第306話 混血
さて、言ってやったが、どういう反応をする?
まあ、当然、あまりいい顔はしないか。
「世界を征服するか。だが、それはつまりお前が新たな国家を立ち上げることを意味する」
俺の目を見据えて、ネフェルティは尋ねてきた。
どのようにするのかと。どのようなものにするのかと。
その手段の一つとして、国を作る。
それは、タイラーがかつて俺に言ったこと。
「ならば、お前はどんな世界を作る? お前は、どんなビジョンを掲げている?」
俺が目指す国。どんな形で世界を?
それは、この数日間、モヤモヤとしながらも思いついてはいた。
「人間も魔族も亜人も仲良く暮らせる世界とか? そういうこと言っちゃう? 寒いよ?」
ジャレンガが冷やかすように言う、薄ら寒い世界。
確かに、それも考えなくもなかった。だが、少し違う。
しかし、それを口にするには、まだ知らないこともあったし、モヤモヤしたこともあったから、誰にも言っていなかった。
色々な出会い、男としての責任、そして今日の出来事。
それを踏まえて、俺が思いついたことは何か?
そこにいたるまでの方法や明確な道はまだ見えない。
だが、たどり着きたいと思ったゴールは、ぼんやりとだがあった。
「人間も魔族も亜人も仲良く……今更だろ。だって、俺はもうとっくに仲良くなってるし、種族違いの奥さんを二人も娶っちまった」
この世界がどうのというより、俺が今居る世界では、それが罷り通る。
おれ自身が既に亜人だろうと魔族だろうと天空族だろうと、心を繋ぐことができたなら、次に目指すのはその先だろう?
「俺が目指すのは、その先の世界だ」
「先だと?」
俺はエルジェラの膝の上で退屈そうに足をぶらぶらさせているコスモスを抱きかかえた。
「ふえ? パッパ、おわり~?」
そのまま、ラガイアの首根っこを掴んで抱き寄せた。
「えっ、あれ? お、お兄ちゃん?」
そう、ヒントはこの二人だ。
「俺は天空族と魔族の嫁を貰った。そのうち、ガキだってできるだろう。だが、生まれてくる子供は……コスモスの妹か弟は……混血児だ。ここに居る、ラガイアと同じでな」
スモーキーアイランドでの出来事。
血の繋がりがあるにも関わらず、実の家族に忌み嫌われ、蔑まれ、捨てられたラガイアのように。
「俺が目指すのは、人類、魔族、亜人が仲良くしたその先の世界。俺が安心して子育てできる世界……」
ここまで言えば、誰もが理解しただろう。
当然、俺の考えを知り、仲間たちですら驚きを隠せないだろう。
まあ、俺も、まだ具体的に考えがまとまる前に口にするとは思ってなかったから。
「俺は混血が当たり前の世界を作る」
でも今この場で、言葉を濁すよりは、夢想だろうと何だろうと、ハッキリ言うべきだと感じたから、俺は言ってやった。
「お兄ちゃん……それは……」
「ラガイア。お前は、生きていいんだよ。俺も嫁が何人も居ると子育ても大変だから、お前にも堂々と手伝ってもらいてーしな」
ラガイアやコスモスが、そしてこれから先、生まれてくる俺たちのガキが生きる世界。
かつて、親父とおふくろが、俺を人目も憚らずに愛してくれたこと。例えハーフだろうと、俺が今度はそれを出来るように。
「HAHAHAHAHA! 初耳だな、ヴェルト。だが、それが事実なら、ミーはより一層、ヴェルトにマイライフを懸ける必要があるな。かつて、ハーフと蔑まれながらも力ずくでジーゴク魔王国のトップになった身としてな」
「おい、息子は生まれる必要はねえだろうが。生まれるのは娘一択で、俺様が面倒を見る」
「ひはははは、ヴェルトくんはいきなりぶっこむからおもろ~」
「……ようするに、ゴミは色んな種族の女を孕ませたいということか?」
「つか、ユズッちも一応ハーフっしょ? ライオンとドラゴンだっけ?」
「まあ、ワイらは、『同じ亜人同士の間に出来たハーフ』という枠組みやから、そんなでもないが、『魔族』や『人間』とのハーフは、えらいシンドイゆう話は聞いたことあるで?」
「なるほどのう。そう来たか……ヴェルトくん」
「確かに、それは新しい発想だゾウ。人間、亜人、魔族の友好……考えたものや実践したものは居るが、その先を行くとは……」
ハーフを保護したり、スモーキーアイランドのような掃き溜めに逃げたり、そういう場所は存在する。
だが、そこには当然制限も不自由もある。
コスモスが生まれ、ラガイアと出会い、ウラと結ばれ、思いついたのがそれだった。
「混血児の世界を作るだと? お前……そんなことを出来ると思っているのか? ハーフがこの世界でどのような存在かは理解しているだろう? 二つの種族の血を引きながらも、その大半がどちらの種族にも受け入れられない」
ネフェルティは少し怒ったような口調だ。お前は何を血迷っているのかと。
もちろん、俺だって混血の歴史を子と細かく知っているわけじゃねえ。
遥か昔から続いていた種族同士の戦争の中で生まれた産物。
中には本気で愛し合って生まれた子も居れば、陵辱して生まれた子も存在する。
だが、そんな子供の存在を、世界は認めない。
同じ種族の血を引きながらも、憎しみを抱く種族の血を引く、呪われた存在。
「混血の子は忌み子と恐れられ、その親は裏切り者と呼ばれるんだっけ? ボクは……そういうことをホザく連中を力でねじ伏せて来たけど?」
ジャレンガ? ボク? あれ? こいつってひょっとして……
「まあ、ボクは血筋も実力も優秀だから、父さんたちからもそれほど冷たいことされたことはないけど……やっぱ、純粋なヴァンパイアはハーフを見下すところはあるよね? それを、なに? 君は、そいつらを掻き集めた国を作るの? なにそれ、ゴミの掃き溜めが寄せ集まって、どうするの?」
「くはははは、ゴミの寄せ集め。いいね~、ゴミ溜めから自分の権利を勝ち取るために吠えるのが、不良の存在証明になるんじゃねえか」
ジャレンガ。こいつも王子の身分でありながら、ラガイアと同じような感じなのか?
まあ、目つきや性格が、真っ当に育てられた感じはしないけどな。
そんな奴からすれば、俺の発想はムカつくか? だが、知ったことかよ。
「ルシフェル。ドラと御主人様に伝えろ。お前ら側に付くことは出来ねーけど、助けて欲しければ助けてやるってな」
「ヴェルト氏……ッ……」
俺は、もう決めちまったから、そう言い切った。
「ヴェルト……お前は……何という卑怯な……」
その時、ウラは恨み言を言うように、俺の袖を引っ張った。
「そんな……生まれてくる私たちの子供のための世界など、そ、そんなことを言われたら、私は、どうすればいいというのだ! 私は世界同盟、そしてラブ・アンド・ピースの幹部として世界の異種族間の友好を目指しているというのに……」
俺に対する気持ちに意地を張るのはやめたものの、ウラもそう簡単には了承できずに、難しい顔をしている。
いや、本来なら俺たち側に飛び込みたいだろう。だが、今のこいつ自身の立場がそれを締め付け、離さない。
「ヴェルト様………」
エルジェラも同じだ。
ここまでは純粋に付いてこれたかもしれない。
家族で旅行の一環のような感覚で付いてこれたかもしれない。
だが、ここから先は、今の天空世界での立場や関係性からも簡単に了承できないという板ばさみがある。
「アルーシャ姫はどのようにお考えですか?」
そんな中で、自分たちと似たような立場であるアルーシャはどうなのかと、エルジェラが問いかけた。
だが、アルーシャ自身も、今の俺の発言には難しい顔をしていた。
「私は、単純に聖王のシナリオに対する反発ね。多種族を滅ぼし、選別し、人類だけの世界を作るというシナリオが我慢できなかったから。ヴェルト君の言う世界征服も、そこまで深くは考えて無かったわ。考えてなかったというのは、別に、ヴェルト君と旅だとか、ヴェルト君と距離を縮めるチャンスとか、ヴェルト君の周りにあなたたちが居ない今こそチャンスとかそういうことばかりを考えていたわけではなくて、単純に、どう誘惑したりすればヴェルト君と仲良くなれるとか、男女の関係になれるとか、そういうことばかりを考えていたわけではないの。当然、私も気がかりはあるわ。私が行方不明だと思い、心配しているだろう仲間や、家族、兄さんたち。でも、私は彼らと共に行動をすると決めたのは、別にヴェルト君と一緒に居たいからとかそういうことではなく、聖王やラブ・アンド・ピースが掲げる偽りの目標である人類、魔族、亜人の友好という理想が本当に掴めると思ったからよ。でも、混血の世界というのは予想外ね。というより、私自身は考えもしなかったわ。私は女だけど、異種族と友達になっても、異種族の子供を生むということは一度も考えたことは無かったもの。むしろ、それをおぞましいとすら思ったのは事実。戦争で、捕虜となった子や奴隷となった子が、魔族や亜人に体を弄ばる、そんな悲惨な話はいくらでも聞いたこともある。耐え切れずに自殺した子だって居たわ。そして生まれてきても迫害される。親も含めてね。そう、望んで生まれてくるものでも、望んで生むものでもないもの、それが混血の子。失礼な話、私も確かにそう考えていたわ。でも、確かにこうしてラガイアくんやキシン君と関わっていくうちに、混血というものが、私たちと何も違いはないのだということは確かに認識させられたわ。コスモスちゃんも、ある意味では天空族と人間の力を引いているのだから。でも、将来人間の子供しか生む予定のない私にとって、今のヴェルト君の発想に賛同できるかどうかと聞かれれば微妙なところ。そもそも、異種族間で結婚を許すという法律すらないのに、というより、むしろ認めないほうがライバルを蹴落とし……ち、違う違う、私はそんな腹黒ではないわ。と、話が脇道に反れたけど、私がどうするかよね? もう、この際、ウラ姫とエルジェラ皇女はもう、諦めるとして、その子供よね。確かに考えてみれば、私が将来子供を生んだら、その子はエルジェラ皇女やウラ姫の子の腹違いの家族になるわけなのだから、当然、仲良くできる世界にした方がいいわけなのだから、私の取るべき選択は? 混血の世界? それなら、私や私の子供の立場も無いわけだから、道は一つね」
考えがまとまったか?
何だか、ネフェルティやルシフェル、ジャレンガですら目が点になるほどの、アルーシャワールドを展開した後、アルーシャはキリッとした表情で告げる。
「混血の子でも、純血の子でも、分け隔てなく仲良くできる世界を目指しましょう」
純血の子、と物凄い強調して断言したアルーシャだが、とりあえずアルーシャは俺に賛成したってことでいいのか?
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