第334話 終わり始まり

「なあ、ロア。テメエが死んでも、別に代わりなんて居るんだぞ? あんまなんもかんも背負い込んで、正義に狂ってんじゃねえよ」



 だが、その時、ロアが一瞬だけ目を見開いた。

 まるで何か、心の中でひっかかったかのように。



「……でも……だったら、どうしろと? まさか、僕に人目も気にせず、おバカになれとでも言いたいのですか?」


「別に全員の前でやる必要もねえよ。俺が言いたいのは、そんなテメエのダメなところを理解して受け止めてくれる奴はいんのか? 正面から否定してくれるやつは居るのか? ってことだ。でも、いねーよな。アルーシャに聞いたぜ。お前、女にモテるクセに告白とか断りまくってんだろ? 戦争やら血に汚れた姿だを言い訳にして、同じ人間との恋愛も満足できてねー。そういう人間だよ、テメエは」



 その時、それはロアの琴線に触れたのか、顔を赤くして身を乗り出してきた。



「違う! そんなことは何も関係ない。別に僕は言い訳をしているわけではない。いつ死ぬともしれない身であり、既に多くの血にまみれて屍の上に立つ僕は、誰か特定の人のために生きることは許されないだけだ。ましてや、僕は自分が何かをしたいから戦っているんじゃない。みんなが安心して暮らし、笑っていける世界を作りたい。ただ、それだけだ! 僕個人のことは関係ない!」


「そうか? 誰か特定の惚れた奴のことを胸に抱いていたがために無敵の強さを誇ったお姫様が、その特定の誰かさんを忘れたがために恐ろしく弱くなった光景が、ついさっきあったぞ?」



 不思議な気分だ。

 別に説教みたいなことをする気も、べらべら喋る気もなかった。

 でも、やっぱりこいつに対しても色々思うところがあったのか、俺の口は自然に動いた。


「まっ、別に俺には関係ねえけどな。それに、ディベートに来てるわけじゃねえし、テメエの本性なんて知ったことじゃねえ。結局最後は、戦って勝ったほうが押し通す。それが戦争でもストリートファイトでも、勇者でも不良でも、唯一無二の共通ルールだ」


 まあ、正直なところ、今更俺たちにこんな会話も不要だった。

 ただ、ロアと俺の意見は違い、そしてその道が絶対に重ならないというだけだ。


「じゃあ、どうしろと…………」

「そうだな。なら、こういうのはどうだ? ベタでバカなことやって、少しは自分を曝け出してみろよ。その機会を与えてやる」


 そう、もっと本性曝け出せ。そうしたら、少しぐらい、お前という人間が見えてくる。



「ベタに、互いの最強の技を逃げずにぶつけるってのはどうだ?」



 作戦も戦略もクソもねえ。



「世界も、勇者も、人類だの種族だの皆だの、今だけは忘れて、ただ目の前の俺のことだけに集中しやがれよ、この草食系がぁ!」



 でも、だからこそ、それでいい。

 すると、一瞬だけポカンとしたが、途端にロアは口を抑え、しかしそれでも我慢できずに、笑った。


「ふふ……あははははははははは!」


 それこそ、十代のガキ相応の、無邪気な笑いだった。

 その表情は、やはり人類大連合軍にも珍しかったのが、誰もが言葉を失い、ロアに切ない瞳を向けていた。



「おかしなものですね、ヴェルトさん。これだけ僕たちは互いの意見も道も違うのに……最後の提案だけは……」


「異論なし、ってことでファイナルアンサーだな」



 簡単なこと。今この瞬間だけは難しいことは全部とっぱらえ。

 全力全開で開放しろ。そして解放しろ。

 俺の提案に、ロアは珍しくバカみたいに笑って、頷いた。


「おい、ゴミ」

「あっ?」

「話が長すぎる。チマチマやるな。一気に消すぞ」


 その時、これまでのやり取りに少しイラついた様子のユズリハが、一気に決めることを俺に提案してきた。

 まあ、まさに今それを勇者とコンセンサス取ったところなんだけどな。



「私の本気ブレスなら、あんな奴ら瞬殺だ。でも当てるの難しいから、お前があのカスを足止めしろ」


「いや、だから逃げずに互の技を………ん?」



 その時、気づいた。

 ユズリハの力。そして俺の能力。

 二つを合わせれば?


「ユズリハ。構わねえ。撃て」

「はっ?」

「後は……俺が決める。お前のブレスに俺の魔力を付与させて、更に威力は増大。想像するだけでもコワ~イってことだ」


 ユズリハの体内から放出されるエネルギーと、俺の魔力を混ぜ合わせ、そして放出。


「またサラッと何か凄いことをしようとしてますね、ヴェルトさん」


 こんな状況でも爽やかに笑いやがって。分かっているのか? ロア。

 何かをしようとしているんじゃねえ。終わらせようとしているってことを。



「いくぞ、コラァ! ふわふわドラゴンレーザー!」



 一気に解き放つ。ユズリハの咆哮と俺の操作により放たれた極大砲。

 これをまともに食らえば、ノックアウトじゃすまねえぞ?


 

「規模がでかすぎますね。しかも、レビテーションの魔法で周囲の魔力を収束して纏わせて……規格外すぎですね」



 紋章眼で俺とユズリハのドラゴンレーザーを見抜いたようだ。

 だが、見抜いたから何だ?



「でも……打ち破ります! アークライン剣術奥義・インフィニティゲイル!」



 勇者は、剣を振りかぶり、飛び込んできやがった。

 こいつ、どこまでも勇者キャラなこった。

 上等だ、そのまま消えうせろ!」



「はああああああああああああああっ!」


「ウラアアアアアアアアアアアアアッ!」



 勇者と不良。あまりにも異質すぎる俺たち二人の、今の全力全開のエネルギーが交差しようとした。

 そして、そっから先は、何だか全てがスローモーションに見えた。



「ヴェルトさん」



 周りの全てが真っ白い世界に見えた。



「あなたにとっての理想の世界は何ですか?」



 その世界、俺たち二人しか居ない空間の中で、俺たちは向き合っていた。

 その時、どうしてだろうか。



「今とあまり変らねえ。今の延長線上だな」



 俺たちは、口を動かしていないのに、互いの言葉が頭の中で響いた。

 だが、俺たちはその現象を不思議に思うことも無く、自然と会話していた。



「故郷で家族と住み、キシンの歌を流しながら、ジャックやマッキーとくだらねえ話をしたり、縁側でバルナンドやカー君と茶を飲んだり、アルテアと猥談してみたり、ラガイアの言うこと聞いてやったり、たまにはユズリハに優しくしてやったり、コスモスとエルジェラの三人で買い物したり、ウラとラーメン屋やってガキでも作ったり、少しぐらいアルーシャと向き合ったり。だがな、それだけじゃねえ。ムサシも、ドラも、ファルガも、クレランも……あいつらにも俺のダチや女たちを知ってもらいてえ……そして、フォルナのことも……」



 言葉に出来ねーほど、俺は色々な世界や情景が頭に浮かんでくる。



「ユズリハをイジメると、イーサムがどう出るかな? シンセン組が暴れるか? そしたら、バルナンドとムサシに間に入ってもらわねーとな。さっきのリガンティナはマジでどうするか? エルジェラ経由してラガイアにちょっかい出して来ることも考えられるし、警戒しねーとな。ママとママンが二人揃ったら色々とヤバそうだな。かき乱して来そうだ。んで、マッキーの奴がまたフザケタことしねえようにしなきゃならねえし。それに、アルーシャはマジでどうしよ。帝国敵に回すことになんのか?」



 想像すればするほど、頭では足りないぐらい想像できる。



「そうやって繋がって、ダチになって、たまにゃエロいことして、ガキでも生まれて、そのガキも色んな種族の血が通っていようが関係なく過ごして……そうやって生きていきてえな」


「……でも、それは……その世界で笑って暮らせるのは、あなたの身の回りの人たちだけじゃないですか」


「それこそが、俺の世界だ。その世界を侵そうとする奴は敵だ。それとも、顔も知らねえ人間とコスモスを平等に考えろってか? 百回転生しても、そんな考えに至らねえよ」


「ああ………いいな………あなたは………そうやって、何でも簡単に考えられる」



 こうして、結局重なることの無かった俺たちはそのまま交錯し、この一瞬を乗り越えた方が勝者となる………



「そうだ、ヴェルトさん」


「ん?」


「ここだけの話なんですけど……実は僕も、エルジェラ皇女の胸が本物かどうか気になってました」


「……ぷっ、くははははははははは! いいじゃねえか! そうだよ、それでこそ男だ! だが、残念だな。アレはもう俺のものだから」


「ふふ、残念です」



 最後に俺たちは笑っていた。

 きっと、この閃光に包まれた攻防、勝敗がどちらに決しても、多分俺たちはお互いに笑っているかもしれない。

 何となくだけど、そんな気がした……



「ああ……折れた……僕の剣が……」



 そして、砕いた。


「兄さん……」

「ロア!? ロアが……あのロアが……」

「負け……た……ロア王子が……」


 砕けた。


しまいだ、ロア!」


 勇者の剣が。

 人類の希望を俺は粉々に砕いた。

 その場にいたすべての者たちがそれぞれの反応を見せた。

 宙で馬と共に投げ出され、力なく落下していくロア。

 だけど、その表情はどこかスッキリとして……



「ええ、ヴェルトさん……僕の……だから……ちゃんと責任取ってくださ――――――」



 悔しさも悔いも何もないような、全てを出し尽くしたロアは、最後に観念して敗北を認め、そして――――





「うん、おしまい! ヴェルトくんの勝ち! んで、バイバイ! この世界と一緒に君も滅んじゃえ♥」


「ッッ!!??」




 俺にとっては、喧嘩。

 勇者にとっては、聖戦。

 どちらにせよ、この最後の瞬間は誰もが見守っていると、思い込んでいた。

 しかし、決着直後に――――




「ドーーーーーン!」


「あ―――――」




 それは、実に能天気な声だった。

 しかし、その声が俺の背後に現れた。

 ロアにだけ全ての神経を傾けていた俺は、その出現に反応することができなかった。

 そいつは、ロア同様に今の一撃で全てを出し尽くして無防備となった俺を背後から……



「あ……ガハっ……ガ……」



 俺の胴体を鋭い何かが貫いた。

 熱い。

 溢れる。

 冷たい何かが貫き、熱い何かが溢れ出す。

 これは……血……剣?



「ッ、ゴミ!」


「………………あっ…………ヴぇ……ヴェル……」



 剣で胴体を貫かれ、抉られた俺はその身を空へと投げ出された。



「ヴェ……ヴェルトさん!」


「ゴミ……ア……アアアアアアアアアアアアアアアッ! ヴェルトォッ!」



 何が起こった? 俺の体……臓器が……ああ……やば……腹が熱い……

 ああ……ユズリハ……お前、初めて俺の名前を……



「ヴェルト…………さん……………………ッ!」



 これは、あいつの仕業?



「ッ、どこだ! 何故、なぜこんなことを!」



 落下したロアを下に居た十勇者やアルーシャたちが受け止め、そして皆が一斉に視線を上げて叫ぶ。



「マニー! どうして、どうしてこんなことを!」



 取り乱して叫ぶロアの声。

 この予想外の事態に、人類大連合軍も勇者の敗北も含めて既に状況がまるで分からず呆然としている。

 そんな中で、あいつは……


「だって、ロアくんが死んじゃうとダメだし~、それにね~、マニーね、分かったの」


 そして、脳に響く、あの女の声も。



「勇者でも魔王でもない。このまま放置すれば、この世で最も厄介な存在になっちゃうのがヴェルト君だって。だからね、ヴェルト君はここでバイバイいしちゃうの」


「マニーっ……ッ!」


「えへへ、そんなオコッちゃダメだよ~、ロア君。えへへ、おかげで紋章眼はバッチリでしょ? もうこれで、期は熟したってやつだったっけ?」



 マニーが何故こんなことをしたのか。そんなこと、俺にもロアにも分からない。



「それにね、丁度いい時間だったんだ~。………みんな………到着した♪」



 ただ、マニーが何を言おうとも、ロアの憤怒に駆られた表情は収まらない。

 それどころか……


「お……お兄ちゃんッ!」

「ヴェルト君ッ! そ、んな……ッ! ヴェルト君!」


 黙ってねえ奴らだって居る……やべえ……頭もなんだか重く……考えがまとまら……ね……



「さあ、始まりだよ! 『聖王ミシェル』……『カイレ』、『ヴォルド』、『オルバント』、『ガゼルグ』、『タイラー』、……私のことをこの世から消した聖騎士……もう一度マニーは始めるんだ! マニーはね、マニーで、マニーなんだから。マニーラビット・マーチの始まりだよ!」



 なんで…………あんなのが……もう、わけわかんねえ……なんだよ、アレは……


「な、……え………えっ、え………ええええええええええっ!」

「これは……何が……どうなっている……?」

「………?」


 砂漠を覆い尽くす巨大な影。

 それは、雲? 違う。

 マニーの号令とともに現れたそれは、勇者の勝利の余韻も歓声も全てを消すほど、この場に居た全ての種族を呆然とさせた。



「ドラ…………いや……………………違う…………」



 それは、何百何千と空を飛行するカラクリドラゴンの群れ。

 いや、カラクリドラゴンだけじゃねえ。似たような鋼鉄の体をした鳥や、獣、様々だ。

 そんな謎の群れが、この戦場の真上に止まり、そして見下ろしていた。

 いや、それだけじゃなく……


「ッ、なんだ!」

「こ、これは、砂漠が! ちょ、何がっ!」


 空だけじゃねえ。沙漠の至るところで、小規模なものから大規模な渦巻きが発生し足場を取られている。

 俺が動かねえ体で確認できたのは、巨大な鋼鉄モンスターたちの出現と、突然発生した沙漠の異常に混乱する全ての者たち。

 そして………



「えへへへ、地上へようこそ~。太陽が眩しくないように、日陰を作ってあげました。マニー、頭いい~! 『地底世界』からお越しの皆様に~」



 そして、渦巻きから顔を出したのは、全員がボロボロのフードつきのマントを被った謎の集団。

 それは、パッと見、数千は居るかのように至る所に出現しやがった。

 ガタイは人間に近く見えるが、そのマントの下から見える腕が異質だった。

 

「………ドリル?」


 腕の先が、手じゃなくて……ドリルだった……り……ただ、それは……それとして……



「あ――――――」



 意識が途切れる寸前の最後に……



「ヴェル……ト……――――」



 目を大きく見開いて、顔面蒼白なフォルナがショックを受けたように気を失ったのを見た。

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