第305話 戦いたければ俺と戦え

「ちょっと待て、そんなこと出来るのかよ! おい、エルジェラ……」

「それは……リガンティナお姉様の紋章眼は、強力すぎるため、幼少の頃にお母様たちに封印されたとのことで、私も実際に使用されているところは見たことがありません。ですが、そのような力まであるというのですか?」

「いや、確かに真に解放された紋章眼であるなら、素材さえ揃っていれば出来るかもしれないゾウ。かつて、多くの仲間の屍を前に、怒りで暴走した真勇者ロアの紋章眼の力……小生を倒したあの力を自在にコントロールできるとすれば……」


 あくまで、仮定の話かもしれない。だが、確かに可能性がなくもないかもしれない。

 素材を揃え、素材を完全分析解析し、創造すれば……


「なるほど。パナイね~。確かに魔族さんたちもノンビリしてらんないね。まあ、それ防ぐには色々考えればあるけどさ」

「なに? どういうことだよ、マッキー」

「いや、簡単っしょ、ヴェルト君。ようするに、神族復活の邪魔すりゃいいわけでしょ? そんなのいくらでも方法あるっしょ」

 

 椅子を斜めにさせながら、気楽に答えるマッキーの発言に、一斉に注目が集まる。

 だが…………


「まずさ、聖王の嘘を公表することにより連中の同盟を崩壊させる。そうすりゃ、天空世界も手を引くっしょ?」


 だろうな。だが、それやったら他種族の反感を買い、人類は一気に滅ぶけどな。

 だが……


「確かに、余も真っ先にそれを考えたが、もう手遅れだ。神族大陸での休戦から僅か数年で、人類はラブ・アンド・ピースを筆頭にして、他種族の経済や文化に深く関わりすぎた。内戦や他国との争いにより未だ一部で格差や貧困が続く魔族や亜人に介入し、物資の流通や支援、商の提案により、人類の存在はより貴重になった。さらに、聖王の嘘を知っているのは、この場に居る者たちだけだ。その嘘とて、別に物的証拠があるわけでもない。同盟に妬んだ余等が反発している程度にしか思われん」


 そうか。言われてみりゃ、俺もキシンもタイラーを追い詰めて、真実にたどり着いたものの、物的な証拠があるわけじゃないんだ。

 それにこいつらも、その証拠があって動いてるわけじゃないんだ。

 世間に公表するには、人類は世界において重要な役割になり、聖王の嘘を公表しようとしても、逆に証拠もないのに宣う奴らが虚言だと言われるだろう。


「言われてみりゃそうだな。でも、それなら何でお前らは聖王が嘘付いてるって話を信じてるんだ?」


 じゃあ、何でこいつらは? その疑問には、アッサリと答えられた。



「なに、別に信じているから動いているわけではない。余とて報酬を貰っている。戦力不足のこの国に七つの大罪の化石……砂漠ばかりの不毛な土地しかなかったが、緑豊かなヤヴァイ魔王国の領土の一部を貰ったりな」


「ボクはそんなことどうでもいいんだけどね? ただ、父が長い間、あの女と関わって仲良くなったからさ、信じちゃったみたいだけど? クライ魔王国だって、報酬もらってるでしょ?」


「…………………………………………………………」



 なるほどな、利害があるわけか。まあ、それならそれで分かりやすくていいかもしれねえな。

 こいつらは、人類大連合軍に従って、神族に滅ぼされるかどうか半信半疑で過ごすよりも、今のスタンスの方が身入りがいいってわけか。

 微妙に納得できた。


「ふ~ん、まあ、それは置いておいて……」


 すると、意見を否定されたマッキーだが、全然めげることなく、アッサリと次の案を出してきた。

 だが、その内容がなんつうか……



「真勇者ロアを殺す……もしくは、……その『超魔天空皇リガンティナ』を殺す……はダメ系?」



 アルーシャとエルジェラの前で堂々とよく言えるもんだな、こいつは。

 怒った顔して二人が立ち上がっちゃったじゃないか。


「へえ、面白いじゃん? 君、人間だけどそこまで遠慮ないの、ボクは嫌いじゃないよ?」

「はやし立てるな、ジャレンガ殿。それは、余等と世界同盟の連中と全面戦争を意味する。正に、総力戦になる。チロタンですら滅ぼせなかった天空世界に、あのシャークリュウが破れた勇者だぞ? そう簡単ではあるまい。今では、他の種族の主要なやつらも居るしな」

「ゴラア、包帯野郎、俺様を引き合いに出すんじゃねえ! 別に俺はあんなクソブス天使どもに負けたわけじゃねえ!」


 まあ、いずれにしろ、それもウマい解決方法でもねえな。

 いくらヤヴァイ魔王国が居るとはいえ、同等の力を持つジーゴク魔王国も同盟側だしな。


「マッキーくん、意外と君も短絡的じゃな。もっと他にないのかのう?」

「うへ~、バルナンドくん、俺が思いつくのはそんなもんだよ。そう、後は、地底世界を連中より早く見つけ出して滅ぼしとくとか? あとは、マニーちゃんを殺しとくとか? ほら、案なんていくらでも出るっしょ? ブレインストーミングなんだから、もっと自由に発想しないとダメっしょ? ね~、ヴェルト君?」


 なんか、段々俺たちはコイツの容赦ない考えに引き気味。

 ただ、ジャレンガだけは気が合うと思ったのか、マッキーの意見に嬉しそうにニヤニヤしていた。

 さらには……


「ったく、テメエは本当に……大体、マニーはテメェの元部下だろうが。アッサリ殺すとか……いや、つうか、何でそんな重要そうなのがお前の元部下なんだよ。つうか、マニーって本名だったのかよ」

「……さ~てね。今にして思えば……俺がマニーちゃんを買い取って利用していたようで、実は最初から俺が聖騎士やマニーちゃんにハメられて利用されてただけかもしれねーが……まあ、俺を裏切ったような子は、俺からすれば愛着はあっても断ち切れるレベルだからさ。容赦なんてねーけど?」

「……なんだよ……俺に対する嫌味か?」

「べつに~。愛は人の大事な栄養分だし、ヴェルト君はそれを蔑ろにしないから、パナイリッパリッパ。たとえ、忘れられてたとしてもさ」


 ここ数日、恋愛劇を繰り広げてばっかだった俺に対する嫌味なのかは知らねえが、いや、嫌味だな。

 少しムッとした表情のウラも、どうやら気づいたようだ。

 だが、そうやってからかいながら、ほんの一瞬だけ、マッキーは切なそうな表情を見せた。


「ああ……俺が前世の記憶を取り戻した時……俺がこの世界に絶望して愛だの何だのを蔑ろにしなければ………もっと早くにヴェルトくんと再会してれば……なんか変わってたのかな? ……マニーちゃん……」


 外道のクズ野郎。時には前世の高校生のような表情。時には怒りに満ちた表情。

 そんな表情を見せてきたマッキーだが、今の表情は初めて見た。

 こいつがこんな目を? 嘘くせー話だが、一瞬だけマッキーの表情に、遠い誰かを想う、優しい目を感じた。

 だが、それもほんの一瞬で、マッキーはすぐにいつもの表情に戻った。


「でもさ~、ぶっちゃけた話、問題点はそこにはないわけ。わかる? ヴェルト君」

「あっ?」

「ヤヴァイ魔王国やヤーミ魔王国やクライ魔王国が、ましてや聖王たちがどう動こうとか、関係ないの。俺らにパナイ関係あるのは、ヴェルト君、君がどう動くかなだけなわけ」


 そして、こいつはムカつくことにも、問題の本質に触れやがった。


「俺とキシン君とカー君は、君から始まったんだ。君の世界征服からね。そこ、パナイ重要だからね」

「……マッキー……」

「さあ、ヴェルト君。この状況で、君は次にどう動くの?」


 重要なのは、こいつらがどう動くとかじゃなくて、改めてこの現状を整理されて、俺がどう動くのか。

 そして、それは他の連中も、悔しいことに同意……という表情で俺に目を向けた。


「その通りだな、ヴェルト・ジーハ。予定とはだいぶ変わったものの、お前はウラ姫を娶り、魔族側にとっては一躍名が広まり、重要な存在となった」

「ネフェルティ氏の言うとおりだ。ヴェルト氏、おまけに君にはキシン氏、チロタン氏、ラガイア氏、そして四獅天亜人まで共に居る。君の思想は、もはや君だけのものではなくなっている」


 ネフェルティ、ルシフェルも同意した。そして、その目にはイザという時を見据え、どこか覚悟が篭っているようにも見えた。


「ヴェルト氏。俺が素直に全部話たのは、俺たち側について欲しいからだ。ドラ氏もそれを強く望んでいる。聖騎士に捕らえられた彼を救出したとき、彼がクロニアに飛びつきながらも真っ先に訴えたのが、君の救出と、仲間たちの安否だったのだから」

「ドラが?」

「そうだ。彼にとっては神族復活がどうのよりも……君たちが無事でいることのほうが大切だったのだからね」


 その時、俺は不意に、泣きながら鼻水流して飛びついてくるドラの姿を思い浮かべた。

 ウラも、エルジェラも同じなのかもしれない。

 そして、それは同時にドラのためにも、ウラのためにも、自分たち側について欲しいと言っているように見えた。


「もちろん、世界同盟と全面戦争になったとしても、君たちの大切な人達の保護は約束しよう。君にもウラ姫にも、君の仲間たちにも、大切な人達は居るのだろうから」


 もし、本気で聖王を止め、神族の復活を止めるのであれば、悪くない話かもしれない。

 たとえ魔族でも、さっきの結婚式同様、心を開けばこいつらは受け入れるだろう。俺たちが異種族だとしてもだ。

 そう、気のいい、気の合う奴らは居る。まあ、ジャレンガのような奴もいるが、それでもここでルシフェルたちの仲間になるのは、正しい選択なのかもしれない。

 だが…………



「でも、それは結局同じことの繰り返しなだけだ……」



 大して、深く考えたわけでもないのに、俺の口は勝手に動き、そして立ち上がっていた。



「人も、魔族も亜人も関係ない。どっちに付くとかじゃねえ、どっち側にも俺にとっては大事なやつらが居るから、俺は二年も悩んで引きこもってたんだ。もしフォルナがお前らに殺されたら、俺はお前らをぶっ殺す。ウラやエルジェラが人間に殺されたら、その人間をぶっ殺す。もう、キリねえだろ? どっちに行ったって、敵対したくねえ奴らが居るんだ」



 俺の答えは、あの脱獄した日に全て決まっていた。

 そうだろう? マッキー? お前は俺の答えをわかっているのに、それが変わっていないかを確かめるために、ワザと聞いてるんだろ? ニヤけたツラを見てれば一目瞭然だ。



「世界の裏側でやってる戦争で誰が死んでも興味はなかった。最初は、フォルナたちが死ななければ、俺はそれで良かった。でも、俺はもう、口ではどう言おうとも、誰が死んでもどうでもいいとは思えなくなっちまった。俺は、出会いすぎたから。繋がりを持ちすぎたから。どいつもこいつも、仲良くなれたのに、死んで欲しくねーから」



 あの日、俺は俺の戦いをするために生きることを決めた。



「今もそうだ。簡単に気の良い亜人や魔族と仲良くなって、血のつながりも種族も違うのに可愛い弟ができて、種族も違う女とこうして心を結んで、子供までできた。今日初めて出会った奴らに、祝福までされた。俺はそれを失いたくねえ。でも、それを守るためにすることは、聖王を止めることでも、神族の復活を阻止することでもない」



 本当は誰も間違ってねえのかもしれねえ。

 こいつらも、亜人も、聖王やタイラーたちも。

 だから、どっち側についてどっちと敵対するとか、そういう選択をしないと、俺はあの日に決めた。

 どうせどっちか敵に回すなら、全員相手してやる。



「俺は今こそ神族大陸に行き、この世界を征服する。お前らが戦いたければ、俺と戦え」



 最初から、戦う理由も滅ぼす理由もなければ、誰もこんなことはしない。

 憎しみや正義をつのらせて、奪い、奪われ、繰り返し、繰り返す。

 もう、ウンザリなんだ。



「その道を進むと決めた時から、俺は例え相手が神族でも戦うと決めていた」



 これで、満足か? マッキー。そのツラは正解とでも言いたげに、笑ってるぜ?

 キシンも、カー君も、アルーシャたちもそうだ。

 言葉を言わず、ただ黙って椅子から立ち上がり、俺の隣に並んでルシフェルたちと対峙していた。



「ヴェルト……私とエルジェラを引き合いに出し、大切に想ってくれているのは嬉しくもあるが……世界征服とやらも気になるが……とりあえず……なぜ、フォルナの名前が出てくるんだ? そこはアルーシャ姫ではないのか? ……というより、なぜフォルナなんだ? おい」



 ややこしいから、そこはツッコムな、ウラ。

 なんか、浮気を疑う女のジト目をするんじゃない。

 そんで、アルーシャも「うんうん」とか頷いてるんじゃねーよ。


「可愛い弟なんて……お、お兄ちゃん、恥ずかしいよ………嬉しいけど……」


 ラガイアは許す。

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