第307話 ラブ
「なんともまあ、荒唐無稽なことを……と言いたいが、このメンツでそう言われると、本当にそなりそうで恐ろしい……確かに、ウラ姫とお前が結婚したなら、混血の問題は付いて回るものだからな」
ネフェルティは、呆れを通り越してドッと疲れたような溜息を吐きながら椅子の背もたれに倒れこんだ。
俺の考えた道が、自分たちとは明らかに違う考えだと理解したからだろう。
「まあ、異種族同士の結婚を笑いのネタにしてはしゃいでいた余が言えたものではないのかもしれないが」
「わお、本気? ねえ、魔王ネフェルティ、本気? こんな話を鵜呑みにしちゃう? ちょろくない? ねえ、ルシフェルさんも何か言ったら?」
だが、俺が動こうと動かなかろうと、世界は既に俺の存在を知り始めていた。
理由は簡単。マッキーのアホの所為だ。
そのためか、ちょっとしたイベントが唐突に発生したりもする。
「ジャジャ~ン、ジャジャジャジャジャ~ン!」
それは、何の前触れも無く視界いっぱいに広がった。
「なに?」
「こ、これは!」
「………?」
「はわ~、パッパ、キレーだね!」
「……花……だゾウ」
そう、花だ。
妙に子供っぽい声と共に、会議室に赤、青、黄色、それこそ色々な種類の花が舞い散った。
「なにかな?」
「何者?」
「特に、毒なんかがあるわけではなさそうだが……」
魔王たちも驚いていることから、こいつらの仕業じゃない。
なら、一体何か?
このメンツの居る空間に、一切の前兆も感じさせずにこんなことが出来るのは?
「やあ」
マッキーが僅かにほくそ笑んで、円卓の中央に目を向けた。
そこには、リボンを頭につけた見慣れたウサギのキャラクターが両手を広げて立っていた。
「やあ、マッキー、お久しぶりっだよっ♪」
おやおやおや。これは唐突に。
「テメエは!」
「何者だゾウ?」
「マニー・ボルバルディエ」
「みたいだね?」
「わ~、かわい~、ねっ、パッパ、パッパ~!」
興奮気味に目を輝かせるコスモスだが、教育に悪いのであれには関わらせたくない。
二年前から何一つ変わらず、マッキーが授けたと思われる着ぐるみ姿のまま、何の前触れも無くこいつは現れた。
「ヴェルト君、ウラ姫、結婚おめでとう、だよ! パンパカパ~ン、パンパンパンパカパ~ン!」
テレポートされて部屋中に飛び散る花びら。
咲き乱れる色とりどりの花は美しく、だが、不気味だった。
「マニー……」
「おひさしぶりっ! 元気だったかな、ヴェルト君!」
「どうしてここに……」
「えへへ、サークルミラーなんて、持ってるのマッキーだけだもん。だから、ピンと来ちゃった。えへへのへ。な~んてね。ヴェルト君と脱獄したってタイラー言ってたからね、会いに来ちゃった」
ここにきて、まさかこいつが現れるとはな。
相変わらずの神出鬼没。
二年前からそうだった。
ふざけたような態度で現れては、人や世界の一生を左右させるようなことをして、全く悪びれない、マッキー二号。
それが、マニーラビット。
「ひははははは……マニーちゃん……」
「……えへへへ……マッキ~」
そんな、世界が誇る問題児二人組みの再会に、なんか知らんが妙な緊張感が漂った。
「ふふ~ん、脱獄しちゃったんだね、マッキー」
「パナイしちゃった」
「マニーに会いたかった?」
「パナイ会いたかった」
「マニーのこと怒ってる?」
「パナイ怒ってない」
「マニーのこと好き?」
「お~、パナイスキスキ」
なんだ、このやり取りは? 正直、俺たちには考えられねえような会話だ。
自分を見捨て、自分が見捨てた者同士の再会がこれか?
着ぐるみの下で、どんな顔してこの女は話している?
マッキーは、どうしてこんなツラしてんだ?
「ねえ、マッキー……マニーのこと……世界中の誰よりも愛してくれる?」
「……俺が、頷いて、マニーちゃんはそれを信じてくれるの?」
その時、その瞬間だけ声のトーンが明らかに違った。
マニーから聞こえた、切なさを感じる言葉。
「ううん、信じないよ~。マッキーは世界一最低なんだもん♪ だから、牢屋にずっと入れてるの。それでね、世界を壊す準備が出来てから、私がマッキーを助けてあげるの。マッキーが居なくても頑張ったんだって、採点して褒めてもらいたかったんだ~。そしたら、マッキーはマニーにメロメロでしょ?」
さっきの言葉は何だったんだ? 何だか、さっきの言葉を僅かにでも聞いちまった後だと、今こうして元通りの軽口で話すマニーは、どこか狂ったフリをしているようでならない。
そして、その意味をマッキーは理解しているのだろう。
「もう何もかも手遅れなんだね……マニーちゃん……」
どこか複雑そうな笑みを浮かべながら立ち上がり、マッキーはそう言った。
その言葉を受けたマニーは、一瞬だけ黙った。
そして……
「………うん……手遅れだよ……マニーは止まらないよ………あの日、マッキーが前世がどうとかよく分からない記憶を取り戻し、マニーを見てくれなくなった日から、もう終わりなんだよ……マッキー……ううん……『ラブ』……」
「その名前で呼ばないでよ。もう、捨てた名前なんだからさ」
ん? ……ラブ?
「マニーちゃんのお姉さんは、マニーちゃんのことを止めたいみたいだけど?」
「お姉ちゃん? なにそれ? クロニアお姉ちゃん? 『聖騎士の魔法の所為で』マニーのこと何も覚えてないのに、妹って思ってるの? えへへ、マッキーと違ってやさしーね」
「……なんだ、知ってたの?」
「知ってるよ~、タイラーたちが教えてくれたから。……敵だって」
このとき、俺たちは思った。
この会話の流れがどうのというより、先ほどマニーが呟いた単語。
「おい、マッキー……ラブってなんだ?」
「ヴェルト君、俺とマニーちゃんはね、組織設立前、俺がタイラーにヘッドハンティングされた頃に出会ったんだ」
「ねえ、マッキー君。ラブってなにかしら?」
「あの時のマニーちゃん、それはもう小さい子供でね、俺が気まぐれで買い取ったんだ」
「へい、ミスターマッキー。ラブとは?」
「しかし、買い取ったはいいけど、ワープや魔法無効化はまだ全然コントロールできなくて、これがもう使えなくて。おまけにガキだから煩いし」
「なあ、マッキー、ラブってなんなん?」
「妹だか娘的な感覚で育ててたら、なんかいきなり思春期突入ごろには、雌の顔で俺をジッと見つめてくるし、誘惑してくるし、いや~、ゲスイ俺でもパナイ困った」
「のう、マッキー君、ラブとはどういうことじゃ?」
「そう、それで、あんまり煩いから? 観念してマニーちゃんを喰っちゃったんだよね~。いや~、あの時は、俺でもパナイ罪悪感あったね~、しかも処女って泣くわ痛がるわでうるさいし、なのにマニーちゃん、僅かでも隔たりがあるのが嫌とか言って避妊具使わないし、離れないし」
マッキーは、何だか早口で一気にまくし立てる。時折、ゲスイ話を混ぜることにより、話題をそっちに向けようとしているかのように。
しかし、それでも俺たちは聞く。それでも聞く。あえて聞く。
「「「「「ラブってなんだ?」」」」」
と。
そして、マニーが言う。
「マッキーの本名はね、『ラブ』っていうの」
「「「「「…………………へ?」」」」」
うん、マッキーは偽名ってのはずっと分かってたからな。
へ~、そうなんだ。
「「「「ぷっ……あーーはっはっはっはっはっはっは! ラブだって!」」」」
今までのマッキーに対する積もり積もった恨みを晴らすかのごとく、心の底から馬鹿にするように俺たちは笑ってやった。
しかし、そんな笑いにかき消されそうな重要なことを……
「ジャレンガ王子~、ねっね、どっちが勝つかな~?」
「………なに?」
「誤魔化してもダメダメ。こんなことしている間に、ヤヴァイ魔王国は動向をチェックしながら差し向けちゃってるんでしょ? サミットに向かう、『魔王キロロ』と『蒼鬼のゼツキ』への襲撃。王と最強大将軍不在のジーゴク魔王国への二点同時襲撃」
ジャレンガが、そしてキシンが表情を変えて椅子を倒すほど勢いよく立ち上がった。
思わず、俺たちの馬鹿笑いも収まった。
「世界が注目する、魔族大陸最強決定戦。ジーゴク魔王国VSヤヴァイ魔王国。戦が拮抗している頃に、ヤーミ魔王国とクライ魔王国が援軍を出すって筋書きかな? いえ〜い」
ジャレンガは答えない。しかし、その沈黙が雄弁に語っていた。
全て、真実なのだと。
「んふふ~、魔族サミットをやる……という情報を流して、世界全体に魔族サミットそのものに注目させて、その裏ではとっくに、ジーゴク魔王国の占領作戦スタートでしょ? ………怖いな~……、マニー、ブルブル震えちゃう ……でも、バレてないと思った?」
そんなマニーの言葉に、殺意を抱いたジャレンガは、右手を上げて睨みつけた。
「君………聞きたいことあったけど、もういいや。今すぐ、死んでくれる?」
ジャレンガの瞳が、満月のように満ち、光り輝いた。
――あとがき――
マッキーは偽名。マニーは本名。ちょうど加賀美が前世の頃好きだったテーマパークのキャラとマニーが同じ名前だったので、それに合わせて彼も本名を捨てて偽名に……とかなんとかあったのでしょうけど、一言だけ。千葉の夢の国とは無関係ですので。あそこはすごくパロ関係に厳しいので手を出すなんて恐れ多いことしませんよ。
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