第303話 生かすべき

 随分と上から目線で物事を言う。

 爽やかな言葉の裏から感じる絶対的な自信。

キシンを目の当たりにしても、自分が負けるとは微塵も思っていないような態度。



「ふ、ふふふ。ワンタッチで、アンダースタンドすることもある。この二年間、噂だけは聞いていた。太古の七幻神唯一の生存者、七つの大罪・ルシフェル………ふふ、ユーたちは現代において幻獣人族にセパレートされるが……それは大きなミステークのようだな」


「そうでもないさ。神族に創り出された存在であれば幻獣人族に分類される」


「ユーの場合は、その枠組みですらないのでは? ユーは本物か? 偽者か? そもそも、ユーは『生命』なのか?」


「……すごいな……そこまで感づいたか。まあ、あえて言うなら……神族に造られて生まれたと言うべきかな?」



 どういうことだ? キシンはルシフェルから何かに気づいたようだが、俺たちには分からない。


「まって、キシンくん。このルシフェルが『生存者』ってのはどういうことなの? アンデットじゃないの? 七つの大罪は遥か昔に死んだんじゃないの?」

「プリンセス・アルーシャ、前にも言ったが、ネクロマンサーはどれだけパワーや魔法を再現できても、ソウルはそこにはない。死んだ存在。ゆえに、これは生きている。バット、生命と言っていいかは、アイドンノウ」


 ネクロマンサーは死者をよみがえらせるわけではない。

 どちらかといえば、死体を操ると言ったほうが正しい。

 だからこそ、俺たちと戦ったリヴァイアサンやベルフェゴールもその一つだろう。

 だが、こいつはこうして話をする。つまり生きている?


「バカな! 七つの大罪と呼ばれし七幻神は、何千年も昔の存在だゾウ! こやつはそれをずっと生きていたというゾウ?」

「っしょ。キシンくん、そんなパナイ大人物が生きていれば、俺だって知ってるっしょ。でも、そんな噂は聞いたことないよ。ましてや、ヤーミ魔王国に居たなんて」


 確かにそうだ。それほどの大物なら、世界三大称号に埋もれることなく、もっとその名を全世界に轟かせてもいいはずだ。それがなぜ、埋もれていた?


「うるさいかな~? ねえ、もうお祭りは終わったんだし、少しは黙ったら?」


 そんな時、その一言で背中に冷たいものが流れた気がした。

 俺が思わずウラやコスモスを庇うように、本能的に動いたと同時に、それは起こった。



「やっちゃうよ? 『月散げっさん』をね?」



 その男が何かを呟いた瞬間、俺たちは自分の意思とは無関係に後方に飛ばされた。

 威力も衝撃も何もなかった。なのに、男から遠ざかった。


「なん、くっ!」

「お兄ちゃん! っ、これは……」

「ゴラアアア、クソ王子!」

「ちょっ、なんやねん!」

「コスモスッ!」

「ふぁお~、コスモス浮いちゃった!」

「なんじゃ!」


 何が起こったのか分からない。俺たちに危害は何一つない。

 ただ、遠ざかっただけ。距離を取らされただけ。

 俺のレビテーション? エルジェラやコスモスの超天能力?

 いや、少し違う気がする。俺たち自身よりも、空間に何か異変が起こったかのような………



「そんな目で見ないでくれる? 殺しちゃうよ? 特にさ~、幻獣人族のように多少の位もない、獣臭い純粋な亜人とか……勇者っぽい人間とか……月の果てまで飛ばしちゃう?」


 

 一際邪悪な瞳をし、ユズリハが本能的にジャックの背後に隠れるほどの威圧感。


「っ、いま、なにあったん? あたし、全然も~、何が何だか! ッ、ユズっち大丈夫?」

「う、うう、あ、うう」


 その男は、ジャレンガ。ギプスのようなもので覆われた右手を僅かにあげていた。


「ッ、な、なんや、このけったいな兄ちゃんは」

「こ、の男がヤヴァイ魔王国の……なかなか強気な挨拶だゾウ」

「月光眼じゃな……」

「この人が、あの……」


 ジャレンガの目が、ジャックやカー君、バルナンドやアルーシャに注がれ、まるで空間の気圧が下がったかのように息苦しくなった。

 まさか、こんな状況でヤル気か? なんとなく、こいつなら気まぐれ一つで本当にやりそうな気がする。

 そんな、後先が良く分からない雰囲気が漂っていた。


「やめよ、ジャレンガ殿」

「幼い子供も居るんだ。寛大な王族の心を見せてほしいね」


 一瞬流れた緊迫した雰囲気を遮るように、ネフェルティとルシフェルが間に入って止めた。

 だが、それに余計不機嫌さを増したジャレンガは、この二人を相手にしても強気な態度を緩めない。


「なになに? 命令しちゃうの? 殺しちゃうよ? だいたい……せっかくの集まりも、こんな亜人が居たら台無しでしょ? チラホラ名前の通った奴も居るみたいだし?」

「命令ではない。ただし、下についたつもりはない。余等は同盟を組む以上、対等である……それが最初の条件だったはず」

「そうだっけ~? ボク、そこには居なかったしさ~、父さんが勝手にした盟約とか、知らないし? それに、『あいつ』との約束もそうでしょ? 生かすべき人間と亜人は既に決まってるでしょ?」


 生かすべき人間と亜人?


「そう、あのガラクタが言っていたのは……ヴェルト・ジーハ、あとは、ファルガ、クレランという人間……エルジェラ、コスモスという天空族……ムサシという亜人。そして、ウラ・ヴェスパーダ……彼らだけは助けて欲しいって話でしょ? だから、それ以外は殺してもよくない?」


 その時、俺はジャレンガの残虐な殺意を目の当たりにしながらも、一瞬で別のことに意識を奪われた。

 

「おい……そこら辺は、ちゃんと教えてもらわないとな」


 そして、エルジェラも、ウラも、ジャレンガの殺意よりも、口にした言葉に意識を奪われた。



「待て、ジャレンガ王子。なぜ私たちが……なぜ、そこにヴェルトが入るかは分からぬというより、覚えていないが……ガラクタだと? まさか……」


「その名前の共通……そして……何故か入っていない、あの方の名前は、それを口にしたのがあの方だから……ということでしょうか?」



 さすがに、二人も気づいたようだ。

 キシンやアルーシャたちには意味不明でも、俺たちにはとても深いもの。



「その通りだ」



 俺たちが思い浮かべた奴のことを、ルシフェルが肯定した。



「そう、君たちがよく知っている、『彼』だよ。俺にとっては、弟のような存在でもある。ドラちゃん氏はね」



 ああ、分かっていたよ。あいつが絡んでるってのは、さっき戦う前に知った。

 だが、それをその場で確認している場合じゃなかったし、むしろ無事だということだけ分かったから、その時は深く追求しないで成すべきことを優先させた。

 だが、今は違う。

 今は、追求することができる状況だ。


「ドラ……だと? あいつが……」

「そんな……どうして……」


 ウラも、エルジェラも、そして俺にとってもそうだ。

 二年前、日数的には僅かな期間だったかもしれない。

 だが、それでも俺たちは世界を股にかけ、死線から、とてもくだらないことも共に乗り越え過ごしてきた。

 そう、仲間だ。


「ネフェルティ氏、ジャレンガ氏、そしてラクシャサ氏。色々と予定は狂ってしまったが、今こそ予定通りに進めたい。三国の王族の会談……彼らも交えて話を進めよう。奇跡もあって、七大魔王国の関係者全てが揃っているしね」


 そして、俺たちは望んだわけでもないのに、立ち会うことになった。


「あらあら、真面目だね~、ルシフェルさん? そうまでして人類や亜人を滅ぼしたいの?  君も、あの女も?」


 魔族の歴史が大きく変わる瞬間を。



「勘違いしないで欲しい、ジャレンガ氏。人類や亜人の滅亡なんて望んでいない。ただ、クロニアの目的を遂行するには、人類と敵対する魔族の統一こそが近道であるだけさ……そして………」



 そして…………



「クロニアの妹……『マニー・ボルバルディエ』の暴走を止めるためにはね」


 

 あら? また、随分と意外な名前が出てきたことで……

 なあ? マッキー。お前が昔買い取って、そして裏切られた女と同じ名前じゃないの?

 空の映像のことで逃げ回ってたマッキーが硬直して、アホ顔で固まった瞬間だった。

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