第300話 結婚指輪
高速を超える光速の世界。身に纏った力がエンジンで、俺の意思一つでフルスロットルで自由自在に駆け抜ける。
蹴りが、警棒が、そしてよく分からんエネルギー砲が。
「つ、強い……こいつ……あ、悪魔だ…………」
屈強な魔族たちが青ざめる様子が手に取るように分かる。
空気を伝わって、少々ドン引きしてるのも分かる。
「ガハハハハ、当然だ。この俺様を二年前に負かしたクソガキだからな」
「なに? それでは、チロタン氏が行方不明だったのは………なんと………それは知らなかったな」
機動する限り、何度も何度もシャークリュウの肉体に破壊作業を行う俺に、同族たちはゾッとしているんだろう。
でもな、俺だって気分のいいもんじゃねえ。
どんなに心が軽く、パワーを漲らせ、全身を自由自在に動かすことができても、それでももうこれは喧嘩にもなってねえからだ。
―――魔極神空手――
「おせェ!」
もう、相手の攻撃が来る前に予期して避けるどころじゃねえ。
相手の筋肉が僅かにでも反応した瞬間に、その前に俺は打ち抜ける。
「あらら? もうさ~、速さが全然違くない?」
「ああ、いいものだね。名も無き逸材が目覚める瞬間は、いつでも爽快だ」
「へえ? そんな爽やかに言ってるけど、なんか戦いたいって顔に書いてるよ? ルシフェルさん。まあ、ボクはやだけどね?」
「………………………ふふ………」
「あ~あ、爽やかな顔して、アレだね? でも、ボクにとっては脅威でしかないけどね?」
俺が蹴り飛ばしたシャークリュウが、距離が離れた場所から手刀を振りかぶろうとする。
手刀の生み出す真空波で俺を切るつもりか?
「父上の手刀は空間すらも両断する! 防御しきれるものではない、避けろ、ヴェルト・ジーハ!」
心配ご無用だ、ウラ。
今の俺はこんなことも出来る。
「ふわふわランダム・レーザー!」
シャークリュウの背後から、新しく身につけたレーザー光線が駆け抜ける。
振りかぶったシャークリュウの左手刀が破壊される。
「ちょお、何もない空間からいきなりレーザー飛んだっしょ! どうなってんの!」
「そ、そっか……別に自分の体内から放出してるわけじゃないから、何もヴェルトくんの手から放出されるわけじゃない。ヴェルトくんの意思一つで、空間のどこにでも見えない砲台を設置できるんだ。それこそ、相手の死角にも……パナ……」
「……ゴミを怒らせるの、もうやめよ……」
遠距離も、近距離も、この空間に存在する限りは俺の世界。全ては俺の時間だ。
「ちなみにさ、ルシフェルさんならどうやって戦う?」
「うむ……ヴェルト氏と戦うなら、魔法は使えないね。利用されるのがオチだ。だからと言って、体術だけで戦う? それも難しいね。何故なら、肉弾戦に特化したシャークリュウ氏ですらこれだ。そう、今のヴェルト氏は……死角なしだね……」
「そう、もう、あれだね? もし戦うなら………不意打ちか、彼の知らない領域の力で戦うしかないかな? もしくは、呪い殺すとか? ねえ? そう思うでしょ? さっきから無言の、魔王ラクシャサさ~ま?」
そう、もう、負ける気がしねえ!
だから…………
「鮫島……こんなもんでお前に勝ったなんて思わねえ。お前が、魔王シャークリュウが本当はもっとツエーってことぐらい、俺は分かってる! でも、お前は死んだ! もう、ウラに言葉をかけることも、撫でてやることも、触れてやることも、守ることだってできねえ! ここに居るお前はただの抜け殻の人形だ! 本当のお前の魂はここにはねえ! そんなんで、ウラをどうにかできるはずがねえ! お前にできることはもう、何もねえ!」
―――魔極神空手・奥義…………
「だから、俺がお前にできないことをしてやるんだ! 次に生まれ変わって再会したとき、『あの時、お前にウラを託してよかった』とお前が思えるぐらいに、俺があいつの傍に居てやるから! この二年間の償いは、一生かけて取り戻してやる! あいつを一生幸せにする! だから…………ッ!」
気づけば、俺は警棒を元に戻し、ホルスターに納めていた。
「もう、安らかに眠れ、親友。来世でまた会おうぜ」
完全に機動を停止させたシャークリュウを前に、俺は誓った。
「もう……十分だろ……ネフェルティ、そう思わねえか?」
これでも、やりすぎなぐらいだ。
「父上……ヴェルト・ジーハ………」
だからもう十分だと、肉体を激しく損傷させたシャークリュウを見ながら、俺は言った。
すると、どうだ? ネフェルティはようやく重い腰を持ち上げて、VIP席の前まで歩み、そして俺を見下ろした。
「マッキーラビット……放映しろ………奴の青い言葉を聞きたい。ついでに流したい」
「ひはっ! ネフェルティさん、もう、色々ノリがよろしくて最高だね♪」
何をコソコソ話してんだ? つうか、マッキー、テメェ、何を仲良くなってんだ?
「ヴェルト・ジーハ。確かにお前は余の想像を超えた。確かに口だけではないことは証明したわけだが……しかし、改めて問いたい」
「はあ?」
「それでもお前が人間であることには変わりない。互の種族の歴史を見れば分かるはずだ。お前たちが結ばれることは、ありえん。誰も祝福しないであろう」
いきなりどうした? なんか、傍らのマッキーがニヤニヤしまくってんのが気になるが………
「あのさ、俺とウラが、どんな家庭を築こうとも、それは俺たちの問題だろうが。それに、誰も祝福しねーだ? 多分、どっかの国のラーメン屋じゃ、泣きながら祝福してくれる家族が居ると思うけどな」
「ほう。随分と自信過剰なことを言うが、そもそも、人間のお前がどうしてそこまでウラ姫を気にかける?」
何だ? 急に腕組んで、もう一度討論か? まるで俺を試すように?
まあ、何だか良く分からねえけど、俺の答えは決まってるけどな。
「この世の誰よりも、俺があいつの家族だと思い、あいつをこの世で最も幸せにできる男は俺だけだから!」
するとどうだ? ん? 見間違いか? 包帯の下で、何やらネフェルティが、ニヤニヤしたように見える……つか、拳が、ガッツポーズしてねえか?
「ならば……ウラ姫よ……お前はどうだ?」
次の瞬間、ネフェルティが指を鳴らした。
すると、ウラを閉じ込めていた鉄格子がパカリと開き、ウェディング姿のウラが、俺の目の前に舞い降りてきた。
「ッ、な、お、そ、そこで私に振るのか!」
「ああ。結局、余がどうなろうとも、最後はお前の気持ち次第からな」
何かもう、照れていいのやらどうしていいのやらで、「あう~、う~」と唸ってるウラを目の前にして、とりあえず俺は一発………
「このバカが、心配させやがって」
「うぐっ」
一発、ゲンコツしてやった。
「つ、い、この、いきなり何をする!」
殴られた頭を抑えながら、涙目のウラが俺を睨みつけるが、言ったじゃねえかよ。
「だから、最初に言ったろ? とりあえず、一発殴るって」
「なっ、そ、そもそも、お前が……いや、じゃなくて……ッ、だいたい、言ったではないか! お前には、もう……エルジェラが……コスモスが……」
「だから何だよ。それであんなアンデットにすがっていい理由にはならねえよ! 子供なら、これからいくらでも俺と作れ!」
「ほぎゃっ!? ッ……あ……うううッ、うるさい! うるさい、黙れ黙れ黙れ! 何が私のことを家族だと思っているだ! 他人が私の何がわかる!」
俺の胸を両手で押しのけ、ウラは大粒の涙を流し、ただ感情のままに叫んだ。
「父上は………私を守るために死んだんだ! もっと……もっと話したかった! 学びたかった! 抱きしめて欲しかった……それが偽りでもいいから……一度でもいいから……ッ、たった一度くらい……、そう思うだけでもダメだというのか!」
「ダメだろ。だって、結局アンデット出されても、お前、余計悲しそうな顔しただけじゃねえかよ。つーか、最初からそうなることぐらい分かってただろうが。なのに、俺とのことでヘソ曲げてヤケになって、こんなことしやがって、バカ」
「っ~~~、ま、また、馬鹿と言ったな! 貴様は、その、フラフラした助平のくせに、馬鹿にするな!」
「おい、それはあんまり関係ねーだろうが! つーか、助平なことしないと子供作れねぇだろうが!」
「関係ある! お前はただ単に女好きで、わ、私の体目当てなんだ! そうに決まってる! だ、誰がお前なんかと一緒になるものか!」
七年前から二年前までは、「永久就職先」とか言ってニコニコしてたくせに、記憶なくなると嫌われるもんだな……いや、さすがに俺でも、本当に嫌われてるとは思ってねえけどな。まあ、意固地になって素直になれないだけってのは良く分かるが。
「そうだ、何故私がお前なんかと! それでは何か? もしお前と結婚したら交換日記を書かなくてはいけないのか? ペアルックの服を編んだり、想いを歌ったラブソングを作ったり、二人の名前を彫ったペアのリングを買ったり、一緒にラメーン屋で働いて、店内を子供が走り回って、三人で手をつないで歩いて、たまにメルマさんたちの家に遊びに行って……そういうことをお前とやれというのか! ふざけるな、私を何だと思っている!」
そーいえば、交換日記からペアリングのくだりは、こいつが十二歳の頃、モジモジしながら俺に要求したけど、全部却下したな。メンドクセーから。
「何だと思ってるって、少なくとも今ので、お前って意外とまだガキだというのが良く分かった」
「んなっ! こ、な、なんだとッ!」
いや、分かれよ。さっきまでいろんな顔してたギャラリーが、今ではもう、微笑ましそうに苦笑してるぞ?
「でもな、ウラ、もういつまでもそれじゃダメなんだよ。お前の気持ちは分からなくもねえ。両親ともっと色々話したかった……ぬくもりが欲しかった……俺だってそう思ったし、後悔したし、そう思うこと自体は悪いことじゃねえ。でもな、もう今の俺たちはダメなんだ……現実受け入れて前見なきゃ、……俺たちは大人にはなれねえ。戦争ばかりのこの世界、俺たちみたいな境遇の連中は、少なくともそうやって割り切って生きてんじゃねえのか? それなのに、先生やカミさんやハナビみてーのに囲まれて、死んだと思っていた魔族の仲間とも再会できて、それでいてまだ辛いとか悲しいとか、どんだけ欲張りなんだよ、バカ」
もう一度言ってやった。バカと。だが、今度はウラは何も言い返してこなかった。
俺の言葉を聞き、俯き、唇をギュッと噛み締めていた。
そして俺は自分の首元に手をかけた。
この七年間、監獄に入ろうとも、ずっと肌身離さずに持ち続けていたアレを、ウラに差し出した。
「少なくとも、俺にこれをくれた親友は……お前の幸せだけ願ってるって言って、逝ったはずじゃねえのか? お前の母さんとは会ったことないけど、多分同じだろ? あと……ルウガとかな」
「……ッ! な、なぜ! そ、それは! その指輪は……なんでお前が持っている! それに、何故ルウガのことまで!」
あの日、鮫島から渡された指輪。そして、ウラ自身から渡された指輪。
初めてもらった勲章を無くしたり、幼馴染が俺の記憶を無くしたり、いろんなものを無くしても、これだけはちゃんと持っていた。
「そして、今日からは俺も居る。今でも寂しくて辛いとか言うのなら……俺がお前を幸せにしてやるよ」
あの時、受け取った二つの指輪をウラに手渡した。
緑色に輝く宝石と、緋色に輝く宝石。
ウラはそれをただギュッ握り締め、愛おしそうに頬に寄せた。
すると、少しの間を置いて、少しだけイタズラ心の入った笑みを俺に見せた。
「おい、何故お前がこれを持っている? 盗んだのか?」
「ちげーよ、バカ」
「……ふん……まったく、なんということだ。お前との記憶を失ったといったが……記憶を失う前の私は、そして父上も……これをお前に託すほど、お前のことを……」
「ああ、そうだな。でも、元々お前のものだ。だから、やっぱりお前が持ってろ」
きっと、あの時の指輪はこの時のために預かってたのかもな。
だが、俺がそう言うと、ウラは緑色の指輪だけ握り締め、緋色の指輪を俺に渡してきた。
それは、鮫島から貰った方の指輪だ。
「……これは……父上の唯一の遺品だ……世界に一つしかない、かけがえのないものだ。だから、お前が持っていろ……」
そう言って、ウラは緋色の指輪を俺に返した。
「いいのか?」
「良くないさ。本当は肌身離さず私が持っておきたいところだが……でも……」
その時、ウラはようやく俺にとっては懐かしい、心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。
「お前はこれからもずっと私の傍にいるのだから、お前が持っていても同じだろう?」
なるほど、確かにそれならどっちが持っていても同じだな。
「それと……この、元々私が持っていたこっちの方の指輪は……私が持っておくとしよう。……は、はめろ……」
今度は、ウラが持っていたエメラルドの指輪を俺に渡し、ウラは自分の左手を、というより薬指を突き出すように、強調しまくりながら、いかにもそこに絶対はめろと言わんばかりに俺に向けた。
ここで他の指にはめた場合の反応を見てみたい気もするが、せっかくもう一度開いてくれた心がメチャクチャになるのも、何やら期待に満ちた目で見ている魔族の連中を裏切るのもアレなんで、ここは素直にはめてやった。
「ああ」
「……ふふ、……ああ! 私の指輪だ!」
すると、どうだろうか?
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」
天地が揺れ動くほどの大歓声が響いた。
「よくやったぞ、テメェ!」
「お幸せに、ウラ姫!」
「テメェ、またウラ姫を泣かせたら、魔族大陸敵に回すと思えよな!」
「畜生、人間のくせに、漢じゃねえか!」
普段は仏頂面だと思える魔族の軍人たちが、全員スタンディングオベーションで俺たちに鳴り止まぬ拍手を送り続けた。
――あとがき――
祝・300話! そしてウラとヴェルトがゴールインしました。ウラ姫、お幸せに! あと、作者は当然フォルナとか神乃のこととか覚えてますので、ご安心ください。まだまだ物語は続くのでよろしくお願いします。
また、ご都合の良いタイミングで作者フォロー及びご評価頂けましたら嬉しいです。
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