第332話 ドラゴンあやす

 その時、一人の女が、頭を抑えて蹲った。


「ッ……麦……畑………ワタクシは……何を……ワタクシは何を忘れていると言いますの?……」


 しかし、今はそんな様子が耳や目に入ってくるよりも、この伝わってくる感覚のほうが俺には重要だった。

 伝わってくる。俺の魔力を介して、お互いの意識がリアルタイムで。

 この一体感とも呼ぶべき、重なり合う気持ちに頼もしさを感じる。

 負ける気がしねえ。


「なんてことなの! 兄さんと同じ騎獣一体を、ヴェルト君まで」

「信じられません。自分自身を強化する魔道兵装の、その更に先の領域の世界をこうもアッサリ」

「しかも、よりにもよって、獅子竜を従えるとか……」

「地上人が……何とも信じられぬ程の高みに……」


 人類大連合軍と天空族の驚愕する反応に気分を良くしながら、俺は軽くユズリハの背を撫でる。


「おい、ユズリハ、しっかりとやってやろうぜ」


 度肝を抜いてやるのはこれからだ。

 だから、頼むぜ、相棒。そんな気持ちを込めて背を撫でてやった。

 だが……


「うううう~~~~やだっ!」

「……………………あれ?」

「乗るな! 降りろ、汚らわしいゴミめ!」


 まさかの拒絶反応。

 俺を背に乗せたものの、ユズリハは嫌がって体を揺らして俺を落とそうとしてきた。


「ちょっ、何しやがるんだ、お前!」

「何しているのはお前だ、ゴミ! なんだ、さっきから! お前の気持ち悪い魔力がドンドン流れてきて、わ、私を……抱っこしてるような感覚で……何かムズムズするし……変なところも触られてる感じだし……」


 朱色の竜ではあるが、何となく恥ずかしそうな様子でユズリハはムクれてる。

 途中からボソボソ呟いたり、ぶつくさ文句を言ったり、とどまることがねえ。


「大体、戦うなら私一人で戦う。なんでボコボコやられてたゴミと一緒に、え、えち、え、えっ、ち、エロスな辱しめを受けながら、私がお前と一緒にやるんだ!」

「え、エロス~? どこかエロスだ!」

「エロスだ! お前、魔力で私の体を触ってる! へ、へんな、へんなとこだって触ってる! ゴミクズ! エロゴミ! うう~~、いやだ、触るな! こんなの、卵ができる!」

「いや、別に……触ってる感触はねえけど……」

「ふん、私は可愛いけど……まだ成長期だから……どうせ、ゴミ乳女の大山脈とかに比べて……お前だって、ゴミのくせに子供扱いするに決まってる」

「いや……かわいいって、さっき言ったじゃん」

「でも……う~……」

「ったく、エルジェラは別格だが……別に大平原でもいいんじゃねえのか? ほら、俺の属性は一応地属性だから、相性はいいかもしれねえぞ?」

「ゴミのくせに私に向かって大平原だと? 貴様……殺された……えっ、相性いいのか?」


 いくぜ、相棒! よし来た! みたいな展開にならなかった。

 せっかく奇跡的なコラボを世界中に披露し、その力を存分に見せつけようと思ったのに、何なんだこりゃ。

 そんな俺たちだが、人類大連合軍も天空族も、実はこれはこれで驚いたりしていた。


「おい、どうなってんだ?」

「あ、ああ。最強竜種にすら数えられる異端の獅子竜」

「あの人間、俺たちと同じ人間でありながら獅子竜を従えて……いや……」

「そうだ。あれは従えているというより、むしろ…………」


 その時、人類と天空族が、ある意味気持ちが一つになった瞬間でもあった。



「「「「どう見てもイチャついているようにしか見えねえ」」」」



 いや、拗ねたペットをなだめてるんだよ、どう見ても。

 だが、なかなかヘソを曲げたお姫様はその気になってくれねえ。



「えっと……まだ、戦いって続いてます……か?」



 流石にロアも、俺の騎獣一体に驚きはしたものの、この光景に逆に驚くというか、毒気を抜かれたというか、何だか苦笑しながら俺にそんなこと聞いてきやがった。

 いや、続いているよ。でも、もうちょい待ってくれ。


「ユズリハ、とりあえず今は言うことを聞け。また、ケツ叩くぞ?」

「ひぐっ!」


 とにかく今は、覚醒した真勇者との戦い。

 世界中が注目し、下手したら歴史に名前を残してしまうかもしれないビッグイベント中だ。

 変にぐずられた訳わからんことにしたくないし、ここはケツを叩いてでも……


「ひうっ、ぐ、うう、うう」


 ん? あの、ユズリハ……さん?


「ひ、ひどい……ぐすっ……私だけお前はまたぶつんだ……」


 …………な……あの、なんで泣いて……


「周りのメスゴミはみんな可愛がるのに……赤ちゃんを可愛がって……天空族の乳ゴミ姫と、そこの青髪のエロゴミとは、チューしたり乳揉んだりイチャイチャしてるのに……」

「ぶふうううううううううううっ!」


 その瞬間、俺ではなく、人類大連合軍たちと並ぶように立っていたアルーシャが、おもクソ吹いた。


「アルーシャ姫、ど、ど、どどど、どういうことすか、ちち、ちちも、ももまれ」

「…………姫…………」

「お、おい、聞いたか? でも、確かにアルーシャ姫、さっきあの男に告白したりキスしたりしてたけど……」

「行方不明だと心配してたのに……何をなさっていたのですか……」


 人類大連合軍の視線が一気にアルーシャに向けられる。

 アルーシャは暴露された話にもはや世界に顔向け出来ないとばかりに蹲ってしまった。


「さっきだって、魔族の銀ゴミと……結婚とか抱っことか……ううう~……わたしだけおしりぶつんだ! まったくぶたなくていいわけじゃないけど、たまにならいいけど、でもイジメるんだ……」


 コスモス、エルジェラ、アルーシャ、そしてウラに対する態度と、自分だけ明らかに違うと不平不満を爆発させて泣き喚くユズリハ。

 最初出会ったときは家出少女のギラついた刃で誰一人自分に近づけようともしなかったこいつが、いつの間にか幼児退行現象を起こしてしまった。


「我が夫、ラガイアよ。私はお前を抱っこもするしチューもしてやる」

「……えっ……って、いつの間に僕の間合いに! ッ、離したまえ!」

「コラァ、どさくさにサラッと人の弟を誘惑してやがる、リガンティナッ!」

「ううううう、しかも白髪ゴミなんて私より後に入ったのに、赤ちゃんの次ぐらいに可愛がるんだ!」


 ロア……頼むから、無言で憐れむような目で見るな。


「……あの、一旦休戦という…………」

「あと三十秒待て! そしたらテメェをボコってやるから! それと、そこのペガサス、あくびしてんじゃねえ!」


 くそ、なんてこった。ケツを叩きすぎた。

 おそらく、ユズリハはメチャクチャ甘やかされて育ったんだろう。他人に対する口の利き方の悪さからしてそうだ。

 だからこそ、俺のようにいきなりケツを叩くとか、そういう経験がまずなかったんだ。

 つか、武神イーサムの娘のケツ叩くとか、怖くて誰もできねーだろうし。

 ここは、どうにか機嫌を取るように……


「ユズリハ…………」

「ぐしゅ……うう、なんだ?」

「一緒に……世界をひっくり返してやろうぜ」

「……………………」

「お前の可愛さを、世界中に教えてやるんだ」


 ぐずるユズリハを宥めながら、俺は煽るように言った。


「一緒に戦ってくれ。お前が必要なんだよ」

「……うう~………」


 しかし、ユズリハは少しずつ嗚咽が収まってきているが、それでも微妙な雰囲気。

ユズリハは何だか拗ねたように唇を尖らせる。


「でも……なんか……乗り物扱いされてるの嫌だ……」

「してねー、してねー。男ってのは、気になる奴ほどイジメたくなるどうしようもない奴なんだよ」


 いや、そこでアルーシャ……


「へ? 私も彼にイジメられて……ということは、あれはツンヴェルくんであって……ふふ、なんだ……本心は……」


 ……とか、呟いてんじゃねえ。

 っていうか、ユズリハも号泣したり、拗ねたり、ドラゴンの姿でやってるから、シュール過ぎる。

 すると、少しイラついたようにユズリハは俺に向かって言った。


「おい、ゴミ!」

「ん?」

「…………お前が………今度私が倒したい敵と会ったとき、一緒に戦……盾になったり、私の犠牲になったりするなら、手を貸してやる」


 倒したい敵? それは誰のことか分からないが、要するに無償で手は貸してやらんということか。

 まあ、こいつなりの最後の抵抗的な奴だろう。

 俺は、三回ほどユズリハの背中を軽く叩いて、了承の合図を送った。


「まとまった。待たせたな、勇者」


 いや、マジで待たせた。

 普通であれば、攻撃しかけるタイミングなんかいくらでもあっただろうに、クソマジメにこっちが態勢整うまで待っていたあたり、こいつもバカ正直だな。


「このお人好しヤロウ。俺をぶちのめせるチャンスだったのによ」

「ふふ……それでは意味が無いでしょう。これは……そんなことで勝ったとは呼べない戦いですから」

「けっ、そういうこと言うのは、正々堂々戦って勝てる自信のある奴が使っていいセリフだぜ?」

「なら、問題ありません」


 このヤロウ。

 最初は驚きながらも、今ではどこか好戦的な笑みを浮かべて俺と対峙するロア。

 その不敵な笑みを歪めてやることだけを考え、俺は声を荒げてユズリハと共に飛んだ。


「いくぞコラァ!」


「受けてみせます、その力!」






――あとがき――

独り言じゃ。ユズリハがどんな容姿か気になる方……作者の「荒ぶる魔将の逆行と贖罪」という作品の「ユズハ」というキャラを画像検索するのじゃ……

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