第333話 哀れで孤独な存在

 ペガサスの飛行能力とドラゴンの飛行能力。



―――飛天馬衝撃波!



 大雑把に言えば、俊敏性や小回りならペガサスが上。

 しかし、圧倒的な破壊力であれば、ユズリハが上だ。



―――竜王砲!



 そして何より、ロアのペガサスはあくまでサポート役。

 どんな状況下でも勝手な行動をせず、主の指示を待ち、的確にこなすお利口さん。

 しかしユズリハは、勝手な行動をする。だがそれは、状況に応じた自身の判断であり、ロアがペガサスに指示するよりも圧倒的に早い。

 それにより、ほとんどアイコンタクトやノーサインで俺たちはコンビネーションを取ることができる。


「つつっ!」


 ユズリハが無断で放ったブレスが魔力の衣を纏ったペガサスの突進を弾き返した。

 宙を回転しながらぶっ飛ばされるロアとペガサス。

 しかし、ダメージは見られない。むしろ、より一層燃えてきたとばかりに笑ってやがる。


「さすがですね。でも、まだまだ僕たちは負けません!」

「くはははは、いいじゃねえか。ただのお利口さんが、少しは男の子っぽくなったじゃねえの」


 だが、返り討ちだ!


「ユズリハ、力を貸してやる。自由に動け」

「ん!」


 俺の新たなる力。自身の光速化をユズリハにも適用。

 周囲より集束させた魔力をコントロールし、ユズリハに纏わせる。


「全く、随分とアッサリ凄いことしますね、ヴェルトさん。そこに辿り着くまでに、どれほどの英傑候補が挫折したことか」

「麦はな、踏まれて折れても、空に伸びようとするんだよ。むしろ、俺は心折れた後のほうが強いくらいだ!」


 竜とペガサスが宙で交差する。

 お互い直撃は避けたものの、鳴り響いた金属音と俺の警棒を持つ手に残る感触は、正に一瞬とはいえ、俺たちの武器がぶつかり合った証明。

 ロアの奴、光速化するユズリハの動きをちゃんと見切ってやがる。


「やるじゃねえか。だが、こっちの動きばかりに囚われていると、こっちが疎かになるぜ?」


 間合いが開いた瞬間に、ふわふわランダムレーザー。

 ロアの死角から複数のレーザーを一斉射出。

 だが……


「今の僕に、死角はありません」

「おっ………」


 ロアは振り返らず、ペガサスの手綱を僅かに動かすだけで、最小限の動きでレーザーを避けやがった。


「シャインソード!」

「ビーム警棒!」


 一体、何回俺たちは打ち合っている? 俺の警棒術は、一流剣士の勇者に当たるわけでもなく、渾身の一撃も軽やかに受け流される。

 一方で、俺の見切りの力であれば、勇者の剣すらも回避可能。

 互いに一発すら打ち込めない状況の中、明暗を分けるのは?


「これも互角………なら……」

「差が出るとしたら……」


 騎獣しかない。


「ゴミカスは死ね! ドラゴンレッドクロウ!」

「ルドルフッ、翔け抜けろッ!」


 俺とロアの攻防の中で、ユズリハの巨大な爪が振り下ろされる。

 しかし、ロアも焦ることなく、手綱を捌き、ペガサスを操る。


「ルドルフ、フェザーカッターだ!」

「ちっ、ユズリハ、なんかやれ!」

「ゴミが偉そうに………ヒートボム!」


 ここでも、互いに決定打が入らねえ。


「うう~、ゴミ駄馬のくせに!」

「落ち着け、駄馬にイラつくな。お前はサラブレッドなんだからよ」


 騎獣での勝負になれば、ドラゴンであるユズリハの方が強力だと思っていたが、ここでも差が出ねえものか。

 互いに派手な技を繰り出しているようで、ただの体力の消耗にしかなってねえ。

 

「俺は魔力を無尽蔵にかき集められるけどな。テメエがスッカラカンになっちまえば、それはそれで俺の勝ちだ」

「魔力の量だけで勝敗は決まりませんよ? 戦いを決するのは、勝利への意志が勝るほうです」


 この野郎。

 また、うすら寒いこと言いやがって。

 しかし、どうするか。このままじゃ……


「そして、戦いを決めるのが勝利への意志というのなら、負けられません」

「あ゛?」

「この暗黒の時代を終わらせるのが、僕の天命。多くの命や想いを宿し、背負った僕に、敗北は許されません! 正義は勝つ! それを証明します。この命を懸けて!」


 あまりにも良い顔で宣言するロア。

 それがあまりにもキラキラしていて、何だか、かなりイラっと来た。


「くだらねえ。お前ら正義の酔っ払いどもは、勝手に戦って、勝手に死んでろ。せっかく気分よくなってきたのに、冷めることを言いやがる」


 俺は、説教や深い話をする気なんてねえ。最初から、こいつが気に食わねえから、ぶっ倒す。それだけでいいんだ。

 ただ……



「だが、逆にお前という人間が少し分かった気がするな。まあ、どうでもいいけど」


「どういうことです?」


「ロア。テメエは………本当の自分を誰にもさらけ出すことが出来ず、本当の自分を誰にも理解されない、哀れで孤独な野郎だ」



 それが、こいつと戦って感じ取った、こいつの印象だった。


「えっ……何を言っているんだ、あの男は」

「孤独? 勇者様が? はっ、何を適当なことを!」

「そうだ、どれだけの人類がロア様を慕い、共に突き進もうとしているか分かっていないのか!」


 無論俺の評価や判断には、人類大連合軍も鼻で笑う。

 だが、そんな中で笑わなかったのは……


「いえ………違うわ……ヴェルト君は………」

「あの男、ロアの本質に触れているかもしれない」


 アルーシャを初め、ロアとずっと共に死線を越えてきた十勇者たち。

 こいつらだけは、どこかハッとしたような表情で俺たちを見上げていた。



「ロア。テメエは頭もよく、ツラもよく、誰にでも優しく人当たりもよく、正義の心に溢れて、老若男女問わずに多くの人間に慕われる。完璧だな。欠点がねえよ」


「な、なんですか、それは………僕をバカにしているのかと思えば、褒めたりして」


「褒めてねえよ。つまりよ、誰からも慕われるってことは、誰もお前の悪いところや欠点を知らねえってことだろ? お前の性格や人間性を否定してくれる奴もいねえだろ? 欠点や負の感情を持ってねえ人間なんて、居るわけがねえのによ」



 全ての行動は、ただ、正義のためだけに。


「テメエの折れない正義の心。きっとこれまでもずっとそうだったんだろうな。でも、だからこそ……お前は弱気になりそうだった時や、弱音を吐きたい時、それを誰にも吐くことも出来なかった……いや、許されてこなかったんじゃねえのか?」


 正義のために敵を討つ。正義のために戦う。正義のために仲間とともに協力する。

 では、その正義というものを取っ払えば? この男はどんな人間だ?



「自分の弱いところや泣き言やダメなところ、お前はそれを誰にも曝け出せず、全て自分の中で抱え込む。お前は……多くの人間と繋がってるようで、その実、心の底から誰かと繋がってるわけでもねえ」


「何を勝手なことを! 僕は一人なんかじゃない! 僕たちはどんな困難も小さい頃からみんなと一緒に乗り越えてきました! 僕は誰よりも、仲間の尊さを理解してます!」


「どうかな? 俺にはお前が、勇者と正義という言葉に縛り付けられているようにしか見えねえがな」



 口をついて出た言葉だったが、それは紛れもない俺の本心でもあった。

 

「なあ、テメエはエルジェラの胸を揉んでみたいと思うか?」

「……………はっ?」

「でも、テメエはこう言うんだろ? 『女性をそんな目で見てはダメです』……ってな」

「………いや、あの……一体何が……」

「ちなみに、俺は揉む。別に人前でも揉むさ。ハッキリ言って、ほとんどの男はエロに興味がある。でも、テメエは違うよな。いや、できねえよな? 同じ品の無い行動でも、勇者と不良じゃ、人に与える影響が違いすぎる。こういう下ネタトークもNGだ」


 その言葉に思わずポカンとしたロアに対し、俺は続けて言ってやった。



「正義に疑問を思っても否定しちゃダメ。勇者だから諦めちゃダメで、ぶれちゃダメで、弱音も吐いちゃダメで、誰かに失望されるようなこともしちゃダメ。アルーシャから聞いたが、恋愛に関しても『血に汚れた自分に資格が~』とか、どうのこうのとスキャンダルも作らず、世界のために生涯を懸ける……。俺はな、そういう人間は立派だと思えるが、友達になりてえとは思わねえ。だって、つまんねーからな」


「…………なにが………言いたいんですか………」


「でも、テメエはそんな自分がもし嫌になって、そして変えたいと思っても、勇者という立場である以上、変わることなんて許されねえ。そして、そんなテメエの苦しみを、誰も気づかずに目を輝かせて、人類はテメエを『勇者様』と称える。正義とセットにしてな……なあ……疲れねえか?」



 気を張り詰めたまま、完璧な存在であろうとしても、全てが完璧である人間なんて居るわけがねえ。

 アイドルが屁をこけねえことみたいなもんだ。


「僕が……弱音を吐けない……失望させてはいけない……ッ、あなたに何が分かると……いえ、どうしてあなたに、そんなこと言われなくちゃいけないんですか!」


 まるで、大きなお世話だとばかりに叫ぶロア。

 俺は思わず笑っちまった。


「おやおや、図星を突かれてムキになっちまったってところか? だが、どうして俺にそんなことが言えるのか? 簡単だ」


 俺は、今でも覚えている。

 二年前、初めてこいつと出会ったときを。



「俺は、勇者の弱音を聞いたことがある人間だからだ」



 森の奥深く。誰にも気づかれないような場所に、こいつは居た。

 キシンに惨敗して、悔しくて物に当たり、絶望し、希望が台無しになり、自分を責め続けていた。

 こいつのことを深く知らず、特に興味を持っていなかった俺が偶然通りかかり、だからこそ、こいつも気を許して本音を暴露したのかもしれない。

 俺の記憶を忘れたこいつには、その時のことも当然覚えていないんだろうけどな。

 俺たちが、どんな会話をしたのかも。

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