第143話 夫婦と娘
妙な称号もらっちゃうし、今後の旅に母娘コンビが同行してくるし……ただでさえ、七大魔王とタイマンした後で疲れているってのに……
「あ~、疲れた、俺はもう寝るぞ」
これまで自分の全てを出し切る戦いは何度もしてきたが、自分の持っている力を何倍にも引き出して戦ったのは数える程。
流石に今日はもう体も精神も疲れた。
「そうだな。私たちももう寝よう」
「ふわ~あ。お姉ちゃんも疲れたわ」
「ふかふか雲ベッドで寝るの楽しみっす~!」
「殿、警護は拙者にお任せくだされ」
「まあ、愚弟はゆっくり休んでおけ」
天地友好者へのお礼やらエルジェラの出産祝いとコスモス誕生祝いを同時に行い、天空世界では女たちの宴会が終りを見せなかった。
正直俺も、かなり疲れきっていたところもあり、目の前で天使たちが酔っ払って裸踊りしても、あまり興奮しなかった。
「なんだよ~、お前ら寝るなよな~。寝るならチンチン見せてからにしろよー!」
「まったくその通りね。大体、今宵は無礼講ということで、我らは何人も肌を晒しているというのに、そちらは一人も脱いでいないというのは返って無礼だと思うが?」
「ちーんちん! ちーんちん! ちーんちん! ちーんちん!」
だから、見せねーよ、と俺とファルガが睨みながらその場を後にしようとしたら、コスモスを抱きかかえたエルジェラが俺に駆け寄ってきた。
「ヴェルト様! お休みになられる前に、この子にご挨拶させてください。ほら、コスモス。ヴェルト様にお休みなさいをしなさい」
「あう~、きゃう! きゃうー、うふ~」
「あらあら、この子ったら、こんなに笑って」
エルジェラの腕の中で、両手を俺に向かって伸ばすコスモス。
俺を確実に認識し、確かに笑っているように見える。
赤ん坊が笑うのは、ただの頬の痙攣のはずなのだろうが、俺にはその笑顔が心の底からの笑顔に見え、思わず俺自身の頬も緩んだ。
「ああ。おやすみな」
「んば、あうば!」
頬を軽く撫でて、おやすみの挨拶をして、俺はさっさと寝ようと………
「あぶ~~~、うきゃううううううっ! うわううううううっ!」
と、思ったら、急にコスモスが大声で泣き出しやがった。
「まあまあ、コスモスったら、どうしたの? ほら、マーマはここですよ~?」
「うぬば! あぶううっ! ばっ、ばうっ!」
「コスモス? あら………?」
なんだ~? 腹が減ったのか? それともおもらしか? いや、違う。コスモスは立ち去ろうとする俺に向かって手を伸ばして、大声で叫んでいる。
「………えっ、俺?」
「あぶうっ!」
「………」
「むふ~、あぶっ!」
試しに、踵を返して戻ってみた。
すると、コスモスがメチャクチャ嬉しそうに頷いているように見えた。
「………じゃあ、今度こそ……おやすみな」
「うぎゃうううううううううっ! ああああああっ! あああああああっ!」
「………マジかよ」
機嫌が治ったのでもう一度「おやすみなさい」をして行こうと思ったら、また泣かれた。
それだけで、なんかもう大体分かった。
「う、うぬ、うぬぐぐぐぐぐ、こ、これは」
「あははは、ウラちゃん、嫉妬してるね~。でも、そっかー、コスモスちゃん弟くんと離れたくないのね~」
「うっひゃ~、そうすね! パパと一緒じゃないとダメすね!」
「あう、あうう~、な、なんて可愛いでござるか~」
「やれやれだ」
やれやれだよ、全く! つまり、これってそういうことだろ?
「あの、ヴェルト様………」
「おう」
「その、大変お疲れなのは重々承知しております。ですが、その………この子ったら、………その………」
「………マジで?」
「ほ、本来! 本来であれば天空族は、母一人娘一人が通常ですが、コスモスは違います。やはり、この子は父親を認識していますので………もし、よろしければ………」
いや、それはいいんだよ。
別に夜泣きのうるさい赤ん坊と同じ空間で寝るのは、ハナビで慣れてるから。
ただ、そうなるとだ、状況的にさ、そうなるだろ?
「今晩は、よろしければ、私の部屋でお休み戴けないでしょうか? コスモスと、そして、私の………三人で」
そうなるんだよな。ほら、ウラがメッチャ悔しそうに唸っているよ。
「うう~、うう~………ええい、ヴェルト! だ、ダメだからな? え、えっちなことは禁止だからな?」
「あ~、ったく、くそ。わーってるよ。俺だって、生まれたばっかのガキの前でそんな気にならねーっての」
「そうじゃない! エルジェラは天然だから、お前がしっかりしないと、普通にとんでもないことしてくるかもしれないからだ! おっぱいとかおっぱいとかおっぱいとかぁ!」
「ま、まあ、確かにあいつは天然で、保険体育の知識に乏しいだろうが………まあ、だい、じょうぶ、なんじゃね?」
「自信なさげに言うなッ!」
本当はウラも大反対したいのだろうが、コスモスという存在が「仕方ない」と思わせてしまうために、恨みがましい顔をしながらそう言ってきた。
まあ、確かに、エルジェラは美人で、体つきもヤバイから、そういう気分にならねーと言われたら嘘になるが、やっぱ、今は俺もコスモスという存在がいるからか、多分大丈夫だろうという気持ちになった。
それに、疲れてるからな。
「ふふ、良かったわね、コスモス。今日はヴェルト様が傍に居てくださるそうよ?」
「お~~~~、おほ~~~~! あ~~~うっ♪」
ほら、こんな笑顔の前で、エロいことなんて考えられるはずがねえ。
思わず、頬が緩んじまう。
「さっ、ヴェルト様。私の部屋にいらしてください」
「お、おお」
そして、ご機嫌なコスモスを抱きかかえながら、ピッタリと俺の傍らに付くエルジェラ。
その頬も非常に緩んでいるのが分かった。
「ふふ」
「なんだよ、ニヤニヤして」
「いいえ………ただ………」
ぶっきらぼうに俺が尋ねるが、エルジェラはただ嬉しそうにしているだけ。
「ただ、私は………天空族は通常、父親という存在を知りません。母一人娘一人が常。ですから、父親が居ないということは当たり前なのです」
「まあ、そうなんだろうな。一人で子供作れるんだし」
「ええ、そうなのです。ですから、私もそうだと思っていました。ですが………こうして、コスモスが生まれ、そしてヴェルト様と出会い、こうして三人でいると………私、これがとても、しっくりくると言うのでしょうか? とてもこの状態が自然な感じで………そして、とても幸せだと感じてしまうのです」
なんか照れる。
そして、同時になんか物凄い罪悪感というか、後ろめたいという気持ちがある。
真っ先に浮かんだのが、神乃。
そして、次に、フォルナ、そしてウラ。
特にフォルナとウラの気持ちなんて手に取るように分かりすぎるため、なんつうか、この状況が非常にまずい気がする。
浮気というつもりはないし、そもそもあいつらとそういう関係というわけでもないんだが、なんか、やはり後ろめたさは感じる。
「うふふ……ヴェルト様~」
「ッ、う、お、おお」
「その、ヴェルト様はコスモスのパーパで……わ、私はコスモスのマーマで……ですから、私とヴェルト様は、パーパとマーマでありまして……」
「あ、お、おお、分かったから。おお」
それなのに、エルジェラはむしろ積極的に、歩きながらグイグイと俺の体にピタッとくっついてくる。
いかん……良い匂いというか、柔らかいというか……そんな間近で胸とか……
「不思議です。私……今日出会ったばかりのヴェルト様に……既に私の全てを委ねてしまえます」
「そ、そそ、そうですか。で、でも、仰る通り出会ったばかりなので、ゆ、ゆっくり、時間をかけてだな……」
「はい。もっともっとこれからコスモスと一緒にヴェルト様との思い出も積み重ねていきたいと思います」
たぶんだけど……もう、俺が一言でも「そういうことしたい」って言ったら、エルジェラは何のためらいもなく俺に身体を開いてくるぐらい俺に……でも、俺は耐えるぞ!
神乃のこともそうだし、フォルナとウラに悪いしな。
それに、エルジェラは保健体育の知識が乏しいために、「そういうこと」をよく知らないから、まだ現時点では自分から誘ってくることはない。
つまり、あとは俺の理性の問題。
「さあ、ヴェルト様、こちらが私の部屋になります。どうぞ、おくつろぎくださ………あら? まあ、この子ったら」
エルジェラの部屋に到着し、その部屋の中はやはり皇女に相応しい装飾の施された部屋。
そして中央にはキングサイズの、雲でできていると思われる、見るからに柔らかそうなベッド。
今日はそこでコスモスの子守でもしながら寝る、と思っていたら、コスモスは既に夢の中へと旅立っていた。
「申し訳ございません、ヴェルト様。この子ったら、安心してすぐに寝てしまいまして」
「ああ、いいよ。でも、気をつけろ? 夜中にいきなり起きて泣き出すから。赤ん坊の面倒を見るってのは、そういうことだから」
「まあ、ヴェルト様はそういった経験がおありで?」
「年の離れた妹がな。俺とウラで可愛がって面倒見てたよ」
「ふふ、それは頼もしい限りですね」
コスモスが寝て、残された俺とエルジェラは……妙な雰囲気になる前に俺は素早く横になる。
「ふふふ、ヴェルト様もおねむでしたね。では、私も……おやすみなさい、コスモス。チュッ」
コスモスにキスをするエルジェラ、そして……
「さ、ヴェルト様も。この子におやすみのキスをしてあげてください」
「……え? お、俺も?」
「もちろんです♪ それともヴェルト様はこの子がかわいくありませんか~?」
「~~~~っ、するよ」
俺をからかうようにクスクス笑うエルジェラの口車に乗り、俺は少し恥ずかしかったがコスモスのおでこにキスした。
寝ているコスモスが、何だか心地よさそうに一瞬笑った気がしたが、まぁ気のせい―――
「では、パーパとマーマもおやすみのキスです」
「……え……んごっ!?」
「ん……」
……そして、エルジェラは何のためらいもなく俺の唇にキスを……あっ、やられた……
「うふふふふ、素敵です、ヴェルト様♥」
「あ、あう、あ……」
「それでは、おやすみなさい。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
「……熱い……寝れるかな?」
そして、結論から言うと、何だかんだで俺もそのまま死んだように一気に寝てしまった。コスモスが夜泣きしたかどうかも分からなかった。
とりあえず、俺が夜中に目が覚めなかったことからも、それほど酷いことにはならなかったようだ。
しかし、本当に酷いのは、夜ではなく朝だった。
そして、酷いのはコスモスではなく………母親の方だった。
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