のマシンガンが降り注ぎ、ドリル野郎たちを撃ち抜いていった。


「おっ!」

「ちっ……あの女かッ! よくもやりやがったな」

「ふん、地上にも骨のある奴らはいるってことだ」

「いや、アレは我らと同列……天空族だな」


 天より見下ろすのは、リガンティナ。鋭い瞳で地上を見下ろし、混乱する地上と同胞に声を上げる。


「怯むな豚ども! 地中に潜るなら、空から見下ろしてやれ。空の飛べない無能な連中は、モグラが顔を出した瞬間に叩き潰してやれ!」


 この程度のことで慌てて遅れを取るんじゃない。

 リガンティナのそれは、人類にも天空族にも叱咤するような刺激を与え、軍の動きは呼応するかのように士気を上げた。


「うおおおおおおおおおっ、フレイムソードっ!」

「僕たちを甘く見ないでください!」


 人類も、十勇者のバーツやシャウトたちを中心にドリル野郎たちを追い詰めていく。

 するとどうだろうか? 

 最初は未知の力ゆえに次々と場を混乱させていった連中も、次第に囲まれ、追い詰められ、少しずつ数が減らされていく。

 当たり前だ。ダテに人類大連合軍も天空族も、場数を踏んでねえ。

 だがしかし、形勢があっという間に傾きだしたというのに、ドリル野郎たちに慌てる様子はねえ。

 むしろ、………


「おー、おー。すげえすげえ。やっぱツエーは」

「けっ。地上も空も、海すらも与えられながら、それに満足せずに他人の土地まで殺そうと奪い、破壊し、増殖し続ける駄作のくせにな」

「何百年も殺しばっかやってりゃ、そりゃツエーよ。ただ、……こいつらじゃダメだな……」

「ああ、こいつらじゃ、『モア』には……『ハルマゲドン』は越えられねえ」

「だな。とりあえず、顔見せはこれぐらいにしようぜ。あとは、マニー姫の合図と、『例の姫』を確保だ」

「それより分かってるな。姫は姫でもターゲットが変わってること」

「分かってるって。小さい姫だろ? まったく、作戦直前に変えるのはやめて欲しいぜ」


 笑っている?

 ハッキリとは見えなかったが、奴らは何か顔を見合わせてすぐに地中へと潜った。

 全軍すぐさま視線を下に向けて警戒をするが、どこからも連中が飛び出してくる気配が感じられない。


「おい、……」

「ああ、来ねえな? 逃げたか………」

「くく、はっはっはっは! 逃げ足の早いやつらめ、やつら、俺たちに恐れをなして逃げやがった」


 敵は逃げたのか? そう思った瞬間、軍も僅かに表情を緩めて、一斉に勝利の雄叫びを上げようとしていた。


「マニーよ……今のやつらが……」

「そうだよ、ヴォルド。ヴォルドたちがずっと探して見つけられなかった、地底世界の友達だよ?」

「……巻き込んだのか……」

「マニーがね、嘘をつかないで全て本当のことを教えてあげたら、快く協力してくれたよ? マニーの素性と一緒にね♪」


 ヴォルトと聖騎士とマニーが会話を続けているものの、人類大連合軍も天空族も、今はそれを気にせず、自分たちが敵を撤退させたと声を上げていた。


「マニーッ! お前は………何ということを………世界同盟と魔族同盟、両軍が疲弊したこのタイミングで」

「えへへ、すごいでしょ、タイラー。十七年前に滅んだダークエルフの国。旧ラブ・アンド・マニーが滅ぼしたハイエルフの国。幻獣人族の『封印の祠』に眠っていた、『神族の遺産』だよ」

「バカな! アレは、全て使用できなかったはず! 現に、カラクリドラゴンのドラとて、聖命の紋章眼を持つクロニア姫の力で!」

「うふふふ、封印の祠にあった神族の遺産は、使えなかったんじゃなくて、更に封印されてたんだよ? 使用できないように、魔法の力でね。あとは、『充電』しないとダメなんだって。ただのガラクタだと思って、気付かなかったでしょ?」

「な…………なんだと? 充電?」

「うん。仲良くなった地底族の人が教えてくれたんだ♪ これは『ばってりー』とかいうのがからだって」

「ばっ、……ばってりー? どういうことだ?」

「知らなくていいんだよ、タイラー。七つの大罪はお姉ちゃんに取られたけど、とりあえず、カラクリモンスターはマニーたちのものだよ。あとは…………瞳を全部集めて、神聖魔法を人数分『創造』して………神族の復活……ううん、世界の『扉』が開くときだよ!」


 その真上には、とてつもない地獄が口を開けて待っているというのに………



「全軍ッ、直ちに撤退せよッ!」



 それは、タイラーからこの戦場全体に告げられた言葉。

 それには誰もが首をかしげた。撤退? なぜ? 敵は全員追い払ったというのに………



「早くしろッ! 今すぐこの場から全員逃げるのだ! この戦はこれまでだ!」



 やけに焦った様子で、とにかく逃げろと叫ぶタイラー。 

 一体何が………そう思ったとき、誰もが思い出した。



「あっ………………………」



 空を覆い尽くすように見下ろしている、何百もの巨大な鋼鉄モンスターたち。

 そのモンスターたちが、まるでドリル野郎たちが立ち去ったのを見計らったかのように、一斉に翼を羽ばたかせて降りてきた。


「目標物確認」

「殲滅作戦開始シマス」

「地底人領域外ヘ移動確認。炎属性スキル、エターナルナパーム解禁」


 何か、筒のようなものがカラクリモンスターたちの口から放たれた。

 何だ? あの、よく前世の映画で見たことあるような筒は………………



―――――――――――――――――――ッ!



 砂漠だというのに、外周に沿って炎の壁を作り、血で赤く染まった戦場を、今度は炎で赤く染めた。

 そしてもう、そこに敵も味方もなかった。

 炎に包まれて苦しむ生命の阿鼻叫喚が広がるだけだった。


「ダメだ……なにが……おこってるか、ぜんぜん……」

「喋らないで、ヴェルト君! エルジェラ皇女ならきっと……だから、大人しくして!」

「居た、あそこだ! もう少しだから頑張って、お兄ちゃん!」

「ゴゴゴゴゴミイイ、死んだら許さないからな、許さないからなゴミヴェルト!」


 もう訳が分からない。ユズリハの背に乗せられ、軍の壁や炎の壁を無理やり破り、悲鳴と摘み取られていく命に背を向け、俺たちは戦場から少し離れた岩場へと向かっていた。


「ヴェルトッ! なにが、なにがあった!」

「ヴェルト様……いやああああああああああっ! ヴェルト様! 私のヴェルト様がっ!」

「……パッパ……パッ………」

「ぐ……おいおい、どーなってやがる……」

「お、お、おい! やられちまったのかよ、ヴェルト!」

「婿殿ッ!」


 岩場の影から顔を出し、一目散に俺の姿を見て取り乱すウラとエルジェラ。

 消え失せそうな声で呟くコスモス。そしてズタボロの体で横たわっているチーちゃん。

 焦ってパニクってる、アルテアとルンバ。

 良かった、とりあえず無事だったか…………

 

「落ち着きなさい、エルジェラ皇女! ヴェルトくんの容態は急を要するわ! お願い、あなたの超天能力でヴェルトくんをッ!」

「あっ……ヴェヴェル、さま……ッ、ダメ、ッ絶対に死なせません! ヴェルト様、私とコスモスを置いていかないでください! 絶対に!」

「ふざけるな、ヴェルト。絶対に死ぬんじゃないぞ! まだ、メルマさんたちにもお前とのことを報告していないのに、ふざけるな!」

「……パッパ………パッパ……パッ……」


 少しだけ、激しく損傷を受けた箇所に温かみを感じた。

 既に痛いかどうかの痛覚も完全にイッちまっている中で、正直、治ってるのか、それどころか治るものなのかどうかも分からねえ。

 ただ、泣きながら俺に力を送り治療をするエルジェラ、必死に俺の手を握りしめて叫び続けるウラ、そして笑顔の失っているコスモス。

 この顔を最後に見た景色にするわけにはいかねえ。


「ああ…………だい……………ぶだ」


 死んでたまるかよ。俺はただ、頭の中で「大丈夫」という言葉を繰り返すしかできねえが、それだけでもやってや……



「殲滅作戦継続中。殲滅作戦継続中」



 そんな状況下なのに、どうして次から次へと……


「なっ、こんなところまで!」

「ちょおお、なんだっての、こいつ!」

「バカな、これはドラッ! ……いや……違う?」

「やってくれる……ふざけるなっ! エルジェラ皇女、あなたはお兄ちゃんの治療を続けて!」

「ここから先は、一歩も通さんゾウ」

「コスモス、お前は奥へ隠れていろッ!」


 戦場から少し離れた場所だろうとお構いなし。


「殲滅作戦継続中殲滅作戦継続中」


 俺の上空にはカラクリドラゴン、カラクリグリフォン、更にカラクリガーゴイルまでいやがる。


「ふっ、殲滅か。言ってくれるゾウ。気合も何もない言葉で小生相手に殲滅などと宣う愚か者が……殲滅されるのはお前だゾウ」

「手を貸すよ、カイザー。お兄ちゃんは絶対に守る」

「今戦えるのはワシらだけじゃ。アルーシャさん、あなたの仲間も気がかりじゃが」

「大丈夫……一つ一つの悲劇全部に絶望してなんていられないわ。私たちは……戦争をしているのだから」


 戦争か……これは戦争なのか? 人類は? 天空族は? ネフェルティたちはどうなった?

 マジで、この戦争……いや、違う。



「さ~て、こっちはマニーが頑張るからいいけど~、向こうはどうなったかな~? ロア君やヴォルドも気になる~? ……ジーゴク魔王国とヤヴァイ魔王国の戦場……うふふふふ♪ もうすぐ向こうも到着するかもね♪」


 

 今、世界はどうなっているんだ? 

 それだけが不安で堪らなかった。

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