第302話 本来のやるべきこと
「パッパはパッパ~、マッマはマッマ~、だけどウラちゃんもコスモスの家族~♪」
何この可愛い生物は? 俺の娘だ。
嬉しそうに飛び跳ねて俺たちの周りをクルクル回るコスモス。
顔を赤くしてうろたえているウラの膝に飛びついては、嬉しそうに頬をすり寄せている。
「にひひ~、ウラちゃんも、コスモスの家族!」
「こら、そんなにハシャグなコスモス……」
「むふ~、ウラちゃんもパッパのこと、好きなんだ~! あのね、コスモスもマッマもパッパのこと好き! だから、いっしょ、いっしょ! ウラちゃんも一緒!」
「ちが、いや、ちがくはなくて、いや、そもそも違うということはまるでなくてだな、いや、正しいのだが少し落ち着け、コスモス」
お前が落ち着け。と、俺も言いたいところだが、俺の意識はむしろこっちだった。
「んで………」
いつもなら「私は? コスモスちゃん、私は?」と乗り出してくるはずのアルーシャが、「今はそれどころじゃねえ」みたいな形相だよ。
だから、もう聞いてやった。
「アルーシャどうなってんだよ」
「どうもこうもないわよ! さっきまであったこと全部! 君が鮫島くん……シャークリュウと戦っていたところも、ウラ姫にプロポーズしたことも、あ、挙げ句の果てに、お、お、お姫様抱っこキスなんて、なんて羨ま、なんてことを全世界に流してるよのよ!」
だから、その全世界って何だよ?
そう思った瞬間、陽の光が差し込み、大穴のあいた天井をアルーシャは指差した。
「帝国で君がサイクロプスやマッキーくんと戦った時と同じよ。あの光景全部! 太陽に映し出されて世界中に流されちゃったのよ!」
ああ、そういや、そんなのあったな。全世界に放映されるとかいう、マッキーの伝説のアイテムの無駄遣い。
つまり話を整理するとだ、さっきまでの全てがこの闘技場に居る魔族だけじゃなく、地上の世界にも流れていたわけか。
ふ~~~~~~~~~~~~~~~ん。
「地上の世界に居る魔族も見てたってことか? どうりでコールが外からも聞こえてくるわけか」
「地上の魔族? たったそれだけの範囲なわけがないでしょう。文字通り、大陸全土は愚か、その他の大陸、人類大陸、亜人大陸、神族大陸、全てに流れたのよ。君と、ウラ姫のバカップルプロポーズと結婚式がね!」
へえ~、魔族だけじゃなくて、他の大陸まで、それこそ世界全土にか……
ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
「ふ~~~~~~~~~~~~~~ん……コラアアアアアアアアアアアアアアアアア! マッキーテメエ、何やってやがる!」
状況が全て分かっちまった! なんか、悪びれない様子で逃げ回ってるマッキーに怒号を上げ、俺は身に着けた光速移動で、マッキーを捕獲。
「テメエ、なにしてんだ、コラア!」
「ひはははは、いや~、めんごめんご。だってさ、その方がパナイ面白そうだと思って。魔王ネフェルティもノリノリだったし」
「面白そうにじゃねえ! じゃあ、何か? 俺のさっきまでの全部、世界に広まったのか? エルファーシア王国や帝国や、亜人大陸とか、それから……」
「まあ、人類大連合軍も見たんじゃね? ひははははは、いや~、ヴェルト君、パナイかっこよかった~」
とにかく、次の瞬間、俺の中で何かがブチキレた。
「ふわふわパニック!」
「ひぎゃあああああ! ヴェルト君助けて、チョーハンセーしてるから、チョーハンセイ、パナイハンセーしてるから、許して~、おなしゃす、たすけて、お代官様~、あ~れ~!」
「どこが反省だボケナスが!」
そうだ、こいつはこういう奴だった。戦いの最中にニヤニヤニヤニヤしまくってたのに、気にしなかったのがどう考えてもまずかった。
「お、おい、エルジェラ、本当か? 私とヴェルトのやりとりが全部……」
「ええ、ウラさん、とっても幸せそうでした」
「んなっ! そ、そんな、そ、それでは、私とヴェルトの、そのチュ、チューも」
「ええ、バッチリです。……でも、祝福と同時に、私は嫉妬してしまいました。あんな愛の言葉、私はヴェルト様からまだ……」
「そうか……あのやり取りが全世界に、うう~~~、メルマさんたちに何と言えばよいのか!」
「も~、ウラさん、そんなこと言って、顔がずっとニヤけたままですよ?」
「へっ? ん、んん! ごほん! そ、そんなことは~……ない、ぞ?」
「もう! そうやって、ヴェルト様に口づけされた唇を指でなぞりながら、乙女の顔をされては説得力ありません」
一方で、ウラは満更でもなかった様子。「世界中から公認?」みたいにブツブツ言いながら、なんだか「テレテレ」みたいな顔でニヤけている。
「あ~、もうクソ! 大体、何でネフェルティがノリノリなんだよ! テメエは、一応、ウラと結婚する気だったんじゃねえのかよ!」
もうどいつもこいつも、何を考えてやがると俺が思っていると、俺を宥めるように肩に手を置いたキシンが前に出た。
「イエス。ミーも、この一連のことが気になっていた。そもそもプリンセス・ウラと結婚もなにも、魔王ネフェルティ。ユーは……ウーマンだろう? まあ、同性同士何て別に珍しくもないと言えばそれまでだが……」
……ウーマン?
「ふっ、だからどうした、キシンとやら。種族を超えた結婚が許されるのだ。性別を越えた結婚ぐらい、大した問題ではないと思うがな?」
ウーマン……Woman! お、女ッ?
「テメェ、女だったのか!」
「ん? 余が一度でも男と言ったか?」
ぜ、ぜんぜん気付かなかった。
「だから言ったではないか、ヴェルト。そもそも私とネフェルティが結婚するなどありえないと」
「はは、つれないな、ウラは。余は、ヴェルトがここまでやらねば、本気でお前を抱いていたぞ?」
「誰が抱かれるものか、ふざけるな!」
「そうだな。余は今宵は寂しく自分で自分を慰めるとしよう。お前はお前で、真実の愛に抱かれるが良い」
「うっ、く、ぐっ、うう~~、ふん!」
確かに、言われてみれば、どうりで声が高いと思っていた。
髪の長さだって、女だと言われれば、微妙に艷やかだし。
しかし、顔を包帯で隠されているとはいえ、気づかねえとは……
「いや、魔王って言われたら普通は男をイメージするじゃねえかよ。他に居なかったのか?」
「そう言うな。人口の少ない余の国では世継ぎが不足しているのでな。周辺の大国とは違うのだ」
だが、俺の問いかけにたいしてもネフェルティは、あっけらかんとしたまま。
一体何を企んでやがる? だが、そう思ったとき、ネフェルティが俺たちと対面しながら言葉を発した。
「さてと、それはさておき……これにて、気まぐれの遊びも終わりだ。当初の予定とはだいぶ変わったが、まずは予定をこなさなくてはならんからな」
何の話だ? 予定? すると、ネフェルティの横から、ルシフェルが前へ出た。
集結した俺たちを見渡し、その中で一人を見据えて言った。
「さて、キシン氏だったな」
「ミー?」
キシン? そういえば、ネフェルティもボソボソと言ってたな。キシンについて知りたかったと。
それは、ルシフェルたちも、いや、他の魔族連中も同じなのか?
さっきまで近所のおっさんみたいな空気を醸し出していたのに、一変して厳しい目で、キシンに注目していた。
何をする気だ? キシンも周りの空気を察知して、空気に遊びが無くなった。
「ミーに何か用?」
すると、ルシフェルは少し足の幅を広げ、両手をユラリと脱力させ、笑みを浮かべた。
「SS級の浮浪鬼魔族・キシン。君の力を知りたい」
力?
「おいおい、お前ら、いきなり何言ってんだ? どうしてキシ―――」
言い終わる前に、ルシフェルは既に天使と悪魔の翼を羽ばたかせ、真っ直ぐキシンに向かっていた。
「What?」
キシンはソッコーで迎撃態勢。何の変哲も無かった普通の手を、一瞬で鋭く禍々しい鬼の腕へと変化させ、ルシフェルを貫こうとした。
「ちょっ、テメェら、何を!」
「キシンくん!」
だが、その瞬間、ルシフェルが加速。その直後に乾いた音が響いた。
音が、後になって聞こえてきた?
「俺の速度は、音速を超える。工夫の無い攻撃は、俺には決して届かないよ?」
鬼の手を掻い潜り、キシンの背後に回りこんだルシフェルは貫手のような形でキシンに突きを……
「フッ」
「………なっ!」
その瞬間、敵味方問わずに衝撃が走った。
「いっ!」
「バカな!」
「ルシフェルさんの動きを……!」
「キシン君!」
背後から貫かれるかと思ったキシンが、何と振り向きざまにルシフェルの手首をアッサリと掴んで受け止めたのだ。
これには、爽やかルシフェルも表情を引きつらせた。
「ッ、お、驚いたな……心を一切乱さずに、アッサリと受け止めるとは……」
「ヒュ~、音速を超える。ファンタスティックだ。バット、ミーの力は常識を超える」
そして、二人の動作に遅れるように数コンマしてから、二人の気がぶつかった衝撃が地面に流れ、地下闘技場のど真ん中に大きな亀裂が走った。
音だけじゃない。衝撃すら、二人の動きについていけずに後から発生しやがった!
ルシフェルか……やっぱツエーか……だが!
「ヴェルト、あの鬼魔族、強いぞ!」
「当たり前だ、ウラ。かつては、たった一人で人類の英雄たちを壊滅寸前まで追い込んだ奴だぞ! ルシフェルとかいうのが何者か知らねーが、あんなの敵じゃねえ!」
そうさ、キシンなら、あんな七つの何たらなんてよく分からねえ奴に負けるはずがねえ。
「見事だ、キシン氏。ヴァンパイア王族以外に、俺の全力をぶつけられる魔族が存在するとは思わなかった。敬意を込めてこの力を見せよう」
しかし、それなのに攻撃を受け止められたルシフェルは、少し嬉しそうに笑った。
「ん?」
「ヴァイ―――――」
「ッ! デンジャラス!」
結果から言えば、何も起こらなかった。
双方に異変も怪我もなかった。
それは、何かが起こる前にキシンがルシフェルの手首を離し、一瞬で間合いを開けるように飛び退いたからだ。
「ちょ、何があったっしょ?」
「なにやっとんのや、キシン! いきなり逃げおって!」
逃げた? 確かにそう取れた。
キシンは無表情のままルシフェルを睨み、その頬には一筋の汗が流れていた。
あのキシンが逃げた? 俺たちには信じられない事態だ。
だが、それを目の当たりにしたルシフェルは、微笑みながらも賞賛した。
「良い判断だ。あと数秒遅く俺の手を離していなければ、少し痛い目にあっていただろう。勘も働くようだし、賞金首としての評価が高いのは誇張ではない。あのジーゴク魔王国の本来の王であるというのは、納得だ」
そして、どうやらこいつは「全部」知っているようだ。
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